さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ ヒエロス・ガモス
さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 完了です。
今までと違ってプロットなしにデタラメに書いてしまったがゆえに長丁場になってしまいました。
仕事の関係で少し荒くなってしまいましたが、また修正するかもというか、修正がほぼ確です。壊したマントの件とかいつ着替えたんやーとかあるからねー。
次回の更新は9/21日です。
私達が長老の部屋に入ると彼女は部屋の窓を閉めてから振り返った。
「一体さっきのはどういうことですか?」
「も、申し訳ありません」
長老の声色は静かだったが本気で怒っているとわかって即座に頭を下げた。
「恋愛をするなとは言いません。私だって昔はしましたからね。しかし貴方達には立場というものがあるでしょう? 此処を第二夫人の館と定義したのは貴方のハズです。そんな余所様の館で破廉恥な行為に及ぶなど…エルフの恥です」
私はエルフの恥と言われ、心にグサリとくる。
「ニコラス。貴方もですよ。今回の計画にはルリコが必須。もし、彼女を身重にでもしようものならエルフの未来が断たれるのです」
「その時は私が…」
「黙りなさい!」
若干の不服面だったニコラスに長老がピシャリと言う。
「いいですか! ルリコも悪いですが貴方もです。 婚姻もせずにあのような真似をして! もし万が一ルリコを身重にでもしたら…! ライラが貴方を許すと思いますか! 大体なんですか! 貴方はまだ人間の世界の仕事も稼ぎもない癖に人間の女を引き連れて歩いて! 貴方のような節操も甲斐性もない男をエルフの女は一人前とはみなしません!」
それを聞いたニコラスもぐらりと揺れる。シーブ長老は頭痛がするのか頭を抱えながら続ける。
「貴方達は早期に人間の言葉を覚え、人間の価値観にも適応できる。年老いた私達にはもうそんな元気はありません。だから貴方達に頼るしかないのです」
長老は顔を上げて私達をまっすくぐ見て言った。
「何故、皆が貴方達をこの地に残したのか。それは貴方達を信じているからです」
私の脳裏にフランや母さんの顔が浮かぶ。
「幸いエルフは見目麗しいので人間の好印象を得やすい。だから貴方達の努力次第でエルフの立場をもっと上げることができるでしょう。その先に貴方達の子供が人間の世界で何不自由なく暮らせる世界を想像しなさい。」
私の脳裏に小学生ぐらいの自分の娘が思い浮かぶ。学校の窓辺で教科書を広げながら友達と一緒に勉強する。そんなありきたりな幸せの形だ。
「思い浮かべましたか? 素晴らしい光景でしょう? それを手に入れるまでの辛抱です。貴方達ならできると信じています。次世代のエルフの子等が笑顔で居られる世界を創れるハズです」
そう言うとシーブ長老は私の目を見て言った。
「ルリコ。貴方、夢を叶えたいのでしょう?」
それを言われて私の胸はキュッと締め付けられる。
「わかります。私もかつてはそうでしたから…。自分の才能を技術がどれだけ世界に通じるか…試したくて…旅に出ました。きっと貴方も私と同じ様に夢に焦がれないと生きていけないんでしょう」
長老の手が私の肩にかかる。
「だったら行きなさい。行けるところまで行ってその果ての景色を見れば…ああ、そうか。とわかるものです」
そう、多分きっとそう。私は…私は…。一体何の為に産まれてきたのか…。歩いて歩き続けて。その果てに行けば…。
きっとわかる。産まれてきた意味が。
「軽はずみに子供なんて作ってしまったら貴方は…。森の中で一生子育てをしながら、『ああすればよかったと』死ぬまで人生に取り返しのつかない後悔をひきずることになりますよ」
そんなの…嫌だ…!
その時私の中で心の声が響く。
そうだ、私は…。結局何もわからないまま…。死んじゃったんだ。
急に自分の心臓が急にひきつけを起こした様に痛む。
痛い…! 誰か…!
私の脳裏に死ぬ前の自分の苦しみが想起される。
死にたくない…! こんな一人ぼっちで、誰にも看取られないまま…。死にたくないよ…!
死の間際の寂しい気持ちがふつふつとこみあげてくる。死にたくない、自分の人生の後悔に埋め尽くされていた。
あんな沢山働いていたのに。あんな人生の最後ってないよ…。ごめん…。やっぱり私…。ダメだ。一人ぼっちで死んだなんて事実に耐えられない。そんなの納得できない。本当は私は幸せだったって言って…納得して死にたかった! 幸せになりたかった! 仕事とか家庭とかじゃない…! 夢を叶えて! 人生に納得して最期を迎えたかった!
何もわからないまま終わるなんて…! そんなの嫌!
だからたとえどんな手を使っても…。今度こそ私は到達して見せる。人生の成功に。勝ち組に。だってそうじゃなきゃ。何の為に…。
――ウマレテキタノカワカラナイ。
「大丈夫ですか? ルリコ?」
気が付くと私達は長老の部屋から出て廊下に立って居た。
「ああ、ゴメン。昔の嫌なことを思い出してぼうっとしてたよ」
「…そうですか? なんだか様子がおかしく見えるんですが」
「ああ? これ? 何か知らないけど情緒が不安定になると勝手に涙がでるんだよねぇ」
ニコラスは私が笑いながら泣いているのが余程不気味らしい。眉をひそめて心配そうに見つめている。
まあ、これも仕事のウツで悲しくないのに涙が出るようになっちゃったんだよねぇ…。映画の感動の涙とは違って悲しいって感じはしないんだけどなぁ…。
「それよりさ。私達長老に一か月の間、接近禁止命令出されちゃったし。これからはもうちょっと節度ある距離感を心がけよう」
私がそう言うと、ニコラスは深刻そうな表情で俯く。
「そうですね。私も長老に言われて気づきましたが…。人間の世界で何の稼ぎも住処もないのにあのような真似をしたのは言われても仕方ありません。ライラ様に貴方を守ると言っておきながら…。自分の中の意識がたるんでいるのは事実だと思います」
そう言い切ってからニコラスは顔を上げた。
「決めました。私は人間の世界で職を得て、財を築き、家を建てます。そしてシーブ、母、そしてライラ様に認められる男になります。そうなった時に…貴方に話したいことがあります」
「そうだね。その時だね。多分私もその時には色々整理がついてるような気がする。その時に話そう」
私とニコラスは見つめ合う。
長老の言う通り、エルフの立場を確立して…その頃には紙作りも一段落してるかもしれない。そしたらエルフの誰かに後任を譲って…。そしたら念願の家庭と子供が作れるかもしれない。別に世界の覇者になりたいわけでもないし…。これはこれでいいかな…。
私達が離宮から中庭に出るとノンノと侍女たちが迎えてくれた。
「ルリ姉さま! クラリネ姉さまの引っ越し祝いの準備が整いました!」
そう言うと、ノンノは私に抱き着く。
「ちょっとノンノ…。重いって…」
ノンノは私にしがみついて屈ませると耳に顔を近づけて小声で言った。
「とうとうおやりになりましたわね。ちょっとだけ悔しいです。でも私も負けませんから。ニコラス様よりいい男を見つけて幸せになります。だから、私を見捨てないでくださいね」
それを聞いて私はノンノをそっと抱き寄せてささやいた。
「見捨てない。ノンノは私の妹みたいなものだから。だから貴方も幸せになって」
ノンノは頷きながら目尻の涙をぬぐった。私はそれを見ないふりをして侍女たちに尋ねる。
「それで準備ってどうなっているの? 中庭でやるんじゃないの?」
それを聞いたアマナが頭を下げて言う。
「クラリネ様のご要望でギルド会館でウェディングピラフを作るそうです」
ウェディングピラフって言うからには婚礼ってことなのかな?
「え、そんな大仰な感じにして大丈夫なの?」
一応クラリネ達は死んだ扱いになってるから大々的にやられるとマズいと思うんだけど…。
「内々の式にするそうです」
「そうなんだ。じゃあ、祝儀用のお酒でも持って行かないとね」
「既にお酒は一樽をエルフ様名義で送らせています」
手抜かりないなぁ。
「そうなんだ。じゃあ行こうか」
私とノンノとベラと共にギルド会館に徒歩で向かった。外はとっくに夜が更けていて、星環の灯りが会館の賑わいを照らしていた。会館の外のカマドのテントからは香ばしい香りが立ち込めてさながら夜の屋台みたいだった。テントの中の机では白い布をかぶったギルドの妻たちがピラフ人を々によそっている。
「ゲッ! 金髪耳長女!」
声の方を振り向くと、水兵達の座っている卓の赤毛の水兵の少年が私を指さしていた。
「オイオイ! あの人は高貴な御方だぞ!」
槍の水兵は赤毛の水兵を睨むが、火炎瓶の水兵はからかう様な声をあげる。
「あんなみっともなく木をよじ登ってあらせられたのに?」
それを聞いた巨体の水兵はのんびりした声で言う。
「お前ら、口を慎め。誰のおかげで自由になれたのか。あの御方が我らを受け入れてくれたから…」
え、この四人も受け入れる感じになってたのか…。まあ、でも。たしかにそうなるか。
「おお、なんと海の様に慈悲深いお方…」
ゲラゲラと笑う四人にベラが睨みを利かせる。それを私は後ろ手で制すると水兵達の卓に近づくと言った。
「今日は祝宴だから許すけど、貴族をからかうようなことは言っちゃだめだよ」
「ハーイ!」
赤毛の水兵が子供の様に手を上げる。
「それで? マルコはどうしたの?」
「アイツはどっかでやけ酒でも飲んでるんじゃない?」
うーん…。まあ、失恋状態だろうし。何かやらかさなければ放っておいた方が良いか。ていうか問題はこの人たちだよねぇ。なんか暇を与えると問題起こしそうだし仕事でも振って忙しくさせた方が良いか。
「ところで貴方達って得意なことってあるの?」
「ン~まあ、船に乗るのと、修理、調理…。後は女に乗るのが得意かな?」
火炎瓶男は相変わらずふざけた態度を取り続ける。私は彼に営業スマイルを向けて言った。
「ふーん、開幕下ネタとかさぞや女に困ってそうね」
それを聞いた火炎瓶男はカチンときた様子で固まる。だが、こういう舐めた態度を取る奴には一発ガツンと言ってやらないとわからないものだ。
「アハハ! 凄いね貴族様! カクラがモテないのわかってるんだ!」
ついでに私は赤毛の水兵をねめつけて黙らせると言った。
「私の名前はルリコ。それで貴方達の願いって一緒にいることだったよね?」
それを聞いた四人は一斉に黙る。そして私を値踏みするような視線を向けた。
「私の開拓地も水路での運輸を考えているからそれを仕事にしなさい。勿論一緒に仕事できるように取り計らってあげる」
四人は顔を見合わせると頷いて言った。槍の水兵が答える。
「それは願ってもない話だな。貴族のペットにでもされるかと思ってヒヤヒヤしてたんだ。その願いを叶えてくれるなら俺たちは貴方に忠をつくそう」
「あらそう? じゃあいずれは水運の管理者になってもらうから。金勘定とか人材管理もやってもらうからちゃんと勉強してね?」
私の言葉を聞いた四人は一斉に身を固めて眼をそらす。
「あー僕読み書きできないんで…」
「む、昔の古傷が…イテテ…」
「ジンザイカンリってなんだ?」
赤毛の水兵、火炎瓶の水兵、巨体の水兵はどこかあらぬ方向へと眼をそらす。私は槍の水兵を見据えると言った。
「頼んだわよ?」
「マジかよ…?」
顔面蒼白になった槍の水兵を尻目に卓を離れギルドホールに向かった。ギルドホールの入り口にはワージとチーズマンが私を出迎えてくれた。二人は私の下に跪くと言った。
「ルリコ様。今回の件、お手数をかけ本当にありがとうございました」
「うん。まあ…元々は私の粗相が真似たことだからな。むしろ対応感謝する」
「そう言っていただけるとこちらも助かります」
ワージがそこまで言ってから私は手を振って言った。
「ていうか、ワージさん。今日は宴だからそういうのなしでお願いします。こちとらまだ正式に貴族になってすらないんですから」
「承知しました。まあ、存外この宴はその方がいいかもしれません」
「どういうことです?」
「中に入ればわかりますよ」
そう言うと、ワージとチーズマンは私達をギルドホールの中へ誘った。ギルドホールの中は教会のメインホールのようになっていて、その奥に白無垢の服を着たクラリネとラッセルが祭り上げられるかのように高い位置に座っていた。メインホールは燭台のぼんやりとしたオレンジ色のロウソクの光に照らされてかなり薄暗い。
「ルリコ様。どうぞ新郎新婦の席に登壇してください」
いや、あのたっかい席に登れってか!
新郎たちの高い席の目の前には階段があり、その道のしるべとするかの様に両脇のテーブルに高級そうな服を着た私男達や中年、老年の紳士とその妻たちが連なって座っていた。
「あの人たちはどういった方で?」
それを聞いたチーズマンはコホンと咳をする。ワージはおおげさに困り眉を作りながら言った。
「クラリネ様にお世話になった方たちです」
一体何の世話…なんて聞くまでも無いか…。ていうか奥さん方まで来ているんですけど…。
私が階段を上ると新郎たちの前のテーブルには沢山の祝儀の物品が置かれていた。
「やー! ルリコ殿! 遅かったですな!」
新郎たちの天幕の中にはマッパ大司教が座っていた。その隣にはマッパの妻たちが座っていて会釈をする。その新郎たちの椅子の後ろにはクラリネのもう一人の妹分ファイノンも座っていた。
「マッパ大司教!? 何故ここに!?」
私はマッパに驚きつつも、とっさにノンノの腕を引いて、大司教と離れた対面に座った。
「驚きました。マッパ大司教が新郎新婦とお知り合いだったとは…」
「いやぁ…。クラリネ嬢が結婚すると聞いて居ても立ってもいられず。妻たちには内緒でお忍びで来てしまいました…。できれば最後に愛の契りでも交わせればと思ってたのですが…残念です」
いや、アンタが一番残念だよ。
「というのは冗談ですが。ここにいる男たちは皆クラリネの虜でしてな。拙僧もいつまでもこんな仕事をするなと説法していたのですが…やっと身を固めてくれて安心しました」
凄いなマッパは…。久々に会ったのに、もう随分とガッカリさせられる。にしても。うーん…やっぱり階段下の男たちはクラリネのお客だった達か…。いや、それが婚姻に駆けつけるってどういうことだよ。
私はクラリネが嫌な気分になっていないか顔色を伺った。クラリネの表情はいつもと同じくおだやかなままだった。その眼は下の男達、その妻たち、そして私を見ていた。その眼差しはまるで家族を見る様に穏やかだ。
…もしかして彼女は昔過ごしていた洞窟の中の仲間を思い出しているのかも。
私も彼女が見ていたギルドホールの風景を見た。不倫をものともしない男たちと、それを咎めない妻たち。それは決して相容れないと思っていたが、下の夫婦たちはそれがまるで当たり前の様に振舞っている。前世の私にはそれが不適切なものだと教えられた。でもこの世界ではふしだらなものと人間は上手く適合していた。もしかしたらこの中に引き裂かれて苦しんでいる男女も居るのかもしれない。でも、もしかしたらそれは元々人間の中で一つで分かたれざるモノだったのかもしれない。
そういえば、昔の女性は沢山の男性と性的関係を持つのが珍しくなくて誰が父親だかわからないから皆で子供を強力育てたって話を聞いたことがあるな。
それは共同養育説っていう仮説の一つだけど。私達の道徳にはそぐわない不誠実な在り方だ。そんなことを認めれば私達の社会は壊れてしまう。
でも、それが本当にありのままの人間の形だったのなら…。ある意味ここの風景は原始の世界に近い、ホンモノで、私達の社会がニセモノだったとしたら?
でも、自分の体がここの男たちの共有だとしたらなんて考えると虫唾が走る。
…とっくに私の脳みそは自分の体は男の共有財産じゃないって理解している。そんな生き方は絶対にできない。例えそれがホンモノだとしても私のプライドが許さない。だからこれでいいんだ。
意を決して席を立つと私はノンノと共にクラリネに近づく。
「クラリネ。結婚おめでとう。今日は呼んでくれてありがとう」
そう言うと私はクラリネの前の席に三つの革袋を置く。
「これは三つの袋と言ってね…パンとチーズとワインの胃袋、お金の入った財袋、そして宝石の入った財袋だよ…。三つの袋の由来は…まあ、長くなるから。とにかく末永く二人が仲良くいられる為の袋だよ」
クラリネは胸に手を当てて感謝の仕草をした。次に後のノンノがクラリネの前に出る。
「クラリネお姉さま。結婚おめでとう…あのこれ…侍女のベラと市場で探したの…」
そう言うとノンノは壺にたくさんいけられたスズランの束を差し出した。
「お姉さまがこの花が好きって聞いたから。どうか受け取って」
「ありがとうノンノ」
クラリネはノンノから花束を受け取る。するとノンノはクラリネに言った。
「ねえ、クラリネ姉さま。私、ルリコ様の下で仕事を頂いたの。きっと沢山お金をくださるわ。だから、姉さま達のお家を買ってあげられる。そしたら…また一緒に住みましょう?」
熱っぽく語るノンノをクラリネは頭を撫でながら頷いた。
「そうね、ノンノ。きっとそう。そうなのね」
それを聞いて居たファイノンも頷く。
「私もクラリネ姉さんと末永くつるめるならそれがいいかもね」
クラリネはノンノとファイノンの顔を見て頷く。そしてゆっくりと私の方を見ると手を差し出し開いてみせた。その中には奇妙な丸っこいガラス質の黒い石ころが置かれていた。
「ルリコ様。今日はありがとうございました。お礼と言ってはなんですがこれをどうぞ」
「? これは何?」
「子供の頃、私は原始の姿で生きる人たちに育てられ、追放されました。これはその時にもらった形見のメテオライトです」
それはクラリネの日記に記されていた故郷のことなのだろう。
「そんな大事なモノもらえないよ」
「はい。私はいつかあそこに戻りたいと願ってこの石を持っていました。しかし…。今はもうその思いも失せました。いえ…目的を果たしたと言うべきでしょうか? 既に私はたどり着いていたようです」
そう言うとクラリネは私に石を握らせる。
「この石は太古の時代に遠い宙の星環から落ちた石だと聞いて居ます。いずれその石は元の星に帰ると予言されています。だったらこの石は貴方に託したい」
――どうかこの石を遥か果ての旅路と共に宙へと還してあげてください。貴方の手で。
「…わかりました」
彼女は石を手渡すと椅子から上がり眼下の男たちに手を振った。それを見た階段下の男たちは「おおう!」と喝采の拍手を送る。それを見下ろす彼女はとても満ち足りているように見えたのが私の癪にさわった。
なんだろう、この友人の結婚式でイケメンの夫を見せびらかされた時みたいなイライラは。焦燥感は。私はクラリネが沢山の男にモテているのが羨ましいと思っているのかな。それとも…。クラリネが先に夢を叶えたから? 夢を叶えるということが”誰にでも”できる。なんて様を見たくなかったから? だとしたらなんて矮小な女なのだろう。私は。
自分の中に一気にウツの感情が流れてくる。
友達とか言っておきながらその成功を心から祝福できない。むしろ嫉妬の炎を燃やす。こんな性悪だから孤独死したんだろうね。私は。
その次に来たのは自分にガッカリした気持ちだった。
転生しても。美貌を得ても。私の性根は変わらない。そうやって他人の人生と自分の人生を比べて…。ああだこうだと自分の生にケチをつける。永遠に他人を羨んで、自分を蔑んで。そんなの幸せになれるわけがない。もし、私に大事な人ができても家庭ができても。きっと他人の夫や家庭を比べて満足できないまま、愛想をつかされて一人ぼっちになって…。死ぬだけなんじゃないか? だって、心の声も、価値観も”孤独死した私”のままだ。環境が変わっても、結局は私は私だ。じゃあ私の二度目の人生って何なんだろう? また同じ失敗をするために転生したってことなのかな?
席に戻った私は思考にふける。
何故私は転生したのだろう? 何故私は産まれてきたのか…。何故私は…。
――孤独死をしてしまったのか…。
カンガエタクナイ。
私は頭を抱える。
怖い。生前の自分の人生が…。間違っていて…。無駄だったかもしれないなんて。知りたくない!
「ルリ姉さま? 大丈夫?」
頭を抱える私にノンノが心配そうな声をかけてくる。
「…ちょっと最近働きづめだったから体調が悪いのかも…。少し風に当たってくるよ」
「お供します」
そう言うベラに私はイラッとして突き放すような物言いをしてしまう。
「要らない。貴方はノンノの護衛をしてて」
「は、はい。申し訳ありません」
ああ、最悪だ。何も悪くないベラに八つ当たりするなんて。そんな自分にイライラする。私はそんな自分から逃げる様にギルドホールの外の人気のない場所に避難する。自分の中のグツグツと煮えるようなドス黒い感情を、夜空に向けてぶつけ続けた。
―消えてなくなれ、消えてなくなれ!
そんな思いを空にずっと念じ続けていた。でも空は変わらなかった。夜空の下の城下町も変わらなかった。私はそれが何だか嬉しくて滑稽で笑えて来る。
「おっかねぇなぁ」
突然横から男の声が聞こえて急いで振り返る。
「ヒィッ! な、なんなんだよオメェ!」
そこには怯えて立ち上がったマルコが居た。
「なんだ。あんたか」
「…オメェ本当に…。なんでそんなに怒ってるんだ? あれもこれも全部お前の手柄だってのに」
「貴方と同じだよ。友達より先に結婚されて、ふてくされてるだけ」
そう言うと私はマルコを横目で見る。彼の座っている地面には酒樽一つが置かれている。
「そうなのか? 誰かを殺すのかと思うほどだったが…。俺は別にそこまでじゃねぇ…。アイツと一緒に死のうかと思ったが…。無理だった。俺はあいつと一緒に死ぬ度胸もない。だからきっと一緒に生きることもできなかったんだろうよ」
そう言うと彼は酒樽から酒を汲んで差し出した。
「飲むか?」
それを聞いてまた私はイラッとする。なんかコイツは私を同類と思っている様で無性にハラが立つ。
「だから何故そんなに怒る?」
「多分それが私のお酒だからじゃない?」
「なんだよ。そんなことで怒るなんて。アンタにもそういうところがあるんだな」
マルコの言葉を聞いてため息が出る。
こんな男よりニコラスと飲みたかった…。
私が憂鬱な気分のままその場に座ると、後ろからマルコのしどろもどろとした声が響く。
「なあ、アンタに教えて欲しいんだ。アンタは頭が良いんだろ? だから教えて欲しい。男というのは酒や女を目にすると…。我を忘れることがあるんだ。それは女もなのか?」
私はマルコの言葉がまた癪に触ってイライラとした気分になる。
「いや、だから怒るなって! 俺は反省したいんだ。俺はクラリネへの気持ちが本当なのかどうか知りたい。だけどわからないんだ。何故一時とは言え、クラリネは俺を選んだんだ? それを考えたら。クラリネも腹が減った時に無性にパンが食いたくなるように、寂しいときに人と話すように。物欲しいときに俺を欲していたのか…。愛とソレの違いがなんなのかわからない。俺にとって愛とソレは同じだが…。クラリネはソレが無くてもラッセルを愛せると言っていた。じゃあ愛ってなんだ? ただ、そこにいることで満ち足りることなのか? わからないんだ。女にとってソレと愛って何なんだ?」
そんなことわかるわけがない。私はニコラスが好きだ。でもそれはフランが好きだったり、母が好きだったりするのと同じだ。
でも私はフランや母と口づけしたいとは思わない。
私はニコラスと口づけした唇を手でなぞる。そうするとゾクゾクした快感のような、幸福感のようなモノが独占欲が自分の中に湧き上がる。
そう、私がニコラスの唇を奪ったんだ。
そんな自分の考えを私は唾棄する。それは彼に対してあまりに侮辱したような考えな気がする。私達はお互いに唇を求めた。だから公平だ。お互い様なんだ。
でもそれは…。本当に”私”だったのだろうか? 私の血が、肉体がそうしたのだろうか? 今、私はそれをした自分に慄いている。同じように衝動的に他人が私の唇を奪ったら許せるだろうか? いや、許せない。ましてや私がニコラスにそんなことをするとは思いたくない。
だからアレは私とニコラスのゲームだったんだろう。いや、そう思いたい私の打算なのだろう。
だって、ニコラスが私を欲しがってるってわかってて。わざとそうしたから。そんなつもりはなくても、多分そうだったんだろう。そこに色々言葉を付け足して『そんなつもりじゃなかった』って言いたいだけなんだ。でも、それは女を男が『手が勝手に触った』っていうのと同じような…。そう、同じなんだ。
「女だって男のみたいなソレはあるよ。でもね、それをあらわにしたらふしだらと言われる。だから隠している。だから隠せなくなったらそれをフリとか違う何かって思い込むことはあるかもしれない。男が欲望をガマンできないって言い訳するようにね」
「なんだそれ? なんでそんなややこしいんだ? 別に俺達は女がエロければ嬉しいぞ。何故隠す? 何故正直に言わないんだ? ソレをして欲しいって言えば簡単じゃないか」
「でもそうしたら女は子供を産まなくちゃいけなくなる。だから女は母親になった時のことを考える。その時に近くにいて守ってくれる男を伴侶に求めるんだと思う。そして母親はちゃんとしてないといけない。だから女はどこか冷めてないといけないんだよ」
「そうか…そういやそうだったな」
マルコはあっけなく納得すると黙った。
いや、女がそうなるのぐらいわかれよ。今までわからなかったの? だからクラリネに選ばれないんだよ!
私は呆れる。
やっぱり男はバカだなぁ…。
でも、そんな自分もやっぱり愚かなのかもしれない。
ニコラスとキスをした時、私はニコラスとあのままなし崩し的に愛を遂げられて夫婦になりたいという衝動があった。打算も理性もない情熱が。本能のままに成就すれば、それが本物の愛なんじゃないかって気がしたから。
もう、どうなってもいい。そう思えてしまったから――。思いたかったから。理性の恋愛がまるで計算の様に味気なく思えてしまったから。まるで手から放られたサイコロが無軌道にデタラメに転がって、その出た出目が運命を啓示していればいいと思ったから。でも…そのサイコロを振ったのは結局私だった。私はニコラスが我慢の限界なことを知っていて。それでいてからかうつもりで誘ったんだ。そんな私がどうしようもなく嫌だから…つい衝動的にとか身体が勝手にって言葉でごまかしているんだ。
――だから多分きっと…。私は私達の恋は…愛は。言葉で出来ているんだ。
私達が沢山の異性と関係を持たないように、ちゃんと仕事をして税金を払う様にって…この世界の誰かが…そういう風にしたんだ。まるでパソコンのプラグラムをかき込むように…私達にそういう言葉を教えて書き込んだんだ。
だから私達がキスをするのも、同棲するのも、結婚するのも。それは全部、言葉で出来ているんだ。キスは愛の接触で、同棲は愛の家で、結婚は愛の契約という段取りを踏んで夫婦になるよう書き込まれている。まるで遺伝子に書き込まれた情報の様に。
『私達は言葉で出来ている』
脳裏に奥方様の声が響く。
『初めに言ありき――』
神様ななんて居るなんて思えない。私達を作ったのは神様かどうかなんてわからない。でも恋愛も仕事も家庭も全部が言葉で出来ていてそれに従う様に世界が造られているなんて…そんなのは人間の仕業とは思えない。もし、そんなことができるなら…。
――神様が居ないと説明がつかない。
そんなのは嫌だ…。私がニコラスを好きな気持ちも、友達も、家族も全部が言葉で出来て居るなんて耐えられない。じゃあ本当の恋愛って…本当の愛って何? 原始のごとく沢山の男たちと関係するような世界のこと? そんなのやっぱり無理。
私は内心頭をかきむしる。
本当の自分。本当の愛。本当の友情。それはまるで自分やこの世界の愛や友情が全てニセモノであるかのような反証に思えてくる。じゃあ本当の私の人生って何? 孤独死した人間の人生はニセモノってこと? 違う。そんなわけないあんなに苦しくて、それでも最後まで抗って生きた人生がニセモノなわけない。
『皆は『ありがとう』と満足して逝きました。最後までがんばってました。それを無意味なんて言えるわけがありません。だから、私はまた…きっと会えるって信じています』
修道長の声が聞こえる。
そうだ…。きっとそう。修道長の言葉がそれを教えてくれた。言葉は…私の道を指し示してくれる。
『例えば泉の水位が下がったら日照りになるって言うだろ? その解釈は日照りの前兆として泉の水位が下がっていたのを見た、という経験が前提にある。私達にとっては経験の積み重ねでできた文化というわけだ』
そうか…私達だけじゃなくて、この世界、自然。全てが…言葉みたいなものなんだ…。だったら自然から学べばそれは…私達の言葉だ。私達の呪文なんだ。
『呪いは名付けなの。名付けもまた呪いなのよ』
愛している。
私は自分の内心でニコラスにそう言う。心臓がドキドキする。
好き、好き、愛している。
高鳴る自分の心臓の鼓動を手で確かに感じられると涙が溢れそうになる。
たとえ私の中が誰かの言葉でがんじがらめになっていたとしても、この胸の鼓動だけは私の心臓が奏でる本物の私なんだ。
私は顔を上げる。
皆に会いたい。母さんに会いたい。フランに会いたい。クリシダに会いたい。森に帰りたい。
突然、マルコがお酒の器を城下町に投げて放る。切ない気分をぶち壊された抗議の視線をマルコに送ると彼はニヤリと笑って言った。
「これでアンタの気も少しははれるだろう?」
マルコの笑顔に私もニヤリと笑う。
「まあ、私の酒だからね」
こんな街、放った器が誰かの頭にぶつかってしまえ。なんて、そんな気持ちを口にすることはできない。だってもう私はこの街の夜明けが琥珀色と知っているから。




