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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
夢寝子ラブトロジー
45/66

さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 死が二人を分かつまで

次回は9/14日です まだもうちょっとだけ続くんじゃ…

「ニ! ニコラス様ぁ!」


 別荘に帰るとサムとナタリア、ノンノが憔悴したニコラスを介助して離宮まで運んだ。私はアマナと一緒に出迎えたベラを見つけると手招きして呼んだ。


「ベラ、ちょっと頼みがあるんだけど」


「はい、なんなりと」


「ニコラスが運動不足で持て余しているらしいから。私が居ない間、ちょっとトレーニングに付き合ってあげて?」


 それを聞いたベラは頭を下げて言った。


「承知しました。差し出がましいようですが、持久力だけでなく筋力も上げた方がよろしいかと思います」


「あー確かに。まあ、そういうのもろもろ頼むよ」


「承知しました。お任せください。ニコラス様を一人前のオトコにしてあげましょう」


 そう言うとベラはニヤリと笑う。


 うーん。なんかいかがわしく聞こえるけど…絶対センシティブな意味じゃないんだろうな。


「あ、それとこれは”私”の命令。ニコラスには…」


「はい、余計な虫をつかせない。心得ております」


 ベラさんめっちゃやる気に溢れてるな…大丈夫かな? 何か良いことでもあったのかな?


「あ、もしかして情報のウラ取りで何かわかった?」


「そのことなんですが申し訳ありません。相手の組織がゴールドテンパランスという組織名とカリネがその組織のナンバースリーということぐらいしかわかりませんでした」


 いや、めっちゃわかってるじゃん。


「ゴールドテンパランス? 金の節制? なんかオシャレっぽいようでケチっぽい組織名だね」


「奴らは城下町に根差した移民の商人集団なのですが、城内の貴族の御用商人の地位を得ようと行動しているようです。なのでルリコ様をその足掛かりにするつもりで政界進出という目的も嘘偽り無いようです」


 う、うーん。なんで聞いて来たかのように知っているんだろう。恐ろしい娘…。


「で、どうなの実際? 協力できそう? まあ、もうしちゃってるけどさ」


「商人としての力量は申し分ありません。金、パイプ、人財。どれをとっても一流と渡り合えるぐらいの実力はあるとみて良いでしょう」


「ふーん…」


「ただ…妙な感じがします」


「妙?」


「奴らの目的は政界進出ではありますが…その根本は…魂の救済だとされています」


「あーそういえばこの世界の苦しみを無くしたいとか言ってたような…」


「これは私の経験ですが…」


「うん」


「教会人ならともかく商人が魂の救済なんてものを目的するはずがございません」


「あー…確かに言われてみるとそうかも…。ってことは?」


「それは偽りの目的で、裏があるということです」


「うーんつまり…その目的次第では私達が出し抜かれるってこと?」


「そのようなことは絶対にさせません」


 え…。そんなこと言うなんて…。もしかしてベラさん私のことめっちゃ好きなのかな…トゥインク…。


「因みに誰がボスとかわかってるの?」


「はい。ゴールドテンパランスの施設に自画像がありました」


 ええ…。あるんだ。どうしよう。もうベラさんだけでいいんじゃないかな…って感じがしてきた。


 ベラは目を閉じるとその肖像画の特徴を共有し始めた。


「ボスは女です。黒いハット帽と外套のようなモコモコした獣の素材をまとっています。背丈は百六十五センチ以下。白い肌に銀の髪色。目に星の様な瞳孔」


 その特徴を聞いて私は水路の川の桟橋で見た美しい少女のことを思い出した。


「あー。その人…会ったことあるかも…」


「そうですか…やはり…」


「やはりって…え、もしかしてそんな前から仕込まれてたの?」


「いえ、流石にそれはないでしょう。そうではなく…。彼女は…貴方に似ていると思ったんです。なんというか…。まるで儀式刀のような美しさというか…。宙に瞬く一等明るい星のような…」


 ええ…なんだろうベラさん。今日はやけに詩的だな。もしかしてアレかな? デレってやつなのか? クーデレなんですか?


 つい私は頬がニヤけてしまう。私の表情を見たベラさんはフッと無表情になって俯いた。その瞬間、私はベラさんがどこか遠くに消えてしまいそうな寂しい感じがした。


「どうかした?」


「いえ…。大きな星の下では小さな星など目を凝らさなければ見ることすら叶わない。貴方とあの女が近づけば近づくほど、私のような小星しょうせいはその光に覆い隠されて見えなくなってしまうのかと思うと…何だか…残念に思えてしまっただけです」


 その時、私はベラさんがたまらなく愛おしくなって後ろから抱きしめた。


「わかった。じゃあその人には近づかない。そして安心して。私は…どこにいてもベラさんのこと忘れないから。ジルタも、アマナも。もし私の光が他の星を陰らせてしまうなら…。私は貴族を辞めます。で、皆を森に呼ぶから。そこでダラダラ隠居しよ!」


「おやめください!」


 突然私の脇腹に鈍い衝撃が走る。どうやらベラさんが私の拘束から逃れようとして勢い余って肘が脇腹に入ったようだ。


 うっそだろオイ…。ツンデレに暴力はつきものだけど…。ガチで痛い…。


「ああ、すみません! ルリコ様!」


 いつものベラとは思えない悲痛な叫びが頭上で響く。


「どうか…私に優しくするのをやめてください。私は…私は武器です。私のことはどうか武器として扱ってください。そうでなければ…。私は…弱くなってしまう」


 私が顔を上げようとするとベラは私の頭を抱えてそれを阻止した。


「見ないでください。どうか、今の私の顔を。今の私の顔を見られたくありません」


「わかったよ…。じゃあベラ…。貴方が私の武器ならずっと私の側に居て役に立ちなさい」


 暫くの沈黙の後、頭上でベラは「承知しました」と冷徹な声を放った。「不肖このベラ、貴方が望むなら最後までその御身の側にありましょう」


 ベラは私の頭を放すと「打ち身に効く軟膏を持ってまいります」とその場を後にした。私はもしかしたらベラはまだその顔を見られたくないのかと思ってそのままその場で伏せて居た。


 いや、なんだこれ。いや、これはベラの純情をからかった私が悪いのか? 多分そうだよね?


 私が立ち上がって振り返ると赤面したアマナ、ジルタと眠そうにウトウトしているリュシュアとそのリュシュアの髪を弄って遊んでいるエルヴィが居た。


 うん…知ってた。


「申し訳ありませんルリコ様。このアマナはワルス様に忠義を捧げています」


 私とベラの掛け合いを見たアマナは若干引きながら深々と頭を下げる。それに続いてリュシュナとエルヴィも呆れて眉をひそめる。


「速報。私の主人が女たらしの件」


「女とみれば誰かれ構わず愛をささやいてそう」


「違うんだって!」


 それをよそにジルタは身を乗り出し、意気込んで言った。


「ルリコ様! 私に道中のシュラの世話をお任せください!」


 うーん…今、ジルタを連れて行っても身の置きどころがないんだよね…。多分森に入れるにも許可が必要だろうし…。


「ありがとうジルタ。でも貴方にはやることがあるでしょう? リュシュナから経理やアマナから侍女の指導を教わって欲しいの。向こうで屋敷を建てたらジルタには後輩の指導とかして欲しいんだよね…」


「でも…わだすはルリコ様の御側にありたい…」


 そう言うとジルタはスカートをギュッと握りしめる。


 う…。いや、感情に流されてはいけない。


「うん。わかってる。私もジルタには側に居て欲しい。でも、貴族となったらお召替えや礼儀作法ができないと側に置くのは難しいの。だから此処にいて侍女のスキルを磨いてほしいかな」


「…それができたらルリコ様の御側に居れますか?」


「勿論。約束する」


「わかりました! 私! 沢山勉強します! そしてルリコ様の侍女になります! それで、いつなれますか!?」


 うーん…私が帰るのは早くて一週間…遅くて一か月後ぐらいだけど…。


 私はジルタの背後のアマナを見る。アマナは首を大きく横に振って手でバツマークを作っている。


 だよね…。流石に一か月は無理か…。一年? 数年? うーん…。これは向こうに家を建てたらアマナさんみたいな教えられる人を雇ってジルタを育てた方が良いかな。


「て、手紙で送るから。そしたら迎えに行くよ」


「わかりました!」


 頭を下げたジルタは居ても立ってもいられないという様にその場で身体を揺すっていた。私はジルタの様子を見ながら冷や汗を流していた。


 家が建つ頃か…。一体何時だろう…? そもそもあそこに家建てて良いのかな…? わからん。でもジルタと約束したしなんとかしよう。いざとなったら貴族パワーで…。


「ルリコ様」


 先ほど去って行ったベラが門の前のホールに駆け戻って来た。


「ヒゲ様が、シーブ様がただならぬ様子と言っています。急いで来てください」


 突然の呼び出しに私とニコラスが離宮の長老の部屋に駆けつけると、廊下のじゅうたんの端に師匠がぽつんと座っていた。


「どうしたんですか?」


 そう聞いても師匠はぽかんとした表情を向けるだけで何も答えてくれなかった。いつもは即断即決の師匠がぼんやりとしている。それだけでも良くないことが起きたのだとわかる。だがその師匠の表情には悲しいとか不安とかの一切の表情がなくてまるで呆けているようだ。それは私の師匠とは別の何者かのようだ。その異様さがかえって不安をかきたてる。


 師匠一体どうしちゃったんだろう。もしかしてシーブ長老の様態がおかしすぎて変になっちゃったのかな?


 師匠の異変に動揺した私は長老の部屋をノックもせずに開ける。


「シーブ長老!? 大丈夫ですか…?」


 部屋に入るとベッドの中で頭に包帯を巻いた長老と目が合う。そのベッドの上で猫が丸まって長老の手元に収まっていた。


「ルリコ…どうやら私はここまでの様です…」


 そう言うと、シーブ長老は大きくせき込む。


 う、うわ…。凄い咳だな…ていうか…。なんかこの部屋あっつ!


 見ると暖炉には鍋が火にかけられ煮えたぎったお湯の蒸気が部屋に立ちこめていた。シーブ長老はまたもや大きく咳をする。


「ゲホッ! ゲホッ! ああ…息が苦しい…! 心臓が痛い… いよいよ私も最後の時がやってきたようです…!」


「こんな蒸した空間にいたら誰だってそうなりますよ!」


 そう言いながら私は部屋の窓を開ける。するとたちまち外気が部屋に吹き込んで蒸気が外に逃げて行く。


「ああ…目の前が真っ白に…これが…死後の世界…?」


「ただの日差しです」


 私の言葉に師匠はうつろな目を向けて言った。


「いいですかルリコ。私が亡き後、私の勤めは務めは貴方に託します…。エルフの未来を…集落が滅ばないようどうかお願いします」


「いや…そんなことお願いされても困るというか…。長老職は継がないって言ったじゃないですか」


「ああ、貴方にこのような重荷を背負わせるのは心配です。昔から貴方と来たら向こう見ずで人の話を聞かず…理想ばかり語るくせに理屈をこねまわして…」


 もうダメという割に文句が多い…。


「今日は長老調子が悪いみたいですね。でも顔色は凄く良いんで大丈夫だと思いますよ。猫吸いして落ち着く?」


「最後に貴方のおじやが食べたい…」


 そう言う長老の目に涙が光る。


 長老…そんなに私のおじやが…。


「だったらおかゆの方がいいんじゃないんですか? おじやは脂っこいから消化に悪いし…」


「いえ、おじやが良いです」


「…わかりました。用意してきます」


 部屋の外に出ると、扉の向こうにアマナとベラ、ジルタが立って居た。その後ろには師匠が所在なさげに立って居る。アマナが私の前に一歩前に出て言った。


「長老様のご容態はいかがですか?」


「直ぐにどうこうなることはないと思う、食欲もあっておじやを所望しているわ」


「おじや?」


「えーと米を煮込んだ…」


「ああ、おかゆのようなものですか?」


「ええ、それに出汁で味付けして具を入れたものかな」


「治癒士を呼んで作らせますか?」


 あんなにハキハキ喋る人が具合が悪いとは思えないけどなぁ…。


「えっと…仮に呼んだらどうなるの? 治癒士ってのは?」


「昨日、水兵に槍を刺された兵士は傷口を焼かれて気絶してましたね」


 そう言うとジルタは背筋を震わせる。続いてアマナは私に進言してくる。


「治癒士は頼めばおかゆを処方してくれます。もしかしたらおじやのことも知っているかもしれません」


 え、おかゆを処方って…。おかゆって薬なの?


「…まあ、おじやは私が作れるから。だったら私がやるよ。長老も私の手ずからのおじやを所望しているみたいだしね」


「おじやとおかゆは似ているんですよね? でしたらお米と火を用意しておきます。他に必要な具材はありますか?」


「長老はサッパリ系が好きだと思うから魚介の干しものとかをダシにして。ほぐした身とたまご、ネギ、庭の薬草を持って来て」


「承知しました。ジルタ、今日の分の卵を修道院に取りに行ってください」


「わかりました」


 アマナとベラは台所へ、ジルタは修道院に足早に歩いて行く。私はそれを見送った後、師匠を横目で見る。私達が話している間師匠は何も言わずずっと真顔で私の顔を見ているだけだった。


「師匠…あの…マジでどうかしたんですか? 何か変ですよ?」


 師匠は私に話しかけられると「うるせぇ」と眉をしかめる。だけどその後すぐに無表情で私の顔をまっすぐ見てくる。顔形は私の良く知る師匠だ。だが、そのうつろな目つきは私の共感を一切を拒絶しているようだった。


 いや…なんかこれ…。長老より師匠の方がヤバくね? やっぱ長老の容態が悪くて動揺してるせいなのかな? 後で長老に聞いてみないと絶対駄目だこれ。


「師匠ちょっとおかしいですよ。…長老におじや作ったら事情を聴くので待って居てください」


 師匠は頷いて「ああ、待つのは得意だからな」と答えた。


「お願いしますね」


 そう言って私は台所に向かう。


 うーん…師匠大丈夫かな。ていうか師匠の言葉なんかどっかで聞いたことあるけど…。何だっけ?


 台所に向かう途中、中庭でエイリスとアキレアが立って話していた。


 なんか、面白い取り合わせだな。


 そう思って近づくとエイリスは私に片手を上げて挨拶する。


「あ、ルリコサマ。ご機嫌麗しゅう」


「エイリスさ…。じゃなくてエイリス。何やっているの?」


「ああ、今後の話し合いをね。実はこの騎士アキレアにルリコサマの護衛をお願いしていたのさ」


「それを私は承っていたんだ」


 そう言いながら騎士アキレアはガクガクと何度も頷く。


「え、騎士って。騎士団はどうするんですか?」


 私が聞くとアキレアはエイリスの方を向く。エイリスはアキレアを少し押しのけて言う。


「それをルリコ様から奥方様、騎士長に取り次いで欲しいってことです」


「あーまー…」


 まあ、護衛だけなら開拓地の騎士長ってわけでもないし誰でもいいか。


「わかりました。後で騎士長さんから奥方様に取り次いでもらいますね」


「あ、アタシからも良いですか? ルリコサマの事業の裏方は私に任せてくれませんか?」


「事業って…。まだモノもないのに?」


「アハハ。開発するために事業を立ち上げるんですよ。ていうか今のうちに会社立ち上げて出資をクンシュ様達で固めておきましょう。じゃないとウチの組織も出資して経営に口出しされかねないですし」


「あー…。それは確かにそうだね」


「だから大口はクンシュサマ達で固めて、小口は町民に公開して出資してもらうって感じの方が良いんじゃないですか?」


「小口で出資を募るの? 何で?」


「そうすれば町民が配当を得られてエルフの皆さんの名声が上がるって寸法です」


「ああ、成程ね」


 確かに紙で事業の成功を狙うのもいいけど、同時にエルフの名声も上げられるのに越したことはないか。


「因みに配当ってお金を配るの?」


「そんなことしたら教会から睨まれますから優待としてブツの優先販売や安売りにしましょう」


「ああ、いいねそれ。ていうかエイリスは裏方で良いの? 別に社長でもいいんだよ?」


「いやぁ。私が社長やったら組織に暗殺されるの待ったなしなんで裏方しかできないんですよねぇ…。まあその代わり情報屋の特技を生かして修道院や商人の販路を開拓するのが私の役目ですね」


 ああ、そういえばエイリスさんほぼ城出禁みたいな感じだっけ…。


「わかったよ…。じゃあ今の感じで進めておいて。勿論それについても奥方様に話を通しておくから」


「オナシャス。ああ、営業とかの人事はエルフの方に任せられませんか? 私だとカドがたつでしょうし…公募だと組織の息のかかった奴がくると思うんで」


 ええ…。なんか面倒な組織だなぁ…。


「エイリスの事前情報で組織と無関係の人をひぱって来れないの?」


「仮にそうしてもその人が組織に懐柔されるのは時間の問題でしょうね」


 成程なぁ。だから商工区とかは雇われの人はほぼ監禁状態なのか。仮に特許を作っても他の特許の無い国で作られたら終わりだし…。そう考えると中世って結構シンドイな。まあ、エルフの皆も懐柔はされないだろうけど…プライドが高いから営業とかに向いてないと思うんだよなぁ…。誰かできる人いるかな…? 


「まあ、とにかく了解しました。じゃあそういう方向で話を進めておいてください」


「かしこまり」


「騎士アキレアも護衛よろしくお願いします」


「ん。こちらこそよろしく頼む」


 最期までフレンドリーだったエイリスさんに比べてアキレアは目を合わせてくれなかった。


「遅れてごめん」


 私が台所に着いた頃にはアマナ達はかまどに火を入れ、食材を用意してくれていた。


「ルリコ様。卵も用意してあります。この卵が一番大きいサイズで産んだ鶏も立派だそうです」


「ありがとうジルタ。じゃあおじや作っちゃおうか」


 まあ、おじやって言っても米を出汁で緩く煮て具を入れるだけなんだけどね…。


 私はかまどで米を煮立たせている間、侍女たちに会社のことを話しておいた。


「そういう事情であれば我々も気を付けなければなりませんね」


 事情を聴いたアマナは深刻そうに眼を伏せる。


「いやいや、アマナさんたちが裏切るとは思ってないから」


「お言葉ですが。私とて家族や家が人質に取られれば従うしかありません。或いはお家を再興する手助けなんて言われた日には…」


 アマナさんの言葉を受けて私も気づく。確かに私も集落の皆を人質に取られたら従うしかない。


「あー…確かにそうか…」


 ベラは目を細めるとうなる様に言う。


「追加の人員は皆の親族で固めた方が良いかもしれませんね」


「そうすると今度はネズミ算式に親族が増えてくるんですよねぇ…」


「私の家族はルリコ様に仕えさせたくありません。ダメなシュラにも劣る人達ですから。ルリコ様の財に寄生するにきまってます」


 前のめりなりながらジルタは言う。


「いっそ、組織の奴らを社長にでもすればいいんでしょうが…そうなるとルリコ様の君主への忠を疑われます。周りの取り巻きの商人も組織を警戒しているでしょうしね」


「…まあ、私が立場を得るまでは大人しくしててくれるんじゃないかな。私が戻って来て社交界デビューの時に状況が動く感じだと思う」


「そうですか。でしたら僭越せんえつですが、ノンノを会社の顔役にしてはどうでしょう?」


「ノンノを? 何で?」


「ノンノは捨て札だからです」


 捨て札?


「誤解しないでください。…そうですね例えばポーカーというゲームがありますね? 最初に配られた時にワンペアやA等の強いカードを切り札と言います。これはルリコ様やニコラス様、エルフの方々です。対して何の役にならなさそうなカードは捨てられる。そして理想の形を得たら勝負に参加します。この時、勝負に参加している強い札が最も危険…ということです」


「要するに最初の無役のカードは見向きもされないからむしろ安全…って言いたいの?」


「仰る通りです。通常場に出て来た明らかに弱いカードは卓の者たちに『無役』と認識されます。むしろ警戒されるのは切り札。つまりルリコ様やエルフ様方のカード…というわけです。我々の利害関係のゲームは君主、奥方、エルフ様などの強いカードをどれだけ手札に加えられるかという勝負なので弱すぎるカードはむしろリソースを割かれることが少なく無視されやすいということです」


 ベラの説明は何となくわかる。確かに勝負の最初の札って無視されやすいみたいのはある…。ノンノを前に出しても明らかに囮っぽいからむしろ安全ってのは納得できる。


「でもなぁ…ノンノを危険に晒すのは流石に…」


 ノンノなら営業的なことはしてくれると思うけど…。前世の日本と違って異世界だとセクハラとか乱暴されるパターンが心配だ…。これはやっぱり…。


「やります」


 私がベラの作戦に疑問を投げかけようとした時、部屋の外の陰からノンノが姿を現した。


「ルリコ様。その任務、私に任せてください」


「ノンノ…」


 どうしてノンノがここに?


 私がベラに視線でそう問いかけると彼女は頭を下げて言った。


「申し訳ありません。ノンノがここに来ていたのは気づいていました。しかし事前に彼女から仕事が欲しいと聞いていたので…」


「ねえ、ルリコ様。ルリコ様やベラばかり活躍して。どうして私を仲間外れにするの? 私だってやれます」


「ノンノには貴族の身分がない。だから男たちが『何をしても良い』って思うかもしれない。それが許せないから」


「あら? 私だって先日まで姉さま方の斡旋あっせんをしていたんですよ? 飢えた獣みたいな男たちを巧みに誘って娼館で姉さまに引き合わせる仕事です。社交界の方々はあのケダモノ達より躾られてないと仰るの?」


 まあ…確かに私の庇護下にあるってわからせれば…無体はされないと思うけど…。


「それに何かあればベラと一緒に行動する。ベラだったら森の狼の群れだって蹴散らしてくれるわ」


「その通りです」


「ね? だからお願い。私も仕事させて…。そうじゃないと…ニコラス様は私を見てくれない。ニコラス様は仕事をしない女を好きになることはない…そうでしょ?」


 うーん…まあ、確かにそれはあるかも…。


「私にもチャンスをください。ちゃんと全力で勝負をしてそれで負けたなら…。きっと次に行ける。でもこのまま何もせずに居たら…私はどこにも行けないままになっちゃう」


 確かに…夢は夢のまま挑戦せずに居たら…きっと最後まで諦められずに後悔になってしまうかも…。


「わかった…。だけど私が戻ってくるまで絶対に行動を起こさないで。どんな営業も探りもダメ」


「ありがとうございます! ルリ姉様!」


「私からもお礼を申し上げます」


 ノンノは台所でぴょんぴょんと飛び跳ね、その側でベラは深々と頭を下げた。


 しかし…一か月後の社交界デビューの予定ヤバくない? 奥方様のパーティー出て、ギルドの会合出て…騎士達に挨拶して…。まあ…仕事の会議だと思えばいけ…るか? いや、ムリか…。もうこれ…あれか…。エルフの誰かに…手伝ってもらうしか…ないかなぁ…。


「ベラ。分身とかってできない?」


「分身? 何ですかそれは?」


「…姉妹とか似た人居たりしない?」


「同業は沢山いますが、同郷は帝国の最前線でしょう」


 そうだよねぇ…ベラさんみたいな人が何人もウジャウジャいたらそれはそれで困るし…。かといって雇うとなると組織の息のかかった人材が来ると…。


「…僭越せんえつながら。エルフの皆さんを守るという点においては組織とは利害の一致がとれています。護衛のみであれば雇っても構わないと思います」


「ああ、そうか。それもそうだね。じゃあそれも予定に入れておこうか…」


 うん。やっぱり予定が雪だるま式に増えていく…。


「ルリコ様、鍋が煮えましたよ」


 私はアマナに言われて鍋に近づく。カマドの焚き木をジルタが引き抜いて弱火に調節してくれた。


「ありがとう二人共。後は具材と卵を入れて完成だね」


 カマドの側のノンノは鍋を覗き込みながら「私もお腹空いた」と呟いた。


「ねえ、ベラ。私にも何か作ってよ」


「ダメです、間食は身体のラインが崩れます」


「でもお腹が空いてしまって頭が働かない!」


「でしたらお腹いっぱいまで井戸のお水を飲んでください」


「はあ…貴方みたいに痩せたいなんて言わなきゃよかったわ…」


 私は盆におじやを乗せるとそれをアマナとジルタに長老の部屋の前まで運んでもらう。長老の部屋の中に入ると、窓のカーテンが外の夕暮れの風に揺れていた。その窓辺の側に師匠はぽつねんと立って居た。


「じゃあ長老と話があるから。暫く人払いをお願い」


「承知しました」


「それで…具合はどうなんですか?」


 私は長老に聞くと彼女は大きくため息をつく。


「はい。ちょっとばかり乱心したようで…。今では大丈夫です」


 それはそうだろう。危篤きとくの人がおじやをこんなにモリモリ食べるとは思えないからね…。


「でも、私だっていつお迎えが来るかわからないんですから。貴方にはしっかりしてもらわないと困ります」


 長老は鍋にさじを置くと私をまっすぐ見つめて言う。私は肩をすくめて答える。


「不安要素はありますけど、人間は大かたエルフに好意的です。失敗しても君主やワルスさんが支えてくれると思います。よっぽどのことない限りは不利益は起きないと思いますよ」


「それは私が判断します。人材はどうなりました?」


「大工ではありませんが建築家のラッセルを雇用しました。法律家ですが…大司教の関係者が来てくれると思います…。多分。医者については治療の認識が我々と大きく違うのでやめた方が良いかもしれません。いずれは医者の権威の方に来てもらって薫陶くんとうを得た…という体にしたほうがいいかもしれないですね。後は…。情報屋と酒場の店主と水夫と娼婦と…。まあ、色々おまけもついて来てます」


「成程。前者は雇用関係なのですね? 後者はしもべと解釈していいのでしょうか? この中で我々のつがいに相応しい男女は居るのですか?」


「信頼というレベルでしたらどれも不安が残りますね。この旅の中で信用できそうだと思った人間はアダットさんぐらいですか。もしかしたら騎士アキレアもそうかもしれませんけど…」


「騎士?」


「ああ、騎士アキレアは奥方様の騎士団の新人の女騎士ですね。あくまで印象ですが人を裏切るような人には見えませんでした」


「恐らくアダットには妻がいると思います。あのようなしっかり者を女が見逃すわけがありません。アキレアは女の戦士なら身重にするのは避けた方が良いですね。やはりエルフのつがいは身分が高い者の方が良いのでしょう。誰か心当たりはいないんですか?」


「そういえば、ワルス第二夫人のご子息の三男が奉公に来るそうです。あの人だったら見染めるエルフも居るかもしれませんね。ただ、かなり理性的な人なので慎重な付き合いが必要だと思います」


「まあ、それは大丈夫でしょう。我々には長い寿命があるのですから」


「それなんですが…。高貴な人達と子供を作ってしまうと長寿がバレることになります。お家の存続を願う人間がエルフを放っておくわけがないので慎重にならざるを得ません」


「ふむ…そうなるとやはりしもべや市民を囲う方が良いかもしれないですね。しかし人間の世界では身分が高い者がしもべと婚姻するのは問題なんですよね? はあ…ややこしい…」


「まあ、誰に見張られてるわけでもないのでシレっと列に加えておけばバレないと思いますけどね」


「では、結局は我々エルフの”好み”というわけですか…。それについては一番不安が残ります。やはり人間はエルフに比べて容姿が劣る…。私も集落では醜いと言われた方ですが、それでも人間の世界ではうるわしいと評判でしたから…。かといって一夫多妻など認めようものなら暴動が起きてもおかしくない…」


「そこら辺は強制は無理ですから自然にまかせるしかないと思いますよ」


「フランはどうなんですか? あの子はアキンボはタイプじゃないでしょう? 誰がタイプとか聞いてないんですか?」


「聞いたことはありませんね。ただ、フランは周りが結婚したら焦って自分も…ってなるタイプだと思います…」


「成程…で? 貴方達はどうなんですか?」


 うー…なんだこの親に彼氏のこと聞きほじられる様なウザさは…。


「どうなんでしょうねぇ…」


 私の言葉を聞いて長老は目を細めて言う。


「端から見た意見を言うなら…貴方達は時間の問題です。で、貴方はどうするつもりなんですか?」


 私は身体をもじもじさせながら言う。


「いやぁ…流石に…もう…王子様と結婚とか…言ってられないかな…って…」


「ほう。じゃあどうするんですか?」


「えっとでも…。今はまだ仕事が楽しいというか…。エルフの立場を確立しないと安心できないっていうか…。自分がどこまでやれるか…行けるところまで行きたい…私の可能性を試したい…みたいな…?」


「ははははははは」


 長老は乾いた笑いを口から放つ。


「そうでしょうとも。未だに王子様と結婚などと宣おうものならその頭を杖でカチ割ってあげようと思っていましたが。良かったです」


 うう…。


「ルリコ良いですか? 貴方はかつての私達すら超える。私はそう思っています。エルフの安寧、ご先祖の約定が果たされるかどうかは貴方達にかかっています。いいですね? その為には今はまだ貴方達の婚姻は許すことができない。貴方が身重になりでもしたら人間との繋がりが消えてしまうことになりかねません。それにニコラスは頭は良いのですが今はまだ世間知らずの甲斐性なし状態です。貴方が子供を作ってアレに稼がせようとしたら途端に破綻する。そんな気がします。アレはスカイと似ています。誰かが手綱を握らないとかえって危ういことになりかねません。その手綱は貴方が握りなさい。良いですね」


「アッハイ。わかりました」


「いいですか? ここが正念場ですよ? 私達が貴族に長寿を授ける選ばれし種族になるか。それが今です。とにかくできるだけ高い地位と武力を得て相手を選べるぐらいにならないと…。私達は貴族に長寿を与えるただの家畜として飼われ、安寧の地は永遠に失われる。良いですね? 頼みましたよ」


「…はい…承知しました」


 窓の外の冷たい風が私を撫でる。長老と話し合いした後、私は部屋から出て廊下の外から景色を眺めていた。一体何がどうなってここにいるかは覚えていない。


 どうしてこんなに寒いんだろう…。


 私の脳裏には前世で残業している自分が映っている。終わらない仕事をずっと一人でしている。


 ずっと残って私は労働力を提供している。会社の為に働く…家畜…。国に税金を納める社畜…。歴史に名も残らず、ただただ、生きて死ぬだけの歯車。


『お前がちゃんとしないから、会社が損したじゃないか!』


 上司の声が聞こえる。


 私は何の為にここに来たんだろう? 使命? 運命? 定め? それって結局…仕事と何が違うんだ? 私は…わざわざ死んで…また…仕事をするために産まれてきたんだろうか?


「あ…師匠のことについて聞くの忘れたな…」


 まあいい…。なんかどうでも良くなってきちゃった…。


 私は何とか自分の落ち込んだ気持ちを振り払おうとしたがそれができない。力が出ない。誰か何とかしてくれ…。


「ルリコ」


 声がして振り返るとニコラスが居た。その微笑んだ表情を見ると無性に悲しくなる。


「ごめん…ニコラス…」


 私は急に申し訳ない気持ちでいっぱいになって謝る。


「何故謝るのですか?」


「私、嘘ついてた。本当はね。人の命なんてどうでもいいんだ」


「そうなんですか?」


「今もこの世界で刻々と沢山の人達が死んでいる。報われない子が、不運な少女が、戦った青年が。私はそれを知りながら…美味しいご飯を食べてお風呂に入って明日も仕事だって眠るの」


 キモチワルイ――。


「ズルはダメって言いながら…。カリネさんとズルいことを平気でする…」


 ムナシイ――。


「ハッキリ言って私はエルフに向いてないと思う」


「そうですね、私もそう思います」


 私の心がズキリと痛む。恐る恐るニコラスを見ると彼も景色を見ていた。


「私も私達や貴方以外のこの世界のことが…どうでもいいと思ってます」


 …。


「世界で人が沢山死ぬ? 知ったことじゃない。勝手にすればいい」


 …。


「私達だけ良ければそれでいい。知ったことじゃない」


 違う…こんなのニコラスじゃない。


「それは嫌。嫌なの」


 私はニコラスの袖をつかむ。


「そんなこと言わないで。優しい貴方がそんなことを言うのは…悲しい。怖い。嫌」


 ニコラスは私を振り返って困ったように微笑む。


「私もです」


「…だって私は嘘つきだから…。私は貴方を自分の夢の為に利用して…」


「私もそうです」


 だから…。


「私の為にずっと死ぬまで嘘をつき続けてください。その代わり私も死ぬまで貴方を騙し続けましょう」


 その言葉を聞いた途端に自分の鬱屈した気持ちがすべて吹き飛んだ。そして自分の心臓がドキドキと脈打つ。


 そっか…嘘ついて良いんだ…。


「いいの? 本気で…やるよ? 大丈夫?」


「大丈夫です。性格の悪さなら。多分貴方は私に勝てないでしょうから」


 ハハハ、何言ってるの? そんなわけない。馬鹿じゃない?


 そう思って私は「バーカ…」と小さく呟く。


「何です?」


 ニコラスはキョトンと首を傾げる。何それカワイイ。


 私は手でコイコイと呼び寄せる。近付いて来たニコラスの前に立つと口元に手を当てて耳打ちをするような仕草をする。顔を近づけて来た彼の首に私は手を回す。私は悪い笑顔を浮かべる。彼の額に私の額を合わせると頬を密着させ至近距離でお互いの瞳を合わせる。そのまま私は自分の唇を彼の唇に重ね合わせた。


 自分の頭から背筋まで電流が走ったかのように快感が駆け巡る。私が彼の唇を吸うと、彼も私の唇を吸う。私もお返しをしようと首に腕をかけてそして…。


 ドンガラガッシャーンッ!


 突然何かが落ちた音が廊下に響く。その音の方を見るとお茶のお盆を落としたエルヴィとリュシュアが呆然と立って居た。


「あーー! ルリコ様とニコラス様がぁーー! ちゅぅううううしてるぅうううううーーーっ!」


 リュシュアは涙目になりながら言う。


「殿方との付き合いってこんなに大変なの…? なんかもう…一生独身でいいや…」


「いや、これは違くてねぇ…!」


 私はなんとかその場を取り繕うとすると背後のドアが重々しい音をさせて開いた。振り返ると隙間から眉を深くしかめた長老が顔を覗かせながら底冷えするような声で言った。


「二人とも、こっちに来なさい。話があります」

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