さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 二律背反と二重規則
やっと終わるのでこの後の話は出来たら即上げます。
ちょっと頑張りましたが時間がないので一旦ここで上げさせてもらいます。
私達が森から出るとそこには大勢の黒衣の槍を持った男たちと、その前に立ちふさがるベラの姿だった。
あ、ベラのこと忘れてた。
ベラは男達からジルタと倒れた兵士を庇う様に立ちふさがっていた。その横で見覚えのある顔が私の下へとすり寄ってくる。エイリスだ。
「ルリコさまぁ~」
そのお笑い芸人みたいな話の入り方と状況から「なんか厄介ごとかな」とつい察してしまう。その予感は的中したらしく、エイリスは地面にスライディング平伏をしながら言った。
「も~しわけありません! バレちゃいました!」
いや、誰に? 何が?
そう思って黒衣の連中を見ると何となく「ヤバそうな相手」というのは伝わってくるけど。
「とにかく一度ウチの上司が会いたいと…」
「そりゃ…断れる状況じゃなさそうですけど…。一体何の話をするんですか?」
それを聞いたエイリスは卑屈な笑いを浮かべて言った。
「それは勿論、黒いワインについてでーす」
あー…そこに戻ってくるんだぁ…。やっぱこれ私のせいなのかな?
「わかった。案内頼む。ただし、後始末は頼むぞ」
「後始末…ですか…?」
ん、これ違う意味で伝わってる?
「後始末って言ってもクリーンな方だから! 兵士を治療して家に帰してあげてくれ!」
「ああ、ハイハイ。モチのロンです」
そう言うと私はベラに近づいて肩に手を添える。するとベラはヘナヘナとその場に静かに座り込む。
「ごめんベラ。ずっと守っててくれたんだねありがとう」
「いえ、ちょっと気を張りつめすぎただけです」
そうは言うが、ベラの身体は長時間の緊張状態の生か小刻みに震えている。
「ルリコ様…」
か細い声に振り向くとジルタがお腹を押さえて立って居た。
「申し訳ありません。私が軽率な行動をしたばかりに…」
「そうだね。まあ…ジルタはちょっと我慢を覚えないと…かな」
いや、本当騎士に斬りかかるとかどうかしてるからね。うん。うーんていうか…こんなに弱りきった侍女を敵地に連れて行っていいものなのかな?
「少し疲れただろう? 二人ともこの人たちに送ってもらいなさい」
ベラは立ち上がると振り返って言った。
「まだやれます…! いやしかし…」
そう言うとベラは隣の騎士アガレスを見ると言った。
「おい、お前がこの人を守れ」
アガレスは首を傾げる。
「何故お前が私に指示するんだ?」
「裏を取れるのは私だけだからだ。それともお前がやってくれるのか?」
アガレスはベラを見つめるとため息をついて髪をかき上げた。
「承知した」
「頼んだぞ」
そう言うと、ベラはアガレスに手を差し出して言った。
「侍女のベラだ。ベラドンナだ。よろしく頼む。騎士アガレス」
「あ、ああ。すまない。その手はなんだ?」
ベラはニヤリと言った。
「お互いの手を握るのが親睦の証だ。知らんのか?」
「いや、そうだったのか。失礼した」
そう言うとアガレスはベラの手をぎこちなく握った。
「おい、アガレス。お前何してんだよ。どっか行くのか?」
アガレスの背後からノクティスが顔を覗かせる。
「ああ。このレディを送ってきます」
「ええ? マジか? あたしもついて行っちゃだめかな?」
ノクティスはタクトを振り返るが、彼女は首を振ると言った。
「ダメだ。私たちはこいつらを尋問する仕事があるだろう」
彼女の後ろには四人の水兵と酒場の店主がうなだれて座っている。タクトは私を見てからアガレスを見て言った。
「アガレス。ルリコ様は奥方様の貴賓だからな。抜かるなよ」
「わかりました」
私とニコラスとアガレスはエイリスと黒衣の男に連れられて再び波止場にやって来た。橋の堀から舟に移った私達は波止場から貴族街へと抜ける。その貴族街の一角にあるレンガ造りの建物が行き先らしい。建物のレンガの柱には人の姿が描かれた木の看板が下げられていた。
『今宵、城門前《ガロウ劇場》にて!新作仮面劇《凍土より来たる竜の船団》
出演:美声の若き役者 レオン、俊才の測量士アルド
鐘八つに開幕、三夜限りの大上演!銅貨三枚より。特等席は銀貨一枚。見よ、悲劇と喜劇が交わる壮大な舞台を!』
看板の内容を見るに、この建物は劇場らしい。私は黒衣の男たちに連れられて空いた扉から中に入ると階段を上りボックス席に通された。
これ映画とかでよく見る劇を上から見下ろせるボックス席じゃん。
ボックス席と廊下を仕切るカーテンは片側だけ開いており、その中に誘われる。中に入ると途端に鼻をかぐわしい臭いが癒してくれる。それと同時に部屋の明かりが増す。椅子越しにビロードの机の上にワインとグラスが三つ置かれている。
椅子に座った女性らしき人物は立ち上がらないずに顔だけを私達に向けると微笑んで言った。
「ようこそ、今宵の主役へ。お待ちしておりましたわ」
そう言うと彼女は隣の席を優雅に手で示した。
私は彼女の隣に座り、ニコラスはその隣に座る。アガレスは椅子に座らず私の背後に立った。
「失礼します」
側に控えていた給仕がグラスに白ワインを注ぐ。彼女はそのグラスを取るとグラス越しに私を見ながらワインをくゆらせて言った。
「舞台は今始まったばかり。けれど幕間の愉しみは、ここから始まりますわ」
そう言うと、下の劇場からは観客のざわめく声と、楽器の音色が鳴り響く。暫くの間、私達は何も言わず劇を眺めていた。劇はなんかオペラ風の劇だった。
ていうかいつワインを飲めばいいの? 飲みきっておかわりするのは失礼なの? そもそもあんた誰? わからん。わからんからこの人が飲むタイミングでワインを同じくらい飲もう。
そんなモヤモヤ思いを抱えながら神話っぽい劇を見ているだけだった。その劇も一旦休憩となって幕が下りる。隣の女性は手を叩いた後に言う。
「素晴らしい幕間だわ。一体この後どうなるのか? 次の幕間を期待させるには相応のスパイスが必要」
そう言うと彼女は私に視線を移す。私もそれに応じて彼女の視線を受ける。
「私の名はカリネ。この劇場のオーナーをしております。私の仕事はもっぱら劇の俳優の選考…まあ、人間の目利きみたいのが主かしら?」
「あ、私はエルフのルリコです。こっちはニコラス。ニコラスは長老見習いですが私は無役です」
「そうなんですね。私は色々と美しい人間というのを見てきましたが…貴方達は群を抜いて美しい。特に後ろの殿方の見目はこの劇場の一流俳優も及ぼないほどの美貌です。貴方の美しさに乾杯したいほどです」
どうやらカリネさんはニコラスをかなり気に入ったようだ。そう言うと今度は私に眼を向けて言った。
「先ほどの劇で誰か目に留まりまして?」
「あー…そうですね…。主役の子なんて優雅で、賢そうだなって思いました」
「そう、だったらお近づきのしるしにどうかしら?」
「どう? とは?」
「後で屋敷に向かわせましょうか?」
その言葉を聞いた途端、私の中で一気に不快の感情があふれ出す。
「結構です」
「あら、どうして? 貴方達は種族の繁栄の為に人を集めているのではなくて?」
「そうですけど…そんな人身売買みたいなのは…」
「でも貴方はいざとなったらお金で人を集めようとしていた…違いますか?」
「違いません…けど…」
「私と貴方は同じです。子は宝と言いますが…。それは我々が子供を投資対象として見ていることの証明です」
「そうでしょうか? 子供は大人より働く力が弱いんですから、それに投資する資本家はヘボですね」
「だからこそ、私達は子を無償の愛を持って育てようとする」
「そんな立派なものじゃありません。育てないとダメだからダメだと思ってるだけです」
「そうですか。私にとっても仕事のようなものなので…やはり私達は似ていますね」
そ、そうかなぁ…? そうなのか?
そう言うとボックス席の垂れ幕から静かにクラリネの姿が現れ膝間づかされた。その後ろにはマルコとエイリス、五杯目の店主がいる。
「どういうことですか?」
カリネはワインをくゆらせながら言う。
「貴方は古代の王の墓に収められていた三千年前のハチミツというのを聞いたことがありますか?」
「ああ…確か水分が少ないから腐らないで保管されていて、食べることもできるん…でしたっけ?」
「噂に違わず博識ですね。その通り。我々はそれに着目し腐らない飲み物を開発しようとしたのです」
「ああ…つまり…それが黒いワインだと?」
「はい。しかし先ほどルリコ様がおっしゃった通り。飲めるように水分を増やしてしまうとどうしても腐ってしまう。そう結論付けた我々はそれを投棄するよう命じたのです」
「…? それが何故五杯目の酒場にあるんですか? …あったんですよね?」
セリナは微動だにせず微笑みながら言った。
「その投棄する予定だったモノを黒いワインと称して売った愚か者が居た、ということです」
「あ…あー…。なるほ…ど…」
「我々はそのような裏切りを一切許さない」
彼女は私をまっすぐ見つめてくる。
…成程つまり…そういうことか…。多分カリネさんの言う我々つまり組織は…五杯目の偽造からイモずる式に捜査される危険を冒した店主に怒っているんだ。そしてそれを知っている人間を消したいんだ。…だからエイリスは前もって五杯目の酒場を焼失させて証拠を隠滅してクラリネ達を開拓地に移動させたかった。組織の手から逃れるために…ってことね。
「…あ」
…っていうか…。それ私もじゃね? …あ、でもそうか私は貴族だから消せない。…だからこうやって会ってそして…私を見定めているんだ。えっとどうしよう…。えっと…。ていうかそうか…。
「もし私が主役なら…貴方の配役は?」
それを聞いたカリネはフッと笑って言った。
「あら嬉しい。私を審査していただけるのですか? そうですね…貴方はどう思いますか?」
私は白ワインをグッと飲み干すと言った。
「組織は裏切りを許さない。貴方もいずれはその哀れなスケープゴートの列に加わる…。違いますか?」
「私達がどのような残酷な悲劇でも逃げずに見ることができるのは観客という立場が覆らないと知っているからですわ」
う、うーん。それってつまりカリネは即裏切り者って粛清されるわけじゃないのか。じゃあ…。
「でも…いずれ観客は劇場を立ち去らなくてはならない…」
「…まあ、確かにそれはそうね。いずれは私もこの席から退場するのは確かにそう」
お、おっしゃあ。なんか色々言いくるめられそう?
「じゃあ、今私がこの子たちをどうしようと貴方には何もできない。そういうことになるかしら?」
あ、やっぱアカン。えっと…えっと…。
私は空のグラスを机に置くと言った。
「だったら、私がその人たちの羊飼いになります」
「あら、良いの? そうなってしまったら。劇に参加した役者はそこから降りることはできないのよ?」
私はカリネの言葉にニヤリと笑って言った。
「でも劇は終幕まで観客は見ていることしかできない。違いますか? あ、ワインのおかわりってもらえます?」
「…まあ、いいでしょう。ワインをお注ぎして」
…あれ? もしかしてワインおかわりできなかったらそのままボッシュートだったりした? こっわ。
カリネは残りのワインを仰ぐとそのまま椅子にもたれて天井を見ながら言った。
「実は私はあなたがここにあなたが来てからずっと注目していたんですよ。…ファンというやつですね」
「それはどうも…」
「だからこそ…というべきですか。私の不始末のせいでプリマドンナが降りるなんてことは避けたい訳です」
たぶん自分の推しに変な虫を付けたくない。的なやつなのかな…?
「カリネさん。開拓地の領主は私ではないからどうこうなることはありません。それに私達はあの開拓地をいずれは大きくするかもしれない。そうなったときに白い羊だけしか飼えないのでは羊飼い失格です。黒い羊も血濡れた羊も飼えてこそ一人前の羊飼いと言える。違いますか?」
「勿論、承知しています。私が言いたいのは…羊の中に一匹オオカミが混ざっているのでは? ということです。もともと店主バルドや情報屋エイリス程度に貴方をどうこうできるとは思っていません。ただ…娼婦クラリネ」
そう言うとセリネは立ち上がってクラリネを見下ろした。
「お前は別だ。お前は…私の人の目利きの勘がささやいている。お前は…。この劇を破壊しかねない程の危険人物だと。だから私がお前を見定める。私がお前をこの場に呼んだのはお前を見定め証明するためなのだ」
そう言うとカリネはクラリネの足元に立って彼女の頭の上に手をかざすと言った。
「ではクラリネ。この能力を使ってお前を尋問する。お前は…今後の質問に嘘偽りなく答えると誓えるか?」
カリネさんはクラリネを見下ろしながら高らかに言った。それをクラリネは微笑みながら頷いた。
「もし偽りとわかれば組織の制裁を受けると誓えるか?」
再びクラリネは目礼する。私は二人のやり取りを見て首を傾げる。
誓う? 物事の真偽をはかるならイエスかノーの形にした方が良くない?
「借金がないと誓えるか?」
「誓います」
「過去に犯罪歴がないと誓えるか?」
「売春の罪以外はないと誓えます」
「クラリネ。貴方の中に別の声がすることがないと誓えるか?」
「? ありません」
カリネの不意の問いに私達は目をぱちくりとさせる。
別の声? なんだろう? 二重人格的な? セリネさんはクラリネが二重人格かどうか疑っているのかな?
「では。婚約者を愛していると誓えるか?」
「はい」
「では、水夫マルコを愛していると誓えるか?」
「はい」
「…」
カリネは片手を下ろすと言った。
「その言葉に命を賭けられる?」
「はい」
「貴方だけじゃなく、貴方のお仲間の命も?」
「…はい」
「…」
暫くの沈黙の後、不意にカリネがクラリネの首を片手でわしづかみにした。
「ちょ…!」
私が抗議の意味を込めて立ち上がろうとするのを、アガレスが制する。
「殺気はありません」
長い間カリネはクラリネの首に手を当てながら言った。
「脈拍、呼吸、汗、どれをとっても嘘とは思えませんね。この女は本気らしい。婚姻と売春の愛が両立している。そんなことがありえるの…?」
ここに来てカリネは動揺した顔を初めて見せた。端から見ていた私は彼女の発言に奇妙な違和感を覚えた。
…? 今の首締めって…嘘発見器みたいなことしたのかな? なんかおかしくない? 今までの質問って嘘か本当かを見抜いていたわけじゃないんだ。じゃあ何を? 誓うか誓えないか? 約束みたいな? それと真偽ってどう違うわけ?
「ルリコ。どうやら彼女の能力の正体は神器のようですね」
背後からニコラスが私に語り掛ける。
「あ、やっぱり神器なのかな?」
「はい。恐らくですが相手の信用度をはかっていると思います」
「あー。相手の宣誓が信用できるかみたいなの? でも真偽と何が違うの?」
「例えばクラリネが現在二人を愛していても未来まで愛しているかはわかりません。もしそれがわかるなら質問に正しく答えると宣誓した時点でコト足りますから」
「…あー…。確かに今後嘘偽りなく答えるって言って、その後正しく答える未来が見えるならもう能力使う必要ないしね」
手をかざしている時にカリネの能力が発動しているなら彼女は首締めまで能力を使っていた。つまり嘘をつかずに宣誓した後の誓いも能力を使っていたとわかる。
「はい。恐らく彼女が見ていたのはクラリネの発言の根拠。覚悟とか意気込み…信用度みたいなものをはかっていたのでしょう」
「ふーん…でもそれって相手が嘘ついたり騙す気満々だったら意味なくない?」
「ここにくることをクラリネはさっきまで知りませんでした。騙す気だったらその計画が必要だと思います。その場しのぎの嘘はそもそも根拠が薄いので嘘と見破られるのでしょう」
「じゃあ入念に準備してた場合は?」
「その場合、カリネにとって好都合です」
「何で?」
「その答えはルリコが教えてくれたんですよ」
「私?」
「重要なのは真偽ではありません。その約束を果たすかどうか。貴方が君主に聞かせた現金を持っているかではなく、借金を返すことに期待できるかという話と同じです。仮に嘘でも”それをすれば命が助かる”と”その誓いを死に物狂いで果たさせれば”それでいいんです」
「あー…あー。成程」
今、お金を持ってなくても借金して返せばいいとわかればそうするってことか。むしろ嘘でも真実にできるって考えれば真偽はかるより便利な感じがするな…。
「慧眼ですね」
アキレアもニコラスに感心する。
…いや、だって能力バトルじゃないんだからさ…。私はただのOLなんだよっと…。
「ていうかさ。じゃあクラリネは…。あの二人を愛しているという言葉を守る覚悟があるってことになるね」
「そうですね。借金だって返せるかどうか不安になる人もいるように。恋愛も続くかどうかわからないものです。それを彼女は本気で信じているということになります」
「ありえません。そんなことは…」
カリネは私達の言葉にうわごとのように呟く。
「子供の頃から私達は神の教えを吹き込まれます。どんな悪党でも地獄を恐れる様に。娼婦だって自身の働きに負い目があるものです。なのにこの女にはそれがない」
カリネの呟きを聞いた私はクラリネの日記の冒頭を思い出した。岩の洞窟でクラリネが本当に育ったのなら…。宗教とか母親の教えみたいなのがないまっさらな人間が居たとしたら…。愛した男二人と婚姻できると思ってもおかしくないのかもしれない。
ふいにカリネがクラリネを見下ろす。その凍てついた目を見て私はゾッとする。
あ、これヤバイ。殺気? ってこれ? えっと何とかしないと…。多分カリネさんはクラリネさんをヤバイ人だと思って殺そうとしているってことだよね…。クラリネはそんな人じゃない説得しないと。
とっさに私は頭を絞るとカリネさんに話しかけた。
「カリネさん。お金は好きですか?」
虚を突かれたカリネさんは私をキョトンとした顔で頷いた。
「はい。お金が嫌いな人なんて教会人ぐらいでしょう」
「では、時間は? 例えばカリネさんの年齢をお金に換えると言われたら売りますか?」
「…それはあり得ません。私はお金を自分の美貌を磨くために使うのです。なのにその美貌を保てる年齢を売るなんて。無意味じゃないですか」
「ですよね。お金がないとおしゃれの時間がない。だから稼ぐ。でもおしゃればかりだとお金がなくなる。こういう風に両立できないのにどちらも正しそうに思えることってありませんか?」
「…成程。つまり貴方が言いたいのは。カップルが居たとして。相手の自由を尊重したいけど、相手にもっと自分を見て欲しいと思う独占欲のことを言いたいんですね?」
「はい、クラリネもそうです。彼女は結婚的なパートナーと性的なパートナーが両立している。これを二律背反と言います。彼女はそれが成立しているんです」
「ふむ…言いたいことはなんとなくわかりますが…よくわかりません」
私はクラリネのどっちつかずな感じが二律背反に似ていると思ってそう説明することにした。たしか二律背反は両方正しいのにいっぺんにできないこと。お腹いっぱい食べたいけどやせたいみたいな…。確かそんな感じだ。うーん…。とはいえ、私も二律背反を説明できるほど詳しくないんだよね。
私とカリネの会話に後ろで控えていたアキレアが一歩前に出て言う。
「それはつまり生か死か。つまり葛藤のようなものだろうか?」
アキレアの言葉にカリネは肩をすくめて答える。
あー確かに『生か死か』は二律背反か…。確かシェイクスピアだっけ? ていうか異世界にシェイクスピアの言葉が何であるんだ?
「葛藤? 違うでしょう? この女は水夫か建築家なんて悩んでいない。コイツは快楽の時は水夫。家庭は建築家。どちらも選べないから自分はどちらも選んでいいと言っている。生きたい時には生こそ尊いと言い、死にたい時は死こそ救いと言っているにすぎないの」
多分カリネさんは二重規範のことを言っているんだろう。しかし良くよく考えると二律背反と二重規範って似ててよくわからないな。
「結婚は性的関係を持った者と常にしなければならないのか? むしろその二人の間で引き裂かれるならそれは葛藤だろう?」
「選ぶならね。でもこの女はどちらも選ぼうとしているじゃない」
カリネがヒートアップしそうなので私も口をはさむ。
「いえ、まだそうはなっていませんよ。クラリネはラッセルの婚姻は承諾しましたが、公式にはまだ式もあげてませんし、届けもまだ出していないハズです」
「私にもそれは葛藤の様に感じる」
カリネはアキレアの静かな物言いに大きくため息をつく。
「葛藤? だから? それに一体何の意味があるの? 生か死か? そんなもの…考えるだけ時間の無駄じゃない。どれだけ考えたって生の苦しみと死の恐怖なんて選べるわけがない。葛藤なんて悩んでいる自分が好きな人間のしている自己満足にすぎない」
「それは違う。生か死か。人はいずれ選ぶ。クラリネもパートナーを選ばないといけない。その先にある未来を選ぶための準備期間なんだ」
私の脳裏に言葉が浮かぶ。夢か現実か。いずれ選ばないといけない。その時はいずれ来る。
「勘違いしないで騎士さん? 私はクラリネを評価している。快楽をマルコから得て、家庭をラッセルと築く。それって素晴らしいことだわ。だって…私もそうだから。私達商人は借金の取り立ての為なら遺品すら差し押さえて、それを未亡人の悲劇の一品として金持ちに売る。それが商人の世界よ。葛藤なんてしていたら買われる。即断即決が必要なの」
「でもどんなに宝に埋もれていても、ふと目が覚めて不安で眠れない夜を過ごすこともあるんじゃないか? 本当にこのままでいいのだろうか? と」
――。
「迷って良いんだ。葛藤を抱えるものは豊かだ。悩める者は贅沢だ」
「黙れ。その屁理屈を止めろ」
私達はカリネのドスの効いた声にしぃんと静まり返る。カリネは大きく深呼吸すると正常な感じを取り戻したようだ。
「ルリコ様。私が言いたいのは在るか無いかではありません。正しいか間違っているかの倫理と道徳です。一人が二人のパートナーを持つ。そんなことは許されません。そんなことをすれば魂が穢れてしまいます」
「確かに彼女の主張は倫理や道徳に反します。でも彼女たち娼婦を必要悪だと言った人たちが居ます。お金を稼ぐ手段がなく、路頭に立って客を取るしかない彼女たちをそうしたのは誰だと思いますか?」
「ルリコ様は…倫理や道徳の礎である我々がそうしたとおっしゃりたいんですか?」
「私達は女だからわかりますよね? 私達だってムラムラすることはある。でもそれを公に言おうものなら…」
「ふしだらだと罵られると?」
「そうです。彼女たちがお金を稼ぐために路頭に立てばふしだらだと言われる。彼女たちにとっては仕事なのに。いつの間にか性のことにすり替えられてしまう」
「確かにそういう部分はあるでしょう。しかし、クラリネはマルコを仕事ではなく愛していると言った。違う相手にそれぞれ愛がある? そんなバカげた話はありません。魂は一つ。その向けられる愛は一つのみで一貫しているべきです」
「そうでしょうか? 例えば貴族は政略結婚があり、それとは別に愛人を持つ事例があると聞きます」
「いや、だからそれは…おかしくありません。つまり本命が一人いる。ということなのですから」
「でも貴方はさっきニコラスの美貌を褒めていましたよえ? それはニコラスの外見が好ましい。でもそれ以外の本命が居るってことなのでは?」
「そ、それは良き市民として好ましいと言っただけです。いえ、そもそも社交辞令です。だいたいそんな主張が許されるなら世界に不倫がはびこることになります」
「不倫は肯定していません。私が言いたいのは人格的に好きというのと性的に好きという風に、人の内面は多様だということです」
「それはつまりこの女は結婚相手は人格的に好きで、肉体はあの水夫が好きだと言うことですか? そんな都合のいいことは…」
「その通りです」
突然、私達の会話にクラリネが割り込んでくる。
「ルリコ様の説明で私でもわからなかった私のことが明晰になりました。私は性的にマルコを愛し、人格的にラッセルと婚姻したという表現はしっくりきます」
「なんですかそれは…おぞましい…では貴方はラッセルと性交をせず、結婚後はマルコと性交しながらラッセルと結婚生活を送ると言うのですか?」
「はい、結婚する時に私はマルコにそれを条件にしてもらいました」
「く、狂ってる! あなたはそんな…! ふしだらだ! あなたはふしだらだ!」
カリネに言われたクラリネは微笑みながら自分の胸に手を当てて言った。
「はい、私はふしだらです。ふしだらは私。私は私です」
彼女は臆面もなく私とカリネをまっすぐな目で見つめて言った。カリネはクラリネに呆れたように問いかける。
「…貴方はそれでいいのか? 愛する男と身体をかさねることなく。結婚するほど好きでもない男と性交をする。それで貴方は幸せなのか?」
「…? …。わかりません。でも…」
――そうしないと生きていけなかったんです。
そのクラリネの言葉を聞いて私は自分の胸がズキリと痛んだ。私の心が嫌だと叫んだ。
もしニコラスと結婚しても子供を作れず、好きでもない奴の子供を作るなんて私だったら耐えられない…なのに…なんで…。クラリネはそんな顔ができてしまうの…?
「おかしいだろうそんなの…」
気が付くと膝間づかされていたマルコが震えながら言った。
「どういうことだクラリネ! 俺だけを愛してくれるんじゃなかったのか!? 俺と一緒に宿をすると言ったのは嘘だったのか!?」
クラリネはマルコの悲鳴のような叫びに小首をかしげて言った。
「嘘じゃないわ。私は貴方と宿の仕事をして、家ではラッセルと暮らせばいい。そう思っているわ」
「そんなの嫌だ! お、お前は俺だけを見てくれ。他の男に好意を向けるなんてそんなの我慢ならない!」
「そうなの? 貴方は私以外に他の女性を買うことがあるのだからそういうものだと思っていたけど…」
「あれは…だから…本命じゃないから。一時の気の迷いというか…それとこれは別なんだ」
「そう。”それ”と”これ”は別なの。貴方はそれ、ラッセルはこれ。何もおかしなことはないわ」
「だ、だから違うんだ。確かにそれとこれは別だと思っていた。でも今はおまえだけだ。お前にもそうあって欲しいんだ」
「わからないわ。だって私はふしだらの仮面をつけている時はふしだらに振舞うの。そうしたら男は喜んで買ってくれる。私はそれが嬉しい。女としての魅力を認められたみたいで。でもラッセルと居るときはその仮面を脱ぐの。本を読んを花に水をあげて。ただ、そこに互いに存在するだけで癒される。私の家にふしだらの仮面を入れたくないし、ふしだらな私は相手に癒しなんて求めない。むしろ与えるの」
「狂ってる…お前は化け物だ…」
クラリネはマルコにそう言われて眉尻を下げて悲しそうな表情を浮かべた。暫くの間静寂に支配された部屋でカリネが言った。
「ルリコ様。今まで私はいろんな人間を見てきました。勿論多種多様な悪人を。だからこそ言えます。貴方はこの女を手下にするべきじゃない。貴方はこの女を絶対持て余す」
私はカリネの言葉を聞いて「そうかも」と思ってしまった。私はクラリネを悪人とは思っていないがいつかやらかすだろうなという予感がする。
でも…。
カリネの言葉を聞いてクラリネは私の目を見てくる。その目は悲しそうでもあり、すがるようでもあった。その目は「貴方だったらわかってくれますよね?」と言わんばかりであった。
私はクラリネが嫌いじゃない。悪い子じゃないとわかっているから。なんとかしてあげたいと思っている。でも彼女が開拓地でその土地の人やエルフの皆と会ったら絶対揉めると断言できる。二人の夫をもって両立させるなんて納得されないだろう。でも…。このまま彼女を放っておいたら路頭に迷ってしまう気がする。それは絶対に嫌だ。
私が迷っているとカリネは私の頭上に手の平をかざして言った。
「ルリコさん、その女を責任を持って保証できると誓えますか? もし、その女のことが組織にバレたら私も貴方も…いえ、エルフや開拓地が組織に敵対されるかもしれないとしても?」
突然のカリネの言葉に私は面食らった。
そうか…カリネさんにとっては今回の件を知っているクラリネやマルコ達を私が匿うってことは…。カリネさんにとっては組織への裏切りなんだ。だから本当に隠し通せるか? 責任を取れるか? を問うているんだ。つまり…私がその約束を果たす気があるかどうかを見られているんだ。クラリネの為だったら組織と敵対してでも守りたいって気持ちはある。でも、それで皆を巻き込むのは違う気がする…。
少しの間私は考えに没頭した。もし、クラリネがやらかして裁判や異端審問なんかになればたちまちカリネさんの言う組織に露見する。
でもクラリネを軟禁して組織から守るそれは彼女の魂が救われない。ありのままに生きていないから…。じゃあクラリネのやりたいようにやらせるのが良いことなんだろうか? 社会はクラリネをダメと言うけど…クラリネを娼婦たらしめたのは社会でもあるわけだし…。
私は頭を振った。
わからない。わかるわけがない。前世で私は身体を売ろうなんて思ったことがないから。今ある美貌があってもそんなことを絶対にしない。それをできる人の気持ちは例え何回転生しても理解できない。したいとも思わない。これが本音だ。でも…。
『娼婦は必要悪なので』
私達が普通に生活できているのは…。娼婦の人達が男の性を受けてくれているからなのかな? そうしないとこの世界は成り立たないのかな? だったら私達は娼婦の人達を犠牲にして今を生きていることになる。エルフが口減らしをしていたように…。弱い誰かに犠牲を強いて生きていることになる。
それって美しいことなのかな…?
違う――。
私の中の声がささやく。
クラリネは元々ああだったんじゃない。ふつうの生活と性商売が一致しないと思ったから分裂したんだ。彼女は耐えられなかったのかもしれない。だったら…そんなことはやめた方がいい。本来ある人格が耐えられないような仕事なんてあってはいけない。それはダメだ。
ダメなものはダメか…。
考えた末に私はカリネを見上げて言った。
「答えは…わかりません。でも…わかりたいと思います。だから…少し彼女と話させてください」
カリネは私に手の平をかざしたまま見つめた後、手を下げてどうぞとクラリネを指し示した。指し示されたクラリネは私を見ると毅然とした態度で言った。
「ルリコ様。まだ私は貴方の友として振舞うことが許されるでしょうか? 私はそうだと願い、友として率直に言わせてもらいます。どうか、憐れまないでください」
クラリネは自分の胸に手を当てると言った。
「私は仕事を辛いと思ったことはあります。私だけでなく他の娼婦への扱いに不服があるのも事実です。でも私は…私はこの仕事が好きなんです。世の役に立ってお金を稼げていると胸を張って言えると思っています。ですが同時にラッセルとの仲が壊れてしまうのは本望ではありません。それは貴方との友情が失われるぐらい恐ろしいことです」
恐ろしい。そう語るクラリネの手は小刻みに震えていた。
「だからどうかご教示ください。私は何を間違っているのでしょう? 私は自分の仕事に誇りがあり…同時にラッセルと一緒に居ると癒される。それに嘘偽りはございません。もし、これが間違いなら…この先私はどうやって生きて行けばいいのでしょう?」
他の仕事に付けばいい。これが前世の日本ならそう答えたかもしれない。でもクラリネさんが娼婦を止めて同じぐらい稼げる仕事が見つかるのは難しい。奥方様の言った「余った女性問題」がそれにあたるんだろう。でも、じゃあ専業主婦になってずっと家にいるだけの人生を送れと言うのか? それも違う気がする。働きたいと思っている女性を家に閉じ込めるなんて…。エルフの女性に子供を産むために森から出るなと言うのと同じことな気がする。でも、社会はクラリネみたいな生き方を許さない。もし、私がニコラスの妻で私以外の女性を第二夫人として娶ったら。私は嫉妬にくるっておかしくなるだろう。泣いてしまうだろう。そんなの絶対嫌だ。じゃあどうすれば? わからない。
ふと私の脳裏にクラリネ二重人格説はありえるかもしれないとよぎる。
さっきは二重人格なんてありえないと思ったけど…。昨夜の”別荘で起こったありえない事件の数々”。それを踏まえるとクラリネが二重人格でないと言うのは難しい気がする。じゃあどうすればいいんだろう?
わからない。わからないから…。
「一緒に考えよう」
そう答えた。
「クラリネも、マルコさんも、ラッセルも。どうするべきなのか私にはわからない。私は身体を売りたいと思ったこともないし、もし意中の人が私以外の人と身体を重ねるなんて許せないと思う…。だから」
クラリネの手がピクリと動く。
「でも…世界にはいろんな人が居る。それを一つの生き方に押し込むのも違う気がする。なにより…私は弱者を救いたいと思っていけど…本当はそれは無くならないって思ってる。形を変えて、在り方を変えて私達は…」
誰かを犠牲にしないと生きていけない――。
「でもだからこそ…それをなんとかしようとすることが大切なんだと思う。なくならないからこそ、皆で考える必要がある。だからクラリネも”そう”だと決めつけずに…考えて欲しい」
「考える…」
クラリネは呆けたような視線を宙に向ける。
クラリネが万が一二重人格なら側に置いて見ていれば絶対気づくはずだし、そうでなければ私が力になればいいだけだ。なにもおかしくない。
「わかりません。考えるなんてことはしたことがありません。生きることを考えるなんて奇妙な感覚です。私達は考えもせず息をして歩いて老いて…そうやって生きていけるのに…」
私は指を小さく上げて言った。
「じゃあこうするのはどうです? 先ほどクラリネさんは娼婦の扱いに不満があるとおっしゃいましたよね? だったらそれをどう変えたら良くなるのか…そこからまず始めてみませんか?」
クラリネはキョトンとして小首をかしげる。
「そのようなことが許されるのでしょうか? 神によって娼婦として造られた私が…神が御造りになられた制度を変えるなんて不遜…許されるのでしょうか?」
ああ、そうか。この世界の人は神に自分が造られて…同じように神に造られた制度に従って生きている…ってことになってるんだっけ…。だったら自分を変えるより、より制度に適応するって考えになるのは自然なのかもしれない。でも、どうしよう? ここで制度を変えるなんて言ったら…異端とかになったりしないかな…?
私は少し迷った後、意を決して言った。
「き、貴族はそういうことをするために神に造られたから…た、多分大丈夫じゃないかなぁ~」
ほ、本当に大丈夫かな? 貴族って官僚とか議員みたいなもんだよね多分…? 違ったらどうしよう。いや、その時はうちの開拓地だけ条例みたいな形でやればいいだけ。なにもおかしくない!
クラリネは頭を下げると言った。
「承知しました。私は…私の生き方を変えるということにあまり納得がいきませんでしたが…。私達を取り巻く環境を変えれば苦しくなくなるという話には大変関心しました。そしてその様な発想をできる貴方を尊敬し、嫌われたくないと願っています。だから貴方に嫌われないような…貴方が私に期待するような生き方ができるようにこれから考えて生きたいと思います」
そう言うとクラリネは微笑んだ。私達はカリネを振り返って見つめる。その彼女の表情はなんとも言えない複雑な感情が渦巻いているように見えた。
「能力は使わないんですか?」
私は彼女の手を見つめながら問う。カリネは自分の手の平を見つめてからフッと笑うと言った。
「このようなわかりきったことに能力を使うようでは、当劇場のオーナーは務まりません。それに貴方はこれでよろしかったのですか? この女は本当にいつか何かをやらかすかもしれない。そしたら貴方達はせっかく手に入れた貴族の身分をはく奪されるかもしれないんですよ?」
「いやぁ…。そもそも私達は最近まで貴族じゃなかったのでそこまでショックは受けないと思います。むしろ、ここで彼女を見捨てることはエルフの望む美徳に反しますから。それに大勢が一緒に住むんですからトラブルなんて日常茶飯事だと思わないとやってられないと思いますよ」
「そうですか…ではそれが上に立つ者の器ということなのかもしれませんね。しかしくれぐれもご自愛ください。すぐ手に入る身分など失われるのも早いものです」
「カリネさんはどうしてそこまで私達に肩入れするのでしょう? その能力も本当は簡単に見せてはいけないものだったのでは?」
「…貴方達が私の理由を聞けば軽蔑されるでしょう。私は貴方達という貴族に取り入ろうとした。しかしそのクラリネという女のせいで失脚されては困る。そう思っただけです」
ここに来てカリネさんはやっと本音らしいことを言ってくれた。そもそもカリネさんは何らかの組織の一員らしいけど。私との縁を持つことでプラスになるって思ったってことだったんだよね?
「そもそも組織とは何なのですか?」
「それを話すことはできません。何故だかはもうお分かりですよね?」
いや、お分かりですよねと言われても全く見当も…。
「貴方も”誓っている”ということですか?」
「ああ…そういうことか」
確かにカリネさんの組織が入団するときに秘密を話さないと誓わせることは普通にあり得る話だ。
カリネさんはそれには答えなかったが、それは無言の肯定というやつなのだろう。
「今回の件は裏切りにも思えますが組織の益になるなら誓いには抵触しない。嘘をつくなと強制するよりよほど柔軟な能力ですね」
カリネさんは瞑った眼を再び開くとクラリネ達の方を見て言った。
「では、貴方達にはここで死んだとして扱わせてもらいます。よろしいですね?」
カリネの言葉にクラリネは目礼し、マルコは放心状態のまま。エイリスは「わかりました」と答えた。私はエイリスの姿を見て手を上げる。
「あ、カリネさん。突然ですませんが。エイリスさんはそのままにしておいてくれませんか? エイリスさんには海産物の取引を締結しているんで」
私としてはエイリスが立場を失うより、今の立場を維持して口をきいてくれる方が嬉しい。
「それは構いませんがよろしいのですか?」
「え?」
「現在ルリコ様は死んだ扱いになる民を自分の開拓地に集めることになります。これがバレたら信用にかかわりますし…。私達の様な不届きな組織とズブズブとバレたらタダではすみません。私の組織の罪が暴かれたら芋づる式に皆さんに捜査の手が及ぶことも…そうなれば…」
そうなれば君主の人達に叱られるかもしれない。いや、もしかしたら裁判にかけられたりして…。
途端にワルス夫人が見せた恐ろしい目つきが思い出されて胃が痛くなる。
「ぜ、絶対に捕まらないでください!」
「冗談です。今の我々のフェーズは政治界への進出。その足掛かりである貴方を陥れるようなヘマはしません。まずは貴方の足元を固めるために貴方の開拓地の開発を強力にバックアップさせていただきます。貴方の名声を高めた後、インフラを整備して我々組織の物資を運ばせてもらいます。その後でウチの方から貴族に女を嫁がせ政界のパイプを作りあげさせていただきます」
「は、はえ~」
せ、政界の進出ってそうやるんだ…。さ、さすがカリネさん…悪よのぅって…あれ? これ私悪い貴族になってない? 大丈夫か? エルフの悪代官とか洒落にならないよ?
「で、できるだけクリーンにね。うちの人達は謀略とか陰謀とか好きじゃないから。本当に。殺しとか乱暴は絶対NGで」
「心得ております」
そう言うと彼女はクラリネと五杯目の店主を振り返って言った。
「今回は見逃してあげます。ルリコ様のご慈悲に感謝し新天地では心を入れて生きなさい。下がってよろしい」
それを聞いたクラリネは目礼し、五杯目の店主は目尻に涙を光らせて平伏した。よっぽど命が助かって嬉しいんだろう。カリネは後ろのエイリスにも目を向けると言った。
「もういいぞ、エイリス」
そう言うとエイリスは立ち上がり、自ら縄を解いた。
「え、フリだったってこと?」
カリネは鼻でため息をつきながら言う。
「いえ、裏切りのケジメは付けてもらいます。ルリコさんがエイリスを切るつもりでしたらそのまま始末するつもりでしたよ」
カリネの爆弾発言に私はまたもや胃が痛くなる。
「えっとじゃあ…」
「申し訳ありませんが、エイリスに関しては徐々に当事業と切り離させてもらいます。今はまだエイリスの引継ぎが完了していませんので」
「じゃあ…クジラ肉は…海産物の納入は…」
「そこら辺はエイリスの引継ぎが引き続き対応させていただきます。半年もすればエイリスは船も店も失ったただの情報屋に成り下がりますがね」
エイリスは頭をかきながら言う。
「いやぁ、命だけでも助かるなら御の字ですよ。ありがとうございますカリネの姉御。そしてこれからお世話になりますルリコ様」
あ、あー…。これクラリネだけじゃなくてエイリスも引き取る感じなのかぁ…。いや、良いけどさぁ…。
優美にたたずむカリネを私は見る。その一切悪びれる風もない佇まいはただただ美しい。
これって要は彼女の組織のヤバい人財を切り取って私に押し付けた感じだよねぇ…。う、うーん。やっぱり商人は恐ろしいなぁ。
背後でいつの間にか幕間が開かれた劇がクライマックスに訪れ客席からの万雷の拍手が鳴り響く。まるで全てがカリネの脚本通りだったかのように劇は終幕となった。
エイリスもボックス席から下がって、私とニコラス、カリネは再び椅子に座った。この時間は本当だったら劇の出来について語るべきなんだろうけど騒動に夢中でどんな展開だったかなんて全く頭に入ってなかった。多分雰囲気的に神の試練を与えられた英雄がそれを成し遂げ王となり姫と結婚するとかそんな内容だったと思う。流石のカリネも疲れたのか倦怠感ある空気の中彼女は誰ともなしにポツリと呟いた。
「神は何故試練をお与えになると思いますか?」
「え…それは…人間に成長して欲しいからじゃないですか?」
カリネはワイングラスに水を注がせて言った。
「…今回の会談…私は簡単に済まないと思っていました」
簡単じゃない? つまり本当はもっとこじれると思ってたってこと? じゃあ都合よく終幕に話し合いが終わったのは偶然だったのか…。
「私ってそんな印象あります?」
私がカリネの表情を椅子から乗り出して覗き込もうとした。
「いえ、貴方はお人好しで世間知らずだから情に訴えればすぐに条件を飲むと思っていましたよ」
思ってたんかーい。
「…まあ、否定はしませんけど」
「勘違いしないでください。今回の会談。私は上手くいって安心しているんです」
「はあ…えっとじゃあ何が問題なんですか?」
「人というのは簡単に手に入るモノより障害を乗り越えて得たモノを有難がるということです」
あー…。残業自慢とか寝てない自慢みたいなもんかな…?
「だから人は簡単に手に入るモノ程、相応の障害を設けようとするものです。代わりに何かよこせとか、何かをしろとかね…」
「まあ、確かにそういうのはありますよね…」
「しかし、ここに来て私も自分の気持ちに気づいたのです。貴方との会談がこんな簡単に終わって良いのかと。もっと何か障害とか葛藤があるべきだったんじゃないかと。そう思わずにはいられません。滑稽でしょう? 障害を疎んでいた私もいつしか凡俗の商人の様に仕事に障害を求めていたのですから」
「う、うーん。まあ気持ちはわかりますよ。上手く言った仕事より、トラブって滅茶苦茶怒られた仕事の方が記憶に残りやすいですもんね」
「トラブ? 怒られる?」
「え、えーと無いより神の試練でもあった方がありがたみがある的な話ですよね。わかります」
カリネはワイングラスを机の上に置くとその縁を濡らした指を添わせる。
ああ、それ昔よくやったなぁ…。ワインで音を鳴らすやつ。
カリネは音を鳴らすでもなく指を数回そわせるとそれをピタリと止めた。
「気づけば私達は苦しくなければ生ではないと思い込まされている。だからふと思ったのです。神は何故我々に苦難をお与えになるのでしょう? 苦難に対しては下々も貴族もありません。平等に苦しみは降り注ぎます。私達はこの世界から苦しみを無くすために行動しているのに。いつしかその苦しみの沼に自身がどっぷりとつかっていることを誇るようになる。それは”我々”が作り出しただけなのに」
カリネさんの言いたいことはよくわかる。早く帰りたいから仕事頑張ったら更に仕事が振られるようになるみたいな話だ。やがて人はどれだけ仕事を沢山抱えているか、どれだけ残業したか、どれだけ理不尽な仕事をこなしたかを競うようになる。いつの間にか私達は効率のいい仕事ではなく、どれだけ仕事が辛いかを話すようになる。
「辛いですよね…その気持ちわかります」
カリネさんは私の言葉に答えず額に手を当てて嘆息した。さっきまでの毅然とした彼女とは違う気がしたけど。でも彼女の弱みや子供っぽいところが逆に親近感が湧く。仕事に関してはほぼ私と同じ感じがしてすごくよくわかる。
「楽をしましょうよ。私達の劇は」
私はカリネさんに静かに語った。
「私達の物語には神の試練も敵の妨害もない。つまらないお話にしましょう。世の中の物語の中にそんなつまらない物語が一つぐらいあってもいいと思うんですよね」
カリネさんは片手で仰ぐように目を覆って言った。
「それは素晴らしい提案です。しかし劇としては三流以下の脚本ですね。そんな劇に私をオファーするとは。やっぱりあなたは奇妙な人」
「そうでしょうか? 私はカリネさんと一緒にオフィスでのんべんだらりとした日常系の風景を送りたいんです。カリネさんはバリキャリ。私は新人OLで一緒に仕事するみたいな…」
「なんですかそれは。バリキャリ? OL? なんにせよ、貴方と仕事をしても尻ぬぐいさせられる未来しか見えないんですが…」
「う…それは否定できないですね」
「しかし…そうですね。貴方と一緒に仕事をしながら…こんな風に無軌道に話して…そんな劇が見れたら見てみたいものです」
そう言うとカリネさんは劇の向こうのどこか遠いところに視線を飛ばした。それは劇場を見ているようで、脳裏にある劇の中の仕事の風景を見ているのだろう。私は頭の片隅に「もし美容品の会社やるならカリネさんを誘ってみようか」という思いが浮かんだ。
劇場から人が去って静寂に包まれた劇場の回廊を私とニコラス、アキレアは帰るために歩いていた。私は劇場の建築を見ながらその出来に感心していた。ふと、私の目に見たことがある奇妙な小部屋があった。
「なんだろうアレ」
私が誰ともなしに呟くとアキレアが答える。
「あれは告解室です。人が罪を告白し赦しを乞う部屋です」
え、あの映画とか漫画でよく見る告解室? ちょっと入ってみたいかも。
「ねえ、ニコラス。一緒に入ろうよ」
「いや、なんでそんなことを…」
「いいからいいから」
私はニコラスを告解室に押し込むと私は隣の部屋に入って扉を閉じた。私は中からアキレアに言う。
「アキレア」
「はい」
「耳を閉じて何も聞かないで居て」
「承知しました」
アキレアは騎士だから今から話す私の言葉を聞くことはないだろう。
そう思って私は四角い格子の向こうにいるであろうニコラスに向かって言った。
「ねえ、そちらの方」
一応告解室なんだから懺悔の相手はわからないという体がいい。そんな気がして私はニコラスを扉の向こうの貴方と呼んだ。
「えっと。はい。あの、ルリコ。普通に考えてここには私と貴方しか居ないのだからそちらの方と言う必要はないのでは?」
「いいの。これはね。懺悔なんだから相手は誰だかわからない。そういうプレイなんだよ」
プレイと言うとなんかやらしい響きに聞こえるけど。実際なんかドキドキするのも事実だ。扉の向こうにニコラスが居るのにいつもと違ってくすぐられる様な感覚に陥る。
「ねえ、ここは告解をする場所なんだから。お互いの罪を告白するゲームをしようよ」
「何故そんなことを? 時々貴方の悪ノリについて行けないときがあります。もっとちゃんとしてくれないと困ります」
「だからさ。面と向かって言えないハズいことを言うんだよ。そういうのあるじゃんお互いに」
「あるんですか?」
突然私はニコラスにそう聞かれてドキリとした。まるで自分の心を撫でまわされたようなくすぐったい感覚がした。
「…じゃあ、私から言うね? 私の罪は…。私の隣にいる異性の幼馴染がまだ好きかわからないこと。その気持ちを確かめるのが怖い。自分の中の可能性が形になって…将来こうなるんだって終わりが見えるのが怖いんだ。まだ、私は諦めたくない。人生こんなもんだって思いたくない。だから見えないふりをしている。なのに私は…その人に恋人を作らないで欲しいって思ってる。私を待って居て欲しいと思っている。そんな自分を凄く嫌な奴だと思う。ズルいって思う」
私は格子の向こうに顔を向けて思う。
「ねえ、そちらの方はどう思う? そういうわがまま女のこと」
「…私は…。ずっと誰かを待って居ました。根が奉公人なのかもしれません。だから、自分の前を走る彼女をずっと見て居たい。どこまでもどこまでも走って世界を広げて言って欲しいと思います。そして走り疲れてふと、私を振り返ってくれたその風景こそが…私にとっての永遠です。むしろズルい彼女が愛おしい。意地悪な彼女が愛おしい。まるで神話に出てくる女神の様に奔放な彼女の想い人が私であったなら。これほど光栄なことはないと思います」
突然私は心が湿ったかのように切なくなった。ニコラスは”そう”思ってくれていたんだと目頭が熱くなる。
「…では迷える子羊よ。貴方も何か罪を告白しなさい。拙僧が聞いてあげましょう」
私は彼におどける様に声色を変えて言った。
「私は…私の願いは先ほど仰ったことです。ですが…時折、私は彼女を捕まえて自分のものにしたくなる。追いかけて抱きしめて『もう旅はお仕舞』と力づくでねじ伏せたくなる」
そう言うと懺悔室の向こうのニコラスは屈んだのが声の位置が低くなり大きな嘆きにも似たため息をつく。
「彼女の旅の可能性を、自ら手折りたい奪いたい。靴を脱がしてどこか遠くに放ってもう逃げられないと征服したい。そんな浅ましい肉欲に塗れた自分が何より恐ろしい」
ニコラスは完全に落ち込んだ声色で言った。
「森に居た頃はそうじゃなかった。まるで失楽園のアダムとイヴのように…ありのままだった。女の裸だろうが何とも思わなかった。なのに…人の世界に来てから…全てが変わってしまった。頭の中にあるのは”その”ことばかり…。まるで何かの悪霊に憑りつかれた様です」
ニコラスの重々しいため息が向こうから聞こえる。まるで獣が隣にいるかのようだ。
「私は自分を客観的で論理的だと自負しています。学科もそこそこできます。だけど…今まで習ったどれも”それ”については教えてくれなかった…。どれだけ仮説をたててそれに対処してもまるで火にかけられた湯水のように簡単にまた沸き立ってくる…」
私はニコラスの言葉に困惑しつつも、その声の弱弱しさに同情してしまう。私は男性の性についてはあまりイメージが湧いてない。ただ、結婚していた夫が持っていたAVとかから何となく我慢ができないらしい? みたいなイメージだった。
まあ…私の生理の時はちょっとムラムラすることはあったけど…でもこんなに苦しいもんなの? あのプライドの高いニコラスがこんなになる程って相当だよな…。ていうかごめんだけど…。私の中にニコラスを可哀そうとか困惑する感情以外になんかこう…気恥ずかしい感覚があるのも事実だ。多分それって…私のことだよね…? いや、自惚れすぎかな…?
ヤラせろ。
突然格子の向こうから怖い声が聞こえてゾッとした。
え、今の…ニコラス…?
「そんなことを言って性欲のはけ口に彼女を利用することは相手にとっての侮辱です。次第に私は溜まったものを吐き出す性処理道具としか女性を見なくなってしまいそうで。あの軽蔑すべき大司教や娼館に通っている男達。森の猥談の男たちにみたいになりたくない」
そう言うと格子の向こうから鼻をすする音が聞こえ始めた。
え、まさか…ニコラス泣いている? 嘘でしょ?
「私も色々調べたんですが。人間の世界には宦官というものがあるらしく…」
それを聞いて焦った私は流石に告解室の机を叩いて言う。
「いや、それはダメだって! それやるぐらいなら私が…」
そこまで言って私は自分の口を押える。
今、私は何を言おうとした? そこまでやるぐらいなら私が”シテ”やるって言おうとした? うっわ…最低だわ…。そんなのニコラスのこと完全にバカにしてないか?
ニコラスは私の後半の声が聞こえなかったのかボソリと「申し訳ありません」と呟いた。私も「いえ、こちらこそ」とボソリと呟く。私の考えた懺悔ゲームは予想を越えてとんでもない方向に発展してしまった。
いや、わかるわけないじゃん。ニコラスのことずっとノンケだと思ってたのにいきなりエロ学派にクラスチェンジしてたなんて…いや、エロじゃないのかな? 男の子だったら誰でも持ってるものなの? わからない…男じゃないからわからない。つーか男がわからないトラブルなんて女にわかるかー! 私だってそんなに経験豊富じゃないんだよ! うわー誰かーなんとかしてー。やっぱやめておけばよかったかなー? あーでもニコラスの悩みを知れたって意味ではアドか? アドなのかな? アドってなんだ? うっせわの人のことか?
長い沈黙の間私はどうすればいいかをずっと考えていた。結論としては…。
わからない。
だって私は男じゃないから。そんなの男に生理とか妊娠の辛さを伝えるのと同じぐらいムリゲー。まあ、私は妊娠したことないけど。とにかく私が思うに…男のことは男に相談すればいい。問題は誰に? ということだ。まあ、マッパ大司教とかワージとかは「抱けばええやん」とかニコラスの情操教育に悪影響を与えそうだからダメ。まあ、プマンクさんみたいなちゃんとした人じゃないと任せられないってことか…。でもプマンクさんって絶対経験豊富層ではないよなぁ…。
私的にはニコラスの性欲を押さえるためにシテもいいと思ってる…んだけど。多分それはニコラスのプライドが許さないと思う。ニコラスは自分の性欲をコントロールしたいんだと思う。性欲じゃなくて”好き”って気持ちでそうしたいんだろう。そこで私がハイハイハイってやっちゃうとスッキリはするけど仕事できない男の人の仕事を横からかっさらうようなモノ。前世でそういうことすると男の人はダメって会社で学びました。
私は顎に手を当てる。
そもそも…私がスルにしてもコンドームとかピルみたいな安全策が欲しい。いやまあ、それがなくても鎮める方法があるのは知ってるけど…。やっぱそれがないのは怖い。でもコンドームとかピルって…超技術すぎない? なんだ0.01mmのゴムってどうやって作るんだ? 前世の地球ヤバすぎる…。
ヤラせろ――。
不意に私の中でニコラスのさっきの怖い声を思い返すと背筋が寒くなる。
…とにかくニコラスをどうにかするのは早急な課題だなぁ…。まあ、根本治療は男性に任せるとして…。対症療法は私にも思い当たるフシがある。
「ニコラス」
長い沈黙を破って私はニコラスに言った。
「はい」
ニコラスは戸惑った声で答える。
「とりあえず、走ろうか!」
「はい?」
劇場から離れた私達は鳥馬の馬車を徐行させながら帰路についた。綺麗な夕暮れだ。その馬車の後ろを鎧を付けた汗だくのニコラス姿さえなければ。
私は馬車の窓から乗り出して応援の声をかける。その後をニコラスは汗と泡を吹きながら走っている。
「ちょ…! 待ってください! これに一体何の意味が…!」
私の考えはこうだ。男が欲求不満なのは体力が有り余っているからだ。だったらそれを無くせばいい。残業で疲れた夫が飯風呂寝るの三段論法を使っていたように…。ニコラスに身体を運動させ疲れさせて欲求不満を感じる暇を与えなければいい…。と思うんだけどどうだろう?
「ニコラス殿よろしいだろうか?」
どういう訳だかニコラスの後ろには鎧を脱いだアキレアまでついて走っている。話しかけられたニコラスはアキレアに言葉を返すこともできないぐらい息が上がっている。
「貴方達の話を聞いて思ったんだが。克服された葛藤はどこに行くんだろうか?」
ニコラスはアキレアの方を軽く向く。
「生か死か。私達はこれを克服できない。仮に私達が神器で死を克服しても…生か死かという葛藤自体はそこに残ったままなんじゃないか?」
「もし、私達が葛藤を克服できたと思うならそれは…私達自身が変化して葛藤から離れて行っただけにすぎないんじゃないか?」
「だとするならば。私達は生か死かをずっと抱えて生きていかなければならないのだろう。だが…葛藤を解決しようなんてことはやめた方がいい。解消されない葛藤は死ぬまで抱えるしかないのだから」
「例えそうだったとしても。私はこの葛藤を克服したい」
「そうか、わかった」
結局ニコラスは別荘に帰るまでに完走は出来ず途中でバテてしまった




