表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石中の恋歌  作者: モノノベワークス
夢寝子ラブトロジー
43/65

さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ その名はアキレア

次回の更新は8/31です。後数回でアクアパッツァ回がおわりそうです。


「お待ちください」


 森へと足を踏み入れかけた、その瞬間。アキレアの声が鋭く私たちを制した。


「囮を立てる策は卑劣です。か弱い乙女を囮に差し出すくらいなら、このアキレアが前に立ちましょう。この剣はか弱い命を護るためにある。盾にするためのものではありません」


「お、オラが…おとめ、ですか? そ、そんなめっそうもねぇ…わ、わだすなんて…」


 ジルタは自分の顔の前で両手を小さく振る。


「いえ。貴女は誰よりも勇敢で、美しい心を持つ忠義の乙女です。その誇り高さこそ、私が守りたい道です」


 そう言うとアキレアは毛をなびかせるように手でオールバックを撫でた。その左耳の青いピアスがキラリと光る。その眼は撫でた腰の刀を見つめている。アガレスの背後からノクティスが言う。


「そうは言うけどよアキレア。だったらどうすんだ? 異論は認めるが代案はあるのか?」


 その言葉を聞いてアキレアが眼を閉じて言った。


「囮は私がなります」


 アキレアがそう言うとジルタは彼女の前に出て言った。


「そ、それ…わ、わだしの役目だべ……と、取んなで…」


 ジルタがアキレアに立ちふさがった次の瞬間、ジルタのみぞおちにアキレアの刀の柄頭がめり込んだ。


「……邪魔です」


 淡々と告げる声が、なお一層冷たく響いた。その場に崩れ落ちようとするジルタの身体を支えて私は睨む。


「どうして打った!?」


「騎士の道を妨げるということはそういうことです」


「忠告ぐらいしないさいよ! 貴方、弱い命を護りたいんじゃなかったの!?」


 アキレアは首を振った。


「彼女は強い。そうしなければ私は彼女の武器でやられていたでしょう」


 そう言うとアキレアはジルタの方を指さした。振り返って見るとジルタの手には大きな石ころが握られていた。


 は? いやそんなの関係…。いや、ジルタこれ下手したら過剰防衛!? そういうこと!? ジルタさん、あんたって娘はーッ!


「うち娘がすみませんでしたぁっ!」


 ―――。土下座した私の頭上から騎士の冷たい声が響いた。


「そのように軽々(けいけい)に頭を下げる方とは。見損ないました」


 そう言うとアキレアは私の横を歩いて騎士達の方へと歩き去ってしまった。


 ど、どうしようあの人…。冗談ギャグが通じない!? や、ヤバイ。あ、でも私もついふざけちゃったし…。ちゃんと謝らないとダメだった…。失敗したぁ…。後でちゃんと謝らないと…。


 何事もなかったかのように立ち上がると、ベラがものすごい形相でアキレアの背中を睨んでいた。私はベラに目線を合わせると首を振っていさめた。


「あの騎士は問題ですね。奥方に抗議した方がいいのでは?」


 流石の温厚なニコラスも眉をしかめていたが、それもやめさせた。


「私は気にしてないよ。それより落馬した兵隊達はどうだった?」


 私に聞かれたベラは深呼吸するといつもの調子に戻って言った。


「落馬した兵士三名ですが、一人は火傷と打撲で戦闘は困難です。二人目は軽い火傷擦り傷のみです。三人目は出血がひどく命が危うい状況です」


 私はベラの報告に顎を撫でながら言った。


「わかった。じゃあ兵士の人に他の二人とジルタを見てもらおう。私達は森の作戦に参加するよ。私達の目的は第一がクラリネ、次点で酒場の店主ってこと忘れないで」


「承知しました」


「しかし、ルリコ。あのアキレアという女騎士はかなり真面目な性格だと思います。懐柔や説得は困難です。それにあの動きを見るに、かなりの手練れです。あの女に敵性と判断されたら…」


 ニコラスは私に不安そうな視線を向ける。


「…まあ、最悪あの人に切り殺される…ってことはありそうだけど。多分ないよ。良くも悪くもあの人真面目だから」


「気をつけくださいルリコ。一見あの女はルリコを軽蔑している様で、その実貴方を尊大な眼差しで見ています。あの女は『貴方のような人が軽々しく頭を下げるなんて』と言っているのです。つまり、それは我々と同じ美をたっとぶ者というこです。だからこそ、美にそぐわないふるまいをする者は…」


「許せないってことね…」


 私はアキレアを振り返る。その瞳は遠くから横目で私のことを見ていた。


「…いざとなったら泣き落としかないかなぁ」


「そんな真似は絶対にやめてください」


「冗談だって…」


 私はニコラスに肩をすくめてみせるが、彼の眉間みけんには深いしわがよっていた。


 成程、ニコラスのアキレアの解像度の高さは真面目同士ってわけか…。


「なんかごめん」


「いえ、私こそ申し訳ありません。こんな時だからこそ私は冷静に貴方を支えなければならないのに…。至らずにすみません」


「ニコラスはよくやってくれてるよ」


「はい、精進します」


 ニコラスはそう言うが私は楽観視していた。何故って森と言えばエルフの庭みたいなものだからだ。


 私達の所に槍の騎士のタクトが来て頭を下げて言った。


「申し訳ありません。アキレアは新人で、私の指導が行き届いておりませんでした」


「謝罪を受け入れよう。それで状況はどうなっている?」


「この先は危険です。それでも行くとおっしゃるのですか? よろしければ理由を伺っても?」


「それは…」


「騎士如きが貴族のことに口出しするな。早く質問に答えないか無礼者」


 タクトと話していると背後からベラがそう言って遮ってきた。振り返るとベラは目線で「それ以上は事情は話さない方がいい」と訴えていた。


「…失礼しました。敵についてはケガ人数名をかかえて森に潜んでおります。恐らく逃げるか迎撃してくるかの二択でしょう。もし続けるのでしたら前衛は槍の私。囮が刀のアキレア。そして中間が皆さまで後衛が弓となります。…本当によろしいのですね?」


 わたしは頷いて言った。


「よきにはからえ」


 それから私達は森の中を縦隊じゅうたいで進んだ。鬱蒼うっそうとした密林の中、事故した荷車に近づいて行く。森は草木に覆われ、地形は岩や石が隆起して簡単には進めない。高い木々を仰ぎ見ると空からの木漏れ日が差し込んでいた。


 私達の前をアキレアが青のガベンゾンに刀をいて進んでいた。移動の途中アキレアが私達に伏せろのハンドサインを出して言った。


「負傷したシュラがいる。荷車から離れる複数の血の跡と足跡がある。敵は逃走。追撃する」


 そう言って進むと荷車の側で倒れているシュラの姿があった。その弱弱しい姿につい庇護欲を刺激され、つい近づいてしまう。私はシュラに近づくとマントを割いて傷口を止血した。シュラは私に弱った眼を向ける。それを私は撫でて言った。


「もう少し待ってて。傷に効く薬草塗ってあげるから」


 すると後ろから弓の騎士ノクティスが近づいて来て小声で言った。


「おい、何モタモタしてんだよ」


「あ、サーセン」


「草じゃないんだよ! 手がかりを探せ!」


「今終わるんで待ってください」


 私は薬草を軽く口に含むとシュラの傷にマントの布ごと巻きつける。


「ルリコ…そのマント…レンタルのやつじゃ…」


「あ」


 次の瞬間、シュラが私を突いてきた。


「え、なになに?」


 見るとシュラは首を大木の方に向けて動かしていた。シュラの指す大木の方を見るとその根元に大きな大枝が落ちていた。その大枝は若木で鋭利な刃物で加工されたかのように綺麗な切り口だ。


「敵はこの大枝で何かを細工した?」


 私がそう呟くと背後でザスッ! とこするような音がした。振り返るとノクティスが自分の背中を庇う様に屈んでいた。


「痛ってぇー…。何だ?」


「ちょっと見せてください」


 ニコラスがノクティスの背中を見る。


「背中の布が裂けて肌に擦り傷ができてますよ」


「う、うるせぇな! こんなの唾つけておけば治るって!」


 ノクティスはニコラスから離れると顔を真っ赤にして言う。


「何があったの?」


「彼女の背後を何か巨大な何かが飛んできてかすりました。何かまでは見えませんでした。すみません」


 その時、私はさっきの切り口が鋭利な大枝のことが脳裏に浮かぶ。同時に某クリスマスにホームでアローンな少年が泥棒退治に仕掛けた罠を思い出した。


「ちょ! 二人とも伏せて!」


 声を聴いたニコラスはノクティスの手を引いて伏せさせる。同時に私も地面に伏せると頭上を何かが通り過ぎたような気配がする。その気配を目で追うと、ロープに繋がれた枝が振り子のように通り過ぎて隆起した岩棚の向こうに消えた。


 そうか。敵は大枝を加工して罠に使ったのか。で、あの振り子の枝が戻ってこないのは…。上で敵がキャッチしているんだ。まるでジップラインのハーネスの様に。


「敵だ! 岩棚の上だよ!」


 それを聞いたアキレアは草木をかき分けて岩棚の上へと駆けつけようとする。


「お前! ふざけんな! 顔が近いだろ!」


 ニコラスと一緒に伏せたノクティスは顔を真っ赤にして抗議している。ニコラスはそれにとりあわず、木の上を見ている。


「ノクティス! 移動して弓でねらえ!」


 槍の騎士タクトはアガレスとは逆の岩棚に向かいながら指示を出す。


「わ、わかってるって。くっそ膝が! なんだこれ!」


 見るとノクティスの膝が生まれたての小鹿の様に震えていた。それを尻目に隆起した岩棚の上に立ったアキレアが叫ぶ。


「誰も居ないぞ!?」


「こっちもだ!」


「いや、この目で見ましたよ木の振り子がそっちに飛んで行ったんです!」


「これか!」


 アガレスが隆起した岩棚の上の見えない部分に何かを見つけたらしく駆け寄る。すると次の瞬間バキッ! という音と共にアキレアが逆さに吊り上げられる。


「うわぁ…ダッサ」


 背後でノクティスの幻滅した声が聞こえる。


「男に現を抜かしている先輩に言われたくないです」


「おい! お前! アタシの方が先輩だからな!?」


「やめろお前ら! アキレア! 今助けるぞ!」


 そう言うと、タクトは来た道を戻り始める。


「ええい! 草木が邪魔だな!」


 手こずっているタクトに私は「私が助けます!」と言って岩場に近づく。


「レディ! 私に構うな!」


 アキレアは私に叫ぶ。


「大丈夫です! 登るのは得意なんで! 直で登れば直ぐ…」


 そう言って岩棚に近づこうとすると後ろから両肩を掴まれた。


「ルリコ! 待ってください! これは罠です!」


「ちょ、ニコラス! 引っ張らないで!」


 いきなりニコラスにひっぱられた私は体制を崩して彼の胸に背中を預けてしまう。


「う!」


 その時ヒュッっとニコラスが息を飲む音が聞こえた。すると彼は私をダンスのターンの様にお互いの位置を入れ替えて離れた。私が振り返ると何故かニコラスはアキレアと同じように縄に吊るされていた。


「え、いや何やってんの!?」


 吊るされたニコラスは顔を自分の手で覆いながら「見ないでください…」と情けない声を絞りだしていた。


「ノクティス! 敵は上だ! 頭上だ!」


「わかってる! でもこう枝と葉が入り組んでちゃ狙えんぜ!」


 槍使いのタクトの声と共に森に男たちの声と木が揺れる音がこだまする。


「おう、見つかっちまったなぁ。でもここならお前らは手を出せないよなぁ!? でもこっちからは手を出し放題だよなぁ?」


 マルコの声でそう言うと男たちは歌いながらはやし立てる。


 歩けよ歩け、板の先(ヒー・ホー!)


 足を滑らしゃ海の底ヒー・ホー!)


 鐘が鳴るまで片足進め(ヒー・ホー!)


 落ちりゃ魚が骨まで舐める(ヒー・ホー!)


「さあ、こいつらを無事に返してほしければ武器を捨てな。さもないと…」


 そう言うとマルコはアキレアの縄にカトラスの刃を当てるそぶりをする。


「この女騎士のド頭がスイカの様にぺしゃんこになっちまうぜ?」

 

 私はアキレアとニコラスを見て両手剣に手をかけると言った。


「武器を捨てれば人質は返してくれるよね?」


「それは約束しよう。海の男は約束を破らない」


「邪魔をするな」


 私とマルコの会話にアキレアが割って入る。


「邪魔って…!」


「わが命。道を阻むなら容赦はせん」


「何を言ってやがる…?」


「死は恐ろしくない。むしろ屈辱にまみれた生こそ恐れる」


 そう言うと、アキレアは腰の刀を抜いた。


 自分で足の縄を斬る気かっ!


「やめろ! アキレア!」


「本気か!? 騎士殺しの汚名なんて冗談じゃねぇぞ!?」


 私だけじゃなく脅していたマルコすら怯えた声をあげる。


「やめない。私のせいで負けるなんて。そんな恥辱を被るぐらいなら。落下した方がマシだ」


「死ぬな! 死んじゃダメだ!」


 私は走ってアキレアが吊るされた木を登り始める。


 死ぬのはダメだ…。私にはわかる。だって…かつて…そのプライドの為に孤独に死んだ女が言うんだから…。しかしアキレアは凛とした声を森に響かせた。


「とにかく死ぬのはダメ。本能がそう叫んでいるのか?」


「え?」


 振り返るとそこには吊るされたまま、語るアキレアの姿があった。


「騎士は生きたいという本能、死にたくないという本能に従わない。そんなものに従う者が先陣を切れるわけがない。もし、本能のままに生きるなら、私は女として生きなくてはならない。だがそれは違う。人は本能を御してこそ。葛藤してこそ意味ある人生を送れる」


 そのアキレアの姿はまるでタロットの吊るされた男の様に見えた。


「貴方だってそうでしょう? 森のエルフのルリコ」


「え?」


「貴方は森に残って番と子をなして生きる。そんな人生を”選ばなかった”のでは? だったらわかるでしょう? 私は私の道の為なら命を賭けれる。貴方もそうなんじゃないか?」


 アキレアの目は私を見ている。とっさのことで混乱して私は木を登る順序がわからなくなってしまう。暫く私はその場にとどまって思考を整理した。


 …確かにそうかもしれない。もしエルフの集落がもっと凝り固まってて、女は子を産むべしって言われたら…夢を断たれていたら。私は”それ”を生と思わなかったかもしれない。そんなことになったら私は…。


 そこまで考えて私は死ぬ瞬間のことを思い出した。寒くて寂しくて暗いあの時を。その時私の身体は、魂はずっと叫んでいた。ずっとすがっていた。


「…それでも生きなきゃ。死ぬのはダメです」


 再び私は木を登り始める。


「何故?」


 何でだろう? わからない。だけど私は言う。


「ダメなものはダメだからです」


「はあ?」


 初めてアガレスが感情を表した声をあげた。


「何ですかそれ? そんなの…理屈になってない。納得いく説明をしてください」


 私の手は木の幹につたうツルを掴む。


「だって、そうしないと貴方が死んじゃうじゃないですか」


「だからそれは…」


「プライドの為に貴方が死ぬぐらいだったら…死んだらダメと言いますよ。私達は」


「その傲慢ごうまんさは貴方達の美貌びぼう故ですか?」


「違います。私達は…。とにかく嫌なんです。弱い命も、老いた人も皆死ぬのが…。嫌なんです。だから皆でそれを大切しようって守ろうって決めたんです」


「…そのせいで、私の道が絶えるとしても? 魂が死んだとしても? それでも貴方は私に死ぬなと言うのですか?」


「道は断たれていませんよ。もし貴方が生きること選んだのなら。その時は死んだらダメな騎士道を進めばいいじゃないですか」


「死ぬのはダメだと言うような騎士が許されるのだろうか?」


「わかりません。でも生きてみないと…その答えってわからなくないですか?」


「貴方は非道な人だ。…では…貴方はどうなんですか?」


 私が木に登りきるとアガレスは問いかける。


「どうって?」


「貴方は何の為に戦うんですか? 淑女しゅくじょがそんなみっともない姿をさらしてまで…。何が貴方をそうさせるのです?」


 夢の為。と答えるのを躊躇ちゅうちょしてしまった。だって、アキレアの道に比べたら私は夢の為に死ねないから。じゃあ何の為に? わからない。私の心の声がそうささやくから? 皆が私に生きて欲しいから? 何かしよう、何かしなくちゃって思うから?


「わからない」


 私は木の幹を上って大枝の上に立ち上がる。背中のロングソードを引き抜くとそれを構える。太枝の向こうにはカトラスを持ったマルコが居る。


「でも…わからないまま終わるのは…嫌だから!」


 マルコは私を指さして言った。


「お前、貴族だな? その偉そうで尊大な物言いでわかる。俺はお前たちの理想の為に戦ってきたからな…。だからお願いだ…。俺たちを放っておいてくれ。愛しているんだ。彼女を」


 私がマルコに近づくと彼は大枝の向こうへとじりじりと下がって行く。


「今向こうにいるんだ! お前たちとのそのありもしない理想と違って! そこにあるんだ!」


 マルコの指さす木の方を見るとクラリネが木の幹に手をついて立って居た。私は彼女の表情の中に何かを見出せなかった。


「俺たちは街に巣食うネズミだ! 空腹を抱えた明日も知らないネズミだ!」


 マルコの言葉を聞いて、私の脳裏に、前世で深夜にカップラーメンをすする自分の姿が浮かんだ。


「そんなネズミが。鳥に出会った。美しい鳥だ。二人は愛し合った! 奇跡だ!」


 そしてマルコは両手を広げていった。


「お前達のありもしないまやかしの為にそれを奪おうってのか!? 理解できねぇ! ただ、彼女さえ側に居てくれればいい! アイツと一緒に居たい! それの一体何が悪い!?」


 確かに彼のいうことにも一理あるかもしれない。


「でもだったらマルコ。何故彼女はラッセルと結婚したんです?」


 それを聞いたマルコは何かを言い返そうとして大口をパクパクと開けている。


「それだ。それがお前の宣う(のたまう)現実だ、観念しろ」


 背後からアキレアの声が聞こえて振り返るとそこに彼女が立って居た。すると周りからロープをターザンの様にしてマルコの仲間たちが集まってくる。そこには包帯をまとった痛々しい水兵達の姿だった。


「マルコ…あんたはクラリス連れて逃げろ」


「いくら騎士だって捨て身四人がかりなら…」


「こっちには貴族の人質も居るしね」


 見るとニコラスの縄の側に赤毛の水兵が一人立って居る。


「どうする?」


「え?」


 アガレスが私に聞いて来る。


「貴方の指示に従おう」


 正直この状況私だけだったらお手上げだ。でもアガレスが私の指示に従ってくれるなら…。例えばそう、映画みたいに刀をニコラスの側に居る敵に投げてって指示したら彼女はできそうな気がする。でもそしたら…あの子が死んじゃうんだよね…。


 私は遠く離れた赤毛の水兵の顔を見る。まだ年端も行かない少年だ。それを殺すのは嫌だ。


「もう止めて」


 突然森の中に凛とした声が響く。声の主のクラリネの方を向くと彼女は水兵達を見回すと最後に私を見て言った。


「私達はルリコ様の下に投降します」


 その瞬間アキレアはクラリネを睨んで言った。


「お前…謀ったな?」


「謀ってません。でもルリコさんなら騎士アキレアを説得するだろうと思って機を伺っていました」


「何故私のことを知っている?」


「私は何も知りません。ただ、今までの会話から貴方の性格を推測しただけです」


「私が何だと言うのだ。クインストラナイツの騎士達はお前たちを見逃したりはしない」


「いえ、多分…。貴方さえ説得できれば他の方は見逃してくれる気がします。違いますか?」


 クラリネは下の騎士達に問いかける。


「…おい、色男の顔色が悪いぜ。わかったらそろそろ降ろしてやろうぜ」


 ノクティスは弓を構えながらもニコラスの様子が気になってしまっているようだ。


 成程…ノクティスはニコラスに任せてしまえば言いなりになってしまいそう感がある。タクトも横でやれやれと言った様子で見上げながら言う。


「表の兵士たちは重症だ。見逃せるわけないだろう。ナイツの沽券こけんに関わる」


「はい、だから私とマルコは投降します。その際にルリコ様には仲介人になってもらって…」


 そう言うとクラリネは私に笑いかける。私はクラリネの言いたいことを何となく察して答える。


「それで建前では僻地に島流し、実際は開拓地に移住…ってことね」


 一歩前に出たアキレアは私に言った。


「納得がいきません。これだけのことをしておいてお咎めなしなんて…」


 私はアガレスのまっすぐな目を見る。


 クラリネは悪くないと思うけど…。いや、多分…そうなのかな? とりあえずこのままだとやっと縮まったアガレスの気持ちが離れちゃいそうだし…。


「じゃあクラリネ達には公判を受けさせて兵士達にも慰謝料を払わせる。その上で城には出禁。これでどう?」


「…そういうことであれば…。わかりました」


 それを下で聞いていた槍使いのタクトはため息をついて言う。


「おい、新人。何勝手に話を進めてるんだ? 全く…まあ、私もそれで構いません。ただし、ルリコ様にはウチの団長にいずれ会ってもらいますから。お時間をください。いいですね?」


「う…はい」


 そんなことを話している間に吊るされたニコラスは地面に降ろされたところでノクティスに甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。


「とりあえず下りよっか…」


 そう言ってアキレアを見ると彼女は自分の刀の刀身に自身の姿を映して髪を整えていた。


「あ、失礼しました。そうしましょう」


 う、うーん。アキレアさん。思ってたより自由だけど乙女な人なのかもしれない…。


 色々あって下りた私は木の幹に座り込んだ。すると下りて来たアガレスが心配そうに駆け寄ると膝間づく。


「どうしましたか? ルリコ。疲れましたか?」


 私はアキレアの顔を横目で見てから顔を両手で覆うと言った。


「決め台詞がアンパンマンマーチだった…」


「え?」


『わからないままで終わる。そんなのは嫌だ』


 つい口から出てしまったが。よくよく考えると異世界の中心でアンパンマンマーチを叫んでしまった…。いや、良い歌詞だと思うよ…? でも咄嗟にでるのが子供向け番組の歌詞って…。


「発想が幼児で辛い…」


「大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫です。彼女は時々そうなるんですよ」


 心配するアキレアに他所からニコラスが言う。


「おい、色男。まだ顔色悪いから座ってろって。なんなら膝枕するか? してやろうか?」


「いや、結構です」


 その向こうでマルコとクラリネが二人きりで話していた。


「わりぃクラリネ…お前を護ってやれなくて…」


 その言葉にクラリネはきょとんとした顔をして言った。


「何言ってるのマルコ。私、嬉しかったわ」


 そのクラリネの言葉に私はモヤモヤした感情を抱いた。


「なあ、本当に俺のこと愛してくれてたか? 一緒に宿やろうって。あれは本気だったのか?」


「勿論よ」


 え、じゃあ何でクラリネはラッセルと…。


「じゃあ何でお前…あの男と…」


 クラリネはマルコの頬に手を当てると言った。


「愛しているわ。マルコ」


「俺もだ…信じて良いのか…?」


「勿論」


 私はクラリネがマルコに向ける慈愛の視線を見てゾッとした。


 何故? 彼女はラッセルと結婚したの? 財産目当て? でもあの時のクラリネは嘘をついてる感じがしなかった。私と友達になりたいって言ったのも利用するため? でもこんなことになるなんて誰も予想できなかっただろうし…。彼女が私に気に入られたいならこんな変なことしないはずだよね…? もしかして本当に彼女は…太古の穴倉から来た…異邦人ってこと? だからこんな変な感じがするの?


 私にはわからなかった。流石に前世で水商売何てやったことがないからわからない。クラリネは一体何を考えているのだろう…?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ