さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 不揃いのリンゴ
次回の更新は8/24です。
さて、問題はこっちの二人か…。
私は止まり木に立つワシの様なワージと、その後ろでオドオドとしたラッセルという非対称な二人に眼を向ける。開口一番にワージは言う。
「御見苦しいところを見せちゃったね」
「いえ、何も。手がかかる点も愛玩動物の価値の一部です」
うん、やっぱ私はコイツとは合わんわ。
「それよりもルリコ様、今回の件はあなた様の勢力で完遂可能です。むしろ名声でおつりがきます。なのでクラリネ救出後は当商会にお任せいただきたい」
「あ、やってくれる? 助かるー」
「いえいえ、我輩もそうしてくれると助かります」
私はワージに頷いて、隣のラッセルを見た。ラッセルは私をしょげ犬の様に見上げると言った。
「…妻は無事ですか?」
「はい、命に別状はありません」
「そうですか。妻は、何か言っていましたか?」
「内偵した侍女の話では……“愛している”と」
「……良かった」
そう言うと、ラッセルは胸を撫でおろして笑みを浮かべる。
「…何故マルコは妻を浚ったのでしょう?」
え…いや…。これって答えていいやつ?
「…痴情のもつれかと思われます」
「そうですか……。とにかく、僕は妻が無事なら訴訟はしません。できる限り命も奪わないであげてください。彼は悪くない」
「え?」
私は彼の眼を見るが、本気の様だ。
「どうか、この件はルリコ様のお采配にお任せいたします」
そう言うとラッセルは膝に手をついて頭を下げた。
「うむ…」
「もし、よかったらなんですが……妻にマルコと話し合う機会を与えてください。彼女なら、きっと彼を説得できるはずですから」
「…それ本気で言ってます?」
「はい」
「わかった、もう下がって良い」
「はい」
そう言うと、ラッセルはワージの後ろに下がって控えた。そしてワージ共々、邸宅の門からリュシュアに見送られた。
一体何なんだろう…この言語化できないチグハグ感は。この人は本当にクラリネさんを心配しているのだろうか? いや…それよりも今は…。
「アマナさん…」
「はい、ルリコ様」
「お花を摘みたいんですが」
「はい。はい? えっと…摘まれたらよろしいかと存じます」
そうか…。異世界だとこれじゃあ伝わらないのか…。
私はアマナさんの耳に口を寄せると小声で言った。
「おしっこがしたい」
私がアマナさんの耳から口を話すと彼女は耳を真っ赤にして小刻みに震えながら「フンッ」っと照れ隠しに息を吐いた。
いや、だって言わなきゃ伝わらないじゃないですかー。
すっきりして再び着替えた後、ノンノとニコラスが戻ってきた。
「ルリコ様! 只今戻りましたわ!」
私がノンノを両手を広げて出迎えようとすると、その前に金髪赤メッシュの女性が立ちはだかった。女性はトロンと眠そうなたれ目で、ガウンの服の下にネグリジェで腰のあたりに布を巻いていた。
なんだこの娘…。寝起きか? いや、おしゃれか? 寝巻系コーデ的な?
私が金髪赤メッシュに困惑していると、彼女は顔を泣きそうに破顔させた。
「姉さん! 会いたかった! 私だよ姉さん! 生き別れていたファインだよ!」
それを聞いたノンノは口に手をあてて驚いた。
「え! ファイン姉さまとルリコ様は生き別れの姉妹だったんですか!?」
そんなわけあるかーい。耳の長さが全然違うだろ。
「私に生き別れの妹がいるとは聞いていないが…」
それを聞いたファインはニヘラっ…と笑って言った。
「嘘です。すみません」
「また、嘘ですか!? ルリコ様! 気を付けてください。ファイン姉さまは嘘をつくのが趣味なんですよ」
「はい、私は嘘をつくのが趣味なんです。まあ…じつはそれも嘘ですけど」
「え!? そうなんですか!?」
「うん、嘘」
「えー!?」
なんだかかしましい姉妹だが、ノンノは自然に振舞っている気がする。これも家族の一つの形なのかもしれない。
「というわけで、アベンの洞穴を切り盛りしているファインと申します。ノンノの姉貴分でクラリネ姉さんの妹分です。あ、これは嘘じゃないです」
「そうか、よろしく頼む」
「はい、ヨロシクします」
なんだか、クラリネも面白い人だったが、ファインも中々変わっていて面白い気もする。しかし金の前髪とインナーカラーに入った赤がとても気になる。もしかして異世界にはそんな染めができる技術があるんだろうか?
「あ、この赤ですか? これは私達の先祖が戦いの中で血を沢山浴びたせいで髪が地に染まるようになったっていう逸話があってですね」
ノンノがファインの軽口をジト目で見ながら言う。
「噓でしょ」
「あ、まあ嘘ですけど」
ファインのノリはよくわからないけど…嘘が好きならこっちも嘘ついてみようか。
そう思って私は満面の笑みで言った。
「そうか、では嘘つきは死刑だ。アマナ、斧を持て」
「承知しました」
その言葉を聞いたノンノは血相を変えて言う。
「噓でしょ!? ルリコ様!」
「ああ、嘘だ」
「え?」
後ろから疑問の声が聞こえたので振り返るとアマナさんが斧を持って固まったまま言った。
「ええ、嘘ですよ?」
いや、明らかにやろうとしてたよね?
アマナさんがそう言うと、ファインは膝に手を当てて中腰になって言った。
「う、嘘かー。よかったー…。あの…ちょっとトイレ借りれますか? あ、これはガチのやつです」
…。
ファインがトイレに駆け込むと、ニコラスが一冊の本を差し出した。
「クラリネの日記です。鍵はベラが開けてくれました」
日記は皮の装丁で鍵がついていた。
「…内容は?」
「私はルリコに読んで欲しいと思いました。できれば最初のページと最後のページを」
ニコラスの顔つきからして重要なことが書いてるのかもしれない。私は立ったまま日記を開いて読んでみた。そこにはインクの羽ペンで書かれたクラリネの出生かの記録が書かれていた。
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わたしは岩の洞窟の奥で生まれた。
そこは永遠の温もりに満ちた場所――灯の色はやわらかく、水音は子守歌のように響いていた。女たちは白い布をまとい髪をとかし、男たちも白い布のままその膝に顔を埋めて眠る。
朝は泉のそばで果実を分け合い、夜は火の輪の中で歌をうたい、髪に花を編んだ。ひとりが笑えば、笑いは洞窟じゅうを巡り、ひとりが泣けば、誰かが肩に手を置いた。
罪も罰もなく、欲は清らかで、飢えた心はなかった。
ああ、我がアストリーヌ。我らの花。彼女が笑えば男の胸を軽くし、触れれば世界を忘れさせた人。彼女は詩を知り、星の名を知り、言葉の遊びで夜を満たした。
わたしはその背を追い、膝で文字を覚え、男たちから小さな宝物を受け取った。
おお、猛けしカリストス。彼は笑っていた。あのように、誰も疑わず、誰も怖がらずに笑える男を、あたしはあれから一度も見たことがない。
私はありし日の二人を忘れられない。
その日回廊を歩く二人の足音が、大理石に淡く響いていた。カストリスは半歩、アストリーヌの後ろをついて行く。肩越しに漂う香の筋を、深く吸い込む。
カストリスは歩幅をわずかに広げ、石畳の模様を辿るふりをして、じりじりと距離を詰めていく。アストリーヌは振り返らない。
だが、その背筋には硬さがなく、耳飾りの小さな金鈴が、彼の気配を受けて微かに揺れた。――避けるならいくらでも避けられたはず。それでもアストリーヌは、一定の速度と姿勢を保ったまま、カストリスを近づけさせている。
カストリスは、その沈黙の許しに背中を押される。手を伸ばし、アストリーヌの髪先に指を触れた。
アストリーヌは振り返らず、視線の端だけでそれを捉える。唇の片端が、ゆるく持ち上がった。カストリスの指から、黒髪がするりと零れ落ちる。光を受けて水面のように揺れ、一瞬だけ甘い香りが空気に混じった。
ある日私は、洞窟の外でカストリスに似た顔の石をアストリーヌの様に撫でまわしてみた。地面にあるしなやかな岩場に寝そべって背中に文字を書き、丸い石を後ろから抱きしめた。練習を終えて戻ろうとしたけど、いくら同じ道をたどっても洞窟への道がわからなくなってしまった。
もう二度とアストリーヌと会えないと思うと悲しくなってその場でうずくまって眠った。その夜、私は夢の中でアストリーヌと再会した。夢の中でアストリーヌは私の側に座って星を指して言った。
「クラリネ、この三つの星を結びなさい。あんたを行くべき場所へ連れて行ってくれる」
夜ごとに空を仰ぎ、冷たい風の中で星の並びを確かめる。 一歩ずつ、灯りもない道を進んだ。やがて、三つの星が示す先に、闇に浮かぶ城の影が現れた。
そこで出会ったのが、わたしの妹たち――血は繋がらなくても、同じ歌を知っている子たちだった。
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一旦日記から目を離した私は顔を手で仰いだ。
なっんじゃこりゃ…。え? これって何なの? 悪い話? いい話? いや、そもそも本当…? まさか嘘…?
私がファインに目を向けると彼女は肩をすくめて言った。
「ああ、私は内容は見てません。姉の日記なんて見たくもありませんし。ただ言えることは…姉は嘘をつけるような人じゃありません。まあ、わけのわからない妄想を日記に書きつけるぐらいはあるでしょうが…」
ああ…そうか妄想のセンもあるのか…。
「まあ、私から言わせればたとえ嘘でも自分を騙せるならもうそれ真実ですから。そういう意味で姉は”嘘なんてつけない”ってことです」
思い込みが激しいタイプってことなのかなぁ…。いや、ていうかアレか…彼女にとっては真偽のなんて関係ない…事実なんだな…。
「ルリコ。最初を読んだら次は最新を読んでください」
「ん、ああ。そっか。クラリネが浚われた理由が載っているんだ?」
「…直接的な理由は…載ってはいないですね…」
「ええ…? じゃあ何で…」
「それは…」
「失礼、合図です」
ベラが私達の話に割って入ると門の外を指さしていた。門の外に出ると鐘楼から光の反射で合図がされていた。
「マルコ達が商隊を率いて門に行った合図です。行きましょう」
「わかった」
私達は邸宅のホールでシュラにまたがると順に門から出ていく。私の横でアマナが「御武運を!」と声をかけてきたので私は重々しく頷くとシュラで城下街へと進んだ。
城の街の中をベラを先頭に私、ニコラス、ジルタの順にシュラを徐行させていると背後でジルタが叫んだ。
「階段を飛び越えて広場に行けば近道です!」
ベラは振り返らずに言う。
「ルリコ様!? よろしいですね!?」
「ああ、よろしいぞ」
「よし、ジルタ。手本を見せてくれ!」
「はい!」
ベラがそう言うとジルタのシュラは私達の脇を勢いよく抜けた。ジルタはシュラを階段下でジャンプさせると空中で九十度回転させ階段の中段へとシュラをねじ込み、広場まで前進させた。まるで車と車の間に横からドリフトで縦列駐車するような挙動に唖然とする。
いや、ムリだろ! 真似できないって!
「ジルタ! 先に行って広場の人払いを!」
どうやらベラもジルタの挙動を真似するのは無理だと悟ったらしく、本来のルートで行くようだ。ジルタも言われて顔を伏せて頷く。
「はいぃ…」
城下町を迂回して広場に来た私達はシュラを門に向けて加速させる。後ろからジルタも合流する。見ると広場から門までの間は騎士たちによって人払いがされて人垣の一本道の様になっていた。
「どけー! エルフ様のお通りだー!」
ベラがシュラを駆けさせながら民衆に大声で伝える。
なんだろう…。これだけ聞くとエルフが凄く傍若無人な貴族みたいに聞こえるな…。いや、真昼間に門の人払いさせる貴族って割と傍若無人か…。
見ると門の衛兵たちが敬礼して私達を見送ってくれていた。
私達はシュラを最大まで加速させて外に躍り出る。門の外は堀の上を通るデカイ橋があってその向こうに城外の街が見えてくる。ベラがシュラを走らせながら背後の鐘楼を振り返えりながら言う。
「敵は西に向かってます、あの大通り! 郊外に行くつもりです」
ベスが指すと同時に目の前の大通りを荷車が左手から右手に横切って行った。荷車の上には昨日見た五名の水兵と店主が乗っていた。
「ご主人! 減速して後続を先に行かせます! 後から追いかけましょう!」
私達が交差点にさしかかろうとするとベスがシュラを減速させる。それに合わせて私達も減速する。暫くして門番の兵士三名がシュラを率いて走り去り、その後からドロドロという思い足音が続いた。
「チッ! 最悪だ! 何でよりによってアイツらが…!」
更に後ろからシュラに乗って駆けて来たのは白銀の鎧姿の二名の女性だった。
「クインストラナイツ! 融通の利かない頑固共の集まりです!」
「どういうこと?」
「状況が変わりました。アイツらより先にクラリネ達が身柄を拘束されたら奪還するのはほぼ不可能です」
「奥方様と交渉できないかな?」
「それをしたら騎士たちは奥方のモラルを疑うことになります」
「う…流石にそこまで迷惑かけられないか…」
「とりあえず追いましょう」
ニコラスに言われて私達はシュラを走らせる。私は馬を走らせながらクラリネをどうするかを考えていた。
多分クラリネが捕まっても人質にだったと言えば最悪のことにはならない気もする…。でもクラリネとマルコはいつも一緒にいたから二人で城下町から逃亡をはかったみたいに言われる可能性もあるか…。
脳裏にノンノが私の顔を心配そうに覗き込む顔が浮かぶ。
こうなったら…仕方ない…やるしかないよね。
「ベラ」
「はい、ルリコ様」
「いざというときは…頼むよ?」
「承知いたしました…」
「…あ、ゴメン。それどっちの意味の承知だった? どういう指示だかわかってるか確認していい?」
「はい。いざとなればクラリネを暗殺します」
「ち、違うから! エルフはそんな殺伐としてないから! 殺したフリをしてってことをね…」
「ああ、成程。承知しました。しかし、そういうことなら指示は的確に頼みます」
「オッシャルトオリデス…」
私とベラの間にニコラスが近づいて来て言う。
「しかしそれは最終手段ですよね? 他の案も考えておいた方が良くないですか?」
「それでしたらベスタにクラリネを救出させるのが一番かと思います。ベスタの操縦技術は騎士すら凌駕していると予想します」
「ええ…そんな無茶振りベスタにできるのかな…?」
「あ、できます」
できるんかーい。
「それをより確実にする為にルリコ様に騎士達を説得しておいて欲しいです。荷車に人質がいる…と」
「あー…わかったよ」
「あ、最後に良いですか?」
「何?」
「もしもの場合は…クラリネを…よろしいですね?」
「ダメだよ?」
「ルリコ様。貴族は情で動いてはいけません。クラリネのせいで貴方様の名声が傷つくことは避けるべきです。もし、クラリネが居なくなって起きる不都合は私が…」
私はベラの言葉にカチンと来て言う。
「ベラ、そんなことはしなくていい。いや、絶対にするな」
「る、ルリコ様…。わ、私は貴方様がこのような場で終わる者ではないと確信しています。たとえ、貴方のお怒りを買おうとも…お見限りになられようとも…わ、わたしは貴方の為に為すべきことを為します」
ベラは声を震わせながらも喜色の浮かんだ声を振り絞った。私はベラに覚悟を感じ取ったので小さくため息をつくと言った。
「そんなことはする必要はない。そんな覚悟など必要ない。…丸く収めれば良い。それだけだ。違うか?」
「違いません! 私! やれます!」
ジルタは私の近くに来て叫ぶ。
「安全策はここで引き返すことですから。行くならやるしかないですね」
ニコラスも静かに言う。
「…確かにこの場合の忠義とは貴方様にこのような真似をさせないことだったかもしれません。失礼しました」
ベラはニコラスに言われて考え直したのか騎乗したまま頭を下げる。
「まあ、いつも通りにやればいい。大体こういうのはちゃんとやれば上手くいくようにできているもんだよ」
「「承知しました」」
「はい」
前を見ると、騎士と兵隊たちは町を抜けた郊外の野原で戦闘を始めるつもりらしく、まだ手を出していない。今のうちに私は騎士団と話を通そうとジルタを抜いて前の騎士たちにシュラを寄せる。
「失礼! 私はワルス・スバンダル第二夫人の食客の貴族でエルフのルリコと言います! 話がしたい!」
前方の騎士は背中に矢筒と矢を背負ったまま、こちらを見向きもしない。
あれ? 無視されてんのかな?
「そこの人! 聞こえているでしょう! さっき後ろをちらちら見てたじゃないですか!」
ジルタが私の後ろから激高したような声を出す。すると、前の弓の騎士は「あーうっさいなぁ」とイラついた声を出してから言った。
「お貴族様、ここは危のうございますのでどうぞお帰り遊ばせませ。邪魔なんで」
おおう…でも帰れと言われて帰るOLはいない。
「あの…人質が居てですね…」
「お貴族様、戦場を社交場と勘違いしてらっしゃるようで? そのキレイな顔に傷をつけられでもしたら面倒ですから。貴方様は家に帰って鏡でも覗いているがよろしいかと」
前の騎士がそう言った後、私の後ろでブチッという音が聞こえた。音の方を見るとジルタがとんでもない形相で前を見ていた。
「わりぃわらすが、いがねぐすんな!」
そう言うと、ジルタはシュラを加速させて前の集団に突っ込ませて行った。
「え!? 何だお前! おい! おい!」
ジルタは騎士のシュラの横につけると自分のシュラのお尻でグイグイと騎士のシュラをどかしていく。
「危ないだろうお前!」
「やかまし! そだな、ちんたら走らすな! ごしゅじんさ邪魔だべや! どげっ!」
「うわあああ!」
騎士のシュラは家屋の近くを走りながらゴミを巻き上げたり、看板が騎士の頭にぶつけたりで大変なことになっている。
「ジルタ! やめなさい! あぶないから!」
私がジルタにそう声をかけても耳に届いていないようだ。なんかもう完全に豹変してしまっている。
もしかしてジルタさん。やっぱり乗り物に乗ると豹変するタイプなのかな?
そう思っているとジルタはくるりと振り返って私に言った。
「ごしゅじんさま、こんたな奴らさ付き合ってだってしゃねぇべ! ほれ、先行ぐべ! わだすさ付いできてけろ!」
「お、おう」
そう言うとジルタは先を走る騎士団と門番のシュラを押しのけて先頭に駆けだした。
「ルリコさま! オラが風よけすっから、足ためでけろや!」
「わかった!」
そう言うと私達は街から出て郊外の草むらに駆けだした。
「こっち!」
ジルタはそう言うと、商隊が進む土の道ではなく、草むらの丘の頂上にシュラの頭を向けた。
「おい! 田舎娘! そんな丘じゃあシュラの速度が落ちるぜ!」
いつの間にか私達に後ろに弓を持った騎士が追いすがって来ていた。
「うっせ! 今に見でられ! まくってやっからな!」
「ああ! 見るぜ! お前が落馬する瞬間をな!」
そう言うと後ろの騎士は弓に矢をつがえてジルタに狙いを定める。
「やめろぉ!」
私がそう言うと、騎士身体をのけ反らせ、弓を緩めた。
「止めました」
機転を利かせたベラが騎士に投げナイフを投げつけたらしい。
「凄い! ベラさん!」
「いえ、流石に馬上では当たりません。けん制しただけです。第二射来ます」
私が振り返ると、騎士は兜越しに私達を睨みつけているのがわかった。
「退がれノクティス!」
背後から追いついた騎士二人が弓の騎士に声をかけて射撃を止めさせたようだ。
「ジルタの挑発で、騎士たちに弓を引かせられました。これで少しはやりやすくなりました」
ベラは後続を見ながら冷静に言う。
「ルリコ! 門番達が商隊に追いつきます!」
私達はノロノロと丘の上に上りながら逃げる商隊と追いすがる兵士と騎士たちを見ながら状況分析することができた。
「このルートを選んだのは正解かもしれません。見てください。敵は弓を持っていないので損害を与えられてません」
「水兵の海戦では敵の船に乗って白兵戦です。ゆえに今のアイツらは陸に打ち上げられた魚のように無力です」
成程、そう考えると門番と騎士達が商隊を押さえるのは時間の問題か。
「居ました! 女性の姿が見えます!」
見ると、正体の荷車の中にクラリネの姿見えた。腕にロープのようなものがついている。それを見て私は咄嗟にアイデアを思いついた。
「ジルタ! ベラ!」
「「はい」」
私は二人に聞こえるように大声で言う。
「この丘の頂上に登り切ってから一気に坂を下って加速して荷車に乗り移ってクラリネを救出できる!?」
「できます…! いえ、やります!」
ジルタはそう言うとニカリと笑う。
「敵は兵たちに気を取られています。クラリネを浚うぐらいの隙はあるかもしれません。何かあっても私がフォローするのでジルタにはケガ一つさせません」
そう言ってベラも頷く。
「よし、じゃあ作戦はこう。私達はクラリネの身柄を手中に収めるためにあの荷車に飛び乗る。その為にはあの荷車にシュラを横付けしないといけない。丁度よく合流できる位置は?」
「初歩的な速度計算ですよルリコ。見てください…今一秒であの石からあの木まで移動しました。おおよそ一秒五メートルです。それを一分六十秒に換算すると三百メートル。時速で十八キロメートルです」
「それにシュラで坂を下るなら時速三十キロぐらい」
「兵たちのシュラは時速二十キロぐらいでしょう。だとすると…我々と荷車の距離の差は二百五十メートルぐらいです」
「シュラは一秒に八メートル進む、対して荷車は一秒に五メートルです。一秒に三メートルずつ縮まることになりますね」
「二十九秒で追いつく。地点は…あの曲がり角だ!」
すごい…! この計算式…! 小学校で習った『距離=速さ×時間』の奴だ…!
「よし! ジルタ! ベラ! 行って!」
「「承知!」」
私の号令と共にジルタとベラはシュラを走り出させる。ベラとジルタはシュラを低い姿勢のまま静かに丘を下って行く。いくら水兵たちが歴戦でも兵士と騎士相手に三十秒で接敵するば気づかない可能性は高い。見ると、ベラとジルタのシュラは丘を下りながら曲がって行く。
「ん…あ…?」
ニコラスが私の隣で不穏な声をあげる。
「あ、これは…いけませんね…」
「え? 何? どうしたの?」
「今、二人のシュラは曲がりながら商隊に近づいてますよね? 曲がっているってことは減速しているってことです。つまりあの曲がり角で追いつけません…」
「ま、まあ多少の誤差はね…」
「そしてそれだけ追いつく時間が長引けば…敵が彼女らの接近に気づく可能性があるということです」
「ヤバイじゃん!?」
「ヤバ…? ふむ、しかし我々がここで下手に動けばかえって注目される可能性があります。どうしたものか…」
「いや、あれ見て!」
二人はシュラが丘の下り坂で減速しそうになったのを感じ取ったのかシュラから身を丘の方に乗り出して曲がり始める。ジルタはシュラの側面にぶら下がりながら頭を地面スレスレに傾けて駆け抜けていく。
「成程、カーブ側に重心を傾ければそのまま速度を維持できるというわけですか」
「さっすがジルタ!」
「同意ですね。彼女は先ほどの計算の会話に参加していなかったので理解してなかったのでしょう。なのに追いつけないことを悟ってあのような技術を使ってカバーしているわけです」
「でもなんで? どうやって追いつけないってわかったの?」
「…勘でしょうね…。彼女は目視と経験から『このままじゃ追いつけない』と悟ったのでしょう」
「う、うーん。成程…」
なんか、そう考えると人のカンに比べて計算って微妙な気がしてきた…。
「人というのは不思議ですね。あれだけ複雑な計算をあのように一挙に処理できる者もいるわけですから。ジルタの様な人が沢山いれば科学なんていらないのかもしれません」
…いや、それは極端な気もするけど…。でも確かに職人とかはコンマ数ミクロンの削りとかやったりするし…。それは機械にもできない領域だったりするわけで…。やっぱり人間って凄いんだなぁ…。
「…ああ、ていうかやっぱりいけませんね」
流石に今回は言われなくてもわかった。ジルタはベラを一馬身程離して商隊に近づいて行っているのだ。
「あのままだとベラはジルタのフォローが少し遅れます。マズいですよ」
ニコラスがそう言うと、それが聞こえたかのように水兵の一人がジルタ達を指さして他の者たちに声をかけているのが見える。
「行こう!」
…もうバレるとか言ってる場合じゃない…。けど…今から行っても間に合わない…。
水兵の一人ジルタにカトラスを向けて迎撃をしようとしている。ジルタはそれに目もくれず突っ込んでいく。
ジ! ジルタァー!
あわや、と思った次の瞬間、ジルタはシュラの背に戻ると、跳躍させた。飛び上がったシュラは羽を広げて荷車へとそのままダイブしていく。
シュラを見上げた水兵はカトラスをの剣先を向けるが、その剣先にシュラの猛禽類の様な爪が振り下ろされると剣はバラバラに砕けて破片を四方にまき散らした。そして剣を失った水兵にシュラはタカが餌を奪うかのように足で引き倒した。
うっそ、凄い…!
そのまま水兵は荷車の荷物の陰に消え、シュラとジルタは荷車に見事飛び乗った。
やけに自信満々だったけど…本当にジルタは凄いな…。
私はジルタにシュラから荷車に飛び移るのを提案したつもりだったが、まさかシュラごと飛び移るとは夢にも思ってなかった。荷車の上のシュラはまるで猛獣の様に荷車の上で暴れまわり揺れた荷車の上で水兵たちは立って居られないようだ。その隙をついてジルタはクラリネを拘束している縄を解いていた。
「ルリコが何故あの者を可愛がるか理由がわかりませんでしたが…確かにあのジルタという女は卓越した乗り物の操作技術を持つようですね。一体どうやって気づいたんですか?」
いや、私だってジルタがあんなだとは思わなかったよ。なんだよ乗り物が武器って。ってそんなこと考えてる場合じゃない。
「見て!」
私はジルタを指さす。シュラから降りたジルタは正気に戻ったのか表情に怯えの色がはしっている。シュラに驚いていた水兵達はシュラを取り囲むと布を頭に被せて大人しくさせた。
「マズいですね、水兵達がジルタの存在に気づきましたよ」
私とニコラスは精一杯シュラを加速させるが荷車まではちょっと遠い。
「てめぇら! 兵隊を回り込ませるな! 荷物を投げろ!」
少し離れた荷車からマルコと思わしき男の怒声が聞こえる。
「そっちからも騎士が来る! お前らはそっちを当たれ! 俺はクラリネを守る!」
水兵達は両側から兵士たちが荷車を止めようと回り込んでいるのを荷物を投げつけている。遠巻きにカトラスを持ったマルコがジルタの方へと進んでいくのが見える。
「ジルタ! 一旦クラリネの側から退きなさい!」
マルコはクラリネの安全を確保するためにジルタを深追いしないはず…。
しかしジルタはその場にへたり込んで私を見ながら言う。
「ムリですルリコ様ぁ! 腰がぁ!」
腰が抜けるって本当にあるんだな…。
「ルリコ! マルコを何とかしないとジルタがマズいですよ!」
私達はそう言いながら荷車に追いついたが、騎士たちが邪魔で前に回り込めない。今から回り込んでもその前にマルコがジルタを手にかける方が早いかもしれない。
すっごくマズイ! 映画みたいにシュラから荷台に乗り移れると思ったけど! 無理だこれ!
私は頭の中で映画みたいにシュラから荷車に乗り移ると思っていたけど、この速度と振動では走る自転車から隣の走るトラックの荷台に乗り移るぐらい無理ゲーだ。かといって飛び道具も持っていない。
「マルコ! こんなことはもうやめなさい! こんな大勢に取り囲まれたまま逃げられるわけないでしょう!」
「うるせぇ! 誰だお前!」
「クラリネの夫の雇用主よ!」
「クラリネは結婚なんかしねぇ! 俺と一緒に宿をやるって約束したんだ!」
そう言うとマルコは荷物の壺を両手で持ち上げて投げつけてくる。ニコラスが横に出てそれから守ってくれたが、そもそもこっちに届いていない。見ていると、マルコの側には昨日会った店主が私を不安そうに見ていた。
「よし。一旦は時間を稼いだ」
私はそう言ってため息をつくが、ニコラスは冷静な声で言う。
「でも、彼はより感情的になってしまったようですね」
「誰かしら前に出てくれれば終わるんだけど…」
そう思って周りを見ると、騎士と兵隊たちはマルコの仲間に手こずっている様だった。左側の水兵二人は一人の赤毛の水兵が鉤付きロープを振り回して騎士たちをけん制している。
「このロープを避けたら乗ってるシュラが巻き添えだよ! 騎士様はそんな酷いことしないよね!?」
そう言うと、水兵達の一人はロープを槍を持った騎士に投げつける。だが、槍の騎士はシュラを操作してそれを避けた。
「甘いんだよなぁ!」
赤毛の水兵はロープの持ち手を絞ると鉤はムチの様にしなって半円の弧をえがいて騎士の手をからめとった。
「どんなに頑強な騎士でも、落馬には耐えられないよね?」
なんか結構ヤバイ状況かもしれない。
「ウッ! ウワァーッ! アチィ!」
もうサイドの方では兵士が水兵に投げつけられた火炎瓶の火で落馬した。
「アッヒャッヒャッ」
「ホレホレ、近づくと槍がプスリだよ?」
もう一人の水兵も短槍を兵士の方に向けて威嚇する。
「構うな! 大きく前に回り込め! 前へ!」
「しかし、勇敢な女子が!」
どうやら兵士たちもジルタのことを案じていたらしい。
「ダメだ! 近寄るとアイツらの思うつぼだ! 奴らの前に行って止めるのが確実だ!」
「しかしそれでは間に合いません!」
兵士の言う通り、マルコはジルタを振り返って値踏みをするような視線を向けている。このままだと人質にされてしまうだろう。
「耐えろ! まだ手はある!」
「ああ、そうだな」
水兵の言葉に槍の騎士はそう呟くと、彼女は左手を絡めとったロープを身体をひねって引いた。
「ちょ! うわぁ!」
突然引っ張られた水兵は前のめりになってその場に膝をつく。するとすかさず槍の騎士は自分の腕に更にロープを絡めて巻き取る。
「なんて馬鹿力なんだ!」
「私の力が強い? 違うな、お前が非力なだけだ。騎士を舐めるな!」
槍の騎士は水兵に高らかな声を浴びせる。
「はは…確かに僕は非力かもしれないけどさぁ…。舐めてないよ。そもそも騎士は数名でかかれって常日頃言われてるんだよねぇ。おい! 手伝え!」
そう言うと赤毛の水兵の背後に居た巨体の水兵が一緒にロープを掴む。流石の騎士も男二人の力でロープを引かれたらたまらない。
「卑怯だぞ!」
「はあ? 海の戦場にそんな言葉はないよ? そういう訳で…騎士女の一本釣りだぁ! 落ちちゃいなぁ!」
そう言って、水兵達がロープを引っ張ろうと踏ん張った瞬間、ロープが切れて後ろにずっこけた。見るとベラが槍の騎士のロープをナイフで切っていた。
「た、助かった。感謝する」
「貴方達邪魔です。手だてがないなら引っ込んでください」
槍の背後に居た弓の騎士は弓を構えると言った。
「おい、カスティの女。今なんて言った? 手だてがない? 別に私は指を咥えてみていたわけじゃない。訂正しろ。私は機を伺っていただけだ」
そう言うと、弓の騎士は弓を構えると荷台を引くシュラのお尻に矢を突き立てた。
「追いかけっこはもう飽きた。そろそろ終わりにしようや」
それを見た兵士は大声を上げる。
「な、なにやってんだぁー!?」
矢を突き立てられた哀れなシュラは痛みから逃れようとおかしな方向へと舵を切り始める。荷車は道から外れて野へと暴走し始める。
「いつも後先考えて行動しろと言ってるだろう! ノクティス!」
「え? だからこうすればあの田舎女は助かるだろ? こんなに揺れてたらアイツら立ってられないんだから」
しかし、ノクティスの予想は外れていたようだ。
「そこそこの波だな」
「ああ、嵐の時に比べればなんてことはない」
「続行だな」
「ああ」
そんなことを言いながら水兵は切れたロープの先に新しいを鉤を結び付けている。
「おい! 見ろ! 車体が旋回して槍がまんまと兵隊に刺さったぜ」
「運いーなー。お前」
「耐えろ! 落馬するな! 家族がいるんだろう!」
槍の刺さった兵士に後ろの兵士がそう言うと水兵に火炎瓶を投げつけられ落馬する。
「そーだぞーがんばれ俺は応援してるからなぁ」
槍を指した男は刺された兵士に言う。
「いっつも上ってくる奴を俺は応援するんだ。でもなぁ結局皆落ちちまう。お前はどうかなー? やっぱ無理かなー?」
「…そうだな耐えられそうにない。だが、一人で逝かん…」
そう言うと兵士は水兵の槍を掴んで自ら落馬した。
「お前も道連れだ!」
「…いや、道連れって…槍なんていくらでもあるからなぁ…手放せばいいだけ。やっぱだめだったかぁ…」
そう言うと槍の男は荷物の上に立ち上がって言った。
「マルコォ! こっちは片付いたぜぇ! 後はそっちの騎士と貴族を片付ければ行けるよなぁー? 俺たちの新しい商売として宿を開けるよなぁー?」
「そうだ! 俺たちは勝利する! 貴族よ見ろ! お前の手下は俺の手中だ! 命じろ! 撤退しろとな! さもなければ…! お前ら歌え!」
「アイアイマルコ!」
ヨーホー! ヨーホー! 押せ押せ押せ!
ヨーホー! ヨーホー! 沈めろ沈めろ!
波より速く 斧を振れ!
血より熱く 声を上げろ!
ヨーヨー! ヨーヨー! 海は我ら!
ヨーヨー! ヨーヨー! 敵を呑め!
水兵達は私達を不気味な低い調子の歌で威嚇する。
「その綺麗な顔にやけど負いたくないだろぉ? まあ、俺は女の焼ける臭いって嫌いじゃないんだけどさぁ…」
そう言って火炎瓶の男はケタケタと笑う。
「槍で突いて突いて突きまくるんだよなぁ…」
「鉤縄も準備万端だよぉ」
「オレ、やることない」
「マルコ! 貴族を殺すのはマズイぞ! 人質も傷つけるなよ!」
五杯目の店主はそう言うと私を見て頷く。男たちにベラは反吐を吐く様に言う。
「いい気になるな、敵前逃亡者共め。お前たちのやってることはただの現実逃避に過ぎない」
私はベラの現実逃避という言葉にチクリと胸が痛む。その言葉にマルコは高らかに言った。
「現実? 現実はここだ。戦いだ! 海戦だ! 海原に消えて行った男達だ! 誰が生きて誰が死ぬなんてルールは人が決めるんじゃねぇ! 海が決めるんだ! 所詮は奪うか奪われるか! だったら俺は奪う! 女も! 自由も! 命も! ルールなんかに縛られて生きて! ある日ぽっくりと逝く! そんな人生楽しいかよ! どうせ生きるなら! 自由にやろうぜ!」
マルコの言葉に私は前世の疲れた自分がチラつく。男の言葉に自分の中の何かがフツフツと沸き立つような感覚を味わう。
何て自分勝手な奴…でも…ルールを守って生きて来て…本当に私は幸せだったのかな? もっとズルでもなんでもして…自分の人生を楽しんだ方が良かったんじゃないかな…?
「しかしそんな理屈ではクラリネの心情はどうなるんですか? 一方的な貴方の気持ちばかりで彼女がどう思ってるかを無視する形になってませんか?」
私はニコラスの言葉を聞いてハッとする。
そうだよ。ズルして幸せになったって周りの人に軽蔑されるだけだ…。なんで私はこんなバカな理屈に納得しかけてるんだ。しっかりしろ私!
「俺とクラリネは愛し合っていた! 将来、売春婦なんてやめて一緒に宿でもやろうって言ってたんだ! それを横からかっさわれて納得いくか!」
「おいおい、そんなの商売女がよく言うおためごかしじゃねぇか。何マジになっちゃんてんの?」
弓の騎士が後ろで呆れた声を投げかける。
「うるせぇ! クラリネは他とは違う! こいつはなぁ…」
マルコが反論しようとすると荷物の陰からクラリネの手が現れて進行方向を指さした。
「どうした? クラリネ?」
「マルコ…前…」
マルコ達と私達はクラリネの指し示した方を見ると、前方に森が迫っていた。
「お前ら! 伏せろぉ!」
マルコはジルタをほっぽり出すとクラリネを抱いて守った。
「ジルタ! 早く!」
私はジルタを呼び寄せうとする。
「ルリコさま…わだす、もうだめだぁ…」
折れかけているジルタに私は両手を広げる。
「……! ルリコさま! あぶねぇ! 森が…! 手綱っ、はなすな!」
私の目端に森の影が迫ってくるのが見える。
「大丈夫。さあ、こっちへ」
「う、うわあああああー!」
叫びながらジルタは立ち上がると、私のシュラに飛び乗って手綱を操作する。止まろうにも森はもう目の前に迫っていた。ぶつかると思った瞬間、ジルタはシュラを浮かせて森の木々にシュラの足をかけながら壁走りでカーブさせた。
それと同時に荷車は森の中に突っ込んで木にぶつかった。シュラを歩かせながらジルタは私に背中越しに言う。
「このわからずやめ! なんで、わだすなんかに構うんですか!」
「それはジルタが好きだからだよ」
そう言うと、ジルタは馬上でくるりと振り返って抱き着いた。
「ちょ、ジルタ! 手綱、手綱!」
「し、知らねぇ…。ルリコさまが、なんとかしてけろ…」
「ええ…?」
私はシュラを止めて下りると、ベラとニコラスと騎士たちが集まってくる。下りてもジルタは私に抱き着いて離れようとしなかった。
「水兵達は森に逃げました。手負いが三名。無傷がマルコとクラリネと槍の男と店主です」
ベラがそう言うと弓騎士が答える。
「アイツら逃げる気か? それともこっちを迎撃する気か? どっちにしろ私とタクトだけだとちとキツイな」
「私が行くよ」
私はジルタの頭を撫でながら弓騎士に言う。
「いやいや、お貴族様。流石にやんちゃが過ぎますって…。貴方が怪我したら奥方に何言われるか…」
「こっちももう引けないから…見て…」
私はジルタの頬を指さす。そこにはマルコのカトラスで傷つけられた傷があった。
「私のジルタを傷物にした代償を払わせる」
「そんなちょっとの傷唾でもつけておけば…」
私は弓騎士の軽率な言葉遣いにイラっとして睨む。
「…な、なんだよ。そんな大事な侍女なら戦場働きなんてさせるなよ…」
その弓騎士の後ろから槍の騎士が現れて私達に頭を下げる。
「下がっていなさい。──ご無礼を働いたこと、まずはお詫び申し上げます。私はタクト・ルナリエ。後ろの無作法者はノクティア・ヴェイル。共に奥方様に忠誠を誓う、クインストラナイツの一員にございます。改めてご紹介が遅れましたこと、そして我が仲間の振る舞いについて、深くお詫び申し上げます」
その名乗りにベラが前に出て言った。
「こちらはワルス・スバンダルの盟友にして次期第五石当確の貴族。エルフのルリコ様とニコラス様です」
私は槍をもったタクトの前に出て言う。
「謝罪を受け入れます。それよりあの三人を追撃するのに手を貸してください」
タクトは首を振って言う。
「手負いとは言え、奴らは兵士です。私達だけでは十全に倒しきれるとは思えません。援軍を待つのが安全です」
ノクティアは兜の後ろで頭を組んでいった。
「いや、でも今から入れば相手はまだ迎撃の体制が整ってない。むしろ手遅れになるとアイツらが逃げた場合は追跡が厄介になる。機先を制するのはアリだと思う。だからお貴族は待ってて欲しいんだよな」
私はニコリと笑うと言った。
「それは私が人質に取られる可能性があるからでしょう? むしろ”それ”でいい」
―――。
暫くの沈黙の後、ノクティアは兜の下で「ヒュウッ」と口笛を吹いた。
「いいねぇそれ」
「良くない」
ノクティスの嬉々とした声にタクトは底冷えするような声で威圧する。
「私もタクトさんの意見に賛成ですね。ルリコが怪我でもしたらエルフの存続に関わるので」
ニコラスは私の意見にすかさず反対の意を述べる。背後でベラも頷く。
「私が行きます」
その声の主はジルタだった。ジルタは皆の視線を一心に受けながら言った。
「あの時どさくさでルリコ様が私を助けたのは見られてないかもしれません。だから森で一人でさ迷っていたらさっきみたいに人質にすると思うんです」
「私は反対だけど」
私がすかさず反対するとジルタは振り返って言った。
「大丈夫です。ルリコ様が守ってくれると信じていますから。むしろ主人の代わりに囮になれるなら侍女として本望です」
「ジルタは侍女の鏡ですね。勿論私もサポートします」
ベラもジルタの提案に反対はないようだ。ノクティスは肩を震わせて笑った。
「クックックッ。おい、お前ら最高だな。いい戦線だ。これが終わったら一杯奢らせろ」
「ふむ、見上げた忠義の侍女ですね。わかりました。しかし少し待ってください」
「なんでだよ?」
ノクティスの抗議の声にタクトは遠方を指して言った。
「どうやら我が騎士団の援軍が来たようです」
「って、あれはアキレアじゃねーか。新人なんて使いもんにならんだろ」
「居ないよりマシです」
その新人のアキレアは私達に近づくとシャンから降りて優美に頭を下げて言った。
「お待たせしてしまい、まことに申し訳ございません。アキレア・バルカ参上しました。未熟な身ではありますが、これよりは精一杯お役に立てるよう努めます」
なんかこの人、タクトやノクティスとは違って育ちの良さみたいなのを感じるな…。
私がそう思って見ていると、彼女の腰の武器が刀なのに気づいて驚いた。
「それって…?」
私が彼女の腰につけている武器を指すを彼女は武器を触って言った。
「こちらは我がバルカ家に伝わる伝製品です」
アキレアの言葉にノクティスは鼻で笑って言う。
「この剣は確かに切れ味も良いし、綺麗な顔しているけどさぁ。鎧相手だと分が悪いぜ」
「しかし、今回の相手にはむしろ好都合です。アキレア、相手は鎧なしの水兵です。こちらの貴族の方の侍女を囮にして敵を討ちます。貴方は貴族様を護りなさい」
「承知しました」
「貴族様は黒の皮鎧なので森の陰に紛れるでしょう。アキレア、貴方も白鎧は脱ぎなさい」
「承知しました」
そう言って脱いだ白い鎧兜下からは黒髪にオールバックの整った顔が現れた。その顔には傷などは一切なく、目は大きくりりしい眼光を帯びていた。
うっわ、めっちゃ顔がカッコイイ。まるで宝塚のスターみたい。
彼女は鎧を脱いて青のガンベゾンをあらわにすると再び腰に刀をさした。それを他所にタクトはノクティスとベラに指示を出す。
「私はジルタとルリコ様達の前を歩く。その後はノクティス、貴様が殿だ」
「私は遊撃させてもらう」
ベラはタクトの指示にシレっとそう言う。
「ふん。やはりお前カスティの暗殺教団の…まあいい…」
「私はルリコ様の侍女だ」
私は二人のそんな会話を聞きながら頭の中で算段を立てていた。
騎士たちの目的は水兵達の討伐らしい。でもそのまま事態が進行するとクラリネと店主も一緒に捕まっちゃいそう。それを防ぐには私達がクラリネと店主を確保しないといけない。
「ベラ、抜かるなよ?」
「はい、心得ております。ルリコ様」
私とベラはアイコンタクトを取る。
良し、仕込みは上々。後は森で楽しいかくれんぼと行きましょう…。




