さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 曰く付きのドレス
混迷の一夜が明けて緊張から解放された私達は寝不足と疲労感から中庭のテーブルに根を生やした様に動けなかった。それでも侍女たちは仕事に戻っていくのだが、その動きは緩慢だった。
ああ、ダメじゃこんなんじゃ。別荘の主人としてやっていくって決めたのに…。切り替えてしっかりしよう…!
心機一転した私は椅子に座り直すと、アマナさんに言った。
「アマナさん、今日はホワイトドルフィン邸に行く予定があるから、よろしくね」
私の言葉を聞いたアマナさんは一瞬固まり直ぐ声をあげた。
「聞いておりません!」
「あー。…うん言っていなかったけど。マズかったかな?」
「ルリコ様。ホワイトドルフィン邸と言えば格式ある料亭です。そのような場に赴く場合にはそれ相応の準備が必要です! 今の様なホコリまみれの恰好で行けばスンバンダルに連なる者としてエルフとしての品位と格が問われますよ!」
うそーん。エイリスさんの店ってそんなに凄かったの?
「えっと、じゃあ…どうぞよしなに頼む」
「ルリコ様の頼みといえど、出来ぬ相談というものがあります」
馬鹿な…!? よしなに頼むが通用しないだと!?
「そこをなんとか。お願いできないかなぁ…?」
「無理なものは無理でございます」
「予算ならいくらでも出す! なんとかしてアマナさん!」
「いやしかし…」
「失礼、侍講」
難色を示すアマナさんにナタリアが近づいて言う。
「予算が潤沢なら、アトリエ・ヴォルドなら中古の高級質流れ品があるかと思います」
「いえしかし…あそこに行くにもそれなりのドレスでなければ…」
おおう…服を買いに行くための服がない…。
「ワルス夫人の三男の送った服では格が足りないんですか?」
事態の推移を見守っていたニコラスがアマナ達に問いかける。ニコラスの言葉を聞いたアマナは愕然として聞き返した。
「その服はワルス様の御子息が下賜…いえ、送られたものなのですか!? だったらなんとかなるやもしれません!」
「その場合、付き添いのニコラス様のお召替えも必要かと存じます」
「私は構いませんよ」
ニコラスの快諾を受けて、アマナとナタリアがヒートアップしていく。
「侍講、ここいらで一式全て揃えてしまった方がいいですよ」
「そうですね。むしろこのお二人の御召し物を選ぶとなると…フッ…これは久々に腕がなりますね」
「社交界のドレスに普段使いの御召し物にお出かけ用のモノがあれば…」
「普段使いのコーデとフォーマルのコーデがあわさり無限のバリエーションが生まれますね」
段々二人が乗り気になっていくのがわかったので、もう一押しすることにした。
「私達の衣装を一新するなら、お付きの貴方達の恰好もそれなりしにしないとね」
私の言葉に二人が振り向いたので首肯する。頑張ってくれればボーナス代わりに新しい制服を支給すると言っているのだ。
「やりましょう! 不肖アマナ! ルリコ様の為なら多少の無茶は恐れません!」
「侍講! お供させていただきます!」
アマナさんはいつものクール顔を破顔させる。ナタリアもうんうんと頷いて共感する。
よかった…ナタリアも持ち直したみたいだね。
「リュシュア、ベラ。留守をお願いします」
アマナに留守を申し付けられた二人は頭を下げた。
「承知しました」
「買い物については貴方達にお任せします」
そういう訳で私達は着の身着のまま、その高級質店に向かった。
石畳を踏みしめて一行が到着したのは、旧王宮跡にほど近い目抜き通り。通りの中でも一際の威厳を放つ店構えの前で、アマナは声を弾ませた。
「こちらが《ミル・エトワール》。貴族の着物から小物果ては家具までそろえてある名店です」
私達の前には高級感ある洋館がそびえ立っていた。黒曜石のように艶めく看板には、金糸で織られた星の意匠。扉には精緻な真鍮の彫金がほどこされている。
なんか前世の高級ホテルみたいな店構えだなぁ…。
傍らにいるニコラスは「たかが服にこんな大きな建物が必要なんですか?」と誰ともなしに言っていた。
私達がぼんやりしているのも構わずアマナさんは店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ、ようこそミル・エトワールへ」
店内に足を踏み入れた瞬間、ふわりとお香の香りが身を包んだ。。高い天井には薄布のキャノピーがかかり、光を柔らかく分散させている。壁際のガラスケースには装飾品や香油が並び、中央には様々なテーマを変えるトルソーたちが出迎える。
「……ひ、ひえっ」
開口一番にナタリアはアマナさんに上ずったような声で耳打ちをする。
「見てください侍講! あのトルソーにかかってるの、王宮の冬季舞踏会用フォーマルですよ!? これ、今や作れない織り方の布じゃないですか!」
アマナは店の女性の店員を振り返って言った。
「試着をお願いします」
「承知しました」
「ルリコ様、ニコラス様もどうか」
「は、はい…」
私が最初に着せられたのは中世のよくあるドレスみたいな感じだった。
「こちらは、薄桃色のロココ調ドレスとなっております。繊細なレースと金糸の刺繍、肩を出したシルエットが女性のお客様によくお似合いになっているかと」
対してニコラスも中世のよくありそうな男性の恰好だった。
「燕尾仕立ての礼装軍服風コート。金ボタンと立ち襟、タイトなズボンに膝丈ブーツとなっております」
ナタリアは私達の興奮気味に言った。
「これは《王都舞踏会風》! 一番格式高い夜会用の装いです! 貴族の誰よりも目立つこと間違いありません!」
自分の恰好を鏡で見るとTHE中世って感じの二人が立って居た。
まあ、恰好は悪くないんだけど…コルセットがキツすぎて内臓吐きそう。靴もヒールで歩きづらさMAXだ。これはムリだな…。
「社交界のお召し物はこれでよろしいかと思います。次は普段使いのお召し物をお願いします」
「承知しました」
「上質な亜麻布のガウンに、腰を締める房付きベルト。首元はラフに開いたコーデとなっております」
「これはルリコ様の休日の余暇を過ごすのにピッタリかと思います!」
アマナさんも店員にヒートアップを隠さなくなってきた。
「刺繍入りの襟付きシャツと部屋着用ローブ。足元は柔らかな皮スリッパ」
「ニコラス様と合わせて、お休みの日は読書で過ごされるのがお似合いかと思います。ああ、めっちゃてえてえ!」
ナタリアもなんかもう、ニコラス好きなの隠さなくなってきてるな…。
「普段使いはこれにして…ちょっと味変しましょう…」
「そうですね、それぐらいの役得は許されると思います」
アマナさんの味変要求にナタリアも乗っかる。もう好きにしてくれ…。
「それでしたらこちらなどどうでしょう? 砂漠の地の王宮に伝わるコーデです」
「ルリコ様には透け感のある紗を重ねた民族風ドレス。金のビーズ飾りと薄絹のヴェール衣装です」
こんな腹出した衣装で社交界に行ったら破廉恥すぎてアウトなんじゃないかな…。
「対して、ニコラス様は白いターバンに刺繍入りカフタン。青いサッシュベルトが腰に巻かれ、煌めく剣の鞘でございます」
「ありがとうございます! 眼が良くなって、寿命が伸びました!」
「これらのお召し物はいかがいたしましょう?」
「「全部購入で」」
「お買い上げありがとうございます!」
いや、最後はいらないでしょう…。とは思ったものの、何度も着替えさせれて意気消沈して何も言えなかった。
「こんなに沢山…一体何の為に? 布の無駄遣いです…」
流石のニコラスも何度も着替えさせられて嫌気がさしたのをオーラで出し始めて来ていた。よくある女性と一緒に買い物に行った男性がなるような感じのヤツだ。
「後は装飾品と家具も見せてください」
アマナとナタリアも着せ替えに満足したのか、小物と家具コーナーへと移動して行った。
「ニコラス、どうだった?」
私はニコラスのフォローに入ると、間髪入れず言った。
「そうですね…私は問題ないと思うですが…ルリコのは…」
「なんかダメだった?」
「はい、布面積が少なすぎます。肩出しなんて破廉恥すぎますよ」
「まあ、確かに普段使いの服で肩出しは色々大変だからなぁ」
「では、こちらはどうですか? さっき見て気になったのですが」
そう言うとニコラスは私を静かな奥の間へと誘う。そこには他の衣装とは違う、ガラスケースに飾られた一着の重厚で優美なドレスがあった。深緑色のベルベット生地に、金糸の刺繍が月の軌道を描くように縫い込まれている。
私は品定めするようにドレスの周りを歩きながら「キレイ…」とつい口から出てしまう。
肩も胸も露出が少ないハイカラー、長袖、裾は流れるように長く、まるで夜空をまとったよう。背面には“銀の輪”を模したブローチが留められている。光を浴びるとふわりと浮くような優雅さ。
つい私が服に魅入っていると横に中年の女性が立った。髪は白髪だけど、たたずまいの優美さが年を感じさせず、むしろ神秘さを感じさせた。ドレスを見上げる紫水晶のような光を持つ瞳が理知的な雰囲気を強めていた。
「お目に留まりましたか。そのドレスは“ホワイト・カレス(白き抱擁)”……かつて王都社交界で輝いた、宝石の名残です」
女店主の眼にはどこか郷愁のような寂しい色が浮かんでいた。
「かつてということはもう…」
「ええ、ルスティナ・フォン・エグレッタ。公爵家のご令嬢にして、短くも美しい青春を送った方でした。当時、舞踏会では彼女とお相手の方がお似合いだと評判のカップルでした。そのお二人を遠き国、帝国とカスティの戦線が引き裂きました。男性の方はお家の事情で戦争に行くとなって、ルスティナ嬢に婚約を申し出ました」
「え、じゃあ結婚はしていたのですか?」
「いいえ、エグレッタ家は戦争に行く男に娘はやれないと断われました。なので再開した時に一緒になろうとこの二対のスーツとドレスを仕立てたのです」
うわぁ…。なんか恋愛映画みたいで素敵。
「それで相手の男の人はどうなったんですか? やっぱり…」
初老の女店主は頷く。
「ええ。戦地で行方知れずのまま。それでもご令嬢はお相手の方をずっと待っていたのです。ですが、いつしか無念のまま病で御倒れになりました。そしてそのご息女の後を追うように御父上が亡くなり残った親族は相続を争い、領土は荒廃して反乱によってお家は断絶。邸宅と家財は売り払われてお家は離散となってしまったのです」
「そうだったんですね…」
「その時にこのドレスを手に入れたのです。残されたのがこの一対だけで。今では、”最後まで着ることのなかったドレス”として語られています。ですが、不思議なことに――未だに誰が袖を通しても“何かを待つ者の気配”が残ると申します」
私の脳裏に、ずっと待ち続けている令嬢の姿が思い浮かぶ。部屋名の中で椅子に座ってずっと窓の外を見ている深窓の令嬢。だけど私はその令嬢の姿を見たことがない。だからきっとそれは令嬢の姿に私を重ねているだけなのだろう。
「これ、いくらですか?」
私が女店主を振り返ると彼女は微笑んで言った。
「お代はいりません」
「何故ですか?」
「実はこの服には他にも逸話がありまして…。着るものを選ぶというのです」
なんか雲行きが怪しくなってきたな。
「服が着て欲しい思う人が現れれば、こちらの手の袖が動いて手招くのです」
「え…それってつまり…」
「はい、先ほどから…」
「そ、ソウナンデスネー」
どうしよう、デザインは好きだけど、そういう事故物件的な服はちょっとやだな…。
「いいじゃないですか、いただきましょう」
断ろうと口を開けた私にニコラスが被せるように言う。
いやいや、ちょっとニコラスさんよ。
私がニコラスの顔をガン見していると、ニコラスはニコリと笑って言う。
「この女性は最後まで禊を貫き通したのですよね? とても立派だと思います。私は貴方にこの服を着て欲しいと思います」
「そうかな? 一つの恋だけに自分の人生全てを捧げるなんて勿体ない気がするけど」
「それにこの服、布面積が少ないですし…。ペアの男性服もかなり地味で派手じゃないのが良いと思います。これにしましょう」
矢継ぎ早にまくし立てるニコラスの行間には「さっさと決めて終わりにしたい」という言葉が態度から溢れていた。
いやまあ…妙な逸話以外はデザイン好きだし…店の雰囲気も悪くないけどなぁ…。
女店主は私がかなり迷いあぐねているのを察して言った。
「では、こうしましょう。この服を引き受けていただけるなら当店の衣服、装飾品、家具全て購入、レンタル、引き取りを全て優先の対応をさせていただきます」
「あ、じゃあ貰います」
いつでもレンタルできるとかこの店全部がクローゼットみたいなものじゃない。この服を着るだけでそれができるなら着させていただきますの精神です。幽霊が怖くて異世界で冒険ができるかっての。
私は内心そう言って鼻息を荒くした。




