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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
夢寝子ラブトロジー
36/65

さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ ペンギンと給仕

 十九時の鐘の中、私達はワージさん会議所に向かう為、別邸から出た。途中、中庭で寝ていた師匠を起こして部屋に向かわせると、私達は別荘の門に向かった。


 別荘の門にはランタンを持った黒肌の侍女が立っていた。黒肌の侍女はシハナカの褐色肌より更に黒かった。体つきは侍女の厚ぼったい服でも細いとわかる程のやせ形のスレンダーで、長距離アスリートを彷彿ほうふつとさせた。私を見つめるその切れ長の目には冷たい印象を持った。


 …なんかこの娘強そうな感じがするなぁ。護衛特化の侍女なのかな?


 彼女は私に頭を下げると言った。


「ルリコ様、ニコラス様。お待ちしておりました。勝手ながらワージの使いの者は先に行かせました。ここからの道案内はこのベラ。ベラドンナのベラめにお任せください」


 私達の後ろからアマナさんが前に出ながらベラに言う。


「ベラ…貴方は…「ルリコ様、指示をお願いします」」


 出鼻をくじかれたアマナさんはベラの前で口をパクパクさせて言葉を失う。


 う、うーん。これはいよいよ指揮系統をはっきりしないとアマナさんが倒れてしまう。


 私が門の向こうの水路に目を向けると舟の松明に照らされながら作業をしているジルタの姿が見えた。ジルタも私を認めたのか遠目から手を振る。私はジルタに軽く手を振り返す。そしてアマナさんの方を向いてポケットに持っていたナイフをアマナに渡して言った。


「私が留守の間はアマナに託します。皆にそう伝えておいて。ああ、後でジルタを私の専属にしておいて」


 アマナさんは私の言葉の前半部分は息を吹き返した様に笑って頷き、後半で息の根が止まったかのように顔色を悪くした。


「じ…ジルタをですか? ですがあの娘は…「承知しましたルリコ様」」


 またもやアマナはベラに言葉を遮られて失語してしまう。


「アマナさんには侍女の講師。侍講として教育をお願いね。もちろん私も含めて。ワルスさんも私に貴族としての振る舞いを求めているみたいだから」


 アマナさんは首をガクガクと振ると下肢づいて言った。


「そのお役目! 全っ力で取り掛からせていただきます!」


 声でっか。まあ…なんか立場が危うい感じだったし仕方ないか…。


「じゃあ行こうか」


 アマナさんは胸に短刀を抱きながら頭を下げて言った。


「はい! 行ってらっしゃいませ! ルリコ様! ニコラス様! ご出立!」


 今日一日で天国と地獄を味わったアマナさんはいささか情緒不安定みたいになってしまった。


 今後はアマナさんに楽をさせてあげないと…。


 去り際に私は二階を見上げると、スリット窓にぼんやりとした灯りに照らされた顔が見えが、すぐ引っ込んでしまった。


 …でもこれで皆も誰に指示を仰ぐべきかわかったかな。


 振り返るとベラが私達を待って居た。そのランタンに照らされた顔には水路を見ていた。その顔には先ほどの私への熱い忠義のような感じは消え失せていた。


 もしかしたらベラはバラバラになりそうな侍女たちをまとめる為にあえて一芝居打って誰がリーダーかをハッキリさせたかったのかもしれない。うーんだとしたら優秀だな。


 多分ベラはワルスさんから送られたお目付け役なのだろう。


 ワルスさんの部下なら優秀なのも当然か。


 私達は水路の階段を上り広場を迂回して初日に行った商業区へと歩いた。


 道行の途中、背後からニコラスが私にエルフ語で耳打ちした。


『ルリコ、報告し忘れていたのですが…。ロゼッタ先生からの伝言です。あの別荘の地下階には地下空間への隠し通路があるそうです』


 ああ…。そういえば先生は地下でなんかしてたな。地下空間とか気になるけど今は構っている時間的余裕はないな。


「わかった、報告ありがと」


 商業区の集会場に近づくとワージが手を上げ、ひしめきあっていた男達が声を上げていた。ベラはその男たちに顔を向けると直立不動の姿勢を取って大声を上げた。


「遮るな! 道を開けよ! 高貴なお方のお通りである! 頭を下げよ!」


 その迫力に押されたのか、職人たちは皆、その場に下肢づいて静かになる。一見ベラが大げさに見えるが男たちが一挙に押し寄せでもしたら守れないからそうしたのだろう。


 私達は緊迫した集会場の中に静かに入る。その集会場の上座となる位置にはワージが立っていて手を広げどうぞと椅子をすすめた。私とニコラスはその椅子に座り、私の後ろにマルナとワージが立った。私は椅子に座ると手を上げて「皆の衆。楽にせよ。待たせてすまなかったな。ワージ殿、始めてくれ」と言った。ワージは頭を下げると職人たちに言った。


「良し。では早速始めよう…。ルリコ様、ご指示をください」


 あ、そうか私が指示しないといけないのか…。


 私は職人たちを見渡す。前列には頭領っぽい中高年の厳ついひげ面の男性達が私をまっすぐ見ている。その後ろには白と褐色の肌の若者たちが控えている。そして最後列には頭に頭巾を被った中年の女性や若い女性達。恐らく職人の妻たちが下肢づいていた。


「こちらをワージ殿に。機密です」


 ニコラスが羊皮紙に記した計画書と紙の作り方、紙作りの道具のイラストをベラ越しにワージに渡す。それを受け取ったワージさんは目を通してから職人たちの机の上に羊皮紙を叩きつけると言った。


「詳細は省く! これを作れると思う者! 出来る者に思い当たる者がいたら意見を言え!」


 おっかなびっくりに立ち上がった職人たちは絵を回し見ながら話し合う。そして職人たちの長が皆を見まわし頷くと言った。


「この絵の工具はかなり簡便な作りと思われます。枠だけでしたらしもべ上がりの家具職人でも作れます。枠の中の網は糸でも代用できそうです。紙をはがすスノコ…? も桶も大工なら作れるかと…。排水に関しては配管工と相談した方が良いですが、それ以外は大丈夫です」


 ワージは頷くと職人たちに言った。


「では、それを絵を基に図面と試作を作れ。作りは簡素だが、ゆくゆくは開拓地で工場を一つを作るぐらいの大仕事だ。開拓地の職人頭になる覚悟がある者を頭に製作班を編成しろ。以上だ」


 ワージは困惑して話し合う職人たちを無視して話しを切り上げてしまう。私はよくわからない会議で「わかってる感」を出す上司の様に頷きながら、ベラをチラチラと見ていた。


 めっっちゃお腹空いた…。お腹すきすぎて頭がクラクラする。せめて紅茶みたいな飲み物が欲しいけど…。全力護衛中のベラさんにお願いできないし。一体どうしたら…。


 私の内心はいざ知らず、職人達は低頭しながら私達の下に集まった。中心の職人頭の様な男が代表して言った。


「ルリコ様。話し合いましたところ、職人頭はこの男が適任かと思います」


 職人たちに背中を押されて出てきたのは、茶髪に色白のくせッ毛が特徴の大人しそうな青年だった。額のはちまきの様な布が妙に印象に残る。


「この男はガイス・ラッセルと申します。父は建築家で大司教様の像の建築も監督したことがあります。この先も開拓地での大きな仕事では活躍すること間違いないでしょう」


「そうですか、よきにはからえ」


 私は映画で見た貴族を思い出しながら振舞った。


 とりあえずよきにはからえの便利さ凄いな…。


「ありがとうございます。それにあたりましてラッセルから一つ質問があるそうです。よろしいでしょうか?」


「よろしい」


 私は職人頭の言葉に頷く。するとラッセルは顔を上げて言った。


「父は建てられた彫像の出来が悪く干され自殺しました。私はその父の無念を晴らそうと働いてきました。今回はその機会を与えてくださりありがとうございます。つきましては一つご確認したことがあります。…私には想い人が居ます。今回の仕事が決まれば結婚を申し込むつもりです。…率直に申し上げますと…。その女は売春婦です。しかしお互い愛を誓いあった仲です。なのでどうかその地に彼女を連れ立つことをお許しください」


 私はラッセルの言い分にどう答えるか戸惑った。仮に元売春婦の女性が領地に入ってくると色々とうるさいのかもしれない。迷った末に私は言った。


「検討する。なのでまずは相手の方に会わせてもらおう」


「承知しました。ではこれから連れてきます!」


 ラッセルは私達に平伏して感謝の意を表した。そして立ち上がると外に駆け出した。その背中にワージが声をかける。


「何処へ行くのかね!? これから図面と試作機を作るんだぞ!?」


「今から行って結婚を申し込んできます!」


 突然の出来事に私は周りを見渡すと職人たちも止める気はなさそうだった。


「確かに、その女がラッセルと婚姻するならこれ以上売春の罪を重ねさせるのは良くないな」


「鉄は熱いうちに打つものだしな」


「図面は俺たちがやっておく! 行ってこい!」


 職人たちはラッセルの行動に油を注ぐように急きたてた。ワージの顔を覗き込むと笑みをうかべていたが、口元がヒクついた。ラッセルはそんなことはつゆ知らず皆に手を振って女のもとへ走り去って行った。職人たちはやれやれと肩をすくめて言った。


「大丈夫ですよワージさん、ルリコ嬢。これくらいだったらアイツが居なくても俺たちでなんとかなりますんで」


「期待してます」


 私が職人達に頷くと、他の職人が私の下に来てイラストを見せながら言った。


「ところでこの配管ですがね。屋根の上にタンクをつけて排水をバルブで調節するというのは…どういう造りですか?」


「あーそれはね…何か書くものは?」


 職人は私の手に木の板とペンを差し出す。私はペンをとって、板に描き足そうと頭に思い浮かべようとする。しかしお腹が空いたせいか頭がぼんやりして働かない。


「ルリコ」


 ニコラスに呼ばれて振り返ると、いつの間にか膝の上にサンドイッチと果物を包んだ布を広げていた。そして指でブドウを持つと口元に差し出した。


「貴方また顔色が悪くなってます。私が食べさせますから貴方は仕事を続けてください」


 いや、意味わからん。何で皆の前で公開バカップルみたいなことしないといけないんだ。


「いや、自分で…」


「お嬢! 早くお願いしますね!」


 職人は何かを察したかのように仕事を催促してくる。私は急いで図面の指示書を描き上げようとするが、そんなことには構わずニコラスは私に向き直って果物を口元に運んでくる。目を上げるといつの間にか指示待ちの職人の列が出来上がっていた。心なしか私とニコラスの行動をニコニコして見ている気がする。


 ああ、そうか…。もう、心を無にしよう。


 私は諦めて口を開けると果物が口に運ばれてくる。口の中に広がる甘みとフルーティな香りと果汁が溢れる。それを私は口にしたとたん、自分の肉体が打ち震えるかのような感覚になる。その様子を見ていた手伝いの職人の妻たちが甘い吐息をつく。私としては心を無にしたロボットモードで淡々と処理していくだけだ。私が描きながら食べやすいように職人たちは胸元で板を持って人間イーゼルとなった。私はイーゼルに描きこむ画家の様にしながら口に運ばれる食べ物を咀嚼そしゃくしていった。


 多分端から見ると美男美女が「あーんして」をやってるように見えるかもしれないけど、私の中のイメージは飼育員に餌を与えられてるペンギンなんだよな…。


 そうこうしている内にラッセルが女性と戻ってきた。女性と一緒に来たということは”そういうこと”だと察してその場は歓喜に溢れた。


 どうやらラッセルのプロポーズは成功したみたいだね。


 そう思って私は声のする方を見て驚いた。それは今朝に広場で水夫と黒いワインのことを話していたウェーブ髪。ノンノのお姉さん代わりの女性だったからだ。


「け…」


「お初にお目にかかります。ルリコ様、ニコラス様」


 私が今朝方ぶりと言おうとすると、間髪入れず女性はそう言って頭を下げた。


 お初だっただろうか? 確かに彼女と私は直接話したことはない。でも今朝の広場でばっちり目があったはずだ。それにニコラスはノンノと初めて会った時に彼女と話したのではないだろうか?


 横目で私はニコラスを見るが、キョトンとした表情をしている。ラッセルはクラリネの後ろで下肢づいてニコニコしている。


「クラリネと申します」


 そう言って顔を上げた彼女は朝と違ってすっぴんだった。すっぴんの彼女は”普通”に見えた。化粧に彩られたクラリネが双子の妹と言われればそうかと頷けるほどには印象が違う。とても売春婦には見えない。私はクラリネの眼を見たが、彼女の眼には一点の曇りも無かった。そして彼女は言った。


「いつもは卑しい売春婦をしております。ですが、ラッセル様との結婚を受け入れさせていただきました。何卒よろしくおねがいします」


 それを聞いて私はクラリネさんをちょっと怖いなと思った。何故なら彼女が嘘をついているわけでも本当のことを言ってるわけでもなさそうだと感じたからだ。


 もし、彼女が自分の仕事を隠したくて嘘をついていたならまだ”わかる”。確か中世で売春婦をやるのは辛い偏見があったハズだだからだ。でもクラリネは売春婦であることを自ら告げた。だったら彼女は一体何で”私を知らないふり”なんてしているのだろう? いや、本当に覚えてないだけかもしれない…。だとしても彼女は自分の仕事についてなんら後ろめたい感情を見せていない。前世の現代の女性ならともかく、中世の女の人が娼婦であることをこんなにまっすぐな目で言えるものなのだろうか?


 彼女が本当のことを言っているなら彼女は自分の仕事になんの負い目も持っていないことになる。しかし中世で娼婦という職業に対してなんの後ろめたさもなく生きてこれるとは思えない。


 かといって…。


 彼女が嘘を言っているなら、娼婦であるということを隠さずに、私達と初対面だと言うことに意味がない。一体何について嘘をついているのかわからない。


 嘘つきなら嘘を警戒すればいい。正直者なら快く付き合えば良い。だが、そのどちらでもない者はどう判断すればいいかわからない。


 私個人としては異色な感じがして面白いと思うけど…。皆のお膝元の開拓地にこの人を送り込んでいいのか悩むなぁ。できれば保険が欲しい…。人質的な…。


 ふと私の脳裏にノンノの顔が浮かぶ。


「…クラリネよ。花には詳しいですか?」


「…はい。花売りですから」


「では屋敷の花について聞きたい。最近、庭に小さいスズランの花が咲きました。いかにして育てるべきだろうか?」


 暫くクラリネは私の顔を見てから答えた。


「スズランの小さい白い花は子供の様に可憐な花。もしよろしければその花を見せていただきたく存じます。さすれば良き母の習いとなりましょう」


「そうか、では頼んだぞ」


 よし…。


 私はクラリネに別邸のノンノをスズランに喩えて聞いた。クラリネもそれをわかってスズランを子供の様に可憐な花とわざわざ言ったのだろう。もしクラリネがノンノを知らないと言うような人だったら縁を切るつもりだった。


 でも、クラリネさんは言外の意まで汲んで回答したっぽいからやはり頭がいい。でも、頭が良いのなら私が見抜けないほどの嘘もつける可能性もあるから余計ややこしくなったかもしれない。


「感謝します」


「…? 何にですか?」


「ルリコ様が野に咲く一輪のスズランを慈しんでくれたことにです」


 ―――。


 突然何かが私の胸を締め付けるような感覚がして切なくなった。そして温かくなった。


「それは私も同じだ。感謝しよう。だが、それは当たり前のことをしたまでにすぎない」


 私はクラリネさんと話していると胸がすくような感じがする。何だろう? この気持ち。森でエルフの皆に一緒に居て良いと言われた時の様に心が温かい。


「当たり前…ですか。わかりました。では、先ほどのスズランの話は固辞させていただきたく存じます」


「…何故ですか?」


「ルリコ様。そのスズランをその手で育ててください」


「…何故?」


「そのスズランは貴方に育まれることを望んでいるからです」


「その花はクラリネの愛を求めていると思うのですが…」


「はい。花は光と土と風と水と。あらゆる施しがあって美しく咲く姿を見せます。恐れずにその花に施せば咲いて私達の魂を満たすでしょう」


  ―――恐れる。私がノンノを恐れている? 


 いや、…そうかもしれない。私はあの子からニコラスを奪うことになるのを恐れている。そしてニコラスを奪えると思ってたかをくくっている傲慢な自分を恐れている。だが、それを恐れず愛せよと言っているらしい。


 私は静かに深呼吸すると言った。


「草の根の哲人と言う言葉は貴方の様な人にあるのでしょうね。勉強になりました。感謝します」


 私がそう言うと、クラリネは空を抱くような仕草をしてから笑った。そして平伏した。


「感謝を頂きありがとうございます。たった今、私も気づきました。私を貴方様の友にしてください」


 友と聞いて周囲の人たちがざわつく。そのざわめきを断ち切るかのように私の背後からベラが言った。


「貴き方が娼婦と友になるわけがない。口を慎むがいい」


 ベラはクラリネを睨む。クラリネは顔をふせたまま何も答えない。その場の空気が張りつめていく。


 私は迷っていた。私はクラリネさんの友になりたいという言葉に「私もなりたい」という”声”を聞いてしまった。それは赤ちゃんを救ったときの声と同じだ。私は椅子のひじ掛けを強く握る。するとクラリネは私と目線を合わせてニコリと笑うと言った。


「はい、承知しましたルリコ様」


 一瞬何が起こったかわからなかった。だが、背後のベラは、意味を悟ったらしく、背後から怒気を放った。


 成程。クラリネが「承知した」のは私に対してであってベラではない。クラリネは遠回しにベラは威を借る狐だと言っているようなものだ。そして私は何も言っていない。では、クラリネは何を承知したのか? それは私の内心のみ知ること。彼女はそれを承知したと言っているらしい。


 彼女は私の心を見透かしているのだろうか? 何だろうこの人、凄く話していて面白い。やっぱり私の”声”は間違ってない。だったらもうそれに従うべきだろう。私はこの人がどんな人か知りたくてたまらない。


「クラリネ。下がってよい。また会おう」


「はい、ではまた」


 そう言うと、クラリネは頭を下げたままくるりと向きを変えると来た方向に消えた。ラッセルもクラリネに続いて、その場から消えた。私は椅子に深々と座ると軽く後ろを振り向いて言った。


「ベラ」


 背後の怒れるベラに私は声をかけた。


「はい」


「貴方も私と一緒に花を育ててみなさい」


「何故でしょう? それは命令ですか?」


「そうだね。そしたら貴方は私に答えを教えて頂戴」


「教える? 私が貴方に? それは一体何ですか?」


「それを知るためにそうするんだよ。私たちがね」


 ベラはぎこちなく言葉を選びながら言った。


「ご命令とあれば喜んで。しかし私は花の名前など知らぬ不心得者です。どうするべきか何卒ご教示下さい」


「ベラドンナ」


「はい」


「ベラドンナは美しい淑女と呼ばれる毒草の名前。私は好きだよカッコイイから」


「そうですか。それは大変結構でよろしゅうございます」


 そう言うと背後のベラはフッと笑った気がした。


 暫くはクラリネとは会うことはないと思っていたが、彼女は会議所の勝手口から職人たちの妻たちの台所で挨拶をしていた。ラッセルも職人たちに合流して紙のすのこの制作に参加していた。二十時を回って職人たちは紙すきを作れる数人だけが残っていた。


「ルリコ様。試作ができました。検分お願いいたします」


 ラッセルが私に試作した紙すきの網を献上する。その網は外枠を木で組んで釘で打ち付けてあり、中は毛糸を木枠の穴に通して網状に組んであった。


「悪くないですね」


 私としては木枠は釘を使わずに木組みにしておいてほしかったし、中の網も毛糸ではないものに変えたかった。しかしそれ以外には不満はなく、むしろこのままでも紙を作れるような感じがした。


 良し。後は森に戻って素材を手に入れれば良い。最初はハガキサイズの紙で実験して、素材が確定したら量産すればいい…。どうしよう思ったより直ぐにできそうでワクワクする…。


 私はこぼれそうな笑みを手で揉みながら言う。


「良くやりました。褒めてつかわす」


「ありがとうございます」


 その言葉と共に職人たちは一斉に飛び上がって完成を祝った。その熱気の中を縫うようにワージは皆の中心に入って言った。


「良くやった! これから完成を共に祝おう! 我輩のおごりだ!」


 そう言うと男たちは埃っぽい作業スペースから表へとぞろぞろと歩いて行った。いつの間にか集会場の表には職人の妻たちによって宴会の支度が整えられていた。大きなテーブルが用意され、その上の皿にはでかい鳥の丸焼きが置かれていた。その周りにはマッシュポテトが皿に盛られ各席にはパンとワインが注がれた陶器のコップに注がれていた。妻たちは男たちのコップにワインを注ぎ回り、机の燭台に火を灯していた。


 私とニコラスの椅子の横にサイドテーブルが運ばれてきてパンとマッシュポテトが添えつけられた皿とコップに入ったワインを渡してきた。ワージがコップを持つと皆も同時にワインのコップを取ったので私もコップを手に持った。


「「「乾杯」」」


 少し大人しめの雰囲気で会食が始まった。私はニコラスがサイドテーブルのパンに手を付ける前に取り上げるとパンの横にナイフで切れ目を入れてマッシュポテトを塗りたくって挟んだ。呆然とするニコラスの更にパンを置くと満面の笑みで言った。


「今度は潰して食べないでね」


「私は自己管理ぐらい自分でできます」


 ニコラスはムッと口をとがらせて反論する。しかし私はニコラスの言葉を無視する。


 これは私がニコラスにあーんされた仕返しだ。私も食べさせられて恥ずかしい思いをしたんだから、ニコラスにも食べさせてあげなきゃだめだ。


 宴会場の皆は私達のことが見えていないかのように酒や会話に没頭している。その無軌道な宴会の感じが私に貴族らしさをしばし忘れさせてくれる憩いの時間となった。

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