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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
初恋の異性と結婚する確率はX%
29/30

さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ …動揺してるの、私だけですか?

最近、日中の暑さが本格的になってきましたね。皆さま、体調など崩されていないでしょうか?

さて、今週も予定通りの更新となります。

読んでくださる方が少しでも楽しんでいただけるよう、こつこつ進めていきます。

今後もしばらくは一週間に一話のペースを目指してまいりますので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

次回の更新も6/29 日曜を予定しています。

 ニャアニャアというウミネコの鳴き声を波止場に響き渡る。雲が一つもない青い空の中、太陽は傾き始めている。時間は恐らく十四の鐘というところだろう。


 波止場を見まわすと川に面した石畳の通路をドレスと紳士服を着た男女が行き来している。どうやらこの波止場は上流階級の商人や貴族関係者が立ち寄る遊び場の様になっているらしい。


 石畳の上は例のシャンという鳥が引く鳥車が通路の中央を我が物顔で走っている。その向こうには石造りの二階建ての建物がズラリとそびえている。これだけ見ていれば自分は中世の世界にタイムトラベルしてきたと思ってもおかしくないだろう。空の宙を横断する天環がなければ。


 私の脳裏に『サルの惑星のラストシーン』や、暇つぶしに見た映画版『タイムマシン』の月の崩壊シーンが想起される。


 いや、まさかねぇ…。


 桟橋に貴族が乗ってきたと思われるゴンドラが流れてきては、漕ぎ手が乗って川へと漕ぎ出すというサイクルによって桟橋に舟が溜まらないようになっているらしい。多分前世のホテルでお金持ちの車を代わりに駐車場まで運転するバレーパーキングのようなシステムになっているんだろう。中にはその下りのゴンドラに乗って反対側まで乗せてもらう人や、荷物を預ける人までいるようだ。


 そのゴンドラの向こうには一回り大きい船が停泊してた。船からは木のクレーンで木箱の荷物が下ろされ、船にかけられた二つ橋からは小麦袋を持った水夫風の男たちが荷物を持って下りて、また登ってと繰り返し荷下ろしをしていた。私はその水夫風の男を見て、今朝広場で見た水兵のマルコと呼ばれたひげ面のタトゥー男を思い出した。


「おい、行くぞ」


 ぼんやりしている私に師匠が声をかける。


「あ、はい」


 私が師匠を追いかけるとジルタが追いかけて来て言った。


「おお嬢さま……よがすべが?」


「ん? 何?」


「もしよがったら、このずきん、かぶってけろな」


 ジルタは白い金糸の刺繍の入った頭巾を手渡す。


「頭巾を被れって言ってるの? えっとありがとう。でもどうして?」


「おめさまみてぇなべっぴん見だら、ろくでもねぇこと考えるやづもおるべさ。んだから、それ隠すためだべよ」


 べっぴんって…美人ってことか…。ああ…わかってるけど…いざ、面と向かってそう言われると…嬉しいなぁ…。


 うーんでジルタはアマナ達と比べて凄く訛ってるけど大丈夫なのかなぁ。いじめられたりしてないか心配だ。


「ありがとう、ジルタ」


「お礼なんて、いらねっす。おめさまの役に立てるのが、わの一番の幸せだがら」


 そう言うとジルタははにかんだ。


 私たちは波止場から市場を通って、石の建造物がそびえるエリアに移動する。途中の市場も城下町の屋台とは違って石造りの建物の中に入ってる店付き住居が多いようだった。石の建造物がそびえるエリアは上流階級のエリアのようで、そのエリアは一面石畳の通路で、その上をガタガタと音をさせながら鳥車が所狭しと通り過ぎる。その鳥車を避けるように人々は建物に沿って往来していた。


「あう…」


 私はジルタが雑多な人ごみに飲まれそうなので手を繋いだ。


「ここだ、行くぞ」


 師匠が入って行った店の門構えを見ると軒先の『五杯目』と書かれた看板が掛けられていた。店の門にはツルのようなフックにかけられたランタンがかけられていた。ランタンの灯りは地球の蛍光灯と違って眠たくなりそうに頼りなかった。ランタンの灯は石畳と人ごみによって遮られた陰を照らすにはあまりに頼りなく、寂しげで不安な気持ちにさせた。私は師匠に遅れないようにジルタの手を引きながら頭巾を目深に被ってその酒場に入った。

 

 私達が中に入ると、夜になったのかと思うぐらい酒場は暗かった。実際は石壁に囲まれた酒場の灯りが蠟燭と天井のシャンデリアしかないせいだと気づく。あまりに暗すぎて私は師匠の姿を探して目を細めて酒場の中を見回す。


 右手側のテーブルには一人だけおじさんが座っていた。顔は薄暗くてよくわからなかったが、口元に加えたパイプの灯で顔が浮かび上がった。おじさんはスキンヘッドに口元に白ひげを生やし、口元にパイプを加えた老年のおじさんが座っていた。おじさんは立派なスーツのような服を着てたばこの煙をくゆらせながら、一人で酒を嗜んでいるようだった。


 左の手側のテーブルは四つの卓にそれぞれ椅子が四脚ずつ並んでいた。一番手間の奥の席には紫のベールを被った占い師の女性が座っていた。占い師とわかったのは彼女の前に蝋燭と占い師定番の水晶玉が置かれていたからだ。ただ、水晶玉は前世と違ってくすんで黄みがかった色だった。


 左の奥側のテーブルには薄暗くてよくわからないが、くせっ毛の中肉中背のスーツを着た若者の背中に見えた。若者は机に猫背の様に丸まって酒を抱えているようだった。その机の向こうで憮然とした様子でこちらを見ている給仕風の少女がいた。少女は金髪くせっ毛のツインテールで特に愛想を振りまくでもなく半眼のジト目でこちらを見ていた。そして顔を右にふっと逸らした。何かを見るかのように逸らした顔の先を見ると酒場のカウンターに陣取る二つの影が見えた。


 やっと闇になれた目がそのカウンター席に座る師匠の背中を捉えた。


「行こう」


 私はジルタの手を取るとカウンターに近づいた。師匠は隣に座る女性に話しかけている真っ最中の様だった。女性は褐色で頭にそり込みの入ったマンバンヘアで、椅子に半分胡坐をかいてる様に粗野に座っていた。腰にはカトレスを帯刀していて顔の目元にはタトゥーが入っていて、眉尻と耳にピアスを付けた若い女性だった。服は上は紺の上着で男性サイズなのか着られている感がある。女性はその上着の裾を折り曲げて二の腕までまくり上げている。ズボンも同様に少しぶかぶか気味で、ズボンの裾を脛までまくり上げている。足にはつま先がそり上がったアラジンみたいな靴を履いていた。


「今まで聞かなかったが…お前の過去について聞いておこうか。エイリス・ヴァルグリム」


 師匠は女性を面接している最中らしい。そして彼女の名前を聞こえるようにあえて言ったということは、師匠は私にもその話を聞かせるつもりらしい。私はバーのカウンターに座ると「お茶」と頼んだ。ジルタは私の背後に立って控えた。注文をしたのにバーに立っていた店主は師匠と女性から目線を外さない。店主はハゲ頭に黒ひげの目が大きい中肉中背のおじさんで「レア!」と女性店員の名前らしきものを叫んだ。よく見るとカウンターの奥には洗い場があって、そこで巨漢の男が皿洗いをしていた。男は体が大きすぎるせいか屈むようににして洗っている。なんとなく男の恰好がフランケンシュタインの怪物を想起させた。


 師匠にエイリスと呼ばれた女性はバーカウンターから私たちの方に身体を向き直すと言った。


「おや、ヒゲの旦那。ということは今回は与太じゃなくて本気マジって訳かい? ああ…わかったよ。そんな睨まなくたってちゃんとやるよ。アタシはガキの頃は船で下働きをしていてね。成人してからは交易船で護衛をやってたね。まあ、色々なところに行ったもんさ。一番長い航海はここから聖地さね」


 エイリスはニヤリと笑ってそう言う。その声は低いハスキーボイスだった。


「剣は?」


「まあ護衛だし一応はね。最初は見様見真似だったから苦労してね…。今ならヒゲの旦那のソレを整えてやれるぐらいにはなったよ」


 そう言うとエイリスは自分の鼻の下をちょんちょんと指し示す。


「その嘘をどうやって信じればいい?」


「…」エイリスは肩をすくめて言った。


「金貨一枚で旗も信仰も裏返るよ」


「わかった。雇おう」


 面接雑だなぁ…。


 そう思ったけど、師匠は捨て駒前提と言っていたから別に形式だけで中身はどうでもよかったのかもしれない。


「アハハ。いや。まだでしょ。まだ私の番が終わってない」


「ああ…?」


 そう言うと、彼女は目をギラリと光らせる。師匠はエイリスを睨んでいるようだが彼女は全く動じない。


「そんな目で見つめるなよ色男。ゾクゾクしちゃうね」


 二人の謎の威圧バトルに私は身を縮こませた。エイリスは師匠に支払いの方法や誰が指示を出すのかや仕事の期間を聞いていた。私が視線をカウンターに戻すとカウンターに女給が頬杖をついてバーカウンターに寄りかかっていた。恐らくレアという名の女給と私は目が合った。レアは私を眠たそうな目で見ながら言った。


「ご注文は?」


 私は首を傾げると彼女は言わんとしていることを察して言う。


「酒場にお茶なんてないよ」


 お茶ないの? って思ったけど酒場にお茶があって当たり前というのもおかしいかもしれない。じゃあお酒かぁ…うーん…そうだ。せっかくだから黒いワインがないか聞いてみようか。


「じゃあ、黒いワイン…とか」


 私がそう言うと、ガシャッと音がした。音の方を見ると、洗い場に居たフラケンっぽい人がこっちを見ていた。


 ん…?


 私が周りを見渡すと、酒場の店主が目を見開いてこちらを見ていた。


 え、なに? なに?


 私が逆の方を見るとレアは俯いてバーのカウンターのシミを見ていた。背後からヒゲのおじさんのむせてせき込む音が聞こえる。私が背後を振り返るとその気配に青年の背中がピクリと跳ねる。占い師の女性は私を座ったまま横目で見ている。


「黒いワイン? 何それ?」


 背後からエイリスの問いが聞こえる。振り返るとカウンターの椅子に腰かけたエイリスが、あぐらをかいた膝に頬杖をつきながら、手前の師匠をかわすように、ひょいと頭をこちらへ乗り出してきて笑いかけてきた。そのにこやかに笑った細い半月の様だったが、その奥の瞳は座っていた。私は、何となく探られる様な嫌な感じがしたので誤魔化すことにした。


「えーと、なんか噂で聞いたような…そうでないような…」


 師匠に目線で助けを呼ぶが、彼は目の前のお酒をあおって無視していた。エイリスは自分の下唇をペロリと舌で舐めると崩した姿勢を戻してカウンター越しに言った。


「あれ? 今の本気で言ったの? 嘘つくの下手なタイプ? もし詐欺師なら向いてないと思うよ?」


 私は彼女に侮られた感じがして少しカチンときた。


「詐欺師? 黒いワインのことについて聞くのが何故詐欺になるんですか?」


「いや、前にも似たようなこと言ってた奴がいてさぁ。業者の人がカンカンだったのね。あいつ今どうしてるんだろ?」


 そりゃまあ、詐欺なんて知られたら怒られるのは当然だろう。


「へー大変だったんですね」


「…で、そのワインの噂…どこで聞いたの?」


 聞いたと言ったからにはどこで聞いたかは答えないといけない。私は生唾を飲み込んで言った。


「広場で聞きました。それで飲みたいなーって思って。でも聞き間違いだったかも。それが誰だったかまではわからないかな」


 咄嗟に私はワルス夫人やクラリネ、マルコのことは伏せたほうがいい気がして知らないふりをした。


「ふーんそっか。まあ、私のルートを使って黒いワインについて調べてもあげてもいいよ」


「えっと、それはそうしてくれると助かりますけど…何でですか?」


「その綺麗なお顔に、後ろで突っ立っているお付きの娘の装いを見たらさ…ささやくんだよ。あんたらにレイズしろってさ」


「ああ、貴族だからってことですか?」


「ハイ、ヒット。その通り」


 エイリスは頷くとニカリと笑ってウィンクする。まあ、この人を護衛に雇うなら腕を見ておくのも悪くないか。


「じゃあ、お願いしちゃおうかな」


「承知しました。あー…」


「ルリコ、私の名前はルリコ」


 そう言うと、エイリスは杯を掲げる。


「そうですか、ルリコ様。…ところでお魚はお好きですか?」


「…好きですけど」


「そうですか。今の旬は銀目イワシです。明日ホワイトドルフィン邸に仕入れておきます。おすすめですので、必ず買ってくださいね」


 エイリスはそう言うとニヤリと笑った。


「…わかりました」


「よし、行くぞ」


 話を静観していた師匠は立ち上がる。私とジルタはそれに追って酒場から出る。


 ええ…? 私、何も口にしてないんだけど?


 私は咄嗟にレアに向き合うと銅貨五枚を握らせる。


「ごめん。ドリンク代。水を持ち帰りで」


 レアは私と銅貨を見比べながらポカーンと口を開ける。


「えっと。チップも入ってるから好きに抜いて。それとも足りない?」


 しかしレアは首を振るとチェシャ猫の様にニヤリと笑って恭しく頭を下げた。


「いいえ、お嬢様。承知いたしました」


 そう言うとレアは、店の奥から綺麗な皮の水袋を持って来て手渡してくれた。


 うん、これ払い過ぎた感じか?


「つ、釣りはいらねぇ。取っといてくれ! そりゃじゃあ!」


 私はレアから向けられた好意が塩対応に変わらないうちに店を出ようと意味不明な捨て台詞を残してしまった。


 師匠の後を追っているとジルタが私の肩を指でたたいて耳を指で指した。私はジルタに耳をよせると彼女はひそひそ声で言った。


「気ぃつけでけろな、お嬢さま。昔な、あの女の手配書……見だごとあんのよ。あのタトゥー、ブラッドノットのエイリスって女でな……元海賊で、そったら恐ろしげなやづだったべさ」


「ええ…?」


 海賊って…。それ…。悪いこと…なんだよね…?


 私の頭の中をありたっけの夢をかき集めるタイプの海賊がよぎる。


 ま、まあ。海賊って悪いことだろうけど…元だから…足を洗ってればノーカンなのかな…? 


 そういえば、さっきエイリスは私に前金の話とかは一切してこなかった。師匠との護衛の話ではしていたのに。なんかもやもやする。


 うーん…。まあ、今度会ったら聞いてみよう。


「そうなんだ、助かったよ教えてくれて。危うくだまされるところだったかも」


 そう言うとジルタは上目遣いで笑ってもじもじしながら言った。


「お嬢さま、この忠告、なんぼかでもお役に立ったなら、ほんと嬉しゅうごぜぇます。……もし、そんだらば……お願いでございます。おらに、お嬢さまのこと、お名前で呼ばせでけねべが? それだけで、ほがにはなんも望みません……やっぱ、ダメっすか?」


 私はジルタのあまりの可愛さについ昂って「ええよ」とつい声が裏返ってしまった。

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