さえずる鳥に冷えたアクアパッツァ 異世界にコーラがあった件
だいぶ間が空いてしまいました、すみません!
気がつけば季節も変わっていましたが、少しずつまた物語を紡いでいければと思っています。
ゆっくりですが、今後ともよろしくお願いします。
次回の更新は6/22を予定しています。
城の中での出来事の後、私とニコラス、ワルフ夫人は鳥車に乗って城から城下町の広場に移動していた。
「ごめんなさいねぇ」
ワルス夫人は私の震える肩に手を置いて言った。
「さっきのはちょっと脅かしただけだから…。でもね、貴族になったばかりの人って舞い上がってやらかす人って結構いるのね。だからこうやって釘を刺しておくのも必要なの。手前なりの教訓なの。だから許して?」
…まあ、正直それはあると思う。新人の頃、私も就職できた喜びで空回った経験があるし…。
気を取り直して私はワルス夫人に頭を下げて言った。
「はい。勿論。忠告に感謝しています」
まだ緊張はしていたが、私としてはワルス夫人の忠告には本当に感謝していた。
「ありがとうねぇ。その代わりと言っては何だけど…いいこと教えてあげる。あの献上してくれた石鹸だけど泡立ちもいいし、獣脂の臭いもしないのが良。でもね、一番の魅力は臭いだと思うわ」
「臭いですか?」
「うん。あの臭い多分だけどウードじゃない?」
「ウード?」
「ウードっていうのは木から出る香りなんだけど…特別な木からしか香らないのよ。だからその木は神の香木って呼ばれるぐらい重宝されてるの。あの臭いを使えば社交界でかなり有利に立ち回れると思う。ね? いい情報でしょう?」
「は、はあ…」
私は石鹸は清潔の方に価値があると思ってたので臭いに興味が向くとは思ってもみなかった。ワルス夫人は私にお願いモードを解くと真面目な顔をして言った。
「ねえ…ところでその香木って…どんな感じ? 昔から手前は香木を自分で作れないかと思ってたの…でもその木自体が希少で全然見つからなくて…。だから、もしよかったら香木を一回見せてくれない? 勿論タダとは言わないわ」
「い、いやぁ…。私は香りの開発はしてなくて…。一緒に開発してた人が持ってきたんですよね。その人に聞かないと…」
そう言って私は頭を掻きむしろうと伸ばした手を止める。
「そうなのね。その人に一度会いたいわ。ねえどんな人? 何をプレゼントしたら喜びそう?」
私の脳裏にぬぼーっとしたカームの顔が思い浮かぶ。
カームが欲しがりそうな物? なんだろう? カームについては母さんを好きなぐらいしかしらないな…。あ、そういう方向性でいいのか。じゃあ母さんが欲しがりそうな物…。え、何だろう? わからない…。友達とかかな…?
「そ、そうですね。その人はカームっていう女性なんですけど。カームは私の母を信奉してまして…。だから母が喜ぶものを与えれば良いと思います。で…恐らく母は対等な友人が欲しいと思ってるかもしれないので…ワルス様みたいな方が友人になれば喜ぶかもしれません」
ワルス様は頬に両手を当てて言った。
「もちろんなるわ。なれるように努力しましょう。…では…貴方のお母様は貴方に利することをするば喜ぶんじゃないかしら? だから貴方を貴族として教育する。そうすれば私もお母様も杯は満たされ器は乾かずということにならないかしら?」
ワルス夫人はそう言うとキラリと目を光らせた。
まあ…確かにそうかも…。
観念した私はワルス夫人に頭を下げてお願いした。
「その通りだと思います」
「じゃあ決まりね。大丈夫、貴方は見栄が良いから皆は多少の減点は目をつむってくれるから。ゆっくりやりましょう?」
「お願いします」
二人でそんなことをしていると車の外から鐘の鳴る音が聞こえてきた。ワルフ夫人はその鐘に耳を澄ませながら言った。
「おや、もう十の鐘ですか。時が経つのは早いですねぇ」
十の鐘がなる中、ニコラスは私の隣で無言のままじっと外の景色を見ていた。気のせいか昨日からなんか妙に大人しい気がする。
もしかして、お酒の席で取ったコミュニケーションのせいで軽い女って幻滅させちゃったかな?
私はニコラスの顔を盗み見るが、何を考えているかはわからなかった。
ガタンと音を立てて鳥車が止まる。
暫くしてコンコンと車のドアの向こうノックされ「失礼します、お伝えしたきことが」という声が聞こえた。ワルスが「申せ」と言うと窓の向こうから声が聞こえた。
「スカイ様とシーブ様の靴は見つかりましたが、やはりルリコ様の靴は見つかりませんでした」
実は出立の時から預けていた私のブーツの行方が不明で探してもらっていたのだ。
「そう。ごめんなさいルリコさん。お預かりした靴の行方はわからないままのようです。代わりと言ってはなんですが、そちらの靴を進呈しますわ」
そう言いながらワルジは頬に手を当てて困り顔を傾げた。
…まあ、失くしたならともかく盗まれたとかだといい気持ではないけど…。それに結構気に入ってたんだけどな。
内心そう思いながらも、私はことを荒立てないように平静を装った。
「気にしないでください、たかが靴ですから」
しかしワルジは頭を振って言った。
「預かった物がなくなるのは手前らの落ち度です。本当に申し訳ありません」
「どうして無くなったのでしょう?」
ニコラスがワルジに聞くと少し考えて言った。
「保管した記録はあるので捨ててはいません。なのでルリコ様に横恋慕した方が盗ませたのか…嫉妬した方が盗ませたのか…とにかく乱心の所業でしょう。暫くはルリコ様お一人で出歩かない方が良いでしょう」
「そうさせます」
ニコラスが頭を下げる。
気を付けると言っても一体何に気を付ければ良いのか…。
私は内心不安な気持ちのまま、止まった馬車の扉が開かれた。
私は車の踏み台をブーツで踏みしみて広場に降り立った。昼の広場は先日と相も変わらず賑やかだった。ワルジ夫人が報告に来た騎士に指示を出している間、私は広場を何となく見ていた。
広場は、白い外套に身を包んだ修道院の服を着た一団が広場を足早に横切る。それを杖を持った初老の男が泉の腰掛に座りながら眺めている。その泉から妙齢の女性達が水を汲みながらおしゃべりをしていた。
ふと、私の視界に黄色い色のスカーフが映ったのが気になって目を向けた。
私の視線の先には黄色いスカーフを肩にかけた黒のウェーブ髪の女性と黒ひげを生やした半袖にアラビアンパンツを履いた水夫風の男がいた。男の筋肉質な腕にはクジラとイカリをモチーフにした入れ墨が彫られていた。男の手は一方は女性の肩に回され、もう片方には皮の酒入れのような袋を握っていた。男の足元には同じような恰好をした三人男たちが地べたに座ったり寝転んでだべっていた。
あの女の人…昨日ノンノと一緒にいた商売仲間の人? 男の人はなんか怖そうな感じがする。
二人はお互いの顔が密着しそうなぐらいな距離感で話している。男は顔を寄せながら目線を女の首飾りに向けていた。それは黄色い宝石がつけられた首飾りで、男はそれの宝石の輝きをうっとりと見ながら酒をあおった。
うわぁ…私のところまでお酒臭いのに、あんなに顔が近くちゃ大変だなぁ。
そう思ってみていると、男の胸に黄色い花が付けられていた。それは黄色のカーネーションだった。
あれは昨日あの女の人がカゴに持っていた花だね。
よく見ると女性の首筋には赤い腫れた様な跡がある。
うーん…そういうことか…。
「どうかしましたか?」
ニコラスが私の背後から声をかけると、視線の先の二人に目を向ける。
「あの女性は絡まれているんでしょうか?」
ニコラスは心配そうにするが、私はニコラスに笑って言う。
「大丈夫だよ」
そう言うと、「おう」と水夫が話しかけるのが耳に入ってきた。
「お前ら今日も五杯目で黒いワインを飲みに行くぞ。俺はお前とまたアレがまた飲みてぇ。あの黒くて甘いので乾杯だぁ」
男がそう言うと側の水夫達は「あー」とか「おう! もちろんお前の驕りでな!」とか答えた。男は振り返ると「あ!? ふざけんな誰がお前なんかに奢るか!」とがなると笑う。
「マルコ、ごめんね。今日はこれからノンノを迎えに行く約束があるから…夜まで五杯目で待っててよ」
女性はマルコと呼ばれた水夫に物おじせず言い聞かせるように言う。
五杯目? ノンノ? 黒くて甘いワイン?
私は二人の会話に気になる単語がいくつか出てくる。
「ねえ、ニコラス。ノンノってこの後私たちと家で合流するよね?」
「そういう予定だと聞いてます」
…ってことはあの女の人がこれからノンノと会うというのは嘘ってことなのかな…?
そんなことを考えていると女性は更に言った。
「それにマルコ。アタシはあの黒いワインの薬っぽい味が苦手でね」
男は焦点が定まってない目で叫ぶ。
「なんだって好きな酒飲ましてやるよクラリス! 俺はお前に不自由させねぇ!」
「もー大声出さないでよ、酔っ払い」
クラリスと呼ばれた女性は困ったように笑う。
なんか見ててもう胸焼けしそうだ…。これがお熱いってやつなのかな…?
私はニコラスの背に手をかけて一緒に振り返らせるとその場を後にした。歩きながら私は頭の中でひっかかっていたことを考えていた。
薬っぽくて甘くて黒い飲み物…どっかで聞いたことがあるような…。
私の脳裏に前世の思い出がよみがえる。確かあれは学生の時、友達が飲み物を飲んでて不味そうに舌を出していた。それを見た私は「どうしたの?」って聞いた。すると友達は飲めばわかると言ってそれを差し出した。それを飲んだ瞬間チェリーの味と薬みたいな甘ったるい味が口に広がった。「何これ?」って缶を見るとそこには「ドクター〇ッパー」と書かれていた。
友達曰く「それってコーラの親戚みたいなものだよ」と教えてくれた。私は友人にこう言ったのを覚えている「私これ凄く好きかも」
「コーラ!?」
思い出した私はあまりの衝撃に大声をあげてしまった。広場の注目が集まるのも無視して私は二人を振り返った。しかし振り返ったその場には男達も女もいなくなっていた。
「どうかしたんですか?」
ニコラスは私の乱心に困惑しながら答える。私はニコラスにわななきながら言う。
「ニコラス…私…急にコーラが飲みたくなったかも…」
「…コーラって何ですか?」
「どうしたの? 皆が見てるじゃない」
ワルスさんが私の様子を見て近づいてくると言った。
「ワルスさん、さっきの人たち…水夫の人たちは誰ですか?」
「水夫じゃないわ、あれは水兵よ。貴方あんな野蛮な人と関わり合いになるのはやめなさい?」
「野蛮?」
「いい? 彼らはシハナカの海賊から湾岸都市を防衛する水兵。ほとんどが放浪者ばかりで話しも通じない。その上いつ戦いで死んでもおかしくないから横暴に振舞ってもお構いなし。死ぬ前に貴方のような人を浚って楽しもうなんて企んでもおかしくない。でも、手前等はそんな奴ら防衛を頼らざるを得ない。だから関わらないのが一番なの」
まあ、確かにさっきの人は戦う人の筋肉をしていたように思う。異世界のごろつきと言えば口だけの大したことのない人の集まりというのが定番だけど、あの人たちは群れて敵と戦う為に常に一緒にいるんだろう。もし師匠が彼らと戦ったら一人倒すと引き換えに他の人に倒されて終わるだろう。やっぱり個人は軍隊には敵わなさそうだ。
「客を見るは靴ってね。さあ、あなた達の別荘へ行きましょう」
「…はい」
ああ、それにしたってあるとわかると途端に飲みたくなる…。こういうのコーラの口になるってやつなのかなぁ? ああ、この異世界の空の下でプシュッ…ゴクゴク…プハーってやりたい…。
私の頭の中にコーラの某CMのフレーズがずっと再生される。
コーク、コークを飲もうよ。コーク、コーク。…コーク、コーク…。
ワルスは私を先日ノンノと出会った水路街へと誘った。ワルスは階段を下りて水路沿いの家を横手に進むと一軒の大理石の建物の前で止まって振り返って言った。
「こちらが貴方たちの別荘ね。今はほとんど使ってないので皆さん自由に使ってください。さあ、どうぞ中へ」
ワルスの別荘は豪邸の門構えの様に左右が高い壁に囲まれた要塞の様だった。開かれた門の門の向こうに木漏れ日溢れる花や自然に溢れた中庭が見える。その中庭を囲うようにそびえる二階建ての砦は一階部分と二階部分に人の頭ほどの窓がいくつかあるだけだった。
私たちはワルスの後について門をくぐると、そこは中庭に続くホールとなっていた。ホールには二階に上がる階段は両端についていて、二階部分の回廊の壁には大きい絵画が飾られていた。天井には換気用のドームがあり、その下に木でできたシャンデリアのようなものが吊るされていた。二階の回廊部分は建物の壁の向こうに通じているようだった。
ホールの正面には中庭に続く扉があって、色彩豊かな庭と鳥のさえずりが聞こえてくる。
二階の回廊部分の壁の絵は縦長で男女がパラソルの下で向き合った姿が描かれていた。男は青い三角帽子とベストとタイツの様なズボンを身に着けていた。女の方は金色の帽子と足元まで隠したドレスを着ていた。二人は商談成立の一シーンの様に互いに握手をしていた。二人はパラソルの下にいて、その上に羽が生えた赤い紐の様な物を持った天使が飛んでいた。天使は何故か目を隠していた。その天使の背後に豪華な金の装飾が刻まれたタペストリーが掛けられていた。男女の足元には何故か小さい犬がいるのが目に留まった。
「あれは皇国の初代皇帝と王妃の婚儀巡礼の記念として描かれたものなの」
絵を語るワルス夫人は美術館の学芸員の様だ。
「そうなんですか? なんか大分象徴的ですね」
「ええ、象徴的な婚儀を目的とされたものですから。初代皇帝と教皇は各地でバラバラだった婚礼という儀式を男と女の結婚という方法に統一するために各地を巡礼したのです。この地が皇帝に平定されるまでは結婚とは男と女が合一して一つの生き物になるという教えがあったの」
「ああ、だから所々に男女の顔をした像が置かれていたんですね」
「ええ、しかし神は男と女は別々に創造されたので、合一するのはおかしいと別々になった・・・。というのは建前で本当は教会が異教を排除するためと、各々の家が結婚した後に家が合一した後の相続や結婚で一体になった家の離縁が難しかったせいなんだけどね」
「そうだったんですね」
私たちが話していると後ろから「にこちゃまああああ」という声が聞こえた。振り返ると
開かれた扉から駆け込んできたノンノがニコラスの足元に抱きついて顔をこすりつけた。
「やっと会えましたわ! ああ、私、ずっと庭師の小屋にいて…もう、本当シャンの臭いが酷いったら! ああ早く、髪の臭いをお風呂で落としたい! もう、二度と私にあんな苦労はさせないでくださいまし!」
その背後から先生と荷物を抱えたサムが現れた。サムは疲れ果てているのか「お待たせいたしました…」とボソリと呟いたただけだった。ニコラスは先生とサムに「お疲れ様です」と苦笑する。そしてノンノに目を向けると「お風呂もお願いしてみましょうね」と首を傾げた。それを見たノンノはにっこりとほほ笑んで言う。
「ニコちゃまも一緒に入る?」
ハハハ、こやつめ。
ニコラスはノンノの言葉を聞こえないふりをして中庭の方に進んだ。侍女がノンノをお風呂に案内するために近づいて来る。
「お風呂はこちらです」
ノンノがお風呂に向かう時に私は彼女に近づいてこっそり耳打ちをした。
「ねえ、ノンノ。黒いワインって知ってる?」
ノンノは私の言葉を聞いてキョトンした顔で「知らないです」とだけ答えてお風呂に向かった。私はノンノを見送りながら首を傾げる。
うーんノンノならあの女の人から何か聞いてるかと思ったのにな…。
そんなことを考えながら、私は先生とサムの後に追いつく。私たちが一階のホールと中庭の間の小部屋を通りかかると左手の部屋から「ウオォォォォォーッ!」という間延びした声のような音が部屋に響いた。
「びっくりしたぁ…」ついうっかり私は固めた握り拳を緩める。
いや、驚いたらつい戦闘態勢とっちゃうとかなんだよ…あたしゃゴルゴかなんかか…? 師匠の修行のせいでどんどん物騒になってるな。
私はワルスさんの顔を見ると彼女は肩をすくめて言った。
「風のいたずらです。隙間風が声みたいに聞こえただけですよ」
「この部屋の先って何があるんですか?」
ワルスの言葉に先生は好奇心を刺激されたようにニヤリと笑う。先生の目線は左手の小部屋の向こうに注がれていた。先生に猫の尻尾がついていたら踊っていただろう。
「気になるならどうぞ」
先生にワルスさんは無表情のまま、手で誘った。
「では遠慮なく」
そう言うと先生は先陣を切って小部屋に入る。私たちも先生を追って部屋について行った。隣の部屋は一面石壁に覆われた小部屋で応接室の様だった。壁際には鎧と盾が飾ってあった。部屋の中央には円卓と燭台が置かれ、椅子はなかった。多分立って話し合うスタイルの為のものなんだろう。
私たちは部屋を見まわしているとまた「ウオォォォォォーッ!」という台風の時に聞く隙間風の音と共に風が髪をなでる。その音と風は壁の中に埋もれるようにある地下へのらせん階段から流れて聞こえてきた。
「ね? ただの風のいたずらでしょ?」
ワルス様はことなげもなく言う。しかし先生は鼻をスンスンとさせると鼻の前に人差し指をかざして上目遣いで階段をにらむ。
「…なんか埃っぽい臭いがしませんか?」
ワルス様は肩をすくめて言う。
「当然です、地階には書庫があるだけですもの。何なら確認してきてもよろしくてよ?」
「本当ですか? いやぁ…僕はこういう冒険が好きでしてねぇ。ありがとうございます」
そう言うとワルス様に愛嬌をいっぱい振りまいて頭をさげる。
「ふふ、お可愛いこと」
可愛いと言いつつ、ワルスさんの目が全く笑ってない件について…。
「ルリコたちは先に行ってていいよ。僕はついでにこの家を探検していくから」
「わかりました」
ニコラスは先生に頷く。
先生大丈夫かな…。ミステリーだと一番先に真相にたどり着いて脱落しそうなムーブしてるけど…。
私はワルス様の表情を横目で見る。その顔は全くの無表情のままで何を考えているかはさっぱりわからないままだった。
「先生、また後で」
そう言うと私たちは手を振る先生を応接室において、中庭に向かった。
その後先生の姿を見た者は誰も居なかった…とかにならないといいけど…。
小部屋に戻ってから、中庭に出る、とホールよりも大きい中庭に出た。中庭の向こうには天井に玉ねぎの様な屋根をのっけた建物があった。周りを見ると庭園は外と違って一階部分は大理石の壁に囲まれていて二階部分は中庭を見渡せる空中回廊となっていた。その回廊はぐるりと城砦を囲んでいて四角いやぐらの塔に繋がっていた。パっと見、この建物は上流階級のエリアを三つ買って建物をぶち抜いて庭園にした後、その周りを砦で囲った城砦のようだった。私が周りを見ていると中央のたまねぎの建築物と回廊に繋がれた塔から黒いヒジャブを着た侍女と思われる女性が中庭の広場に並んだ。女性達の目元の肌からは色黒の肌、白い肌と色々覗いていた。
ワルス夫人は彼女たちの前に立つと、私たちを振り返って言った。
「彼女らはここを管理してもらうしもべ達だ。家に関することなら大概のことは解決できるよう躾けてある。その中でも侍女頭は特段有能なので困ったことがあれば遠慮なく申し付けてくれ」
そう言うと侍女たちの中から一人の大柄の女性が前に出て深く頭を下げた。全身に包まれた布から覗くまつ毛は長く藍色の眼には理知的な光を宿していた。
うわーバリキャリっぽい雰囲気…人件費高そう…ってそうか、しもべは人件費ないんだっけ…。
「流石に君たちも百人も名前を覚えるのは大変だろう? だからこのアマナの名前だけ覚えて居れば良い」
「ワルスさん、ありがとうございます」
私が礼を言う。その時、十一の鐘が城下町に響き渡った。
「あら、時間ね。名残惜しいけど、手前等はお互い忙しいのだから時間を大切にしましょう。手前はこれから湾岸都市の方に行く用事があるの。暫くは城にも戻らないけど引継ぎはアマナにしてあるから何かあったら彼女に申し付けて連絡してね。では失礼」
ワルスは踵を返すと私達から颯爽と離れて行った。途中、ワルスは振り返って手を振って言った。
「ルリコさん、ニコラスさん。サロンでまたお会いしましょう」
私はワルスに手を振り返すが、去る後ろ姿もキレイで見惚れてしまう。そんなことを思いながらアマナに振り返るとしもべ達はさっきと同じ体制のまま立っていた。アマナは下げた頭を上げると目をジッと見つめてきた。多分次の指示を待っているのだろう。私の脳裏に出すべき指示は直ぐ浮かんだが、それを貴族っぽく出す礼儀は持ち合わせていなかった。
とりあえず、ノリでなんとかしよう…。
「えー…これから言うことをしてください。まず十三の鐘までに鳥車二台を森の集落まで走らせる準備を整えること…ええ…」
お願いしますと言いかけるとアマナは大きく首を傾げようとしたので「者ども! 取り掛かれえい」と言い直すと、彼女は「承知しました」と頷いた。後から私に続いてニコラスもアマナに指示を出した。
「私達の部屋を別々で二つ。残り部屋を緊急用に二つほど用意しておいてください。あと少女が過ごせる部屋を用意してください。その少女の周りの世話をする専属のしもべも選出してください」
「それからえーと…」
日常の節々では欲しい物、やって欲しいことを思いつくが、いざ土壇場になると出てこないことはよくある…。っていうかやること多すぎて何から手を付けたらいいかわからなくなってる感が凄い。
「…マネージャー出来る人とかいないかな?」
アマナは頬に手を当てて首を困ったようにかしげて言った。
「マネージャーとは何でしょうか?」
「…今私達が何をするか、するべきかを管理してくれる人ですね」
するとアマナは頭が痛くなったように俯く。
「…わたくしでは皆様のお力になれないのでしょうか…?」
アマナの仕草は「私じゃダメなん?」ってことなんだろうけど…。紙の開発計画が漏れると困るから口が堅い人じゃないと託せない部分もある。
「凄く重要な計画だから…誰にも話せないけど…できる…?」
私がそう言うやいなや、アマナの目がカッと見開いた。そして後ろに視線を向けると控えていたしもべの一人が塔の方に走り去った。
「元はわたくしは地方とはいえ、諸侯の家柄の娘。お家の為に、誠実であれと生きてきました。例えお家が滅びても決して告げ口屋の様な真似を致しません」
誠実に生きてて家が滅びてるならやっぱダメなんじゃないか…? と思わなくもないけど、言いたいことはわかる。
そんなことを言っていると走り去ったしもべが戻ってきて、アマナに跪いて小刀を手渡す。その小刀は装飾された儀式刀の様だった。
「もし、わたくしに裏切りがあったとするならば自らこの手の短剣で喉を突きましょう!」
アマナの口調は多少芝居がかっているが、命を賭けると言われたら受け入れるしかない。
「侍女頭!」「ご立派な覚悟です!」「死なないでください!」
何か、歌舞伎の喝采みたいな声掛けだな…。
私とニコラスはお互いの眼を見合わせて頷いた。
「わかりました、貴方の覚悟は疑いません。最後に一つ確認します。この計画に関わるなら私達のしもべになってもらいます。まずは開拓地に転勤になるけど、それでもいい?」
その言葉を聞いたアマナは直ぐにその場で平伏した。その平伏に合わせて後のしもべ達もその場に平服した。
「申し訳ありません。わたくしはワルス様に命を救われた身。その御恩をまだ返す使命があるのです」
私は少し嘆息すると言った。
「いや、貴方は悪くない。主人に忠義を尽くすという理念は損なわれてないわけだしね。だったら、先の条件で私達に仕える有能なしもべを探してきて。よろしく」
「承知致しました」
アマナは平伏しながらそう答えた。
「じゃあ、他のしもべには通常業務に戻って貰って…私達はちょっとお茶でも出してもらおうかな…」
紆余曲折あって、私とニコラスはお茶の席で一息ついた。サムはしもべとして振舞っているつもりなのかニコラスの後ろで立っていた。中庭のティーテーブルを囲んでいると荷物を抱えた大将と長老がホールの出口から現れた。長老の肩には先日の猫が我が物顔で乗っており、大将は空のカゴを抱えていた。シーブがテーブルに近づくと椅子に座る。その際に肩の猫はテーブルに飛び乗って茶器が大きな音を立てる。お茶の陶器に顔を突っ込む猫を眺めながら私は言った。
「早速この猫を買って来たんですか…。就活の方はどうなりましたか?」
「広場前の役所に一席設けていただけることになりました。最初は行政書類の筆写人の見習いから始めるそうです。どうです? 私もまだまだ捨てたモノではないでしょう?」
いつになく長老はハイテンションで胸を張る。立って、私達は長老に祝辞の拍手を送る。
「ありがとうございます。しかし暫くはエメシュを回数払いで買ったので森に戻ることはできませんね」
エメシュと呼ばれてテーブルの上の猫は顔を上げる。
「エメシュというのはこの猫の名前ですか? ていうか、昨日商店で回数払いできないって言ってませんでしたっけ?」
「昨日と違って店主の態度はかなりへりくだってましたね。きっとギルドの人が口を利いてくれたのでしょう」
商会ギルドは私達の動向だけじゃなくて嗜好まで把握してるのか…。
「ああ、そういえば。途中でスカイに会ったのですが、騎士についてはもう少し待って欲しいと言ってましたよ」
「そうなんですね。まあ、まだ猶予はあると思うんで大丈夫だと思いますよ」
地面にゆっくりとカゴを置く大将に私は聞いた。
「先生途中で見ませんでした? さっき向こうで冒険するって言ってたんですけど?」
大将は「いや、見なかったけど?」とだけ言った。
テーブルの猫エメシュはしもべの女性に「どうぞこちらへ」と追いやられてシーブの膝の上に丸まって眠り始めた。その天下泰平な様子に私たちはまったりしていると入口の方で誰かがガチャガチャと装備の音をさせて近づいてくる音がした。私達が音のする方を見るとスカイと師匠が土で汚れた装備のまま大股でテーブルに近づいて言った。
「いやぁ、久々に模擬試合をやったが、ここの騎士は半端ないな。どれも剣技は一級だ。鎧付きの者に圧倒されたぁ。悔しいなぁ」
そう、言いながらスカイさんの声色はウキウキしている感じだった。スカイの背後から師匠が近づいて来て肩をすくめて言った。
「貴族のお転婆をケガさせないようにと全力で手加減されてたけどな」
ニコラスは母親の様子に微笑みながらも沈着な様子で言った。
「母さん、まずはホコリを落としてきて下さい。アマナ、母さんもお風呂に案内をして下さい」
「承知致しました」
スカイさんは、アマナさんの指示を受けたしもべに案内されついて行く。
「私も一緒しましょう。エメシュ、私達も部屋を見に行きますよ。貴方の寝床だって決めないとダメなんですからね」
立ち上がった長老の肩にエメシュが飛び乗る。二人はスカイと共に塔の通用路の方へと歩いていく。サムはどうすれば、と視線をさ迷わせるがシーブの後を追って行った。
師匠はそのままテーブルに座ると「酒」としもべに一言放っただけだった。
「師匠、途中の広場の兵士達を見ましたか?」
「お前も気づいたか。ここの奴らは群も個も相当鍛えられてる。正攻法だと勝ち目はないな」
師匠は私の話を聞き流すようにしながら出されたホットワインをあおった。
「お前たちもシーブもスカイもこの城に残るのだろう? やはり個人的に護衛を雇うべきだな。できれば後腐れがない奴」
「ごろつきはワルスさんの護衛がなんとかしてくれますよ。軍はエルフが何人いても対応できないと思いますよ」
「今この街と城ではエルフの話題を情報屋が売りさばいてやがる。だったら俺たちも貴族と街の情報の筋を掴んで置いた方が良い」
「あーまあ、確かにそうかもしれないですね。じゃあお願いします。因みにその相手とはどこへ落ち合うんですか?」
「ああ、『五杯目』って酒場だ」
「五杯目…? 酒場…?」
朝、あの二人が話してたのって飲む数じゃなくて、酒屋の名前だったのか…! でも何で五杯目? いや…それよりも。
「師匠…! その酒場で黒いワインとかって売ってます?」
「? さあ、知らんな」
「何で知らないんですか」
「うるせぇなぁ。酒なんて酔えれば何だっていいだろうが。名前なんていちいち覚えてねぇよ」
「えー私それが飲みたいんですよ! 師匠…私を酒場に連れてって…」
「はあ…? お前またわけのわからんこと言い出しやがって…」
私達がそう言い合っていると、横でアマナさんがカップをガチャリと大きな音をさせて置いてしまう。私がアマナさんの顔を見ると彼女は顔を青くしていた。
「…アマナさん?」
「はい?」
「黒いワインって知ってますか?」
「いえ、全く存じ上げません」
「本当ぉ?」
私はアマナさんの目をじっと見ると、彼女の目が横に逸れる。
「なんか知ってますよね?」
「…お許しを…」
「え?」
気づくとアマナさんは肩を震わせて頭を下げた。
「お許しを! どうかお許しを!」
「え!? 急にどうしたんですか?」
ええ…一体何で!?
「あ、泣かしたー」
ここぞとばかりに師匠が私を煽ってくる。
「泣かしてないです」
「お前なぁ…俺たちはもうとっくに貴族なワケ。生殺与奪の権を握ってんだから少しは考えろよ。昨日はお前だって貴族どもにビビり散らかしてただろうが」
私の脳裏に昨日のワルスさんの目が浮かぶ。
う…。まあ…そう考えると確かにそうか…。怖がらせちゃったか…。
私はアマナに向かって言った。
「もう良い、楽にせよ」
アマナさんは頭を下げて席から一歩下がる。
…まあ、黒いワインがあるっぽいのはわかったけど…。アマナさんが知ってて話せないってことはヤバイ品だったりするのかな? もしかして黒いから悪魔の飲み物と思われてるとか? 或いはカフェイン中毒? カフェインだとコーヒーっぽいけど、甘いって言ってたしなぁ…。
色々と考えを巡らせてもわからないので、私は酒場で確かめることにした。
そんなことを考えていると「ゴーン、ゴーン」という十二の鐘が鳴った。
鐘の音に対して師匠はうるさそうに耳の穴をほじりながら言う。
「ていうかお前はそんなもんにかまけている暇ねーだろ。森とこっちどうやって移動する気なんだ?」
「そりゃ、鳥車しかないでしょう?」
「あんなノロ車じゃ時間がいくつあっても足りねーよ。お前、直接シュラに乗って行き来しろ。俺もソロではそうしているからな。じゃないと過労で死ぬぞ」
師匠の言葉に私は背筋が冷える。でも確かに移動に六日とかかけてたらどう考えても予定が合わないのも事実だ。
「た、確かにそうですね…。そうなるのか…」
絶望感に襲われながら私はアマナの顔を見て言った。
「各地に乗物用のシュラを用意してください。それとシュラの乗り方のレッスンを…」
「承知致しました」
師匠は言うだけ言うと席を立ってどこかへと行ってしまった。私はその背中を見ながらいずれあの人にも何か役割を振らねばなるまいと心に決めた。
シュラの維持費…、レッスン費用…。どんどんお金が無くなっていく…。いや、必要経費だから…。
どんどん増えるタスクに私が震えていると十二の鐘が街に響いた。するとテーブルに侍女の一人が近づいて来てアマナに耳打ちした。頷いたアマナはテーブルの前に立つと言った。
「エルフの皆さまとノンノのお召替え。双方準備が整いました。ただ今、お連れしますね」
そう言うと、広場の玉ねぎが乗っかった様な建物の扉が両開きになって中からシーブ長老とその頭に乗った猫とスカイが現れ、その間にノンノが立っていた
そこに立っていたのは、青いドレスに身を包んだノンノ姿だった。流れるようなシルエットの裾には黄金の刺繍が精緻に施され、草花の文様が裾から胸元へと昇るように伸びていた。肩には深緑の薄いケープがふわりとかかり、その縁にも金の縫い取りが美しく光を反射している。両手には真っ白な手袋をはめ、額には細い金糸の髪飾りが飾られ。首元では、小さな黄色い宝石をあしらった首飾りがひときわ大人びて見える。
私とニコラスノンノのお召替えに息をのみ、師匠は閉口していた。長老とスカイさんがいつもの恰好のままのせいかノンノの魅力が余計に際立っていた。しかしおしゃれで底上げしたノンノすら長老達とどっこいな感じがするのでやはりエルフの美貌はバグっている。
あー…やっぱり、女の子ってちょっとお化粧しただけで凄く可愛くなるなぁ。本当、お姫様みたい。
横目でニコラスを見ると、まるで不思議な生物をみるかのようにぼうっとノンノを見ていた。
女性陣の背後から爺とサムと先生が現れた。
私は長い間不在だった先生がどうしてあそこから現れたかわからず首をひねる。先生は私を見ると悪戯っ子の様に笑っていた。
スカイは皆を見渡しと、腰に手を当て頷くと言った。
「よし…じゃあ…飯にしよう!」
飯と聞いて私は嫌な予感がした。
スカイが飯と宣言すると、丸いテーブルを囲うようにしもべの侍女たちが椅子を並べた。皆が椅子に座ると、その丸いテーブルの中心に鳥の丸焼きが置かれた。椅子の前にはチーズが添えられたパンとイモと魚のキッシュ、野菜のスープ、白い焼き物の皿とナイフフォーク所狭しと置かれた。
…なんか小さい頃に行った中華の丸テーブルを家族で囲ったの思い出してテンション上がるなぁ。
でも私の心が救われていたのはこの時までだった、その先からはもう地獄のはじまりだった。乾杯の音頭もなく、各々が勝手に食べ始める。
突然、師匠は皿のチーズをわざわざ机の上に置くと、腰の短剣を抜いてチーズをサイコロ状にカットするとチーズを肴にワインを片手で飲み始める。爺は野菜のスープの器を両手で持ち上げると煽るかのようにゴクゴクと飲んで中の野菜を素手をブルドーザーの様にかき集めて口に放り込む。シーブ長老はキッシュを片手で掴むと、席の上にエメシュを乗せて、キッシュを猫と共有しながら、もう片方の手で猫の毛づくろいをする。
その壊滅的なテーブルマナーを屋敷のしもべたちは唖然として見ていた。私が横目でノンノを見ると、彼女は自分のテーブルの前のパンを見つめながら恥ずかしそうに顔を伏せていた。私はノンノの向こうのニコラスに助けを求めようと視線を向けた。そこにはパンをせんべいのように潰してスープに浸しているニコラスの姿が見えた。他にもチーズとパンを巻物のようにロールして口に運ぶ先生や肉をちぎって手についた油をスープで洗い落とす大将が見えた。
「ああ、じれったい! 私に任せろ!」
スカイさんがそう叫ぶとスカートをたくしあげてふとももをあらわにすると中央のターキーに足を乗せて短剣を抜いて切り分け始めた。
それと同時に背後で「侍女頭!」という声と共に悲鳴が上がる。振り返るとアマナさんが気絶して倒れたのを支えられていた。それを見た副侍女頭っぽい人がほかのしもべ達に「運んで!」と指示を飛ばす。
侍女頭はしもべ達に抱えられながら建物の中に運ばれた。私は皆に視線を戻すとそこには運び込まれるアマナさんを心配そうに見送りながらも食べるのをやめようとしない皆の顔があった。それを見た後、私は立って言った。
「皆聞いて…!」
皆は私の顔をモグモグしながら不思議そうに見た。
「アマナさんが倒れた理由…実は私…知ってたんだ。今まで黙っててごめん」
皆はホヘ? と首を傾げるようにしながらモグモグしていた。
「えっとですね…今までは外の世界でテーブルマナーがあるか確認できなかったのもあるんだけど…実は私たち…食べ方が汚いんです」
スカイさんは呆然としながら言った。
「? 食い方に汚いも綺麗もないだろ? 食べるだけなんだから」
「でも人間の世界ではあります。人の世界でそんな真似してたら…エルフの美徳を損ねてしまうんですよ…」
美徳と聞いて皆はピクリと反応する。
「…じゃあ、どうすればいいんですか?」
私は内心頭を抱える。
私もテーブルマナーは冠婚葬祭程度しか知らないからなぁ…でもテーブルに足つけるよりかはまだマシなマナーだろうし…。
「とにかく…今は私の真似をしてください。いずれは皆で専門家からテーブルマナーを学んで『エルフは容姿も食べ方も綺麗』って言われるように頑張りましょう…」
皆はお互いの顔を見合わせて言った。そしてシーブ長老が一歩前に出て言った。
「食べ方の美醜を人間が一方的に決めるのは大変不本意ですが…。お世話になっている以上、流儀には従いましょう。それに私達の行いがエルフの美徳を毀損するのは避けねばなりません」
そう言うと私たちは再び座る。それからしばらくの間は私は実演を交えてテーブルマナーについて教えることにした。その実演したことを隣の人に見せてそれを他の人にも真似させた。各テーブルは「何故外からナイフとフォークを使うんだ? いちいち交換するのは面倒じゃない?」とか「いちいちフォークで切ったりスプーンですくうのはじれったい。沢山口に頬張りたい」という愚痴を交えながらマナー教室は十三の刻まで続いた。
十三の刻となって、一旦森に帰る組は荷物をまとめていた。
まあ、荷物と言っても市場で買った雑貨ぐらいしかないけど…。
爺は私達に言う。
「では、ワシとロゼッタ、キール、スカイは一旦森に帰る。お主等も後から追ってくるのじゃろう?」
私は頷く。
「私は明日、森までシュラに直接乗っての弾丸ツアーですね。もしかしたら皆さんより先に帰ってますよ」
そして私はキールの大将に言う。
「動力については、ギルドの技術の人と相談するから、向こうで落ち合おう。ノワールさんによろしくね?」
「いや、別に今から行けば間に合うんじゃねぇか?」
しかし私は頭を振った…。
「ごめん、どうしてもやりたいことができて…」
「何か用事でもあるんけ?」
「黒いワインが飲みたくて…」
「はあ? ワイン? たかが酒の為に?」
「大将だってノワールさんに会えるってなったら何だってするでしょ」
「そうだけど…」
その言葉を聞いて大将は大きくため息をもらして言う。
「やっぱ俺らエルフってアレだよなぁ…。好きが目の前に来ると周りが見えなくなるっていうか…馬鹿になっちゃうよなぁ…」
だって…飲みたいと思ったら飲まずにはいられないし…。でもなぜだろう。なんかちょっと嬉しい。
「エヘヘ…」
「いや、褒めてないからね?」