四月一日!石中の恋歌、アニメ化決定記念!
「号外! 号外! 石中の恋歌! アニメ化決定だってさ!」
時は江戸時代。三つの勢力に別れたエルフを一つに統一したエルフ幕府の下、城下町のエルフ達は戦後を世を豊かに過ごしていた。しかし世から戦がなくなり、エルフの武士たちは無職となってしまう。無職となったエルフ達は仕事を求め流浪する浪人に落ちぶれてしまったのだ。そしてここにもまた職に炙れ仕事を求めて彷徨う一匹の浪人エルフが居た。
そのエルフの名は…エルフ式恋乙女百%フラン之介!
「切り捨て御免!」
突然、街中で瓦版を配っていた辻売りの青年をエルフの女浪人がぶった切る。青年は驚き、苦悶の表情のまま地面に倒れ伏してピクリとも動かなくなる。周りで号外を見てた者達は突然の凶行に怯えて我先にとその場から逃げ出す。騒然とした雰囲気の中、浪人は動揺一つ見せず刀を鞘に納めると言い放った。
「我が名はエルフ式恋乙女百%フラン之介! この男を切り捨てたのには訳がある! 話を聞けばこの男が切り捨てるだけに足る理由を持った男だと理解してもらえると自負している! 岡っ引きを呼べ!」
そのサッカー選手の様な金髪チョンマゲヘアーをかき上げながら女エルフは自信ありげに語った。
成程、理由があるならこれは無差別殺人ではないのだろう。無差別殺人と殺人では殺人の方が悪くない気がする。むしろ、正当な理由があるなら殺人とて正当防衛足りうる。仮にもしこの辻売りが死刑相当の罪があるなら殺されても文句は言えないハズだ。
「あの、すみません。辻売りが切り捨てられても問題ないとする理由をお聞かせください」
私は浪人に手を上げて聞いた。私は理由が知りたかった。だって、もしこの辻売りが死刑相当だったとして。その死刑相当の男が書いた瓦版を読んでいた私にも責任がある気がしたからだ。というか単純にそんな悪い奴が書いたモノを読むなんて洗ってない手で握ったおにぎりを食わされたぐらいの不快感がある。だからそこら辺をハッキリしたい。もし、浪人に正当な理由があるなら彼女を弁護費用を工面したって良い。
「このような沙汰を見ても悲鳴一つ上げないとは、そこな女子。名は何と申す?」
「私の名前はエメラルダス・おしん。長いんで業界じゃあミドリで通ってます」
「では、ミドリよ。この男を斬った理由。知ってどうする? 何故知りたい?」
「何故ってそれは…気になるからですよ。貴方だって朝起きて家の前で猫が死んでたら気になるでしょう? どうして? 何でウチの前? どうせなら他所で…って。それに貴方の理由が正当性があるなら裁判で弁護できるじゃないですか」
「あー…そういう感じ? では…お主、何を生業としている…?」
「え…? ああ、はい。私は物書きをしております。出版業界で食べさせてもらってます」
「あ、じゃあ丁度いいや。この人ね、実はねー…嘘の情報を流してたの。フェイクニュースってやつ? ほら、最近あるじゃないですか? お上もやめてって布告があったじゃないですか? アレですよ!!」
「はあ、それで?」
「それで? それでって何ですか!? 人が死んでるんですよ!?」
「ああいや、フェイクって言っても色々あるじゃないですか。隕石が地球に落ちるとか、納豆で痩せるとか…どちらも殺される程ではないんですから、さぞや大勢を騙すような大がかりの詐欺だったりするんでしょうねぇ…」
「アニメ化のせい…」
「はい…?」
「こいつが…! アニメ化をするなんて謀ったから! 私達の心を裏切ったから…!」
「はあ…? 漫画化してないのにアニメ化なんてするわけ無いじゃないですか」
「ああーーーーっ! 楽しみにしてたのに! 私のCVは坂〇真綾か早〇沙織の清楚どころになるハズだったのにぃーっ! オーイオイオイ…」
「あのねぇ…あなたねぇ」
私は「そんな馬鹿なこと言ってないで働きなさい」と言いかけてそれを止めた。
(下手なことを言ったら殺されるかもしれない…!)
もし目の前の情緒不安定な侍に現実を突きつけようものなら自暴自棄になって「どうせ一人殺すのも二人殺すのも一緒」とか言って殺されるかもしれない! それは嫌! 嫌だから…ここは話しを合わせて乗り切ろう…!
「あなた…それは…殺されても文句は言えますまい…? 死んで当然の悪鬼羅刹の助さん角さんでしょう」
「其方もそう思われますか!?」
「勿論です。私もアニメ化したらCVが大卒高学歴のゆ〇なさんだった世界線を思うと腸が煮えくり返りますね。私の様な知的で文学的なキャラは大卒にしか演じられないでしょうからね…」
「じゃあ! これより我々で電電社解体デモを決起しましょうぞ!」
「はい? え? 何ゆえ?」
「私達がアニメ化があたかも当然に『あり得ぬ』と一笑にふされるのは何故か!? 電電社の陰謀に決まってます! なろう界隈が直木賞や芥川賞をとれないのはなぜか!? 電電社が審査委員会を買収して好みの作家を受賞させてるからに決まってます! 民衆よ! エリート文豪界隈から文学を取り戻せ! 中流家庭出身の作者ばかり受賞させるな! 非正規無職ニートの作家を受賞させろ! お笑い芸人とか主婦もやめろ!」
「ちょっと止めてくださいよ。仮に電電社が解体されても貴方が無職であるが故の貧乏とか尊厳の無さは解消されないんですよ? どうせアニメ化したって副業作家レベルの印税しかもらえないんですよ? だいたい貴方、文学とか見ると眠くなるタイプでしょ? そんな働くぐらいなら生活保護を受けて小説書いた方がマシみたいな人間の小説、誰が読みたいって思います?」
「…っ! 貴様…! 某を侮辱するか…!?」
(あ、やっべぇ。そうだった殺されないようにするんだった)
「あーでもホラ。最近電子書籍化が主流で出版業界も下火だからさ…! やっぱそれで何でもかんでも出版するわけにいかないわけじゃん? それってつまり時代のせい…! 幕府が悪いよ! 幕府が! 辛いよなぁ…! わかるよ」
「ぐすっ…! 某だってぇ・・・! 頑張ってるもぉん…! 藩の下働きで足軽三年! そろばん検定三級もとったし! 無理して刀を二振り通販で買ったし! 臭いかな? って思って毎日服も川で手洗いしてる! なのに! 内職の仕事ばかり…!」
「ああ、頑張ってるんだなぁ。浪人もなぁ…生きてるだけで立派だよ。私だったら無職なんて耐えられないねぇ」
「あーこんなに真面目に就活してるのに。若い子は坂本龍馬とか新選組とか忠臣蔵とかカッコいいとか言うしさぁ…」
「まあ、冷静に考えるとあの人たちをカッコいいという日本人もどうかしてるかもしれないね…貴方は真面目に就活してるもんね。ずっとずっと真面目にやってきたもんね」
「闇バイトもやらずに真面目にやってきてさぁ…。だけど裏金とか世の中ズルい奴ばっかりで…。ついカッとなってやっちゃって…でも私自首します…!」
「お…! そうか…! 偉いぞ…! なあ…もし貴方が自首できたら…ウチで雇っちゃおうかな?」
「それは真か…?」
「うん。ただし、一つ約束してくれる? もうこんなことしないって…! 約束して…!」
「それは勿論…。その時はお世話になり申す! 実は某、働きたくて、でもお祈りされ続ける日々につい『こんなにお祈りされるとか、僕はお地蔵さんかよ!』ってついカッとなって。反省してまーす! もう二度とやりません! 勝つまでは」
何がもう二度とやりませんだよ。じゃあ瓦版の人は無罪ってことじゃないか。無罪の人を殺して平気な顔してふてぇ野郎だ。野郎って女だけど(笑)。
…こいつぁちょっとこらしめてやらんといけないね。
私はそう思って周りを見ると路地の奥から隠れてこちらを見る男と目が合った。
(もしかして岡っ引きさん?)
私がそう念じると、岡っ引きさんは驚いた顔した。
(え、誰です貴方は!?)
(私ですよ、目の前に居るじゃないですか)
(そんな、まさか! どうやって話しかけているんですか!?)
(貴方こそどうやって返答してるんですか!? そんなことよりこの目の前に居る浪人が犯人です!)
(そんなの見ればわかりますよ! 見てわかることをいちいち説明しないでください! 字数稼ぎを疑われるじゃないですか!)
(拒否します! 私は説明キャラです! 私がコイツを取り押さえるんで、貴方は縄をかけちゃってください!)
(え!? 僕男ですよ!? 男が女の人に縄なんてかけて後で訴えられないか心配だなぁ)
(貴方杞憂民ですか!? 善良な市民が危険にさらされているですよ!? 何のための税金ですか!? ちゃんとしてください!)
(仕方ありません。でも貴方が取り押さえると危険が及ぶかもしれません。なので私が背後から行って取り押さえるので貴方が縄をかけてください!)
(いや、私は変態じゃないんで縄なんて常備してませんよ!)
(問題ありません、今貴方の脳内にこの縄を送りますんで、そこから縄をアイテム欄にドラッグして装備してください)
(え、男の人の触った縄が脳内に送られるとかキモイんでムリです。セクハラで訴えますよ?)
(そんなこと言ってる場合ですか!? ほら浪人がいぶかしんでますよ!)
(貴方達さっきから何を話し合ってるんですか?)
((え!?))
(ちょっと、勝手に話を聞かないでください! 今、目の前の浪人を捕まえる相談中なんです)
(あ、そうだったんですね)
(でもこれって好都合じゃないですか? この浪人に協力してもらえば浪人を捕まえられるんじゃないですか?)
(何だかわからないけど某も仲間に入れてください!)
(あーもうしょうがないなぁ。じゃあ私が取り押さえて「岡っ引きさん今です!」って言いますから。岡っ引きさんはそのキモい縄をかけてください。そしたら浪人は負け惜しみを言ってください)
(合点承知の助さん角さん!)
(え、ちょっと待ってください。負け惜しみって何を言えばいいんですか?)
(そりゃあまあ「覚えてろよ!」とかじゃないですか?)
(それはどういう意味ですか? 覚えてると何かいいことでもあるんですか? 私の嫌な思い出しかないですよ?)
(それは行間に「仕返しするから覚えておけ。震えて眠れよ」って意味があるんでしょうねぇ)
(仕返しするってことはその人は出所を確信しているんですか? つまり浪人は情状酌量される訳ですね。もしかしてその人は未来を見通す能力を持っているのでは?)
(多分そうでしょうね。そうじゃないと覚えても意味ないですからね。でもそれは「覚えてろよ!」って言う未来まで含んでいるんで大丈夫です)
「あ、そっかー! 某わからんかった。ミドリさんあったまイイねー」
「ちょっと! 浪人に聞かれるでしょう! 静かにして!」
「君の名前ミドリって言うんだねぇ」岡っ引きはニチャリと笑う。
「いきなり側にワープすんな! 元の位置に戻れ! 戻れ!」
(はーい)
(岡っ引きさん! 止めてください! ブロックしますよ!)
(それじゃあそろそろ尺もキツイんで頼みます!)
(('◇')ゞ)
私達は浪人を捕まえる段取りを整える。浪人が頭を下げた時、私はその隙を見計らって首根っこを掴むと全体重をかけて地面に押し付ける。
「岡っ引きさん! 今です!」
私の言葉と共に数人の岡っ引きが浪人を抑える。浪人は私に乱れた髪を振り乱しながら砂で汚れた顔を向けて言う。
「貴様! 騙したな! よくも騙したなこの女狐!」
「私は狐じゃありません! 今日はエイプリルフール! 騙される方が悪いんだよ!」
「ああああ許さない! よくもよくも! 出所したら…! 来年も! 来年こそは…! 絶対騙されない! 覚えておけ!」
悪は去った。奴とはもう会うことはないだろう。何故なら…・
「バカ言っちゃあいけないよ浪人さん! もう会うことはないさ! 何故なら来年こそはアニメ化してますから! 高級住宅街に豪邸買って、高級車買って! 橋ノ本カンナ似のJKを嫁にしてますから! 家だってセカムしますから! だから一昨日来やがれベラボーめ!」
「…とまあ、こんな感じでオチですね」
「なんか某納得いかないんですよねぇ。さっき自首するって言ったのに…顔もガッ! ってされるし…」
「なんか貴方反省してない様に見えたし、懲らしめたかったんですよね。すみません」
浪人は頭をうなだらせて言う。
「まあ、こうして…江戸に棲んで居た一匹の狂犬が無事お縄に付いた。一人の勇気ある女性ミドリはしあわせにくらしましたとさ、めでたしめでたしってわけですね」
「なんか今一つ落ちてないなー。ホシは落としたのに」
「やかましい。もういいわ」
「「「ありがとうございましたー」」」