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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
初恋の異性と結婚する確率はX%
2/35

ニコラス

8/1 修正

 日が傾いてから戻った私達は集落の広場で肉瓜の実を切り分けて干す準備をした。

 

 広場には木工のコランが石のクワを使って舟を削る音が響いている。コランはエルフの集落の木工士でいつも眉を怒らせた表情で工作をしている。コランは気難しい顔をしているが、若い女性が仕事を頼みに来ると嬉しそうな気配をさせるから多分ツンデレだ。


 そんなことよりも。

 

 加工所から少し離れたところでは女エルフの三人が無表情に粘土に麻を混ぜて形を整えていた。エルフの粘土作りの住居はよく痛むので粘土のレンガを整えるのはほぼ日課の作業だ。


 三人の女エルフはノッポ、チビ、太っちょのお決まりの面子で、いつも一緒にいるから三姉妹と呼ばれていたいた。太っちょがデリアで、チビがネム、ノッポがカームという名前だ。三姉妹は私を探るような視線を向けているが、目があうと咄嗟にそらす。


 正直言うと私はエルフに警戒されている。私が疫病を呪いではなくただの病気と発表したことで、その真偽を争って内戦一歩手前になってしまったからだ。私はその内戦を起こしたヤベー奴と思われているらしい。長老のシーブは私を謹慎と称して雑務をさせ必要な仕事から遠のかせた。前世で言うなら窓際部署への左遷の様な扱いだ。でも長老は私を守るために仕方なくそうしているのは理解している。


 私が集落に迷惑をかけたのは事実だ。でももっとやりがいのあることがしたい。だから他の道がないか模索した。それが外の世界に行くということだった。


 広場で私は虚しさをごまかすため口笛を吹いた。すると三人は私の口笛にギョッとした感じで線を向けてくる。私が三人に顔を向けると顔を背ける。私が吹くと顔を向ける。


 なんか、だるまさんが転んだみたいで面白いな。


 そう思って微笑むと相手も面白くなったのか三人は笛、ウクレレみたいなギター、空の木箱の太鼓を取り出すと、それぞれ単調な音色を刻んだ。一人一人は単調なリズムなのにそれぞれ三人がその単調さの余白にリズムをデュエットさせることでハイテンポな一曲になっていく。私がそれに聞き惚れいていると三人は顔を背けないまま、私に頭を下げた。私は嬉しくなって拍手のジェスチャーをすると三人は私に手を上げて広場を後にした。


 私は三人の背中に「やるじゃん」と小声で言う。すると後ろからフランが「ねえ、さっきの口で吹いてたやつ、私にも教えてよ」とせがまれた。


 私はフランに口笛の吹き方を教えたが、「はしたない」と恥じらいつつもそれをモノにしようと繰り返した。私は他にも口笛や指笛なども試させてみたが、それを会得することは難しいようだった。そこで私は彼女に歌声を教えた。


「流石に歌ぐらい知ってるわよ。そうじゃなくて! あの三姉妹の様な一体感を演じたいの。私達より彼女らの方が仲良しみたいで嫌」


 フランはデュエットをしたかったらしい。なので私は頭の中にあったゲームの中のBGMである西部劇風の切なげで風景に訴える様な口笛に単調な歌声を追随させる曲を即興した。


 西部劇の荒野に響くような口笛に続いて、フランの森の自然に呼びかける様な「a」という単音のみの歌声が大きく、切なげな音色と、自然の清涼さを持って森に響き渡った。


 なんかフランが壮大なゲームのオープニングのエルフみたいに見える。


 私は口笛を吹きながら、フランの美貌にうっとして聞き惚れた。


 そうして日が暮れまで私達は広場で音楽を堪能した。前世では仕事のさなかでこんなことしたら怒られるが、集落ではそんなことはない。むしろ音楽はエルフにとって学問でさえある重要な項目だ。エルフにとって学問や音楽、その他、魂を豊かにさせるものが有益なものとして研究されるのだ。


「お疲れ様です。ルリコ」


 音楽の余韻に私達が浸っていると背後からニコラスの声がした。振り向くとそこには柔和に笑ったニコラスが居た。私もニコリと笑みを返す。


「歌が聞こえたので取り分のハチミツをお届けに来たんです」


 ニコラスはその顔や手には男らしさのような無骨さはなく中性的だ。だが、ビジュアル系の歌手の様なキラキラした感じもない。かと言って身だしなみはソツがなくだらしなくもない。表情には卑屈さも下心もなく、自然に笑いかけてくれる。牧歌的な風景で立っていても違和感のない天然のイケメンというのが彼の印象だった。


 私とニコラスの馴れ初めは幼少の頃のハチミツ探しである。


 当時、森で私とニコラスは枯れ木の中に蜂の巣を見つけた。私は巣を煙でいぶして蜂を追い払ってハチミツを手に入れた。ニコラスは母のスカイにハチミツを渡し、スカイがそれを舐めると彼は涙した。その場の老エルフ達は子供の優しさに感動したのか同じく涙していた。


 その場に居た老人たちは病気や怪我で働けなくなった人たちで、そこはその人たちが最後を過ごす老人ホームのような場所だった。ニコラスの母もそうだったのだ。


 その時、私はいたたまれなくて養蜂のことを教えてしまった。スカイはその知識を自分の一族に伝えて養蜂を推し進めた。


 私の知識でスカイが生きる気力を取り戻したのは嬉しい。しかし、この養蜂の知識がエルフのパワーバランスを崩れさせ、諍いの種になっていたことを後で知った。エルフの集落はバランスゲームのような均衡で成り立っている。そこに異世界の知識をもって介入すると色々な人の生活が脅かされるのだ。だから私は介入するのを止めた。


 エルフの未来はエルフで決めた方が良い。


 私がハチミツの入った土壺の蓋を開けて覗くと「あ、ハチミツ。いいなー」とフランが身を寄せてくる。

 

 私はハチミツを指ですくって壺をフランに差し出した。「いつも悪いね」と言うと、フランは喜んで指のハチミツを隠した口元へ運ぶ。その様子を見てニコラスは行儀を咎めることなく言った。


「いえ、養蜂の技術のおかげで我が一族は成り立っている訳ですから当然の取り分です」


 ニコラスの一族は私に養蜂の技術を教えた対価としてハチミツを取り分としてこうやって公然と分けてくれる。


 ハチミツを堪能した後、私はニコラスから壺を受け取る。ニコラスは私に壺を受け渡すと改まって言った。


「もう一つあります。ルリコ、以前に話していた肉食の件なのですが。私はルリコの考えは正しいと思うのです。なのでまた一緒に研究をしませんか? 今度は肉の加工や保存です」


 肉の件とはモーフという獣の肉の加工のことだ。モーフという鹿に似た獣は犬のコモンドールの様に垂れ下がった毛と長い角が生えていた。その獣の肉は赤身が多く栄養や病気を改善すると私は見ていた。でも過去に肉食をして疫病に見舞われたエルフは未だに肉を恐れている。そのせいでエルフは栄養が偏り気味で、加齢によって現場から退くと食が細くなる。すると、途端に栄養不足に陥る。だからそれには肉の栄養が必要それとなく助言をしたことがある。


 助言は直接的な介入ではなく、間接的な介入なら大丈夫なハズだったんだけど…。


 その私の水向けをニコラスの一族は協力して一緒にやりたがっている。それは恐らく私を村八分から担ぎ出して取り込むのが狙いなのだろう。


 だけど私と回復したスカイさんが手を汲むことを本家の大樹の一族は本気で恐れている。それこそハチミツの横流しくらいでは許してくれないだろう。だから私はこの件に関しては慎重にならざるを得ない。


「うーんどうかなぁ? アドバイスは喜んでするけど…シーブ長老に謹慎くらってるからね。共同研究は止められるんじゃない?」と、私は遠慮がちに首をかしげた。


 長老の一員であるシーブは千年以上議会の一員として集落を導いて来てくれた人だ。シーブは良い意味でも悪い意味でも中立だ。


 だからいくらニコラスが頼んでも彼女が許可を出すはずがない。窓際族が何かしようとしても「余計なことをせず、大人しくしていろ」と言われるぐらいに確実だ。


「わかりました、では今から長老の所に行ってルリコの自由を許可してもらいましょう」


 ニコラスはフランを一瞥すると軽く会釈して言った。


「では、フラン。ルリコをお借りしていきます」


 フランもニコラスの言葉に「ええ」と頷く。フランは私の肩に手を置くと「じゃあ、頑張って」と言って離れる。


「案内します」


 そう言うとニコラスは壺を持ってない方の手をとった。突然ニコラスの手を握られて私の心臓はドキリとしてしまう。でも、自分の中の冷めた自分はそれにシラケた目線を送る。


 私の背後でフランが「フッ」と息を吐く音が聞こえたので振り返る。


 振り返った時、フランはニヤけた顔を私に近づけた。そして私から壺を受け取ると「行ってらっしゃい」とウィンクをした。しかし私の顔を凝視した後におかしそうにクスクスと笑う。


「もー。ちょっと変な顔しないでよ」


 私は困惑して「は? 何が?」と聞き返すとフランはおかしそうに言った。


「顔は真っ赤なのに、なんで表情は半眼でブッちょ面なの?」


 フランの説明を聞いて私の脳裏に頬を染めたチベットスナギヅネみたいなイメージが思い浮かぶ。私は恥ずかしくなり、顔を揉んで言った。


「うっさいトゲ耳! 耳が目に刺さって泣け!」


 そう捨て台詞を残すが、フランは「貴方の耳も尖ってるのに…」と壺に顔を埋めるようにして笑っていた。


 一体何がそんなにツボに入ったんだ…。


 そんなことを考えながら。道中ニコラスは私の手を引いて一言も喋らなかった。


 別に良いけど…。何か気を利かせた雑談とかないの? まあ、無いよね。ニコラスは真面目だから。こんな真面目クンの言うことなら長老もホイホイ許しちゃったりなんかは…。


「ダメです」


 ないよねー。


 集落の木造りの長屋の外で私達は長老に肉食の共同研究の許可を得ようとしたが駄目だった。長老は持っていた杖を腕で抱き込む。杖は背丈ほどの長さで、不転(ころばず)の杖と呼ばれている。不転の杖は集落の先行きを転ばずに導く者の象徴らしい。


 シーブは集落の議会を束ねる八人の一人で千歳を超える女傑だ。エルフは千歳以上でも美しさを保つことが多いが、シーブの顔には枯れ木の様にシワが刻まれていた。だが、肌は白く銀髪の様な白髪が垂れ、額に悩ましく刻まれたシワはかえって老境の美しさを彩っていた。前世風に言うならイケオバといった印象だった。だが、何時も苦渋に満ちたような怒り眉と、ほつれ髪が苦労人を印象付けさせた。シーブは癖になっているクソでかため息をつきながら言った。


「ニコラス、この集落には肉食の禁忌がありました。確かに今では森の病によって倒れる者も居ません。しかしだからこそ肉食の安全には慎重にならなくてはなりません。そういった危険を想定するのも次期長老の役目です。近々見習いとして議会入りするというのに。経歴に傷でも負ったらどうするつもりですか?」


 長老の言葉にニコラスは口を固く結んで。


「長老、これは私一個人の願いではなく、一族の願いでもあります。我々が願うのは肉食だけではありません。ルリコへの謹慎めいた扱いに関する話なのです。我が一族はこの件に議席の一つを賭けても良いと言っています」


 その言葉に私も長老も目を剥いて驚いた。長老は私に視線を向けるが首を横に振って必死に否定のジェスチャーをした。


 聞いておりませんよニコラスさんよ。


「私は一部のエルフが裏で獣を狩って肉を食べていると確信しています。それは獣の狩猟とは明らかに違う痕跡を負った獣の死骸のせいです。このことから肉食の効用は裏付けがとれています。大樹の連中は喜んで賛同するでしょう」


 シーブは頭を抱えながら言った。


「そうなったら大樹の一族は貴方達に注目するんですよ? その時は彼らはもう貴方達を子供と思って容赦はしてくれませんよ?」


 ニコラスはシーブの言葉に顔を上げて言った。


「だから守ります。ルリコも母も。その為なら僕は母の議席を継承します。その理由が失われるなら僕は議員の職を辞退します。そして守るべきものと一緒に集落を出ます。後述は一族ではなく、私個人の意志です」


 私はニコラスの言葉に驚いた。自分の胸の中で心臓が高鳴った。だが、同時にまたそれを冷めた目で見ている自分が居た。私の若い肉体は思春期で、ちょっとしたことでトキめいたり、感情的になってしまう。だけどそれに私のスレた精神がついていけない。大人が少女漫画を読んだ時にあまりに青臭くてもだえる様な感覚だ。


「貴方達は…っ」と口を開くと、長老は固まった。


 長老を見るとその視線の先は遠くに向けられていた。私とニコラスが長老の視線を追うとその先に草木を跨ぐ様に横切る二匹の狼が通りがかった。

 

 狼は私達の視線を感じたのか止まりこちらを見て、暫くすると森へと消えた。背後からも物音がしたので振り返ると、狼がもう一匹居た。


 私はこの森の狼は大人しいと思っていた。というのもこの森の狼はエルフの友人が躾けていて襲われることは決してなかったからだ。ただ、あの狼は見たことがなかったので、友人が管理している狼とは別の群れのようだ。


 森で群れの移動が起きる様な何かがどっかで起きてるのかね?


 狼を見送った長老は再び杖を抱き込むと大きくため息をついて私達に顔を向けて言った。


「…これも森の思し召しでしょうか…。たしかに、私も歳ですからね…。わかりました。ニコラス、では宣告を聞かせてください」


 ニコラスはシーブの言葉に頷くと森を仰ぎ見ながら言った。


「森よ! 連なる血族ニコラスは約束します!」


 そしてニコラスは私の眼を見て言った。


「我、魂と肉体を卑しき者からの守護者とならん!」


 エルフは自分の決意や感情を森に宣告することがある。多分運動会の宣誓のようなものだろう。そう考えると私の星への独白も似たようなものなのかもしれない。


 シーブは森に響く余韻を聞きながら頷く。


「結構です。では、ルリコは明日からニコラスと一緒に肉食の開発をして下さい。ニコラスは私に報告するように」


「わかりました、どうかこの件は私達に任せて…見ていていただきたい」


 長老はニコラスの言葉を受けて少し考えてから、言った。


「そうですね、少しばかり肩の荷も降りましたし、存分に見させてもらいましょう」


 ニコラスと長老は暫く見つめ合った。そして振り返ると私に言った。


「では行きましょう」


 私は何だがバツが悪くてニコラスに言われるがままにしてそそくさと退散することにした。

 

 離れる時、後ろで長老が


「枯草は風に舞い新緑は芽吹く…。世代の交代が訪れる時がきましたか…」


 と呟くのを聞いた。


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