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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
初恋の異性と結婚する確率はX%
11/32

家族と傷跡 上

 デート当日、私達は墓所のある山の裾野に来ていた。


 ニコラスはデートの場所を山の裾野にある岩塩鉱に決めたようだ。岩塩鉱と言っても山の裾野を掘りぬけた岩塩の洞窟で、大規模なものではない。この洞窟の塩の結晶は透明感のある青色に光るのでパワースポット的な人気があって、若年のエルフのデートスポットとして定番だ。


 今日一日、私はニコラスとデートの練習をする。ハズだった…。


「着いたぞー!」「おー!」


 どういうわけだかニコラスと私のデートはスカイさんと昔の仲間達を連れた大所帯になってしまった。男たちは岩塩鉱の前岩棚を陣取ると各々が石を積み上げたカマドをつくったり、まな板に使う岩を清めるための水をカメに汲みに移動した。この男たちはスカイさんと夫婦のカリスマ性に魅入られて人間との戦争に参加した男達やその家族で、結婚して子供を持つ人も多いが、半分ぐらいは独身で老年の男達だ。


 男達が宴会の場を整えていると、そこに大樹の家から土産を持ってきた女たちが、スカイさんに挨拶と土産を渡す。


「英雄の方々ごきげんよう。今日は挨拶だけでもと参上しました。つまらないものですがどうぞこれを」


 女たちが差し出すのは果物や木の実といったささやかなモノだが、恭しく敬意を感じられる。スカイさんはそれを見ると宝物かのように喜んで受け取る。


「ありがとう! 私はプラムが大好物なんだ!」


 受け取った後は男達にお礼言うように催促する。


「皆! 今日は大樹の方々がこんなにも土産をくださった!」


「ありがとうございます!」


 その体育会系の熱気に女たちは若干圧倒され、おずおずと逃げる様にその場を後にする。


「母さん、あまり騒がないで下さい。大樹の人達に迷惑じゃないですか」


 ニコラスはスカイさんの側で掣肘せいちゅうをするが、おかまいなしといった感じだ。


「ハハハ。わかってるって。でも大樹の人達も宴が好きだし多少は目を瞑ってくれるだろう? なあ? マフディー!」


 スカイさんが振り返った目線の先には右側だけに黒のマントを羽織り、緑色のシャツと黒の馬上ズボンを着た長身の男エルフが立っていた。男は細身の黒髪白肌で、どことなく病弱そうに線が薄かった。なにより特徴的なのは右耳と右腕の先が欠損していて、右目には眼帯をしていることだ。その黒と白のコントラストはまるでアラン・ポーの挿絵から飛び出してきたかの様だ。


 彼の名はマフディー。子供の頃、私はこの人と会ったことがある。当時ハチミツ採取をしていた私はこの人の忠告を軽んじるような態度をとってしまった。それを知った母が、彼は英雄だから侮ることは許されないと怒られたことを覚えている。


 戦争時、マフディーさんはスカイさんと一緒に浚われた母を救出した英雄のエルフの一人だ。しかしその戦いで右耳と右目、右腕の先を欠損し、心の重い傷を負ってしまった。でも今は病的な雰囲気はなくなり、ちょっと丸くなった印象がある。


 マフディーさんはスカイさんを流し目で見ながら言った。


「さあな。ズバイダが良しとしたからいいんじゃないか?」


 マフディーさんも隣にいる師匠も作業を一切手伝おうとはしない。むしろ師匠は訪れる女のエルフを目で追って楽しんでいる様だった。師匠はニヤニヤしながら誰ともなく言った。


「大体何故こんなところまで来て宴会を開くんだ? 長屋の広場の前で良いだろうが」


 昔、師匠も戦争に参加していたが、そう見えないほど健康だった。師匠の言葉を聞いてスカイさんはうるさそうに言う。


「ニコラスがここが良いって言うから良いんだよ!」


 ここに来る前からスカイさんは大分楽しみにしていたようだった。そして此処に来て更に張り切っている。その母をニコラスはなだめていた。


「母さんあまり無理をしないで下さい。まだ病み上がりで本調子じゃないんですから…」


「大丈夫だ、ニコラス! 母さんを年寄り扱いするんじゃない!」


 よく見ていると、スカイさんが盛り上げに周りの屈強な男エルフ達も呼応するように気合が入って行く。多分スカイさんは宴の士気を上げる為にあえて明るく振る舞っているんだろう。ニコラスは私に近づいてくると申し訳なさそうに言った。


「すみませんルリコ。母さんだけを誘うつもりがこんな大所帯になって…」


「いや…まあいいんだけどさ。これってデートというより、もう宴会になっちゃってるね。いや、まあいいんだけどさ」


 私達のひそひそ声の密談を他所に、師匠が声をあげる。


「で、これから何をするんだよ」


「ああ、お土産も色々もらったしな。とりあえずバーベキューだ! おまえら手分けして何か採ってこい! エミール。お前は森でなんか狩ってこい!」


 エミールと呼ばれたエルフは顔に笑みをたたえたまま言った。


「何かってなんですか。一番困るリクエストは止めてください」


 エミールは困ると言いつつ、にこやかな笑顔のままだった。エミールさんは百六十五センチぐらいの中肉中背でベリーショート金髪モヒカンっぽい髪型だった。背中には銛のような短槍に縄をかけて背負っていた。スカイさんはキョロキョロと見まわすと聞いた。


「あと一人は…おい、テミスはどこ行った?」


 気づいていた私は目当ての人物を指さした。


「あそこじゃないですか」


 テミスさんは山の中腹の向う側に木々に並び立つように立っていた。そこには遠目には二足歩行で立つクマの様な黒い影があった。獣の頭の毛皮の下に見えるエルフ特有の白い肌がなければ猛獣にしか見えない。テミスさんはシャツも腰布も靴も獣の皮、獣の足の毛皮をなめしたものを着ていて。ウェーブかかった黒髪は膝まで伸びていて、油でテカテカと光っていた。


「……」


 遠く離れた彼女はブツブツと何かを言っているようだが聞こえない。


「何言ってるか聞こえないって! コッチに来な!」


 スカイさんがテミスさんに声をかけて来るようにジェスチャーをするが、彼女は近づいてこない。エミールさんが私の隣に来ると申し訳なさそうに言った。


「彼女は変わりませんね。彼女にとってあそこが適性の位置なんですよ」


「適性?」


「はい。彼女は遠くが良く見えて、近くがよく見えないんですよ」


 それを聞いて私は前世の地球のマサイの戦士を思い出した。彼らは狩りをする時遠くを見るから遠視の人が多いらしい。遠視の人は近視の逆で近くがぼやけて遠くが良く見えるらしい。彼女もそれなのだろう。スカイさんは私に振り向くと言った。


「おい、ルリコ。ちょっとアイツ呼んで来てくれないか」


「わかりました」


 私がテミスさんに近づくと彼女は木の影に顔だけ出して隠れてしまった。


「ちょっ…止まって止まって」


 彼女は神経質で陰気なボソボソ声でそう言うので足を止める。彼女から三メートルぐらいの位置だ。彼女の顔はクマの様な獣の下にウェーブかかった前髪が目元を隠していた。前髪で目を隠しているのは見え過ぎるのを防ぐ意味があるのかもしれない。180センチぐらいの長身を長弓のツルと握り部分の間に挟んで、背中に矢筒を背負っている。腰には動物の角を加工したブーメランのような物がささっていて、体中に短剣をいくつも装備していた。


 戦争でもしてるのかな…。


「わかったから…」


「え?」


「わかったって言ったの…。見てたから。口の動き。わかるから。何を言っているのか」


「読唇術が使えるんですね。承知しました」


「…読唇術? 聞いたことがない…。兎に角、私は貴方を観ているから」


 そういえばつい言ってしまったけどエルフには読唇術という技術はあっても名称はなかったかもしれない。そう思っていると、テミスが私の頭を指さした。


「…貴方また頭をかきむしった。初めて見る仕草。皆は、エルフの女はそんなことしない。あ、鼻の頭もかいた。とても奇妙。頭に虫がいるわけでもないのに…。そんなに頭が痒いの? ズボラなの? ううん? 癖? よく見たら貴方は髪もキレイだし、良い臭いがする」


「えっとですね…」


「おい、テミス! いつまで待たせるんだ!」


「あ、スカイぃ」


 スカイさんは私達がいつまでも話しているのがまどろっこしくなって近づいて来たみたいだ。


「全くなんだその恰好は。四六時中洞窟なんかにこもっているからそうなるんだ。たまには外に出て他にやりたいことでもやったらどうだ?」


 テミスはスカイの言葉を聞いて胡乱うろんな表情を浮かべた。


「何かって何ですか…? 別にやりたいこともないし、生きるのももう飽きちゃったし…。スカイさんって最近何してるんですか?」


「まあ、正直私も、もうやりたいこともないからな。最近はもっぱら息子だな。できれば息子の孫に顔を覚えてもらってから死にたいから、嫁探しが主流だな」


「死ぬとか言わないくださいよぉ! 嫌だぁ! スカイさんが死ぬ時は私も一緒に逝っていいですか? 冥府の道連れが居た方が安心でしょ?」


「良い訳あるか! なんで死んでまでお前の面倒見なくちゃならんのか! 死んだら私は地の底でレオとラブラブに暮らすんだ! お前なんか邪魔っけだ!」


「そこをなんとかお願いしますよ! ちょっと離れた庭でもいいんで! 雑用でも何ですしますから!」


「ええい! 泣くな! 折角温めた場がシラケるだろうが!」


 そう言ってスカイさんは私に戻るように手でサインをだした。私は頷いて来た道を戻った。


「エミールさん、テミスさんはスカイさんがなんとかするそうです」


「そうですか。ところでルリコさん。貴方にお客ですよ」


 そう言われて私はエミールさんの目線を追うと、そこには着物を着たエルフが立っていた。そのエルフは黒髪白肌の女性で、まつ毛が長いせいか目力が強い感じがした。唇には紅がさしてあって大人びた魅力があった。髪には金のかんざしと銀の装飾が付いたかんざしが二本さされていて、高貴な人だとわかった。しかし全身のたたずまいはゆらりとして落ち着いた雰囲気が老年のエルフっぽくもある。全盛期の美しさは陰っているけどその眼は真っ直ぐで自信にあふれている様から地位が高い人なのだと思われた。


「・・・もしかしてズバイダ様ですか?」


 その女性は私が指摘すると驚いたように口を開けた。


「ほう、初めて顔を見せるのに。わかるのか?」


「はい、まあ、勘ですけど。お久しぶりです」


 ズバイダ様はニヤリと笑って言った。


「相変わらずの慧眼けいがんだな」


「いや、そこまでではないですよ。ミレイさんと顔も似てますし」


「そうか。しかしスカイ達の部下は元気が有り余ってるものよな」


「そうですね…」


 ズバイダ様は話を世間話に切り替えたけど、多分本題に関係あることなんだろうなぁ…。


 ズバイダ様は男達を沈痛そうな表情で見ながら言った。


「当時、奴らは戦争で疲弊して行き場もない奴らばかりだった。ウチの若いモノも沢山被害にあった。ワシも将来有望な若者を閉ざしてしまったことは慚愧ざんぎえない」


「は、はあ…」


「特にワシの可愛いマフディーが手折られた時は、こたえたよ」


「確かにそれは残念ですね」


「大樹は外傷や失われた財産の補填はしたが、戦争で傷ついた魂を癒す術がなかった。今もあいつらはその内に深い傷をかかえている」


「…確かに魂の傷を癒すのは難しいかもしれませんね」


 前世の地球でも戦争で負った精神障害は問題になっていたハズだ。


「…ああ。だが、私にはそれを癒すことができる」


「…そうなんですか?」


「ああ。どうだ? 興味あるか?」


 ズバイダ様は私の顔を覗き込むかのように身を屈ませた。


 うわ、めっちゃ良い臭い…。顔がキレイ…まつ毛長…髪の毛ヤバ…。


「まあ、多少は」


「何故?」


「それは…戦争で傷ついた人たちが癒されるならそれは良いことじゃないですか」


「そうだろうな。お主はそう思うだろう。だからそうするんじゃ。ワシが、お前の為にな」


「わ、私の為ですか?」


「ああ、今日はワシはお前の願いを叶える為に来た。何故ならお前にも私の願いを叶えて欲しいと思っているからだ」


 明らかに私の願いはズバイダ様の言葉によって生まれたものだから願いを叶える為に来たというのは当てはまらない気もする。でも聞いてみれば私はそう思うだろうという内容なので別段否定する気にもならなかった。


「えっと…どんな願いですか?」


「ワシも一枚噛ませて欲しい」


「噛ませる? 何にですか?」


「お主がこれからやることだよ。お主の物語。人生。お主はこれから何かドデカイことをするだろう。ワシもそれに噛ませろ。要はワシをお主の相談役にして欲しいんじゃよ」


「えっと…それは恐れ多い…」


「まあ、待て。まずはワシの実力を見てから決めて欲しい。お主がワシの実力を見てどうしても欲しいと思わせて見せよう。その時に恐縮よりも欲しいう思いが上回ったならワシを重用しろ。いいな?」


 …確かに今は恐れ多さが勝っているけど、どうしても欲しいと思えば私はそれをなんとかしようとするぐらいのバイタリティは抱くかもしれない。逆に言うと「そこまで欲しくない」程度ならこの話はなかったことにしていい、ということなのだろう。


「承知しました」


「ああ、頼んだぞ」


 そう言うとあっけなくズバイダ様はマフディーの机の方に優雅に歩いて行った。


 これってあれか…。元大樹の家政が仕官? ってこと? 有力勢力の元長とかエルフの王みたいなもんでしょ…? 断っても大丈夫なのかな…?


「ルリコさん。今いいですか?」


 話が終わったと見たエミールさんが私に近づいて来た。


「あ、はい」


「これから献立の相談があるんで、こっちに来てください」


「わかりました」


 まあ、ズバイダ様が何をするかわからないけど、とりあえず様子見しておこう…。


 エミールさんに連れられて行くと、男たちは何を作るか話し合っていた。


「上等な岩塩があるんだし、野菜、果物、魚、獣…とりあえずありたっけ採って塩焼きと塩ゆでにすればいいだろ」


 それを聞いていたエルフの一人が首を傾げる。


「でも、特別感がないんですよねぇ…」


「特別と言えば…やっぱり…虫だろ!」


 虫と聞いて男達が沸き立つ。


「よっしゃ! あれやろうぜ! 獣のハラワタ抜いたところに虫をありたけ詰め込んで火にかけて踊り食いするやつ!」


「いいねぇ!」


 何だよその悪夢みたいな料理は。火の熱にのたうち回る虫を想像しただけで吐きそうだ。


「あの! 私にやらせてください!」


 咄嗟に私は手を挙げる。


「え? いや嬢ちゃんは今回の主役なんだから大人しく…」


「おい、バカお前。これはアレだろ!?」


「え? どれだ?」


「自分で作った料理でスカイさんに認めさせるアレだろ!」


「アレか!? アレなのか!?」


 テミスさんのところに居たスカイさんは耳ざとく聞きつけて振り返る。


「そうなのかルリコ!?」


 そう言うと、スカイさんはテミスさんを突き放して皆の前に歩いて来るとスピーチするように言った。


「そうかルリコ! お前の腕を振るってくれるんだな! だったら私もそれに応えよう!」


 エルフの男たちはスカイさんのスピーチにわき立ちながら言った。


「よし、任せろ嬢ちゃん! 俺はお前の味方だ! スカイさんに認めさせてやろうぜ! 何が必要なんだ!?」


「スカイさん! そろそろ子離れしないとダメだぜ!」


 私対スカイさん。そんな空気を察した男たちは雰囲気を作っていく。つい虫が嫌な一心で言っただけなのに話が大事になっていく。


 ていうかなんか妙な雰囲気だな…。皆スカイさんの挙動を見て、何を求めているかを察して動いている。まるでオーケストラの指揮者と演奏者みたい。


「それで嬢ちゃん? 何を作るんだ!? やっぱ虫か!?」


「虫は絶対やめてください。そうですね…」


 虫は絶対に嫌だ。もし虫料理になったら虫の背ワタを取る作業は私がやることになるだろうから…。


 即座に私は特別感がある料理を頭の中で考えた。


 ちゃんと考えないとやっぱり虫料理とかになりそうだから早く指示しないと…。簡単なのは…いや、簡単すぎると暇な間に虫を採って来たみたいな展開になりそうだし、それなりに難易度が高い料理にしないと…。


 咄嗟に思い浮かんだのが、前世のテレビで見た地面の穴の中に火を燃やして蒸し焼きにする名も知らぬ調理法だった。


「えっとじゃあ…地面に穴を掘って下さい!」


「穴!? そんなの何に使うんだ?」


 エミールさんが男達に指示を出す。


「ちょっと大樹まで行ってえすきを借りてきなさい」


「えーと後必要なのは野菜、果物、魚、メインで森豚で大丈夫です。とにかく沢山採ってきてください」


 暇な人が出来ない様に私は作業を指示する。それを聞いたエミールさんは頷いた。


「じゃあ、貴方達は半数ずつ採取と釣りに行ってください。僕たちは狩りに行きます」


 エミールさんは男達を採取と釣りの班にわけて指示を出すと、私の肩に手を置いて「では行きましょうか」と言った。


 え…? 行く? 誰が? …え?


 岩塩鉱から少し上った先の森の中、私とニコラスとエミールさん、テミスさんと一緒に狩りをすることになった。ニコラスはともかく残り二人は戦争の時代を生き残った英雄だ。狩りなんて朝飯前だろう。


 なのになんで…。


「なにゆえ私が前衛?」


「ハハハ。僕たち前衛がいないと機能しないんで」


 森豚を探すとなって、私が丸盾とロングソードを背負って前衛、後ろにエミールさん。間にニコラスという編成になっていた。


 おかしい…。女の私が前衛職? どうしてこうなった…?


 動揺して私は周囲を見ると、丁度横のはるか向うを並行するテミスさんが見えた。


「いやぁ。折角だから二人きりの時間を作ってあげようかなって。大丈夫、僕たちは居ないものと思ってくれていいんで」


「は、はあ…」


 そんなこと言っても気になるっていうか、そんな改まってする話なんてないんだけどな…。


 そう思っているとニコラスが後ろから話しかけてきた。


「ルリコ…すみません。ますます妙なことになってしまって。皆、多分母さんの復帰と貴方の存在に浮かれ切ってるんだと思います」


「そ、そうなんだね」


 スカイさんの部下達は新卒の女の子に沸き立つ男子社員みたいな雰囲気は感じるけど…。後ろのエミールさんはそんな単純じゃない気がする。…まあ、ニコニコしてて何を考えているかはわからないんだけど。


 私の心配を他所に、ニコラスは耳打ちをする。


「もしよろしければ後日この埋め合わせをしたいのですが一つ聞いてもいいですか?」


「ん? 何?」


「貴方が想定していた普通のデートとは何なのでしょうか?」


 ニコラスに言われて私は咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。


 確かに言われてみると異世界の普通のデートって何だ…? 前世だと男女同士のデートは二人きりが定番だけど、その前の時代はお見合いが普通だったわけだし。普通? 普通のデートって何だ? 誰が決めたんだ?


「えっと、確かに言われてみると一般的なデートって何なのかよくわからないかも。ニコラスは知ってる?」


「一般的には妙齢の男女が二人きりになるのは望ましくないとされています。婚約や婚姻している男女であれば別ですが。そうでなければ親族が同伴するのが普通です」


「ソ、ソウナンダー」


 私はニコラスにデートとは男女の関係とはを教えるつもりだったけど、それはどうやらエルフ達にとっては普通ではないようだった。


 じゃあ、私が教えられることってなんだろうな。何もないのでは?


「ごめん。ニコラス。私が思ってたデートって結構アウトローだったかも。今更だけど私がニコラス教えられることはないかもしれない…ごめんね」


「そうでしょうか? 今のところ私は楽しいです。皆で集まってご飯を食べる。今のところはスタンダードで何の問題もないと思いますが」


「そうなんだ…」


 まあ、でも確かに私も楽しい。皆で食事を食べながら仲を深める。男女二人の緊張感あるデートより大分気楽な感じがする。


「でも、一応私は貴方の考えているデートについて知りたいです」


 考えているっていうか…誘われたのは私だから何も考えてないんだけど…。まあ、此処に来てこんな感じなのかなみたいイメージはあるよね…。


「ま、まあ。こういう場所だとあの奇麗な岩塩鉱の中で男女二人きりで感動を共有したり、思い出を共有するとかじゃない?」


「…成程。思い出のような精神的なモノの共有が目的なんですね。だとしたら今やっているこれはデートな気がします。私は貴方と狩りにでるという経験を共有できているわけですから」


「…まあ、確かにそういう面はあるかもしれない」


 とか言いつつ、本当は「盾もたされて狩りをすることをデートと思う女は居ない」って私は思っているけどね。


 私はしびれる腕を庇って盾を逆の手に持ちかえる。


 私が前衛でなければ。別に私だけが危険なら良いんだけど…。ニコラスを守らないとダメなのがなぁ…。まあでも今のところ誰も不満を抱いて居そうな人は居ないし良いか…。結局、異世界のデートって相手の家族とどこまで一体化できるのか、うるさい嫁は嫌われる…みたいな感じがするし。とにかくライブ感を大事にすればいいんじゃないかな。最悪英雄二人が居れば何とかなる。ハズ…。


 ピッピピーピー。


 突然テミスさんが指笛を吹き始めた。


「あらら。獲物がもう見つかったみたいですね」


 私は盾を構えながら、テミスさんの方を見る。合図を送った後、テミスさんは腰のポケットから布を取り出し地面の石礫を拾って包むと振り回し始めた。多分あれは投石紐だ。テミスさんは前の方の森の茂みに投石紐を放つと森の奥の茂みがガサガサと騒がしく揺れる。


 私達は山の中腹の勾配のある岩肌の上に立っていた。気配がある方は坂の上で坂の下は戦い難い気がした。


「やれやれ、何もわざわざ獲物をおびき寄せなくてもいいでしょうに。お二方。来るんで構えてください」


 私は背中の剣を抜くか迷ったが、盾を構えて防御に徹することにした。


 私がディフェンスで、後ろがアタッカーでいいんだよね?


 私が後ろを振り返るとニコラスを残してエミールさんの姿が消えていた。


「あれ!? 居ない!?」


 そう言った瞬間、前方の茂みから音がした。


 前を振り返ると、そこには猪とアリクイを足して二で割って頭に羊の角をつけたような獣と眼が合った。獣は私を見て目を怒りに歪ませた。


 来る!


 私は丸盾を構えた。それと同時に獣は私達の方へと足をためた。


 次の瞬間、私の目の前が爆発したかのように真っ白になって煙が立ち上った。目の前が何も見えず咳が止まらない。気が付くと耳がキィンと鳴ってよく聞こえない。


 え、ちょ。意味が解らない。


 何が起きのか私は頭の中で整理した。


 多分テミスさんの放った矢で岩が抉れた。煙はソレか…!


 そのテミスさんの攻撃の前エミールさんが槍を突きたてて獣を驚かせた。だからテミスさんの矢が外れたんだろう。


 何でそんなことしたんだろう…。じゃなくて、今は目の前の獲物だ!


 目で状況を確認すると、斜め前の地面にこぶし大の穴が空いてその先に矢が落ちている。私の目の前で獣は混乱して怯える様にその場を左右に行ったり来たりしていた。


 固い岩肌にこぶし大の穴をあけるなんてとんでもない威力だ…。でも和弓は鉄の防具を貫くって聞いたことあるしな…。


 ピピピー。という口笛が真上から聞こえたので上を振り返ると、エミールさんの影が木の上の枝に立ってテミスに口笛で合図していた。そして私達に方に大声で言った。


「テミスの矢が当たったら獲物の肉が消し飛びます。私達で仕留めましょう」


 達?


「僕の槍だと仕留めきれないかもしれないので、ルリコさんも迎撃準備をお願いします」


 抗議しようと思ったけど、視線を戻した先の獲物は私と背後のニコラスを共に睨んでいた。怯えていた分、余計に怒っている感じがする。


 私は盾で防御をしようかと迷ったが、あの角に木の板か加工しただけの盾は耐えられないと思った。私は盾を放り投げてから、背中の剣に手を伸ばした。その時に獣の頭が私に向いた。


 あ、ヤバイ。間に合わない。


 多分、剣を抜いた後に突っ込んでくる。攻撃する時には間に合わない。…だったらニコラスを守らないと。


 咄嗟に私は左の腕を前に出してせめて後ろのニコラスが怪我しない様に肉盾になろうとした。


「手伝います!」


 ニコラスがそう言うと、後ろで私の剣を鞘から抜いたのを感じた。そして右の肩越しに剣の柄を差し出した。


「ありがとう!」


 咄嗟にわたしは柄を握った。そのまま剣を示現流のように構えて、森豚をいつでも斬れるように備えた。私は頭の中でゲームセンターのもぐらたたきゲームを思い出していた。


 森豚は放たれた矢のように真っ直ぐこちらに突進してきた。


 猪に似ているから真っ直ぐ突進して来るのに賭ける! 剣を真っ直ぐ振り落とせば自動で当たる! ゴキブリを潰す時と同じで、動きの先に置くような感じで!


 私は獣が真っ直ぐ突っ込んでくるルート上に重なるように剣を思いっきり振り下ろした。目の前で剣先と猪の機動が垂直に交わり、身体に振り下ろされていく。


 当たった!


 かと思ったらその手前で獣の頭を貫通して地面に短槍が刺さった。森豚は突進の勢いをいきなり止められて、身体がひっくり返った。私がそれを目にした後、振り下ろした自分の剣は空ぶって地面に思いっきり叩きつけられた。


 ガァアアアアアアッン!


 私は地面に振り下ろした剣の衝撃が手と腕を伝って頭のてっぺんを抜けていった。まるで前世で見たネズミと猫の追いかけっこのアニメの間抜けな猫のように身体の中に衝撃が響き渡り、あまりの痛みにその場で足踏みして叫ぶ。


「あっいィったぁあーっ!」


「ありゃ、大丈夫? 骨折れてない?」


 頭上からエミールさんの声がしたので見ると、片手で木の枝を掴んだまま、滑り降りて来た。


「折れた音はしませんでしたね」


「ハハハ。凄いね君。あんな全集中の攻撃で折れてないなんて。丈夫に産んでくれたライラ様に感謝しないとね。ていうかそれは僕もだ。スカイにキミをケガさせたなんて知られたらタダじゃすまなかっただろうね」


 いや、折れてなかろうが痛いものは痛いんだが。


 私が痛みにのたうち回っていると、ニコラスが剣を抱えて見せに来た。


「あの…」


 見るとニコラスが鞘に剣を納刀しようとしても入らない。多分私の力で曲がってしまったのだろう。


「うっそぉ」


 私は剣を手に取って水平に持って曲がってないか確認する。


「曲がってるような気がする…し、師匠に怒られるぅ」


 師匠は武器に愛着がある人なので、粗末にしたと知れたらどんな罰を考えるかわからない。


「後でコランに叩いてもらいましょう」


「うん。黙ってよう。怒られるから」


 私達は阿吽の呼吸で鞘と剣を合わせて鞘袋に入れて厳重に巻きつけた。お互い頷くと、私達の近くにテミスさんが来てエミールさんに言った。


「エミール。貴方、ふざけすぎ…。なんでさっき様子見で後の先なんて指示したの…」


 エミールさんは地面の槍の尻から縄を解きながら言った。見ると岩の中に槍の穂先が埋まってしまっている。


「君だってこの娘の適性を知りたがってたじゃない。僕だってレオに任されてるんだからさ。話は早い方がいいでしょ。それに僕なら百回やっても九割九分当たるよ」


 テミスさんはうつむいたまま人差し指を彼に向けて言った。


「貴方忘れたの? その一分を引いてレオンが死んだ。タカをくくったから。敵の人間をみくびったから…。全然反省してないじゃない」


「だから後詰めで君も居たじゃない。ああ、もうわかったよ。ごめんねルリコ。ちょっとやりすぎたかもしれない。でもさぁ…僕は君を評価するよ。逃げなかったからねぇ。そこはテミスもそうでしょ?」


 テミスさんはエミールの楽観視に呆れる様にため息をついた。


「家庭を守るのに戦闘の強さなんて関係ない。あそこは逃げるべきだった。守るべきは家族。レオだったらそう言ったハズ」


「レオは戦争で死んだでしょう」


「坊ちゃん。レオは女の後ろに隠れるなんてことは認めないでしょう。何故、私に一言、射れと言わなかったのですか?」


 エミールさんへの批判がいつの間にかニコラスに向く。


「申し訳ありません」


 ニコラスは頭を下げた。


「私達はチーム。チームは家族。家族の強さは群れの強さ。群れはリーダーが指示しないと崩壊してしまう」


「坊ちゃんには坊ちゃんの人生があります。何でそんなことをする必要があるんですか?」


「私は報いて来た。チームの為に。集落の為に。私だけじゃない。皆、報いて来た。貴方達はそれを受け取っている。だから、貴方達も報いるべきじゃないのか…? その互酬で集落は成り立っている。皆自分勝手に自由に生きる様になったら。チームはバラバラになる。そんなの寂しいじゃないですか…」


「…」


 ニコラスはテミスさんの言うことを黙って聞いていた。


「もし、坊ちゃんにとってその女が”そう”なのならそれでもいい。私はルリコでも構わない。私は”それ”の為に走りたい。だから指し示して欲しい。私が求めるのはそれだけ」


 なんだか深刻なことを話している様に聞こえる。私もニコラスは何も言えずにいる。ていうか何故テミスさんはニコラスにそんなことを言うんだろう? 私はそれについて考えようとしたが、気が散ってしまって考えがまとまらない。


 うーん、気になって集中できないから、目の前の問題をまずは片付けよう。


 そう決断すると私は手を上げて言った。


「あの…」


「「ん?」」


「とりあえず。森豚。血抜きしませんか?」


「「…」」


 私達は動かなくなった森豚を近くの川まで引っ張って行って毛皮をはいで解体した。解体している時、ニコラス達は一言も言葉も交わさず目線も合わせようとしなかった。ニコラスはどこか思いつめたような表情で毛皮をはいでるエミールたちを見ていた。


 皮をはいだ後は臓器を抜いてそれを葉っぱに包む。


「まあ、色々ありましたけど。食べましょう。食べてお腹いっぱいになればわだかまりも解けすよ」


 私は時間が経てば何か思いつくかと思ったが思いつかないので気休めっぽいことを口にする。

 

 テミスさんの話は荒唐無稽って感じもしない。でも常に自分が誰かの為に生きる世界って自分はどうなっちゃうんだろう? それって幸せなのかな?


 誰かの為に生きるというのはやりがいがある気がする。誰かの為になっているという自己肯定感がある気がする。それは幸せな気がする。


 でも…。そしたら私の夢はどうなっちゃうの? 私達の子供は常に誰かの為に生きる人生を強いられるの? それって不自由なんじゃないかな?


 でもだからと言って、皆が私の様に夢とか言って外に旅に出る様になったらテミスさんの言う通り集落はバラバラになってしまう気もする、


 三人は黙々と森豚の全身はそのまま棒に括りつけた。修正不可能と見た私はため息をついて川の水で手を清める。その時手に痛みがはしり、見ると手にあかぎれのようなモノができていた。


 あーまたあかぎれ再発かぁ…。


 そう思って自分の手を見ていると、そこに誰かの影がさした。いつの間にかニコラスが近づいていて、私の手の平をすくうように手に取って見た。日の光の陰に隠れたニコラスの表情はなんとなく落ち込んでいるように見えた。


「どうかしたの?」


「テミスの話は真に受けないでください」


 そう言った後でニコラスは我に返ったようになった。そして暫くして言った。


「私達は父の代わりにはなれない。貴方もそんなことをする必要はない」


 ニコラスは何か思いつめたような感じがするけど、なんのことかはサッパリわからなかった。


「私は無理してないよ。ニコラスのお父さんがどんな人かも知らないし」


「…父が死んでから、母は父の代わりでした。ルリコにはそうなって欲しくないんです」


 どうやらニコラスは私がスカイさんみたいになるのが嫌らしい。


「それってお母さんのこと言ってるの? ニコラス、お母さんのことを悪く言うのは良くないよ」


「悪口ではありません。かつて母は病で倒れる時まで戦争で傷ついたあの人たちの世話係をしていました。戦争以来、母は戦争の尻ぬぐいをしています。そこに母の人生の自由はどこにもありません。誰かの為の人生の浪費です。それはただの犠牲です」


「それはちょっと違うんじゃないでしょうか?」


 エミールが私達の話に割り込んでくる。


「確かにスカイさんは女手一つで貴方を育てていましたけど…同時に私達は貴方達の採取や建築を手伝っていましたよ。スカイさんが一方的に私達を世話していた訳ではありません」


「…そうだったんですか?」


「そうです。一体誰が貴方のおしめを変えたと思っているんですか?」


 そう言うとエミールさんの向うでテミスさんは自分とエミールさんを指さす。


「そうだったんですね…」


「まあ、私達も荒んだ魂を赤ちゃんの世話をするという営みの中で癒されたのは事実です。だからお互い様だと思っていますよ」


 私がそう言うとニコラスは何も言わなくなってしまった。そして私の手を取り落とすようにゆっくりと手放した。そして何かを考えている様だった。


 森豚の肉を担いで戻る時、私達は話す雰囲気ではなかった。無口だと気まずくなるのか、一人暮らしが長すぎて独り言が多くなっているのか、テミスさんはブツブツと何かを言いながら移動する。


「肉は嫌い…。体臭が臭くなる…」


 前世で私は職場の人が話していると声掛けをする癖で話しかけてしまった。


「テミスさんは肉なしであの大弓を引く筋肉を維持しているんですか? だとしたら凄くないですか?」


「私は凄くない。ヘタクソ。私は背丈が大きくて長弓を引けるからってだけで参加させられた。だから私達は肉を食べて戦う身体を作った」


 あーやっぱり戦争の時代からエルフは肉を食べてたんだな…。


「でもさっきのはちゃんと当たっていた様に見えたんですが…」


「弓をつがえて射って当たる。それは技術。だけどそれは的中の境地ではない。エルフが弓術をするのは的中の境地に至る為。平常心を我がものにする為。魂、或いは人格が達しないといけない」


「そうなんですね。あの、さっきから気になっていたんですが…。テミスさんはレオさんの約束を守るのと的中の境地に至ること。どっちが本当にやりたいことなんですか?」


「…? レオの約束は義務。坊ちゃんを守るという約束。的中の境地がやりたいこと…かな?」


「そうなんですか? さっきテミスさんはスカイさんに『やりたいことがない』と言ってませんでしたか?」


「…それは言葉の綾というか…」


「でもさっきニコラスに『誰かの為に戦いたい』と言ってましたよね。『レオさんの頼みを果たすこと』は誰かの為の戦いじゃないんですか?」


 それを聞いた瞬間、テミスさんは首をひねって眉をひそめて首をひねった。


「…別にそんなの…。貴方に関係ないじゃない」


 私はテミスさんに思っていたことをぶつけてみることにした。


「あの、失礼かもしれませんが…。テミスさんは本当はレオさんの約束を果たすのに疲れてしまったんじゃないですか?」


 それを聞いたテミスさんの一気に眉が吊り上がる。


「そ…そんなことない…! 私は本当にそう思ってたよ。だってそうじゃないと…レオは…死んだ皆が…報われないじゃないか…」


「テミスさん。確かに約束は大事です。でもニコラスはもう十分大人になったから守るのは無用だと思います。レオさんが生きていたら『もういい』って言うんじゃないでしょうか? 後はもう自分のやりたいことをやれって言うんじゃないですかね?」


「やりたいことって…そんなの無理だよ。だって的中の境地になんか至れっこない。弓を構えると…。つい思い浮かべちゃう。殺されたお母さん、お父さん、妹、レオ、アル。大事な人を殺された魂は…平穏なんて訪れない。貴方らどうする? 坊ちゃんや大事な人を殺されて心穏やかでいられる? 無理でしょ?」


 いつの間にかテミスさんは瞳が潤んで涙が流れる。


「わかりません。でももし私だったら…。一遍死んでみます」


 テミスさんは私の言葉にちょっと怯えた様な身を縮めて言った。


「な、なんでそんなこと言うの…」


「いや、そう意味ではありません。自分の中のそれを全部リセットするんです」


「それって何を?」


「死者に固執することを」


「固執? どうやって?」


「忘れるんです、何もかも」


「…何でそんなことする必要があるの? 大事なことなのに」


「寂しいからです。苦しいからです。貴方が。独りで寂しいから貴方はレオさんの約束を守ることで紛らわしているんですよ。そして貴方は苦しんでる自分が好きなんですよ」


「そんなことないよ。だって私は本当に一人が好きだもん」


「でもさっき寂しいって言ってたじゃないですか」


 テミスさんは私の言葉に胸を抑える。


「…そうだよ。寂しいよ。でも、私の命は死んでいった仲間の分も背負っている。だからわたしは憐れな一人ぼっちの英雄なんて認めるわけにはいかない。絶対に認めない。そんなこと認めるぐらいなら…」


 一人で死んだ方がマシ――。


 その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中がカッとなった。それを感じたのかテミスさん背中をゾクッとさせて余計に背中を縮こませた。


「な、何で急に怒るの…!?」


「怒ってませんよ?」


「めっちゃ怒ってるじゃん…アナタやっぱりライラ様の娘だね…。怒ると怖いのは一緒だぁ…」 


 私は目を瞑って深呼吸した後、おろおろするテミスさんに言った。


「昔…同じことを言って。本当に一人ぼっちで死んだ女が居たことを思い出しただけですよ」


「そ、そうなんだ。…それって貴方にとって大切な人だったんだね」


「はい。かけがいの無い人でした。プライドが高すぎて、最後まで寂しいって言えませんでした。助けてって言えないまま、強がって一人ぼっちで死にました。…そう考えるとテミスさんは凄いですね。だって、貴方は寂しいって認められるんですから…。人に共有できるんですから。その人もそれを誰かに話していれば少しは何か変わったのかもしれません」


「じゃ、じゃあ…。貴方、その人を忘れてみてよ。リセットして生きてよ。貴方が私にそう言うならそうするべきでしょう?」


 そう言われて私は気づいた。


 そうか…。私は孤独死した自分に固執して『今度の人生は夢に生きる』って言ってるんだ。それはつまりこの人と同じで死者に固執しているだけだ。それを無くすってことは夢を断ち切るってことか…。


 そう考えると自分の中に穴がぽっかり空いたような気分になってしまった。夢を諦めて生きる。


 そんなの私にとっては虚しすぎる、寂しすぎる。


「確かにそうですね…。そう考えると…。私は貴方に何かを言える立場じゃないようです。私はその大切な人をとむらってあげたいから。忘れるなんてことはできません。生意気言ってすみませんでした」


 私は心の底から謝罪した。


 自分でできないことを人に求めるなんて…。良くないよね。


「い、いえ…。貴方凄いね。私みたいな奴の言うことをちゃんと聞けるなんて。プライドの高いエルフは絶対認めないのに」


 私はこの人と話していて気づいた。私はテミスさんが一人ぼっちで死ぬところなんて見たくない。だから何とかして欲しい。そしてそれは一人ぼっちな私を見ていた誰かにも言えることだった。


「テミスさん。話してて思ったんですけど、勝手ながら私は貴方が一人ぼっちで寂しい気持ちでいるのが嫌なんです。だから私からの提案なんですけど…。テミスさんが寂しくなったら狩りとか採取をしてそれを皆に届けて、そして宴を開いてもらってください。その中で寂しさを解消して嫌になったらまた山に戻る。そうすればいくらか寂しさがマシになると思うんですよ」


 テミスは首をひねって言った。


「う、うーん。…わ、私は群れに一体化できない…。私はね、沢山の人の中に居ると疲れちゃうんだ。なんか急に何もかもが嫌になって…どこか遠い所に行きたくなるの。人里から離れて川のせせらぎを聞いたり、日向ぼっこで昼寝したり、鳥を見たり、天の星を見たり。一人の時間が好きなの。それは本当…。獣は群れを作るのは天敵に襲われない為。だから寂しくなったら群れに戻って、飽きたら離れる。それが凄くズルい生き方に思えて…私は嫌だったんだ…少なくとも私が群れ側の立場ならそんな奴は絶対にズルいって思うだろうし…」


「違います。貴方は寂しさを埋めてもらう代わりに狩りの獲物を与えます。それで相手は空腹を埋めるという交換なんです。何もズルくないんです」


「そうかなぁ…」


 テミスさんが納得するまであと少しな気がするけど…。やっぱり気難しい人だな。


「テミスさん、今日一日だけ。私に騙されたと思って宴に参加してみてくれませんか? そしたら多分わかると思うんです」


「うーん…」


 どうあってもテミスさんは納得しないようだった。いよいよ私はテミスさんが放っておけない気分になったのでちょっと挑発的な言い方をしてみることにした。


「テミスさん。貴方は私の適性を見極めるって言いましたよね? だったら私が何をするかを身をもって検証するべきじゃないんですか? それを怠るのはレオさんの約束に反するのでは?」


 テミスさんは私を横目で見ながら、眉尻を下げて言った。


「…ルリコってさぁ。本当は性格悪いよね。さっきから的確に嫌なところばかりついてくる…」


「そうですね私は性格悪いと思います。そして貴方の嫌がることを指摘して動かそうとしているのも事実です。でもそれは狩りでも同じですよね? 相手の嫌がることをして追い詰める。それに相手の嫌がることがわかるってことは相手の好きなこともわかります。正直テミスさんはこういう挑戦や駆け引きは嫌いじゃないですよね?」


 私がそう言うとテミスさんはニヤリと笑って言った。


「まあ、敵か味方かはっきりしている方が好き。どっちつかずはどうしていいかわからないから。敵とハッキリわかってれば。遠慮なく潰せる。わかったよ…。やるよ。その代わりアナタには一切容赦しないから」


 テミスさんは私の方をハッキリと見てそう言った。そして振り向くと涙で出た鼻汁を「ふんっ」と息で吹いた。そこに私の背後からニコラスが一歩出て言った。


「テミスさん、父さんの約束を守ると言ってましたが…貴方はまさか…。父の死からずっと僕を守るという約束を守って生きて来たんですか?」


 テミスはキョトンとした顔をした後、目を細めてあらぬ方向を見ながら言った。


「そうですね。ずっとそうして生きてきました」


 もしかしてと思っていた私はやっぱりか…と内心頭を抱える。


「何故…? 私は貴方の子供でもないのに…」


「そりゃあだって…。しますよそりゃあ。かけがえのない戦友の頼みなんですよ? あ…でも、坊ちゃんあの日は守れなくてごめんなさい。あの時雨で暗くて目が利かなくて…」


 テミスさんはレオさんの約束を二百年近く守り続けていたのだ。そう言われてみると彼女の毛皮や弓や武器は隠れて守るためのモノだと納得できる。ニコラスはそれを聞いて頭を下げた。


「…そうとは知らずに。とんだ無礼を…感謝します」


 ニコラスはテミスに深々と頭を下げる。しかしその謝罪にはどこか申し訳なさの様なものがつきまとっていた。


「え…! 別に私が進んでやってただけですから。どうか頭を上げてください」


「…でも、どうか。これ以降は有限な時間を自分の人生の為に使ってください」


「自分の為って言ったって…。私の的中の境地以外やりたいことなんて思い浮かばないけどな」


「テミスさんやりたいことって頭じゃなくて身体で考えるんですよ」


「身体?」


「例えばお腹が空いたら採取や狩りをする、寂しくなったら人と寄り添う。身体が痒くなったら水浴びをする。獣のような本能に従うんです」


「本能?」


「本能というのは魂のようなものだと思っていたんですが…」


 テミスさんとニコラスは私の言葉に首をひねる。


「似たようなものだよ。私達が美を尊ぶのも、議論を重視するのも集落がそう教育したものが本能として表れているんだよ」


「本能…。私は貴方が産まれた時に守りたいって本気で思いました。多分あれが本能なのだと思います」


 テミスさんは頭をさらにひねって言う。


「同時に私はレオに頼まれた時、どうして私みたいな奴に頼んだのか考えました。私が思うに、レオは私達がお互いに支えられているということを教えたかったんだと思います」


「支えられる?」


「はい。スカイさん一人だと大変だから。チームの皆でスカイさんと坊ちゃんをお助けする。そうすればスカイさんは助かるし、私達も助けになれます。私達が一人ぼっちじゃないということを教えたかったんだと思います。そうすればニコラス坊ちゃんも誰かの為になる互酬の気持ちが育まれるでしょう?」


「…互酬と本能はどう違うんですか? お互い様で貢献し合うのと、助けたいからと貢献する違いが解りません。どちらも同じことのように思えますが…」


「多分だけど、対価があるかないかじゃない? 例えば赤ちゃんのお世話を誰かに頼んだ時にお礼に果物や野菜を渡すでしょう。つまり労働として成立しているわけです。でも、お母さんが赤ちゃんのお世話をしても誰かが対価を払うわけじゃない。だって当たり前だから」


 それを聞いてニコラスは頷いた。


「確かにそうですね。母親がする子供の世話に対価を払う人は居ません。私は母の貢献が当たり前のものとして無償に戦障者の世話に使われていたと思っていましたが…。実際はお互いの足りない部分を補っていた。それが労働の交換だったので見えなかった。いえ、あって”当たり前”になっていたようです」


 ニコラスはそう言うとその場から少し進んで振り返る。


「私はそれがルリコや私に対する無償の行為を求められていると勘違いしていました。しかしそれが対価が発生するなら納得できると思います。報酬があるなら私はチームに貢献するのも納得できます。…ですがその前に、私にはテミスさんへの見守りへの対価を払うべきでしょう」


「いえ、それは固辞しますけど」


「…どうしてでしょうか?」


「それは私が貴方にしたことを打算にしたくないからです。対価が発生した時点で私の行為は報いを前提としたことになる。だからこそ、何も受け取りたくありません。子供を守る。それは私にとってかけがえないことであって欲しいんです」


「…成程。確かに貴方は真に英雄だと思います。有限の人生を無償の愛に捧げられるんですから」


「いやぁ。持たざる者だからこそ、そういうプライドにすがっているだけなんじゃないかと思います」


「しかし、疑問なのですが…では対価のある労働は無償の労働より価値がないんでしょうか? 何故私はこの話の中で無償の労働にこんなにも感動したのでしょう?」


 ニコラスの話を聞いてテミスさんはガクリと肩を落とした。


「えー? いやもういいよ。私、疲れちゃったよ。そういうのは学者同士が話してよ。一介の狩人にそんな話をするのは獣に説教するようなもんだよ」


「そうですね。そろそろお腹も減ったので戻りましょう」


 端で手持無沙汰だったエミールさんもその提案にすぐ賛成する。大分退屈だったらしい。


「そうだよ、もーお腹ペコペコだって…」


 エミールさんとテミスさんは広場に戻ろうと獣の肉を括り付けた棒を担ぐ。私もそれについて行こうとしてニコラスが残って何かを考えていることに気づく。私は深刻な雰囲気を和ませようとおどけ見せる。


「ヘイ、お兄さん。いつまでもそんな顔してないでこっちに来なさい」


 私がニコラスの袖を引っ張った時に痛みが走る。


「…ッ」


 あかぎれのある部分で触っちゃったか。


「大丈夫ですか」


「うん。ていうか、ただのアカギレ程度に大げさだよ」


「はい…」


 それを聞いてニコラスはまた落ち込んだようにうつむいてしまった。


 心配してくれるのは嬉しいんだけど…。アカギレより剣で痛めた腕の方が痛いんだけどな…。まあ、これ以上落ち込まれたくないから黙ってるけど。


 私とニコラスは先に行っているテミスさん達の背中を見ながら、追いつこうと足早に歩き始めた。

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