ルリコの夢
8/1 修正
初めまして、モノノベワークスと申します。
初投稿につき至らない点があるかと思いますが、一話分の掲載の文字数などは今後適宜改善していければと思います。
「決めた、私、外で理想の王子様を見つけて結婚する」
うっそうと茂った森で私は宣言する。その言葉を聞いたフランは採取の手を止めて立ち上がって一呼吸置くと言った。
「何で?」
隣で一緒に採取しているのは私の友人のフランだ。フランは表情は笑顔だが、困った様な、悲し様な。そんな表情を浮かべていた。彼女その顔立ちは日本のアイドル顔負けぐらいに整っていて、悩まし気な表情は耽美の感情をかき立てる。
きっとフランが日本に生まれたら、奇跡のアイドルとしてもてはやされたんだろうな…。いや、でもどうかな…。逆に奇麗すぎてトラブルになるかも。それに長い耳って地球で受け入れられるかな? ていうかそもそもエルフってそういうチヤホヤされるの好きそうじゃないしなぁ…。まあ、一番の問題は…長すぎる寿命だよね。
実際のところどうなのだろう…?
私には前世の記憶がある。私の記憶が正しければフランはファンタジー小説とかそういう映画に出てくるエルフと同じ特徴を持っている。そして奇しくもエルフという種族名まで一緒だ。前世ではエルフは人気のある架空の種族だった。長耳という特徴が嫌いという話は聞いたことがない。だから地球ではエルフは好かれていたハズだ。
でも実際のところはわからない。だって私はオタクではないただの一般女性だからだ。
前世で私は日本という国の商社のOLだった。離婚はしたが結婚もしたことがある。そんな私の最後は自宅での孤独死だった。心臓発作で助けを呼べなかった。正直がむしゃらに働いてその最後というのはどうなのか? と思うところはあるけれど…。でも、頑張って働いて社会に貢献したからそれなりに満足な最後だった。
でもその後で私はエルフに転生していた。エルフとして生まれてから三十年。それがある日「そういえば」と。分別のつかない子供がいきなり物心が付く様に。自分の前世が人間の日本人だったと認識した。
記憶が戻って最初にしたことは、泉の水面に自分の顔を映し出すことだった。水鏡に映し出された自分の顔の美しさと若々しさ。その時、私は思ったのだ。この美貌があれば前世で果たせなかった夢も叶えられるのでは?
でも、私の夢って何だっけ?
前世では出世とか高級車を買うとか、一軒家を買うとか。そんなことばかりだった。でもこんなファンタジーな森の中でそんなことを考えるのは嫌すぎる。お金が欲しいなんてエルフの仲間に知られたら軽蔑される。私は頭を抱える。
でも、じゃあどんな夢なら良いんだろう? やっぱり夢というからには壮大で、物語の様に魅力的で純粋じゃないといけない気がする。純粋なものってなんだろう? 純粋なもの、それは子供だ。そう、前世の子供の頃に抱いた夢。それこそ汚れてなくて無垢なものだ。
だから私は子供の頃の夢を叶えることにした。前世の子供の頃、将来の夢は王子様と結婚することだった。子供の頃の夢なので抽象的だが、子供が「二十代までに良い男見つけて結果出します」みたいな具体的なことを考えていたりはしない。それに王子様とは理想の男性を指すのであって、地球の王族のことではなかったハズだ。
夢以外に、私には願いがあった。死ぬ前に心残りとして頭に浮かんだ「子供が欲しかった」という願いだ。
でも、それで子供が欲しいと思うのは自分の人生が「子供が居ないから負け」みたいに思っているみたいで嫌じゃないか。子供がいなくても幸せな人生はある。
兎に角。私は思ったのだ。一度目の人生は働いてばかりで自分のことが何もできなかった、その結果が過労で心臓発作とかバカげてる。二度目の人生は自分のやりたいことだけをやってやる。前世では沢山の税金を払ったのに、年金を受け取れなかったんだからそれぐらい願ってもバチは当たらないハズだ。
そうだ。
だけど今、私は友人のフランと森の木の実を採取している。転生前も後も結局働いているのだからあまり状況は変わってない気がする。私はフランへの返答を考えながら凝り固まった腰を大きく伸ばして天を仰ぐ。すると目の前に森の樹冠からさしこむ日差しが目に飛び込んで来た。
この森の木々の高さは三十mもあり、天辺はジャングルの様な樹冠で覆われていた。木々には蔦の様なものが張り付いて、節々に実を付けていた。私達はこの蔦を石の刃物で切り落として、実を背のカゴに入れるのが仕事だ。
カゴの中の果実は肉瓜と呼ばれるものだ。肉瓜はココナッツの様な果実で、果肉はアボカドに似た味がする。中には甘いココナッツミルクの様な果汁が封じ込まれている。エルフ達はこの果肉を日干しにし、ココナッツミルクをバターの様に加工して何にでも付けて食べる。
とにかく、私は夢を叶えたいと心に決めた。しかし、どうしよう。
「ねえ、何でって。ってば」
フランは私がはぐらかそうとしていると思ったのか、さっきより大きい声を出す。私はフランの眼に怒りの色がないか探りながら言葉を返す。
「何でって…ここのエルフの男の人って同年代の男の子が全然いないじゃん」
私達は深い森の中で暮らす一族だ。私達は木漏れ日の差し込む森の恵みを享受するだけで満ち足り、森を神と崇める高貴な一族だ。
高貴というのは私が彼女等を観察して思ったことだ。未開の一族みたいなのに、彼女たちは誰かに見張られてるのかと思うぐらい隙が無い。私はエルフが鼻をほじる、頭やお尻をかく、ゲップ、オナラを人前でしたところを見たことがない。女子高とか共学でさえ女子の隙を垣間見ることはあるだろうに。皆といると私は鼻の頭をかくこともできない。皆は肩身が狭くないのかな、とずっと疑問に思って生きてきた。
森の中で彼女ら一族は狩猟民族の様な生活を送っている。腕の確かな狩人は弓を携え森に分け入り鉱石、粘土、川魚や川の幸を採取する。近隣では女、子供が果実や虫を採取し水汲みをする。
私は集落の暮らしは嫌いじゃない。なんというかキャンプみたいで楽しいし、好きなものを好きなタイミングで採れば後は何をしていても許されるからだ。前世で例えれば早朝出勤して仕事を片付ければ早上がりしても誰にも咎められない。サビ残も早朝出勤の強制もない。最高のスローライフだ。
だが、それ以上に不満がある。お風呂がない、水洗トイレがない、シャンプーもないから頭が臭くて香草を付ける必要がある。だが、何より不満なのは食事が質素すぎることだ。集落の食卓には豆とか草とか、雑穀とか魚、果実とか精進料理みたいなものしか上がってこない。最悪なのは頻繁に虫の料理が出てくることだ。だが、一番の不満は肉が食べれないことだ。
古来から集落は肉食や森を恐れている。それは彼らがこの森に移り住んできた時に沢山のエルフが病に倒れたせいだ。彼らはそれを森の呪いと恐れた。呪いは森や森の使者である獣が運んで来ると考えて、狩人が弓で追い払った。それでも病を根絶できなかったと言い伝えられている。
それを聞いて私は前世のコロンブスの話を思い出した。外来から来た者は土着の疫病に耐性がない。死は呪いなどではなく、風土の疫病が原因じゃないかと思った。そして同時にエルフは何世代か経て疫病に対する抗体を得ているのではないかとも思った。
そこで私は議会その事実を公表した。大人のエルフ達は私の話を聞いて森の呪いは迷信だと納得してくれたのだ。でも、そのせいで疫病を森の呪いと主張していた呪霊の一族の立場を失わせてしまい、恨みを買う羽目になった。
呪霊の一族とエルフの諍いを見るのは嫌だった。美しい人たちが怒りに顔を歪めて互いを責め立てる。それがもし自分に向けられたらと思うと恐怖しかなかった。
「同世代ならニコラスがいるじゃない」
昔のことを考えていた私はフランの言葉に我に返る。ニコラスというのは私達と同年代の男のエルフだ。
「ニコラスはなんていうか…イケメン過ぎて私とは釣り合わないよ…」
ニコラスは私と幼馴染で昔は気弱な弟分みたいな印象だった。一時期は反抗期だったこともあったが、今では大人になっている。今のニコラスは理性的で柔和で誠実で非の打ちどころがない。強いて言うならちょっとマザコンっぽいところがあるけど。それでも前世の日本に居たらモテまくりの超優良物件だろう。だってニコラスは長老の一族だ。例えるなら前世では実家が太い次期社長みたいな立場だ。
対して私は大いなる母の一族…だった…。今では没落貴族の様な立場だ。私とくっつくぐらいならフランとの方が釣り合いが取れる。
万が一脈があったとしても…。前世で私は家庭で失敗した。今世でも隠れて鼻ほじって尻をかいているような女。私はそういう緩さが好きなのだ。一緒の寝室で見栄えを気にして不安でいる一生なんて耐えられない。どっかでボロが出てまた離婚するに決まっている。
私の言葉を聞いてフランはフッと笑って言った。
「ニコラスは義務感が強い人だから仕事のことを忘れさせないとダメよ」
私は鼻をかきながら言う。
「ていうか、この集落…。私達の同年代の男の子が二名だけ。私達を含めて総数四名とか少なすぎない? 年上のエルフだって自分の家族を賄うだけで精一杯だし…」
今のエルフの集落は高齢者と子供を含んだ世帯が十四世帯ある。各世帯には生活の為に食料、建材、道具の素材採取があり、女子供はそのほとんどの雑務を担っている。森での暮らしは確かにスローライフだが、エルフの長寿という特徴が日本の少子化と同じ問題を生み出していた。今の集落には若手が必要だ。だからこそ外での婚活はエルフの為にも必要だ。
「そっか、私も母様から生まれてくる子が男の子じゃなかったら、入り婿がないと家の存続が危ういのよね」フランは困った声が背中越しに響く。
私も一人娘なのでフランの言葉は耳が痛い。この集落は人口は少子化傾向で自分の跡取りを入り婿に出したら家長が消える家ばかりだ。兎にも角にも人手不足だ。
だがもしこの先、王国で婿を見つければ問題は解決だ。その為に必要なのはまず出会いだ。
「だから。外の世界で相手を見つければ良いんよ。外の世界には人間が沢山いる。王国でなら相手は一万の人口から選べるんだよ」
そう言うと私はフランに懇切丁寧に説明を加える。フランは数学が苦手なのでキリのいい数字でわかりやすく教えなければ納得してくれないだろう。
王国の総人口は一万人程と聞いたことがある。
大雑把に男女比を5:5にして→(50%→5千人)
その中で若い男性を選ぶなら→(20%→千人)
若い男性の中の半分は既婚者とすると→ (50%→五百人)
さらに五百人の中から更に知識階級を限定すれば百五十人。次男三男を狙うなら百人くらいになるだろうか。
これはグーグルの検索エンジンを例にすればわかりやすい。男と入力すれば検索候補は沢山ある。高収入の男と検索すれば候補は減り、そこにイケメンのと付け加えると更に減る。なので男に対するこだわりを妥協すればする程、相手が沢山いてチャンスが増える。
皇国はエルフの集落の125倍以上の出会いがあるということになる。
最もこの世界には戸籍などはまだないし人の流動が激しいと思うので本当の値には程遠いものになっているとは思う。実態を把握すれば計算も違ってくる。
この推定したい問題をいくつかのデータから元に組み合わせて、推定する方法。これをフェルミ推定という。
フランは苦笑して樹に寄りかかると頬に手を添える。
「人間かぁ。昔は戦争してたって聞くけど。今はどうなんだろうね。でもそういう奇抜な発想があなたの武器だよね」フランは可笑しそうに笑い、それに私もつられてフフッと笑う。
私はフランの笑顔に女ながらにときめいてしまう。同性とは言え超絶美少女に微笑まれてどうにかならない方がおかしい。そんなフランも母親のエマが議会に属している長老筋の一族だ。彼女はたおやかでのんびりした印象があるが、学業も実施もそれなりにこなす万能型だ。だが、それを鼻にかけず気さくに付き合ってくれる。私は彼女を友達だと思っている。だからフランに何かあればどんな方法を使っても守るつもりだ。
といっても私に特別な力はない。力とはいわゆる転生系によくある転生チートのことを指す。前世の転生系の小説では転生する主人公には不思議な力が授かっていることが多い。だけど私にはそれはない。自分なりに探ったが、私にはレベルや魔法技能がカンストしているとかは確認できなかった。何回か死にかける程の目にもあっているが隠された力が発動することもなかった。転生前に神様にあった記憶もない。
そして私は前世はただのOLなので、医療とか建築、工作の専門技術や知識があるわけでもない。あるのはパソコンカタカタの経理とそろばん検定の国家資格ぐらいだ。本当に何もないのかと言われればまあ、強いて言うなら肉体の頑丈さとじゃりン子根性を持った健康優良児ってぐらいだ。虫は無理だけど。
そんな私がこの世界で武器に出来そうなのは経理関係の数字だけだ。仮にこの異世界に魔法や神が在ったとしても、この宇宙を構成する数字という概念に従うハズだ。数字があって理解ができる以上、操作や計算が可能だ。例えば空を飛ぶのも、山を崩すのも計算によって行われるように。宇宙の膨張と惑星の周回が計算出来るように。
まあ、数字系統の特技もフラッシュ暗算ぐらいしかないけど…。
兎に角。異世界もまた数学によって支配され、運行されているハズだ。だから私のこの先に起きるどんな障害も数学によって分析して対処できるハズだ。ていうかそうでないと困る。
だから私の異世界を数学で攻略する。
そして私はこの世界で今度こそ夢を叶えてみせる!
私はそれを天の星環に向かって宣言する。別に深い意味はないが、この異世界には月がなく、代わりに太陽の光を反射する星のベルトが天を横断している。それが流星群の様に美しい。空の宝石みたいに奇麗な星々なら私を見守ってくれている。そんな気がする。
とは言ったものの、私は未だに集落から出ることを迷っていた。その理由は外界がどんなところか具体的に知らなかったり、準備不足などの要因はある。だがそれ以上の疑問がある。
そもそも私は本当に日本人の転生者なのだろうか?
『我思う故に我ありと』と言うのは簡単だ。だが私は自分が『自分を日本人の転生者と思い込んでいる精神異常のエルフ』では”ない”こと。転生者で”ある”ことに確信を持てずにいる。気持ちが付いてこないのだ。
転生者で”ある”ことの証明なんてできるわけがない。私が転生者としている根拠は頭の中の記憶にしか存在しない。その記憶が妄想でないことを否定できない。
精神異常者では”無い”ことの証明はそれ以上の難題だ。何故ならそれは悪魔の証明で宇宙人がいないことを証明するぐらいに困難だからだ。
森の中で私は大きなため息をついた。
フランは私のため息を聞くとおかしそうに笑った。
「夢を語ったかと思えば次は心配? ルリコって本当におかしい。ねえ、貴方って本当は偉大なるエルフの始祖様の生まれ変わりだったりしない?」
私は肩をすくめて言う。
「始祖様の記憶なんてないよ。ていうか記憶があっても転生の証拠になんてならないよ」
「じゃあ何なら証拠になるの?」
「わからないよ。私…わからない」
「私にはわかるよ」
私はフランを振り返って「どうやって?」と聞く。するとフランは自分の藍色の眼を指さして、その指を私に向けた。そしてはにかむ様に微笑むと、その場でステップを踏んでくるりと優雅にターンを踏んで劇の終幕のようなお辞儀をした。
私はフランの舞から漂う彼女の良い香りとか、私に向けられた笑顔に妙な安心感を感じてつい笑ってしまう。
「いや、踊るのは意味がわからない」