面倒な女
「──って聞いてるの? ねえってば」
「はいはい聞いております、聞いております」
賑わうチェーン店の居酒屋で、俺は変なお姉さんに絡まれていた。
友人と二人で飲みに来たのだが、いきなり酔ったお姉さんが現れ──
「ねえねえ、今話してたのってアレだよね」
と、ケタケタ笑いながら持っていたカシスを揺らす。そしてグイグイと俺の隣に無理矢理座り込み、勝手に参加してきたのだ。
「亜季、知り合い?」
もう一人、白いドレスの可愛らしい女性が現れると「いんや、今知った」と笑った。手にしていたカシスが揺れ、俺のズボンに少しかかった。
「すみません。ほら、戻ろう?」
「大丈夫です。それより宜しければご一緒に如何ですか?」
これ幸いと友人がドレスの女性を誘う。
そして、友人はいつの間にかドレスの女性と二人で消えやがった──
「それ、俺のカシスです」
「んー? これカシスパイン? 美味しいねぇ」
面倒事だけが残り、テーブルで揺れたスマホの画面には『後は宜しく。こっちはこっちで宜しくやってます』と、目を疑いたくなるメッセージ。
「ねぇ、私のおかわり」
「何飲んでたんですか?」
「んー? 何だと思う?」
実に面倒だ。メガネのレンズより巨大な輪を耳にぶら下げ、前髪がやけにぱっつんしている女が俺の隣でケタケタケタと笑っている。
「好きなの頼んで下さい」
「だ、か、らぁ、おかわりだってば」
メチャクチャ面倒臭い人だ。友人が二人きりで逃げたのはコレを予見していたからだろうか? 今更どうこう言えないけれど、後で文句は言ってやる。
「あ、すみません。カシスグレープを一つ」
「かしこまりました」
「あー。枝豆と冷や奴も頼んで」
「かしこまりました」
「あなたが頼んでっ!」
めんどっ!!
「え、枝豆と冷や奴をお願いします」
「かしこまりました」
苦笑の店員に軽く頭を下げ、自分のグラスを手にしようとしたが、既に空。気付いていればついでに頼んだのに……。
「ねえ」
「何でしょう」
「私のこと、どう思う?」
すっっごい面倒な質問が来たよ。
人生で面倒な質問ベスト3に間違いなく入るやつ。
因みに1位は『私と仕事どっちが大事なの?』だ。
「あー……お風呂上がりに裸でバイオリンとか弾きそう。ですかね」
嫌に赤いネイルを見ながら、そう答える。
「そう見える? 意外と鋭いね、アンタ」
「弾くんですか?」
「ピアノをね」
全裸は合ってるんかい。
思わず女の顔をジッと見てしまう。
「何その顔? いやらしい奴」
「なっ」
「お待たせしました。カシスグレープと枝豆と冷や奴です」
「あ、コイツにカシスパインと焼きホッケ」
「かしこまりました」
「早めにね」
赤いネイルの手を振り、女が至極にこやかに笑った。店員が奥に消えると、女はグラスを持ってコッチを見た。
「ね、あの二人今頃宜しくやってるのかな?」
「……多分そうじゃないですかね」
「私もあっちの方が良かったなぁ」
「ならお帰り頂いても大丈夫ですよ?」
ムッとして、つい口調が荒くなった。
「あ、イラッとした? ごめんごめん。でもね、もう少しだけ居させて。あの子に何かあったら迎えに行かないと行けないから。あの子、見た目通りお嬢様だからさ」
「はぁ……」
何だかもう怒る気にもなれず、運ばれてきたカシスパインに口をつけた。
「ホッケは私」
「まだ食べるんですか?」
「焼き魚、好きなんだよね」
嬉しそうな顔でホッケを口にする女。俺は枝豆を掴んで口に近付ける。
「枝豆の空を戻さないで下さいよ」
「はは、ごめんごめん」
「ばっちいなぁ」
「はは、『ばっちい』なんて久々に聞いた」
「言いませんか?」
「言わない」
「そうですか」
笑いながらホッケを口にする女。
よく見れば、ホッケの身がきれいに骨から外されている。見かけによらず焼き魚の食べ方が上手なようだ。
「あ、今『コイツ見かけによらず食べ方上手だな』って思った?」
「思いませんよ」
つい嘘を言ってしまう。
そんな顔に出ていただろうか?
だとしたら酒のせいだ。
「子どもの頃、婆ちゃんに厳しく言われたからね」
「そうですか」
俺は骨ごとバリバリいく派だから関係ないけどね。
「アンタは骨ごと食いそうだね」
「食べないって」
また口調が荒くなってしまった。
どうにも心を読まれているようで気持ちが悪い。
「ねえ?」
「はい?」
「アンタは私で良かったの?」
「一瞬で選択肢が消えましたからね」
「ハハ、アンタの連れは手が早かったね」
「次合ったらしばいてやりますよ」
「じゃあさ、この後二件目って言ったら……どうする?」
「え?」
皿の上にきれいな、それは見事にきれいなホッケの跡があった。
どうにもそれを見ると、この女が悪い奴に思えなくて仕方ない。面倒な人には間違いないが、邪険にするにはちょっと心が痛みそうなのだ。
「……お連れの方は良いんですか?」
「ん」
グラスを傾けながら見せてくれたスマホの画面には『ありえない。ホテルに連れてかれそうになったからぶん殴った。タクシーで帰ります。アタシ見る目なさすぎワラ』と、清々しいメッセージが。
「友人が大層失礼を」
「いいのいいの。これも社会勉強」
「はぁ……」
「ささ、気を取り直してどっか行こっか」
「気の利いたお店知りませんよ?」
「じゃ、私のお気に入りのとこ行こう。焼き魚が旨いんだ」
二件目で幸せそうに焼き魚に箸をつける彼女を見ながら、俺はレモンサワーを2杯飲んだ。
連絡先も交換せずに別れたけれど、焼き魚を見る度に暫くは彼女の事を思い出して微笑んだ。




