ラブコメの勝利とヒロインの敗北
「演劇部って、こういう恥ずかしい練習多いですよね」
とある高校の演劇部の一年男子、高橋章太郎は、紙で出来たとんがり帽子を被りながら嘆いていた。
帽子には【ラブコメ】と書かれている。
「ねー。そういうところは本当にヤダ。裏方志望にも容赦ないよね」
演劇部の二年女子、長谷川千春も、同様にとんがり帽子を被りながら愚痴っていた。
こちらの帽子には【ホラー】と書かれている。
「なんでしたっけ、この帽子を落としたら負けなんでしたっけ?」
章太郎が、誰にともなくたずねる。
「そうそう。動揺を見せずに姿勢を正したまま、相手のジャンルを言い負かして。先輩後輩は気にせず、思いっきり」
と、ニヤニヤしながら説明したのは、演劇部の部長だ。
「もうスタートして良い?」
「まあ……」
章太郎が曖昧に返答する。
「えっ、お前準備早くない!? 私まだ何も言うこと考えてないんだけど」
と、千春が慌てふためいた。
「なんかメモに箇条書きとかしないと私――」
「それじゃ、始め!」
部長は面白がって、わざと千春の言葉を遮った。
想い人の千春があたふたするのを見た章太郎に、軽いイタズラ心が芽生えた。
――よし、先制攻撃だ。
「ホラーって、教訓みたいなのを得られないと思うんですよね。
それにひきかえ、ラブコメは人間にとって大切な思いやりを学べますよ」
「いや、そんなことないでしょ!」
千春が言い返す。
「ホラーだって、勇気を出して怖い人から彼女を守ったりとかよくあるじゃん!」
「ラブコメでもわりとそのパターンはありますよね?
ホラーならではって展開ではないと思います」
「じゃあ悪い幽霊と戦ったりとか」
「それなんですよね。
実際に幽霊とかと戦うことってないわけで、学べないんですよ。現実的じゃないっていうのはすごくネックで」
「ラブコメだって現実的じゃないじゃん!
全然可愛くない女の子がイケメンにモテまくったりするし」
「そういう場合、女の子の性格が良かったりして最低限の理由付けがされてませんか?」
「されてるけど、全然足りないもん。説得力ない。
そんなんで好きになるとかチョロ過ぎるでしょって感じで」
「いや、恋愛なんてそんなもんですよ。ラブコメの場合、理屈が通用しなくても不自然じゃないと思います。
僕も、少し優しくされただけで大好きになっちゃいましたし」
と、章太郎。さらに続けて
「新入生歓迎会で先輩に『ポテト要らないからあげる』とか言われただけでもう感無量で。なんて優しい人なんだろうと」
「ちょっ!? お前、なんか私達の話してない!?」
「したって良いじゃないですか」
「お前は恥ずかしくないの!?」
「先輩、口説こうとすると誤魔化して逃げるんで。
今なら座ってないといけないから、口説き放題かなと思って。とんがり帽子を落としたら負けだから、あんまり顔もそらせないだろうし」
「部活中にそういうのはダメでしょ!?」
千春はますますうろたえながら、帽子を落とさないように慎重に部長の方を見た。
「部活と無関係ですよね、部長?」
部長は笑いをこらえながら
「まあ見られる照れと戦う練習も演劇部には必要だから、オッケーじゃないかな」
と、なんとか答えた。
「だったら私、負けで良いんだけど」
「つまり先輩は、ホラーよりラブコメの方が良いと認めるんですか?」
章太郎が念を押した。
「認めるよもう」
「じゃあデートして下さいよ」
「なんで!?」
「ラブコメに憧れてるならデートしてくれたって良いじゃないですか」
「デートは無理。絶対にみんなにからかわれるもん」
「あ、それなら後でこっそり誘いますね」
「それをみんなの前で言ったら同じでしょうが!」
「僕が『誘ったけど断られちゃいました』って嘘つけば良いんですよ」
「でもお前、演技下手だからなあ」
「大丈夫ですよ。
明日から部活中はションボリして、気まずそうにしますから」
「うーん……」
考え込む千春。
「じゃあさあ、ご飯おごってくれる?」
そこに「ゴホン」と、部長がわざとらしい咳をして
「部長という立場じゃなければいつまでも見ていたいんだけど、さすがにデートの約束は部活が終わってからお願いします」
と、申し訳なさそうに注意をした。
千春は顔を真っ赤にし、とんがり帽子を後輩に向かってぶん投げたのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
この話の主人公がヒロインに告白した時の話は【演劇部の合宿中に二時間で劇を作らされたけど、好きな女子に「なんでも良い」って言われたらそりゃあ……】という短編に書いてますので、この二人を気に入ってくれた人はそちらも読んでみて下さい。