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究極のこけ脅し

 訓練開始から半年、リオは単独で森の中を歩いていた。一級から六級に分類されている魔物のうち、ここには二級以上の魔物しか生息していない。

 通常、二級の魔物討伐は二級の魔術師が当たる。ただし、そう数は多くない。何せ三級で天才扱いされるのが魔術師界隈だ。そんな三級の彼らが数人がかりでようやく討伐するのが二級の魔物である。

 魔女セレイナが住むこの森はそんな化け物が犇めく魔境だった。


「来た!」


 二級の魔物ヘルハウンズ。二つの首を持つ狼型の魔物で、個体差によるがリオに襲いかかってきたのは巨木の枝に届くサイズだ。

 二つの首を生かして同時に障害物もろとも食いちぎる。草木だろうが、ヘルハウンズは関係なく餌にした。


「ファイア」


 リオに食いかろうとしたヘルハウンズの前に火柱が噴出する。立て続けにヘルハウンドの周囲からも噴出して四方を囲んだ。


「バーストッ!」


 四つの火柱が炸裂して爆発を生み、ヘルハウンドが叫び声を上げて巨体を横倒しにした。痙攣した巨体が動かなくなるまで、リオは油断しない。

 焼け焦げた跡の一つもない死体になった事をようやく確認したリオはその場に座り込んでしまった。


「あぁ、よかったぁ……倒せた、怖かった……」

「安心しない。まだ魔物が隠れていたらどうするの」

「またセレイナさんが唐突に現れるぅ」


 隣に出現したセレイナがリオを叱咤する。リオはこの半年間、セレイナの魔術の正体ついて考えていた。

 しかし世界レベルで明かされていない魔女の魔術、リオに見抜けるものではない。固有魔術式の説が有力視されているが、セレイナは時と場合に応じて魔術の形態を変える。

 すべての魔術師達をあざ笑うかのように、それは手品のようでもあった。


「二級のヘルハウンズはおそろしい速度で動き回るから、並みの魔術師じゃ捉える事すらできないというのに」

「そんなのと戦わせないでください……。殺されるかと思ったじゃないですか」

「でも、いけたでしょ?」


 片手でドラゴン討伐、片手に串焼き。そのスタイルはこの場においても健在だった。一方、リオはまだ自力で立てない。

 初の二級の魔物討伐を単独で行う。まともな魔術師ならば、まずやらせない暴挙だ。

 セレイナの訓練は至ってシンプルだった。瞑想による魔力への理解度を高めてから実戦、その後は反省会。至らない点を徹底して洗い出す。

 瞑想、実戦、反省会。特にセレイナは瞑想を重視していた。一度目の瞑想を終えた後、リオの魔術の質が飛躍的に上昇して魔力への理解が深まったからだ。

 元々、何の知識もなく魔術の発動に至ったリオである。理解が深まれば自然と精度は上がると考えて、セレイナは余計なことを一切させなかったのだ。


「戻りましょ」


 当然のようにリオはセレイナの家の中にいる。よろけながらもリオは立ち上がり、出されたミルクコーヒーに口をつけた。

 この半年間、家事手伝いを極めたアルムが淹れたものだ。転んで顔面に熱いミルクコーヒーをぶっかけた日をリオは憂う。今は簡単な手料理なら作れる腕にまで上達している。


「オムレツッ!」

「きた。すっかり得意料理だね」


 気合いが入ったオムレツの叫び。それはリオが叫ぶファイアのリスペクトだと最近になって気づいた。アルムなりにこれは魔術、それならばありがたくいただこうとリオは一口。


「と、とろけるおいしさッ! これは幻なんかじゃない!」

「そうね。あなたの魔術はどこまでいっても幻だけどこれは質量を伴っているわ」

「傷つくこと言うのやめてください」

「幻でもヘルハウンズを討伐できた。大した成果よ」


 リオの魔術はいわゆる見せかけだ。実体がない幻を創造する魔術。それがこけ脅しの正体だった。

 ただしヘルハウンズは一瞬だけ魅せられてしまう。その一瞬、ヘルハウンズは本物の火柱だと思い込んでしまったのだ。

 思い込めば熱さを感じて、触れてしまえば爆風と熱で死ぬ。ヘルハウンズがそう思い込んでしまった。


「思い込みが脳を誤認させる。高いところから落ちて死ぬ夢を見た人が現実でも死んでいたという話もあるわ。もちろんレアなケースだけど、あなたの魔術はそれを引き起こせる」

「あのヘルハンズの頭は爆発に巻き込まれて死んだと思い込んだんですよね」

「二級の魔物にそう思い込ませるほど、あなたの幻の完成度は高かった。固有魔術式の性質もあるでしょうけど見事よ」

「そう、あれが僕の魔術……」


 リオを褒めながら、セレイナはオムレツに舌鼓を打つ。火柱、爆炎、それに伴う音と光。熱はない。

 一瞬でも魅せられて、本物だと思い込んだ時点で脳は誤認する。脳が認めてしまえば、それはもう本物と変わらなかった。こけ脅しは究極のこけ脅しへと進化しつつある。

 セレイナは口にこそ出さなかったが、予想以上とリオを評していた。魔術耐性、障壁、結界。リオの魔術はそれらを容易に突破できる可能性があるからだ。

 それを実現できるところに到達していないものの、この半年間でのリオの吸収力は異常だった。ほんの一瞬でも目を奪われた時点で本物の魔術と変わらない必殺を発動する。

 セレイナが言うつまらない魔術師からすれば、目を奪われなければいいだけの話だろう。しょせんは偽物、そう評した時点で三流なのだ。


「パンケーキが四つも!?」

「残念でした。それは僕の魔術」

「このきちくめぇー!」

「どこでそんな言葉を覚えたのさ……」


 疑うまでもなかった。セレイナ語録の中には口汚いものも多々ある。

 十分だけ瞑想をしているうちはよかったが、森に入って訓練するようになってからは急にアルムの語彙が増えてしまったのだ。

 アルムと仲良く本物のパンケーキを食べるセレイナがまた語録からろくでもない言葉を発している。


「ねー、お兄ちゃん意地悪だねー。ちょっと前はアルム、アルムってシスコン全開だったのにねー」

「しすこん?」

「シスコンっていうのは」

「ストップ!」


 リオもシスコンの意味は理解していない。しかし、ろくでもない言葉の類だという確信はあった。気になるので後で調べようと心に決める。


「さ、寝る前にお風呂よ」

「ひとっぷろ!」

「はい、僕は後で」

「ダメ。一緒に入るの」

「……えっ?」


 リオは耳を疑った。家族ではない年上の女性と共に風呂に入るなど、年頃の少年にとっては恥ずかしいことこの上ない。


「な、な、なんで一緒に入る必要があるんですか!」

「いつも頑張ってるからね。背中くらい流させて」

「そんなのいいですよ! こっちがお礼したいくらいです!」

「じゃあ、背中を流して?」


 謙虚な姿勢を見せたリオだが窮地に立たされてしまった。善意を盾にされては断れない。これはセレイナなりのお礼だと受け取るしかなかった。

 かといってセレイナの背中を流す気にはなれない。入浴中は俯いて、されるがままのリオはひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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