リオの魔術
睡眠はたっぷりと取る。早朝からトレーニングを始めて体をいじめ続ける。座学や自習などしていたらアルムと遊ぶ暇がない。
などといろいろ覚悟していたリオだが、予想に反してセレイナから課せられた訓練は過酷とは程遠かった。
セレイナの家に来てからというもの、リオは疲れというものを感じた事がない。今までが過酷な日々だっただけに、なんとなく不安になるほどだ。
「あの、これで本当に魔術師になれるんですか?」
「はい、口を開かない」
「いたっ……」
瞑想して体内にある魔力を感じ取る。これを一日十分、そして感じ取れた魔力を口頭でセレイナに説明する。それで一日の訓練は終わりだ。
セレイナに頭にチョップをされたところで、初日に同じ質問をしたことを思い出したリオだった。十分が経って今日もセレイナに報告する。
魔力への意識、魔力への理解、魔力の操作。これらを極めれば訓練の八割は終わったとセレイナは言う。
「それで、今日はどう?」
「なんかこう……ぶわっと広がってるような感じがありました。大空を見上げた時みたいに、すごく大きいというか……」
「うん、かなり上達したわ。それがあなたの魔力で、たぶん途方もない量です」
「そ、そうなんですか!?」
セレイナの思わぬ返答にリオが興奮する。ダメ出しどころか、やはり見込み違いだと言われる覚悟までしていたのだ。
自己肯定感が育まれなかった環境に身を置いていたリオだがここ一ヶ月、ようやく自分への評価を正しく認識できるようになっていた。
魔力を知るのと自分を知るのは同一であり、己を認めてしまえばリオの更なる成長が見込める。
何の魔力の知識もない状態でギルド長のガーズを脅かしたリオの素質を見抜いた上でのセレイナの育成方針だった。
「大空と表現したけど、それはかなり理解が深まっている証拠よ。その魔力をどう感じた?」
「えーと……。心が落ち着くような感じがしました。魔力って優しいんですね」
「それがあなたの魔力よ。魔力は人によって違うの。刺々しかったり禍々しかったりね」
「そんな人いるんですか? あ……」
そこにいるセレイナを見てリオは勝手に察した。私の魔力を感じるなんて十年早いとばかりにリオはデコピンをくらう。
「冗談よ。もっと私を感じて」
「も、もっとですか?」
「そう、私の中までもっと……」
「訓練しゅうりょーーー!」
二人の間にアルムが滑り込んできた。そう、訓練は終わりで今からアルムと遊ぶ時間だ。
やる気は十分のようで、すでにボードゲームのセッティングが終わっている。対戦という未知の世界に触れたリオとアルムは最初こそ戸惑った。
同時期に始めたとはいえ、やはり兄であるリオに軍配が上がる。そのたびにアルムが涙目になり、セレイナが仇を取るのが日課になっていた。通算何敗目かわからないリオだが今度こそ、と意気込む。
「……負けました」
「あら、早いのね」
最初こそ負けて当然と思っていたリオも、最近では悔しいという感情が芽生えてきた。
劣悪な環境で虐げられてすべてを諦めていたリオには大きな変化だ。元々ギルド長を殴る闘志もあり、きっかけがあればすぐにそれが表へ出る。ただし再戦したところで、次第にリオも妹と同じく涙目になるのだが。
「負け、ました……ぐすっ」
「おにーちゃんはよく戦った!」
アルムに健闘を称えられて、セレイナにもよく頑張りましたと頭を撫でられる。もう二度とやらないと意気込むも、翌日には挑戦するはめになるのが日常となっていた。
たとえボードゲームだろうが相手は最強の魔術師、何度も挑もうが世界大会に出場すれば優勝を勝ち取る実力者だ。初心者の少年が間違っても勝てる相手ではないが、眠っていたリオの闘志が挑戦を止めなかった。
* * *
「今日から魔術を使ってみましょう」
更に一ヶ月が経過して、リオはいよいよ魔術を使わせてもらうことになった。
いつになったら魔術を教えてくれるのか、そんな不安ばかり募っていたところでセレイナが次の段階へと進ませてくれる。
初の家の外での実習だ。しかも師匠のセレイナはリオの全身にくまなく視線を這わせていた。至らないところでもあるのか、リオは果てのない心配をしてしまう。
「じゃあ、やってみて」
「や、やってみてって。あのこけ脅しの魔術しか使えないんですけど……」
「それそれ、どうぞ」
「はぁ、それじゃ……」
これでは以前と変わらないじゃないかと、リオは渋々こけ脅しの発動を決める。
リオにとってまったくいい思い出がないこけ脅し、しかし今は少しだけ違う印象を持っていた。
曲がりなりにもガーズを脅かして、セレイナを認めさせたのだ。セレイナがどういうつもりなのか、未だ真意はわからないがリオにとって自信となっている。
こけ脅しのおかげで最強の魔術師の指導を受けられる、その事実だけでこけ脅しに感謝すらした。少しだけ恰好をつけて、リオの中にある魔術師のイメージと自分のポーズを一致させる。
「はぁぁぁ……!」
「いいから早く」
「はい」
雰囲気も何もなかった。本物の魔術師でも大多数はまずやらない前振りなのだから当然だ。
近くの倒木に腰かけてフルーツドリンクを飲んでいるアルムをちらりと見る。足をぱたつかせた無邪気な妹に今度こそいいところを見せよう。リオは魔術師のポーズを止めた。
「ファイアッ!」
リオの両手から炎が放たれる。爆炎とも形容できるそれは紛れもない炎、以前とは比べものにならない。
リオ自身、自分で放っておきながら見とれてしまった。そして――
「あっつッ!」
放った炎が両手を巻き込んでしまった。手を引っ込めて抑え込むも、すでに熱さは感じられない。それどころか火傷の跡すらなかった。
リオの制御下から離れた炎にセレイナが枝を突っ込む。
「あれ?」
「熱い、熱い。これはもう本物といっていいわ」
「ぼ、僕、本物の炎魔術を使えるように!?」
「いえ? これこそがあなたの魔術の基礎よ」
セレイナが炎に突っ込んだ枝をリオに見せる。まったく焼けていない。火傷したと思った手をさすりながら、リオはセレイナの言葉の意味を考え続けた。
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