魔女の家で訓練開始
リオは長らく使っていた古い家にセレイナを案内した。まとめる荷物などほとんどないが、思い出の品だけは持っていこうと決めていた。
アルムが大切にしているボロボロのぬいぐるみ、両親が生きていた頃から使っていた食器など。
他人から見れば廃棄物同然だろうと、リオは過去を捨てたくなかった。いつか自信をもって過去を振り返り、亡き両親に笑顔で成功を誇る。隣にはアルムがいる。自分達を生んでくれたことへの感謝を忘れたくなかった。
「まだるっこしいから全部もっていきましょ」
「全部って」
セレイナが布を広げると、室内にあるものが浮く。意思があるかのように風呂敷へと向かうと、布がしゅるりと閉じた。
明らかに布が覆える質量ではない。どんな魔術か質問したかったがリオは止めた。聞いたところで今の自分には理解できないと思ったからだ。
「……僕もそういう魔術を使えるようになるんでしょうか?」
「んー、それはわからない。あなたには確かに固有魔術式が刻まれているけど、すべての魔術に対する素質があるかどうかは別ね」
「さっきも言ってましたけど、その固有魔術式って何ですか?」
「わかりやすく言えば特化型ね。たとえば炎の固有魔術式があれば炎魔術を普通の人よりも簡単に使えるし、極められる。普通の人が十年かけて到達するところに一ヶ月もかからないわ」
「す、すごい……」
「もちろん固有魔術式のすべてがそうだとは言わないけどね。あなたもそんなすごい子なのよ?」
最強の魔術の使い手にこうも褒められ続けても、リオは未だに実感が得られない。
家のものを収納した布をセレイナがポーチに放り込むと、リオとアルムの手を取る。
「思い出の家でしょ。私達以外に誰も認識できない結界を張っておいたから安心してね」
「何から何まですみません」
「驚かないのね」
「もうそういう人だと思いましたので」
「適応力も十分、と」
リオは修業の際に三つの条件をつきつけられた。まず、修業はセレイナの家で行う。魔術の修業ともなれば、周囲への被害も考慮しなくてはいけない。
もう一つはセレイナの言うことを聞く。許可が出るまではセレイナの家周辺から離れてはいけない。余計な魔術の知識を仕入れられては面倒であり、自分の理論こそが絶対だと思っているからだ。最後の条件、これこそがもっとも重要だった。
「衣食住なんて私がどうにかしてあげる。スケジュール通り、アルムちゃんとの時間を過ごすこと」
「それはむしろありがたいです!」
「今はその時間を私が作ってあげるけど、いずれは自分で作るのよ」
「はいっ!」
リオとアルムはセレイナに連れられて辺境の街を離れる。両親が他界してから職を求めて頭を下げるも、ひどい時には蹴り飛ばされる。街の人達のどこか哀れむ目。
孤児となったリオとアルムを哀れむ者はいても、手を差し伸べる者はいなかった。ようやく雇ってもらえたギルドでは一日も休まず働いて罵倒される日々。
いい思い出などほとんどなかったが、リオはこれらを過ぎたものにしようと決意を新たにした。助けてくれなかった者達を恨む気持ちなど芽生えないように。今は自分達の幸せを勝ち取ろう。リオは街から一歩、外へ出た。
* * *
「さ、ここが私の家よ」
「はい?」
リオは辺境の街から一歩、足を踏み出したはずだった。外へ出ればそこは自然が広がる広大な世界。長旅になるかもしれない。
何日かかるかわからず、夜まで足が棒になるまで歩く。何度、野宿を繰り返すか。生まれてから一度も辺境の街から出た事がないリオ少年にとって、未知の冒険となるはずだったのだ。それがたったの一歩で終わってしまった。
目の前にあるのは小屋と巨木が一体化したような不思議な家だ。樹皮をくりぬくようにして取り付けられた窓、巨木から生える煙突。リオは別の世界に迷い込んだのかと本気で疑った。
「こ、こ、これ、その、街、冒険は?」
「冒険?」
「あ、いえ。今、街から出たばかりですよね」
「適応、適応」
要するにセレイナの仕業だ。彼女に認められた持ち前の適応力でリオはそう納得するよう心掛けた。魔女セレイナは誰にも底を見せたことがない。その噂は真実かもしれないと、軽く身震いする。
周囲は草木が生い茂る森で、鼻をつく新緑の香りがリオにはどこかなつかしく感じられた。空気を大きく吸うと、隣でアルムも真似をする。
「さ、遠慮なく上がって。おいしいドリンクを出すわ」
セレイナに案内された室内には木製の家具が並び、整理整頓されている。隙間風など吹かず、暖炉のおかげで暖かい。
いつの間に火が、と考えかけたところでリオは思考を停止した。考えるまでもないからである。
椅子に座ってもリオはまだ落ち着かない。自分は本当にこの人の弟子になるんだろうかと、今になって緊張していた。セレイナが緑色に染まった液体が入ったカップを三つもってきてテーブルに置く。
「なんだかすごい場所ですね……」
「この森に住んでいるとね、余計なのが寄ってこないの。私に依頼をもちかけてきたり勧誘しようにも、天然の迷宮と魔物を攻略しないといけないからね」
「ま、魔物?」
「元々しつこい勧誘や私を狙う連中に辟易してここに住み始めたんだけど、意外と悪くない。あなたには今日からこの森で修業してもらうわ」
「魔物がいる森で?」
俗世から逃げるにしても、魔女のスケールは違う。魔物というフレーズも相まって、リオは気が遠くなった。
アルムが謎のドリンクの二杯目をおいしそうに飲んでいる傍ら、リオは手をつけられずにいる。
「最初の目標は魔術師の免許を取ること。その為には魔術の基礎を覚えてほしいのだけど……あなた、誰にも教わらずに魔術を使えたのよね」
「はい。こけ脅しのアレです」
「……固有魔術式持ちとはいえ、なんの知識も訓練もせずに魔術を放つところまで辿りついたなんてね」
「え、変ですか?」
セレイナは謎のドリンクを一気に飲む。アルムはウトウトしてテーブルに頭を預けていた。
「言っておくけど、あなたに普通の魔術を教える気はないわ」
「……えぇ?」
この短期間でリオはセレイナに驚かされっぱなしだ。炎や氷といった魔術を放てるようになる自分を想像していたのだから。
普通の魔術を教える気はない。そんなセレイナの一言で、リオの中にある魔術師のイメージ像に亀裂が入った。
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