魔女の弟子になる
「セレイナさん、ギルドのほうは大丈夫なんですか?」
「訓練中の事故よ」
セレイナの一言がすべてだった。厄災の魔女はすべてに融通が利く。降りかかる火の粉を払った際にある程度の被害が出るなど、これが初めてではなかった。
厄災の魔女の仕業だと事前にわかれば、衛兵は熱い飲み物を一杯だけ飲む。それから現場に駆けつけるのだ。
ましてや田舎の辺境の街に駐留している魔術師で対応できる相手ではない。触らぬ魔女に厄災なしとは今やほぼ各国共通の格言だった。
そんな騒動を終えた後、小さな食堂にて三人は対面している。初めて口にしたパンケーキにアルムが感動して打ち震えていた。
「おにーちゃん……これは! 革命ッ!」
「そんなに?」
「パンと塩スープをこえてしまった!」
比較対象が何とも情けなく、リオは改めて恥じた。リオも腹は減っているはずだが、このシチュエーションのせいで食事が喉を通らない。
成り行きでついてきてしまったが、この後どうなるのか。魔女と対面している状況では楽観的な想像など出来なかった。しかしギルドでも感じた時のように目を離せない。
綺麗というシンプルな感想を口にした通り、見とれずにはいられなかった。
「私が気になる?」
「そ、そりゃなりますよ」
「じゃあ、改めて。あなた、私の弟子にならない?」
「弟子?」
「その魔術、捨て置くには惜しいわ」
「こけ脅しがですか……」
両親と妹以外に褒められた経験がなく、リオの自己肯定感は低い。
未だからかわれているのでは、という先入観は拭えないが助けてもらった上にアルムにパンケーキを食べさせてもらった手前だ。相手が魔女とはいえ、きちんと向き合おうと決めた。
「こけ脅し、結構じゃない。それの何がいけないの?」
「これじゃ虫も殺せませんし、何が出来るんでしょうか……」
「あのギルド長に勝ったじゃない」
「あれは不意打ちというか悪あがきというか……」
「でもあなたは勝った。恐れず立ち向かった。誇ってもいいと思うわ。あなたは強い」
魔女の言葉でなければ素通りしていた。言葉には発言者の力が伴う。目の前にいるのは最強の魔女であり、そんな人物がリオを高評価しているのだ。
夢ではないかと疑いさえするが、リオは自然と背筋が伸びた。セレイナがアルムの口元をナプキンで拭く。
「見たところ、あまり裕福な生活が出来てないでしょ。魔術師ってね、実はかなり儲かるのよ」
「そうなんですか?」
「毎日、パンケーキが食べられるわ」
「ほほぅ!」
リオよりもアルムが食いついた。相場がわからないリオでも、そもそも毎日がパンと塩スープである。それがどれだけ贅沢か、一瞬で理解できた。
今、食べたばかりなのにアルムの口から涎が垂れている。気を利かせたセレイナが追加で注文した。
「なんかすみません……」
「いいの。少しくらい使っておかないと溜まる一方だから」
「溜まる一方?」
「手持ちだけでこの店を丸ごと買えるわよ」
「冗談、じゃないですよね」
儲かるという言葉の意味は理解していたが、リオの想像をぶち抜いて突破していた。
魔術師は儲かる。その言葉に偽りがないと、セレイナは身をもって証明したのだ。もっとも彼女の場合はどこにも所属せず、フリーで依頼を引き受けて法外な報酬を請求するのだが。
一方でリオは隙間風で寒い思いをしながら、薄い布団にアルムと二人で入って寝る。日が昇る前からあらゆる雑用をこなして、帰ってみればアルムの寝顔を見る日も多い。
金銭だけの問題ではない。貧困はたった一人の家族との時間すら奪う。少年であるリオだが現状と誘いに乗るか、天秤にかけていた。
金があればアルムに寂しい思いをさせずに済む。パンケーキくらい食べさせてあげられる。自分が魔術師になれるかどうか、そんな事はもはや関係なかった。
「僕にあなたが言うようなものがあるか、まだわかりません。馬鹿にされて悔しくて、憧れには遠くて……。自分に自信が持てないんです。でも……」
セレイナは黙ってリオの言葉を待った。注文してから手をつけていなかったパンケーキにフォークを刺して、かぶりつく。
「今を! 変えたいという気持ちはありますッ! 僕を挑ませてください!」
ふふ、と笑うセレイナ。席を立ってリオの隣に来てから肩を抱き寄せる。
それはリオがいつも怖くて眠れないアルムにやっていた事だった。自分よりも大きい人間に同じ事をされたのは初めてだ。リオは涙を堪えられない。自然とあふれ出てくる。
アルムは幼いが、リオもまた子どもなのだ。誰かにそうされる必要がある。口に出さないが、セレイナは言葉以上にリオを評価していた。
貧困事情の中、たった一人でアルムと共に生きてきた。どうしてここまで真っすぐ育てるのか、聞いてみたいほどだった。
「魔術師ってね。心の強さがすごい大切なの。あなた、絶対にすごい魔術師になれるわ」
「ほ、ホントですか?」
「私が言ってるんだから本当よ。詳しく知りたい?」
「知りたいです……」
「たっぷりと教えてあげる」
リオの様子を見て、アルムは困惑した。自分がいつもされている事をリオがしてもらっているのだ。
兄が涙を流している由々しき事態にアルムがとった行動。それは――
「あったかっ!」
「ど、どうしたの?」
「おにーちゃんがあったかなのです!」
「あ……確かに」
リオが今までしてほしかった事だとアルムは解釈した。椅子の上に立ち、リオの肩に寄り添って短い腕を背中にまわす。
兄への小さな恩返しだが、リオにはそこまで意図を読み取れなかった。
「よしよし……。これから頑張るからね。パンケーキくらい、いつでも食べさせてあげるから」
「むー?」
リオはわかっているのかどうか、アルムとしてはやや不服だった。しかしパンケーキを食べられるというフレーズだけで満足する。
立派な魔術師になりたい。そんな壮大な夢ではなく、かけがえのないものを守るだけではなく幸せにする。それもまた難しいのだが、リオにとってはそちらのほうが奮起した。
読んでいただきありがとうございます。
続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば
ブックマーク登録、広告下にある★★★★★の応援のクリックかタップをお願いします!