来るべき時代に向けて
御前試合における代表候補の基準として、素行不良の魔術師は選外となっている。消去法で省いたものの、王都支部では御前試合の代表候補を決めるのに難儀していた。
もちろん本人の了承あってのものであり、これは支部の威信をかけた戦いでもある。何せ各支部に加えて、王都の学院からも何人か参戦するのだ。学生といえど、優秀ならば三級以上と遜色ない実力を持つ者も珍しくない。
かつてはその一人だったクリードだからこそ、代表候補の選定には厳しかった。
「……厳しいな。三十名に絞ったはいいものの、二級以上がわずか三人とはな」
「去年は一人、殉職しましたからね。魔獣ヒドラ討伐が長引いて……」
「あぁ、一級は確実と言われた素晴らしい魔術師だった」
クリードとゴドルの湿っぽいやり取りが会議の空気を重くする。三名を代表候補として選出する分には問題ない。
クリードが憂いているのは年々減少する優秀な魔術師の数だ。三級以下は山ほど殉職しているが、山ほど増える。一方で二級以上も近年は年に一人のペースで死んでいる上になかなか増えない。
この状態が続けば、上級の魔物に対処できる者がいなくなる。だからこそ、クリードは先日のドラゴンゾンビ討伐に自ら乗り出したのだ。単なるリオへの好奇心だけではない。
「ラファルト支部は確実に『零禍』を出してくるな」
「魔獣相手に何もさせずに討伐したとかいうアレか……。まったく信じられんよ」
「ベルブ支部の『万視鏡』も忘れるな」
各々が口々に各支部の名だたる強者を挙げる。
王都周辺の討伐を担っている王都支部として格好がつかないだけではない。国内の支部の中には死者を出さず、順調に成果を上げているところもあると知っている。
つまり、それだけ強い魔術師が他の支部にいるということだ。
「『零禍』や『万視鏡』に対抗できる魔術師となると……」
「クリード支部長、お言葉ですが悩む余地はないと思いますぜ。『閃光』もいますし、この三十人で対抗戦をやってもらうしかないでしょう。まぁ結果は見えてますがね……」
代表者は一人ではなく、候補者同士での術戦によって決める。等級が高い魔術師が勝利するのは当然だが、実戦と伴わなければ納得しない者が多い。
等級に関係なく、我こそはという魔術師が多いのだ。
「実はもう一人、加えたい人物がいてな」
「まさか、そいつは……」
「魔女の弟子リオ」
誰一人、異論はなかった。クリードの意向で三級に止めているものの、すでに二級と遜色ない実力と成果を見せている。
彼としてもリオの魔術を目の当たりにするまでは昇級を視野に入れていた。が、心変わりのきっかけは先のドラゴンゾンビ討伐だ。
「オレもリオは少し考えましたよ。だけどさすがに日が浅すぎる」
「私も同感だ。あのスカーレッドでさえ、一級まで一年以上かかっているのだからな。あまり急がせると躓く可能性もある。それに……」
「それに?」
――リオ、あんたはどうだい? 出たいだろう?
――出たい……です。でも経験不足ならもっと頑張ります
クリードは考え直した。経験不足は事実だが、突き詰めると彼が怖いのだ。優秀な魔術師は他にもいるが、なぜ彼に対してのみそのような感情を抱くのか。
クリードは深く考え直した。これに似た感情を他の人物に抱いたことがある。それはリオの師匠であるセレイナだ。
――セレイナの次に何かをもたらす魔術師が気にならないかい?
「クリード支部長? 急に黙り込んでどうしたんですか?」
「リオを代表候補に選出しようと思う。皆はどうだ?」
「と、突然どうしたんです!」
会議の場がざわつく。クリードは己の発言にまだ自信が持てない。何かをもたらすなどというドマリアの発言を真に受けたことになるからだ。
仮にそうだとすれば、何をもたらすのか。何を期待しているのか。そうであれば、クリードは己の決定に責任を持たなければいけない。
良い変化であればいい。万が一にでも逆であれば、クリードは後悔するだろう。
「現状、優秀な魔術師が不足している。このままでは王都支部の面目以前だ。今、この瞬間にでも魔物の勢いがつくかもしれない」
「えっと、つまり?」
「突出した魔術師が世に認識されたならば、何かが変わる可能性がある。御前試合は国の重鎮の目に触れる絶好の機会……今はそれに賭ける時だ」
「それがリオだと?」
「私はそう思っている」
ゴドルはクリードの鬼気迫る表情に違和感を持った。王都防衛は国の仕事であり、魔術師団がいる。
確かに年々減少する人材は問題だが、代表候補の決定の場で大袈裟ではないか。クリードのリオに対する異常なまでの過剰評価は、古くから彼を知っているゴドルからすれば疑問しかなかった。
「リオがそれほどの魔術師だと?」
「考えてもみろ。あのセレイナが弟子にした少年だぞ。以前あの女に真意を問いただしたところ、こんな発言をしていた」
――私が一度、弟子と決めたからといって無条件に最後まで面倒を見たと思う?
クリードがセレイナの発言を復唱すると、誰一人として口を開かない。
あの言葉は本当にリオの性格や将来のみを追求した言葉なのだろうかと、クリードは思い直した。途中で見所なしとして放り出してもおかしくない。
あのセレイナが送り出したのだ。人間性はともかく、魔術に関しては他の追随を許さないセレイナが。
「確かに……。あのセレイナが弟子をとるなんて、いくら考えても異常事態ですね」
「『零禍』や『万視鏡』みたいな新進気鋭もいるというのに……」
「あの少年を弟子にしたわけだ」
「ではリオの代表候補の決定について異論のある者は?」
クリードは改めて問いかけるも、誰一人として手を挙げなかった。代表候補の最終決定、それはリオの追加をもって幕を閉じる。
これが正しかったのか。クリードにもわからなかった。しかしこの決定は間違いなくリオを喜ばせるだろう。はしゃぐ彼の姿を想像しただけで、今はそれで十分だと自分を納得させた。
これにて完結です!
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