烈火の幻創
王都の外、街道からも外れた草原地帯に場所を移した。風が吹きつける中、ドマリアは改めてリオを観察した。
食事の所作からして生まれは平民、特別な出自ではない。更に彼女は魔力の振れ幅を目測していた。これによって感情の動きだけではなく、魔力の質や魔術の傾向をある程度だが読み取れる。
当然、並みの魔術師では視認できない。ドマリアの計測結果、リオの魔力は――
「沈むね」
「え?」
「あんたの魔力さ。知れば知るほど沈んでいく。要はとんでもない量だ」
「セレイナさんも同じようなことを言ってました」
魔力の総量で驚かせたのはドマリアの長い人生において二人目だった。一人目はエインの父親である副支部長であり、『雷獅公』の異名を持つ。
セレイナ、ドマリアに次ぐ世界にも名を知られる特級魔術師だ。彼の破滅的な魔術を見ているからこそ、ドマリアはリオを調べずにはいられなかった。
クリードのように危険性など考えていない。むしろある意味で、その逆だ。
「でもセレイナがあんたを見出したのは魔力量なんかじゃないね。固有魔術式が刻まれているんだろう?」
「そうで……いえ、違います」
「ぜひ見せてくれないかい?」
「……嫌です」
相手が本部長であっても、魔術の真相はリオの生命線だ。何を言われるか、もしくは制裁か。
大袈裟な想像が膨らむリオだが、ドマリアはうすら笑いを浮かべる。
「そうかい。もし今からあんたを殺すと言ってもかい?」
リオの全身が圧し潰された。血を吐き、骨が砕けて。激痛をほとんど感じる間もなく意識が闇に落ちる。
「ハァ、ハァ……! う、うぁぁ……」
「おっと、大丈夫かい?」
気がつけばリオはドマリアに支えられていた。身体の震えが止まらない。そのまま膝をついて嘔吐を堪える。
唯一、リオは一つだけ理解できた。今のはドマリアの魔術ではない。ドマリアの魔力だ。その質は暴力などと形容できない。
殺戮、破壊、死。容赦の余地などないドマリアの魔力を肌で感じてしまえばこうなる。リオは足腰が立たないままドマリアから離れようとする。
「ごめんよ、悪かった。少しだけ驚かすつもりだったんだよ。自衛で魔術を見せてくれるかと思ってね」
「あ、あなたは……!」
こけ脅しと見下されて嘲笑される日々、暴力、リオの記憶がフラッシュバックする。
圧倒される。それはリオにとって度し難い出来事だ。セレイナにボードゲームで完敗するならまだいい。悔しい、で終わる。
しかし命にまで迫ったとなればリオの中にある闘争本能が頭をもたげてしまう。リオは本来、そこまで大人しい少年ではない。
劣悪な環境が抑圧していただけで、今は解き放たれている。
「よくそんなことができるなッ!」
「……むっ!」
ドマリアは呼吸が停止した。自身が言っていたように沈む感覚を覚える。暗い闇の淵に落ちて、全身が圧迫された。
途方もない質量による暴力、全身が抗えない。いや、すべてを封じられている。魔力ごと潰されて、死ぬ。
「ぷはぁ……あー……これはきついね……。リオ、悪かっ」
ドマリアの周囲に炎が広がっていた。地獄の果てのような光景であり、さすがの彼女も唸る。まだリオの怒りは収まっていないのだ。
「悪かったと言ってるだろう」
「ふー……ふー……!」
「こりゃまずいね。どうしたもんか……」
さすがのドマリアも無抵抗のままではいられない。この時点で彼女はリオの魔術の本質そのものには気づいている。
しかし、だからこそ唸っているのだ。何故なら、そこにある幻に触れてしまえばドマリアとて焼かれてしまう。
それが幻だと頭でわかっていても、リオの魔術は嫌でも魅せる。それほどの完成度であり、固有魔術式なのだ。
ここまでされてしまえば本物と変わらない。ドマリアは己の魔術を行使するしかなかった。それ以外の選択肢がないのだ。
「仕方ないね。少しだけ」
「リオッ!」
スカーレッドが遠くから叫ぶ。おや、とドマリアは魔術の行使を思い止まった。
炎が少しずつ消えていき、やがて緑の草原が蘇る。力が抜けたようにリオがふらつく。駆け寄ってきたスカーレッドがリオを後ろから抱きしめた。
「スカーレッド……僕……」
「ドマリアさん、謝ってよ! 何してんのさッ!」
「悪かったよ。この通りだ。どうかしちまっていたよ」
ドマリアが頭を下げた。スカーレッドの剣幕に気圧されたからではない。心の底からやり過ぎたと反省しているのだ。
相手は年端もいかない少年であり、言葉一つでトラウマに触れる可能性すらある。ドマリアはリオのそれに触れてしまったと考えた。
続けて駆けつけたクリードやゴドルも血相を変えている。
「ドマリア本部長、恐れながら言わせていただきますが悪い癖です。期待している相手ほど、あなたは暴挙に出る」
「今回ばかりは反省するよ。でもね、クリード。やっぱりこの子を選抜すべきだと思うよ」
「まだそのようなことを……」
「魔術革命は賢者によって起こった。それによって多くが変わった。たかが一人の魔術師がね、多くを動かしたのさ」
ドマリアは興奮が収まりつつあるリオを一瞥する。かすかに覚えた寒気を無視して、言葉を続けた。
「そして今はセレイナがいる。あの子がもたらしたのは停滞……。あの子が生まれてから国家間で大きな争いが減ったんだよ。偶然といえばそれまでだけどね」
「つまり何を仰りたいのですか?」
「セレイナの次に何かをもたらす魔術師が気にならないかい?」
「まさかそれが……」
怒りが収まって呆けたようになっているリオとクリードの目が合う。申し訳なさそうに俯くリオがどこか痛々しかった。
ドマリアがリオに改めて頭を下げる。
「今回は私が全面的に悪かった。リオ、お詫びといっては何だけどね。何か困ったことがあったら、私に言いな。本部への伝達はそこのクリードがやるからさ」
「……いえ、僕は別に」
「忘れるんじゃないよ。このドマリアを恐怖させたその熱をね」
スカーレッドとクリードは途中からではあるが、遠目から見ていた。焼野原となったこの一帯、ドマリアが狼狽する姿。自分に同じ真似ができるかとクリードは己に問いかける。
やはりこのまま公の場にリオを出していいものか。疑問は深まるばかりだった。
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