こけ脅しの意地
「そぉら、リオ! 行くぞぉ!」
火球がリオの足元へ着弾した。風圧だけで転ぶほどだ。情けなく倒れるリオを、観戦する魔術師達があざ笑っている。
リオが思った通りだった。ガーズはいきなり圧倒などしない。リオに反撃手段がないとわかっているから、こうしていたぶるように攻撃を仕掛ける。
その証拠にガーズはリオが立ち上がるまで待っていた。
「いいか、リオ! 魔術師たるもの、魔術を恐れてはいかんぞ! まずは目を逸らすな!」
「わぁっ……!」
二発目の火球が今度はリオの左の床を狙う。次は反対側、次は目の前。風圧だけでもリオは成す術がない。
実戦経験などまるでないリオを恐怖が支配しつつある。そんな時こそ、アルムがこの場にいると認識した。だから立ち上がる。
「……そうだ! その調子だ! 次!」
今度は二発同時、リオの周囲に着弾した。ふらりと倒れて、その度に檄が飛ぶ。
そのうち、リオはすぐに起き上がらなくなった。ガーズはリオが立ち上がると攻撃を始める。逆に立ち上がらなければ、怒声を飛ばす。
これにより、リオは少ないスタミナを温存できるのだ。同時にガーズの苛立ちを誘う。
「おい、寝てんじゃねえぞ! ふざけてるのか!」
「すみません……」
「そろそろ反撃していいんだぞ?」
「はい……」
自分で言っておきながら、ガーズは笑いを堪えていた。そんなもの出来るわけがないとわかっているからだ。
リオはゆっくりと立ち上がる。わざと、ゆっくりと。挑戦的な眼差しで。
「こいつ……」
ガーズは次の手を考えていた。腹が立って殺したくても、ここは訓練という場である。
ガーズが魔女に目を向けるとセレイナは微笑んでいた。
「……すごいわね」
「でしょう? ギルド長のガーズさんは炎系魔術の連射速度を上げています」
「へぇ」
セレイナが首を傾げて頬に手を当てる。同時に思うところがあり、模擬戦から視線を外した。
その先には震えながら見守るアルムだ。目には涙を浮かべている。幼い子どもに似合う場ではない。セレイナはアルムに自身のローブを羽織らせた。
「大丈夫」
「え……」
一言だけ添えた。アルムからすれば謎の大人の女性だが恐怖はない。
一言であるがアルムは身体の震えが止まった。それが最強の魔術師の包容力であり、魔術など使わなくても伝わるのだ。
魔術の事など何も知らないアルムだが、自然とセレイナに寄りかかる。そして兄であるリオから再び目を離さない。
「どうした、リオ! もう終わりか!」
今度こそリオはなかなか起き上がらない。度重なる疲労とストレスにより、限界が近づいていた。
リオは待っている。頃合いを見ている。最初から勝利など無理だとわかった上で、チャンスを待っていた。
ガーズはかすかに鼻で笑う。惨め、哀れ。もはや何の為に生まれてきたのか、リオに対する侮蔑の言葉など無限に溢れてくる。
リオという下を見て、ガーズの高揚感は高まっていた。セレイナにも十分、自分の実力を示せたと確信した時だ。
「はぁ……はぁ……」
「なっ……ま、まだ立つか」
膝を抑えながら、リオはやっとの思いで立って状況を分析していた。自身に限界が近づいている。当てられないという保障はない。激昂したガーズが直撃させてくる可能性がある。
それを考慮すると、この辺りが限界だった。そう、リオは見極めているのだ。絶好のチャンスを。一矢報いるタイミングを待っている。
ガーズにはそんなリオがどこか挑発的に見えた。何故、諦めないのか。降参してしまえばいい。ガーズとしても、限界だった。このままだとセレイナの前でリオを殺してしまうからだ。
「根性のある奴だ」
ガーズが両手に魔力をより込める。一際大きな火球が浮かび、これには魔術師達もどよめく。
当てるつもりがないとはいえ、風圧は今までとは比にならない。リオは冷や汗をかいた。さすがにあれを放たれてしまえば死んでしまうと考えて作戦を変えた。
足の力を抜いて、ふらりと倒れ始める。再び倒れたリオは動かなくなった。
「……おい、リオ。降参か?」
そうだ、それでいい。立ち上がるな。ガーズは心の底から願った。このまま終われば十分なのだ。
ガーズは火球を天に向けて放った。リオに放つわけにはいかないからだ。まったく動かないリオを少しの間、観察する。
魔術師達の中には死んでいると疑う者もいた。セレイナはただ静観している。
「お、お兄ちゃーーーーん! やだぁ! やーーだーーー!」
泣き喚くアルムがうるさいのも相まって、ガーズがリオに近づく。しゃがみ込んで、腕や頭を触って生死を確認する。
殺してしまったのかと脳裏がよぎった時だった。
「ファイアッ!」
「う……!?」
リオが身体を転がして、ガーズの目の前で光と音を放つ。
眼前に放たれたそれはガーズの目をくらませるのに十分だった。距離が近ければ、いつもガーズ達が馬鹿にしていた光や音が強く感じるようになる。
たまらず目を押さえたガーズが転げ回った。
「がぁぁぁ! 目、目、目がッ! ああぁううぁぁ!」
「はぁ、はぁ……ファイアッ!」
「ぎゃああぁうるせぇぇ!」
ガーズの耳元に追撃のファイアを放った。再び悶絶したガーズが観戦している魔術師達の元へ転がっていく。
乱入された魔術師達が散って場は騒然となった。呆気に取られたのはアルムだ。そんな彼女に見せつけるかのように、リオはガーズを追いかけて更に追撃。
「ファイアッ!」
「やめろぉぉ!」
「おにいちゃん、すごーい!」
アルムの泣き顔はなかった。ケタケタと笑っている。魔術師達も予想しないガーズの醜態に対応できずにいた。
カオスな状況と化したこの場でアルムと一緒に笑っているのはセレイナだ。
「アハハハハハッ! おっかしい! いいぞー! もっとやっちゃってぇー!」
「セ、セレイナさん!」
セレイナの反応とこけ脅しによる大逆襲のせいで、誰もリオを止められなかった。
ガーズが耳を抑えてうずくまり、リオが見下ろす。魔術師の誰もが信じられずにいる。経緯はどうあれ、こけ脅しがガーズを追いつめたのだ。
リオが立っていてガーズがうずくまる。このあり得ない状況に対する頭の中の整理が追いつかない。
リオは満足したのか、ふらふらとガーズから離れていく。向かった先はアルムの元だ。
「ハハ……アルム、ごめんね。全然かっこよくなかったよね……」
「かっこおもしろいのです!」
「かっこ、おもしろい?」
「かっこよく! おもしろい!」
「そうなのかなぁ」
妹に賞賛を受ける中、リオはセレイナの存在を思い出した。自暴自棄になっていたとはいえ、ここにいるのは最強の魔術師。
ふざけた魔術の使い方をした以上、どんな仕打ちを受けるかわからない。リオは真っ先に妹を抱き寄せた。何があろうと妹だけは見逃して――
「ひっ……!」
セレイナの眼光だけでリオは身体が動かなくなった。魔術の類ではない。生物としての格の違いがリオにも感じられた。
リオを冷たく見下ろすセレイナが手をかざす。リオは強張った体を動かそうとする気力もなかった。ガーズの火球によるストレスと疲労も相まって、生きる事すら放棄しかけてしまったのだ。
死んだ。そう直観しかけた時、セレイナの手がリオの頭に乗る。
「あなたと魔術に惚れた」
「……はい?」
リオの頭を撫でるセレイナに殺気はない。今度こそ思考停止するしかなかった。
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