いつか、きっと
「おーじょ様! 助けてくれてありがとーございますっ!」
「うんうん、さすがリオの妹だね。ちゃんとしてる」
メルティナ王女ことスカーレッドがアルムを膝に座らせた。
ドリンクを用意したリオがスカーレッドに見惚れている。冒険者として活動していた時とは違う気品溢れる服装、何より王女としての振る舞いがまだ印象に強く残っていた。
口だけで魔術師団を動かして、デメテル達を黙らせる。本来であればスカーレッドという少女は遠くにいて、リオとは巡り合わない高嶺の花だ。リオが疑問に思うのも当然だった。
「お城の生活って窮屈だからね。だから変装して魔術師をやってる。閃光の魔術師スカーレッドはもう一人の私だよ」
「でも、えーと……スカーレッドのお父さん、王様は許してくれたの?」
「誰にも止められないからね。もう城内で私の脱走を止められる人なんていないんじゃないかな」
「ハ、ハハ……」
つまり国王の公認ではないということだ。リオはスカーレッドという少女の大胆さに引いている。
王族の世界に疎いリオだが、一般的な国王であれば許さないことくらいわかっていた。何がどうなっているのか。うたた寝するアルムを撫でるスカーレッドに、リオはこれでいいのかと疑問を払拭できない。
「お父さん……王様も心配してると思うよ」
「リオまでそういうこと言うの?」
「あ、ごめん……」
「お城にいたら嫌でも権力争いの話も耳に入るし、私も将来はどこかの王子様と結婚しなきゃいけない」
「結婚!?」
「たぶんそうなると思うよ。王族の娘なんて王位継承権もない。政治の道具でしかないもん」
リオは自分の軽率な発言を後悔した。スカーレッドは自分が思っている以上に苦労している。だからこそ、冒険者をやっている時の彼女は輝いていた。
今、こうして綺麗なドレスを着て彼女はリオの家に来ている。それはスカーレッドなりの一人の少女として、同じ歳の男の子の家に遊びに行くスタイルなのだ。
鬱屈した城での生活の反動でもある。政治の道具でしかない。スカーレッドが沈痛な面持ちで発言した時、リオは直観で察した。
「スカーレッド、ごめん。僕、王様とか王女様みたいなのってよくわからなくて……。変なこと言っちゃったね」
「いいよ。こうしてリオとお話できるだけでも嬉しい」
「でも、お城を抜け出して魔術師ってすごいね。一級なんて僕、そこまで上がれるかどうか……」
「リオって謙虚というか自己評価が低いんだね。私が見てきた魔術師の中でリオは一番だよ」
「一番?」
「昇級速度もそうだし、実力だけなら二級以上だよ。でもそれ以上に何かあるんだろうね。あのセレイナさんが弟子にしたくらいだもの」
自分で発言しておいて、スカーレッドは自己嫌悪した。二級以上などと口にしたが、本当は一級と遜色ないと思っている。
老夫婦のアンデッドに対する決着シーンが、スカーレッドは今でも鮮明に思い出せた。リオの魔術の正体、何より今までどこで何をしていたのか。
スカーレッドも人並みの疑問が次々と沸く。しかしあえて質問はしない。自分が王女だと切り出さなかった以上、誰にでも隠し事くらいあるとわかっているからだ。
スカーレッドもまたリオをジロジロと観察した。純朴で大人しそうな少年だがひとたび戦いになると、大人顔負けの胆力と決断力を見せつける。
気がつけばスカーレッドは日頃からリオのことばかり考えるようになっていた。
「二級かぁ。スカーレッドにそう言われるとなんだか嬉しいな」
「そ、そう? だって師匠はセレイナさんでしょ? 褒められたりしないの?」
「するけど、それとは違ってなんかこう……力が湧いてくるのかな。よくわからないけど……」
「そーなんだ、へー……」
スカーレッドの顔が火照る。リオの口からそう言ってもらえたことが予想以上に嬉しかった。俯いてリオの顔を見ることができない。
「あのさ、リオ……」
「こんにちはー」
「え?」
当然のようにリビングに侵入してきたのはセレイナだ。魔女セレイナの登場にスカーレッドが慌てふためく。
リオの師匠だから不思議はないものの、いざ登場されると心の切り替えが追いつかない。
「セレイナさん?」
「あら、リオ君ったらもうガールフレンドを家に連れ込んでるのね」
「鍵、かけてたはずなんですけど……」
「合鍵くらい持ってるに決まってるじゃなーい」
セレイナが鍵を指でつまんでちらつかせる。しかも付属しているのはどう見てもストラップだ。二等身のかわいらしいリオとアルムが揺れていた。
「セレイナさん、久しぶり」
「スカーレッドちゃん、すでにリオ君と仲良しこよしだなんてね。いつか紹介してあげようと思ってたんだけどねぇ」
「な、仲良しこよしだなんてそんな……」
「リオ君もかわいい顔して手が早いわねー。そういうの大切よ」
「あの、どういう意味?」
セレイナの発言にスカーレッドが釈然としない。ソファーに座り、セレイナがリオを抱き寄せる。途端、スカーレッドに緊張が走った。
「二人は私が認めた魔術師だからね。ぜひ切磋琢磨してがんばってほしいわ」
「でも、私の弟子入りは断ったよね」
「あなたは私が入れ知恵するまでもない。そのまま成長して問題ないわ」
「リオはそうじゃないと?」
セレイナがリオの後頭部を豊かな胸に誘う。スカーレッドは固まった。この人は何をしているのか。リオも何故、抵抗しないのか。
スカーレッドがリオを睨む。びくりと震えたリオだが、セレイナの拘束から逃れられない。
「セレイナさん、あの……。そういうことするのはよくないと思う」
「そう? でもリオ君、これ好きなのよ」
「違いますっ! 離してくれないからですよ!」
「楽にしていいのよ?」
スカーレッドは我慢ならなかった。隣に座ってリオに迫る。
「リオ、嫌なら嫌って言っていいんだよ。まさかずっとそういうことされてたの?」
「ずっとってわけじゃ……」
「スカーレッドちゃんがやってあげてもいいのよ?」
「わ、私が!? そんなのできるわけないし!」
それはもちろん乙女の恥じらいという意味合いが強い。しかし何より物理的に不可能なのだ。
質や量、すべてにおいてスカーレッドは完全敗北していた。言葉では説明できないが、このもどかしさは耐え難い。
スカーレッドはセレイナからリオを引き剥がして、彼の後頭部を胸に誘う。しかし――
「わっ!」
「あっ!」
引き寄せたリオの重さにスカーレッドが耐えられない。重なるようにしてソファー倒れ込んだ二人。
這いずるように襲ってくる羞恥心にスカーレッドはもはや言葉が出せなかった。
「あ、あ、リ、リオ」
「ごめんっ! 重かったよね!」
「え? いえ……」
途端、スカーレッドは虚無感に襲われた。恥ずかしいものの、嫌ではない。すぐにリオが離れてしまえば、それはそれで寂しい。
複雑な胸中だったが何より、スカーレッドは自分に足りないものをより自覚してしまう。
「リ、リオ。私、いつかきっと……」
「スカーレッド?」
「たくさん食べて、いつかね」
「顔、赤いよ? どうしたの?」
スカーレッドが耐えかねてソファーに顔をうずめた。想いを馳せた未来のために、いつかきっと。などと考えたところで羞恥心が邪魔をして思考が続かなかった。
リオはリオで、この短時間で変わった状況についていけない。ケラケラと笑うセレイナ、ようやく起きて寝ぼけ眼のアルム。事件後の午後は平穏に満ち溢れていた。
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