権力というもの
真紅のロングヘアーをなびかせて、ホワイトドレスを着こなす少女に誰もが押し黙る。
その佇まいだけでリオも萎縮してしまうほどだ。理由はわからないが、なぜか逆らってはいけないと感じている。
少女はこの場にいる者達に視線を水平に移動させた後、魔術師団の前に堂々と立つ。
「何の騒ぎかと聞いているのです」
「お、王女様。なぜここに……」
「答えなさい」
「それが実は……」
事の顛末を魔術師が説明した。その間、少女は一切、表情を動かさない。
王女と聞いたリオはさすがに背筋を伸ばす。アルムはリオの陰に隠れて、デメテルの歯の根が合っていない。
そこにいるのは貴族ではない。王族だ。貴族以上に平民が顔を拝むのも難しい、天の存在。つまりこの場におけるすべての決定権は彼女にあるとリオは考えた。
「……わかりました。まずデメテル」
「は、はい!」
「この家が購入済みと知りながら、あなたはあちらの少年に脅し迫ったのですね」
「いえ、その。穏便な話し合いですよ、誤解です」
「護衛が倒れて、あなたが殴られるほどの話し合いですか」
「あっ……」
王女が魔術師の説明を受けたというのに、デメテルはこの期に及んで言い逃れを計っていた。
デメテルは冷や汗が止まらない。彼も貴族であり、自らが主張している権力の凄まじさをわかっている。
王族の下で温まっている以上、彼女を怒らせてしまえば生死に関わってしまう。貴族、父親が伯爵という権威を失えばどうなるか。
彼がもっとも忌み嫌う平民と同じところに落ちてしまうのだ。
「デメテル、不服であれば私が正式に判定する場を設けましょう。あなたが正しいのであれば、問題ありませんね」
「そ、それは、いや、別に、その……」
「そちらの少年はどうですか?」
「いいですよ」
リオの即答がデメテルを更に窮地に追いやった。人として精神の根底が違うと半ば思い知っている。
たかが平民が、魔女の弟子がそんなに偉いのか。デメテルには到底、理解できない。
一方でリオの覚悟はとっくの前に決まっている。自分が正しいと信じて、魔術師団にも食い下がったのだ。
「デメテル、後はあなたの返答をお願いします」
「も……」
「も?」
「も、も、もも……申し訳ありませんでしたぁぁぁ!」
デメテルが地面に膝をついた。泣きじゃくり、遥か年下の姫の前で頭を地面につけて謝罪する。
魔術師団の者達が到達した時、誰もがこのような展開を予想していなかった。伯爵家の息子を殴り飛ばす。一見、気弱な少年が貴族の護衛を蹴散らす。王国の魔術師団相手に一歩も引かない。
後からそんな事実を知れば無鉄砲さと危うさはあるものの、気骨を認めざるを得なかった。中でも目ざとい魔術師団の一人はすでにリオの魔術師としての異質さに気づいている。
護衛の魔術師達が呻きながらも未だに立ち上がれないのだ。外傷もないのに何に苦しんでいるのか。今すぐにでもリオに質問したいほどだった。
「俺が間違ってました! どうかお父上にこのことは」
「お父様は無関係です」
「あぁ、あ、ありがとう、ございますぅ」
「王女メルティナの名の下に命じます。あなた達、デメテルと商人ギルドの者を捕えなさい。そちらの少年は不問とします」
「へ?」
魔術師団によってデメテルと商人ギルドの男が拘束される。特に納得がいかなかったのは後者だ。
「な、なぜ私まで!」
「デメテル様に同行した。無関係ではない」
「あの少年の主張を真に受けるのですか!」
「メルティナ様の命令だ」
「そんなぁぁぁ!」
喚き散らす二人が魔術師団と共に遠ざかる。危機は去ったものの、リオはそこにいる姫の前で緊張を解けずにいた。
なぜ彼らと共に行かないのか。それとも自分にはまた別件で話があるのか。
言葉一つで魔術師団を動かして、貴族であるデメテルに頭を下げさせた。権力という違った形の力関係を見せつけられて、リオは世界の広さをまた一つ知った。
「さて、次は少年。あなたです」
「や、やっぱり僕もですか!?」
「えぇ、あなたにお話があります。覚悟なさい」
「か、か、覚悟って……」
蛇に睨まれた蛙ではないが、王女に睨まれたリオは動けない。身分差、血筋の違いからくる服従の構図。本能でそれを感じ取ってしまった。
社会の底辺層で暮らして、貴族や王族とは無縁の生活を送っていたリオだからこそ強く恐れる。
アルムが傷つけられて怒ってデメテルを殴り、魔術師達を倒した時のリオはすでにいない。しかしアルムを守る兄の姿はあった。
「僕はどうなっても構いません。でもアルムだけは守ります」
「見上げた気概です。そうでなくてはいけません」
「褒めてるんですか?」
「そりゃそうでしょ。それでこそリオだもん」
王女の口調が変わり、リオは思わず身を引く。今度は何が起こったのか。王女は柔らかな物腰と表情を崩す。
「え? お、おうじょ、様?」
「えー、もしかしてわからないんだ。ちょっとショック……」
「その声、あれ? あ、あーーーーっ!」
「やっと気づいた?」
王女がロングヘアーを神速のごとき早業で三つ編みにした。目元を覆う銀の面はないものの、それは紛れもなくスカーレッドだ。今度はリオが腰を抜かしそうになる。
「スカーレッド! ウソでしょ! なんで王女様みたいな恰好してるの!?」
「いや、王女だからね。確かに言ってなかったし、ばらすつもりもなかったけどね」
「なんで、なんで?」
「いつか遊びに行くって言ったでしょ。ちゃんとおめかししてきちんとしたドレスに着替えたんだからね」
ふらついたリオをアルムが小さな体で支える。自分の魔術が人を惑わせるように、これこそが真の魔術だとリオはついに尻餅をついた。
やれやれとばかりにリオの手をとって起き上がらせるスカーレッド。ちらちらと家に視線を配っており、リオは彼女の訪問を歓迎するように努めた。
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