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招かれざる訪問者

 廃屋敷での討伐以降もリオは昇級を目指して討伐依頼をこなす。連日にわたって熱中しすぎたせいか、気がつけばアルムに寂しい思いをさせていることに気づく。

 収入は増えたがこれでは本末転倒ということでリオはしばらくの間、家で過ごすと決めた。ゴドルからすぐに三級に昇級できると言われて焦る気持ちを抑える。

 朝、起きてジョギング。アルムと共に朝食をとってからは本を読んだり雑談をする。アルムが昼食を張り切り、午後からは二人でまどろんで、うたた寝しつつあった。


「こんな幸せがあっていいのかな」


 リオは辺境の町にいた時のことを今でも思い出す。生きるということがどういうことか、セレイナの言葉をより深く理解した。

 もっとお金が溜まれば高級ホテルや旅行なんかもいい。アルムと二人でいろいろなところを観光して料理を食べる。自分達の幸せはここから始まると確信していた。

 気持ちよくリビングで寝入っていた時、ベルが鳴る。眠い目をこすりながらリオは来客を迎えた。


「やっぱり人が住んでいるのか」

「え、あなたは?」


 リオが迎えたのは金髪を上品になでつけた年上の男性だ。宝石が散りばめられたコートを着こなしており、服装だけで上流階級の人間だとわかる。

 そんな人間が訪ねてくることにリオは違和感を覚えた。隣には商人ギルドにいたいつかの男だ。


「おい、商人ギルドは道理も理解してないのか。なんで俺が買う家に先客がいるんだよ」

「そ、それがあの魔女セレイナが強引に進めまして……」

「じゃあ、こいつがあのセレイナの弟子か。ふーん……」


 金髪の男がリオに威圧的に迫る。一瞬、怯むもリオは強気な姿勢を崩さない。明らかに穏やかな訪問者ではなく、嫌な予感がしたからだ。


「ハッ! あのセレイナにこんな趣味があったとはな。どうりで浮いた話の一つも聞かないわけだ」

「あなたは一体?」

「俺を知らないとはとんだ田舎平民だ。おい」

「は、はい! こちらのお方はアドウィン伯爵のご子息デメテル様だ! 悪いことは言わんから、この家をこのお方に売れ!」


 リオは生まれて初めて貴族を目の当たりにした。リオのような平民にとっては雲の上の存在であり、話すどころかこうして相対することすらおこがましい。

 どうしてそんな人間が家を売れと迫っているのか。リオは必死に頭の中で情報を整理しようとする。


「そうだ。何も無料でよこせと言っているのではない。この家を売れと言ってる。この場所は立地もよくて静かでいい。眠るのに最高の場所だからな」

「じ、事情はよくわかりました。でも、ここは僕も気に入ってますし……売れません」

「……なるほど。俺としたことが失念していたようだ」


 わかってくれたのか、とリオは安心する。が、間もなくリオの腹に拳が叩き込まれた。


「うぐっ……!」

「お、お兄ちゃん!?」

「俺はどうも認識が甘かった。こいつらの中には我々貴族がどういうものか、理解してないのがいる。それは仕方ないな、何せ住む世界が違う」

「げほっ、ううぅ……」

「おい、俺は優しいからもう一度だけ聞いてやる。この家を売れ。平民が一生かかっても稼げない金をくれてやると言ってるんだ」


 くの字で倒れるリオの顔をデメテルがしゃがんで覗き込む。なぜこんなことになったのか、リオは自分の落ち度を探った。

 しかしどこにもそんなものはない。この家はセレイナに買ってもらったものとはいえ、正当な手段で手に入れている。

 貴族であれば平民は逆らえず、理不尽な要求を飲まなければいけないのか。田舎平民のリオは社会構造や貴族というものに疑問を持った。


「パパは商人ギルドのいわゆる首領だ。王都内の土地や物件をすべて管理している。その気になれば、お前が住む場所さえなくすこともできるんだ」

「で、でも、だからって……」

「ふー……。そうか、お前はあのセレイナの弟子だったな。いいぞ、魔女にでも助けを求めろよ。力ってのがどういうものかを知るいい機会だ」

「セレイナさんを……」

「伯爵とは王族が認めた由緒ある爵位、つまり俺に逆らうということは王族への反逆だ。魔女とて、国を敵に回してはいられんだろう」


 セレイナがとある国と停戦協定を結んだという話はあるが、リオもさすがに半信半疑だ。

 身近にいたリオですらこういった認識である以上、セレイナの本当の恐ろしさをすべての人間が理解しているわけではない。そうでなくてもリオはセレイナに頼るつもりなどなかった。


「セレイナさんは関係ありません……。ここは僕の家です。絶対に渡しません」

「そーだそーだ!」

「フン……小汚い平民が。身の程を思い知らせる必要があるな。おい!」


 護衛の魔術師達が一斉にリオに敵意を向けた。

 決意を見せたものの、リオとしては最悪の状況だ。勝てるかどうか以前にデメテルの言う通り、ここで歯向かえば大変なことになる。処刑すらあり得ると考えれば、リオも手出しはできない。


「出てけー!」

「さっきからうるさいな!」

「ぎゃっ!」

「アルムッ!」


 アルムが蹴り飛ばされる。床に倒れたアルムを震える手で支えるリオ。


「おい、そんなものより優先すべきことがあるだろう。まずは手をついて非礼を詫びろ」

「そんな、こと?」

「親の死よりも大切なのが貴族への敬意だ。この国に足をつけて生きているのだから当然だろう。誰のおかげで暮らせると思っている」


 今のリオがあるのはセレイナのおかげだ。セレイナに恩返しをしたり感謝することはあっても、デメテルにはない。彼に何一つ貰っていないからだ。

 怒りが臨界点に達しようとしているリオに近づいたテメテルがリオの髪を掴む。


「俺達、貴族のおかげだよ。何の生産性もない平民の分際が」

「よくも……」

「あ?」

「よくもアルムを蹴ったなッ!」

「ぐひぁッ!」


 デメテルの頬が張り飛ばされた。外にまで吹っ飛んで何度も転がってようやく止まる。デメテルの頬が赤く腫れて口の中を切ったのか、血が垂れていた。


「あ、あひっ……」

「デメテル様!」

「いだいよぉ……パパァ……」

「おのれ、あのガキめ!」


 商人ギルドの男は腰を抜かして、護衛の魔術師達が駆け寄る。彼らをもってしても止められなかったリオの瞬発力は魔力によるものだ。

 別人のように怒りに満ちたリオの顔を見て、デメテルは怯える。魔術師達は務めを果たすべく、リオの進行を許さない。


「貴様! 何をしたかわかっているのか!」


 そんな理屈など今のリオの頭にはない。アルムを蹴った男、それしかなかった。

 貴族階級、処罰。そんな後先など考えておらず、そこにいるのは怒りの魔術師リオだ。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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