リオという少年、リオという魔術師
「あら、珍しいお客さんね」
魔女の家にてセレイナが迎えたのはクリードだ。魔女の森を単独で歩き、辿りつける者はわずかしかいない。
汗一つかかず、クリードは己の実力を誇示していた。魔女相手に無意味だと彼も考えているが、だからといって舐めれていいはずがない。クリードなりの矜持だった。
「話がしたい」
「お断りよ。じゃあね」
「リオの身の上に関わる話と言えばどうだ?」
「内容次第ね」
クリードはセレイナを怒気をもって引き留める。実力ではなく、意思を示したのだ。
彼でなければ、恐れ多い行為だろう。見る者が見れば怖気づいて逃げ出す。全力でクリードをなだめる。
クリードとて命は惜しい。しかしこうでもしなければ、セレイナはまともに相手をしない。
彼女に依頼を持ち込むとすれば、第一段階は意思の強さだ。ここで魔女の威光を恐れるようであれば、大金をはたいて一級魔術師を雇う方が長生きできる。
「中へどうぞ」
「失礼」
セレイナがクリードを家の中へと案内した。クリードが座り、ティーカップがテーブルに置かれる。セレイナも迎え入れた以上は客人として扱う。
「それでリオ君がなに?」
「セレイナ、リオにどうなってほしい」
「別に。あの子が好きなように生きてくれたらそれでいいわ」
「悪人になったとしてもか?」
「極端な仮定ね。無意味だけど答えてあげる。私はならないと思うわ」
「保証がない」
「ならない。くどい」
セレイナは試されるのを嫌う。クリードは大人しく引き下がった。押してどうにかなる相手ではない。
セレイナがカップに口をつけて、クリードの言葉を待つ。
「では話題を変えよう。結論から言うと、あのリオは怪物だ。報告書によれば先日、彼が討伐したアンデッドは下手をすれば一級以上……魔獣に匹敵する。これを四級に止めておいたのであれば、私が本部から叱られるくらいだ」
「そう。リオ君、また活躍したんだ。うふふ、今度お祝いしなきゃ」
「私としても彼が頭角を現してどうなろうが構わない。しかしお前はどうだ? 魔女の弟子という肩書が彼に災いを呼ぶかもしれないのだぞ」
「あの子に窮屈な人生を押し付ければいいの?」
「彼が不幸になるかもしれないと言ってるのだ」
セレイナはわざとらしくゆっくりとミルクを飲み干す。クリードでなければ展開できない話題だ。
リオがお前のせいで不幸になるかもしれないとセレイナを脅しているに等しい。セレイナとて、その程度は想定していたはずだとクリードはわかっている。
クリードにとって気になるのはセレイナがリオをどう思っているのか。その一点のみだ。
「相変わらず面倒見がいいのね。じゃあ聞くけど、あなたは魔術師になる前からそんなことを考えていたの?」
「多少はな。やっかむ連中はいた」
「でもあなたは支部長の地位についている。それが今のところ、あなたの人生よ」
「何が言いたい?」
「リオ君が私の弟子だとバレてどうなるか、誰にもわからない。リオ君がどうするのかもわからない。たった一つの肩書きがすべてを決定するとは限らないのよ」
正論といえば正論だが、クリードは納得しない。セレイナが自身を過小評価している節があるからだ。というよりも自分自身に興味がないとクリードは捉えていた。
だからこのような軽率な発言ができる。クリードはかすかな苛立ちを覚えた。
「どういった経緯であの少年と知り合ったかわからないが、不幸になるとすればお前にも責任がある」
「魔女の肩書き一つで? あー、魔女の弟子にならなければ静かでよかったのになーって? 魔女の弟子だってばらされなければーって? あなた、魔術だけじゃなくて人生に対する見解もつまらないのね」
「何とでも言え。ではお前の人生観を聞かせろ」
「人生なんて選択の繰り返しよ。リオ君はこの先、いくつもの答えを出すわ。そこからあの子の人生が枝分かれして、無数の選択肢が生まれる。魔女の弟子かどうかですべてが決まるの?」
「少なくともばらすべきではなかったと思っている。彼はまだ子どもだ」
「もういっそあなたが保護者になればいいじゃない」
クリードはセレイナをいい加減だと評するが、セレイナからすればクリードはつまらないのだ。
あれこれと考えすぎて、選択肢を狭める。こうだからダメだと決めつけて、何かとネガティブな未来を想像する。セレイナに言わせれば無意味なのだ。
「もし魔女の弟子だったおかげで何かが好転するとしても?」
「そんな事があるのか?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。私から言わせれば、魔女の弟子だから不幸になると決めつけているあなたのほうが不思議よ。挙句の果てに子どもだからと見下す」
「見下しではなく事実だろう」
「あの子はきちんと自分で考えて動いてる。あなたね、私を誰だと思っているの? 私が一度、弟子と決めたからといって無条件に最後まで面倒を見たと思う?」
今度はセレイナがクリードに意思を示す。クリードは全身が汗ばんでいた。さすがに踏み込み過ぎたかと後悔しつつある。
彼女の魔力は人を屈服させる。そうしなければいけないと本能に訴えかけるのだ。王、支配者、生態系の頂点、どうとでも解釈できる最強というただ一点を相手に思い知らせる。
クリードでなければ泣いて許しを請うだろう。その上でクリードはこれ以上の話は無駄だと悟った。
「あなたの心配事を想定するなら、あの子は私が認めたというだけで十分なのよ」
誰一人として、魔女の弟子となったものはいなかった。つまりそういうことだと理解するべきなのだ。
それは魔術の才能だけではない。善良な人々に害する悪人になったり、周囲に押しつぶされる程度の人間を弟子になどしない。
呼吸を荒げたクリードをセレイナが外へ案内する。
「まぁリオ君を心配してくれたのは確かね。嬉しいから王都まで送ってあげる」
クリードは肩を落とした。自分は何の為にここに来たのか。リオの為なのか。それは結局、リオ個人に行きつく。
彼自身、リオを怪物呼ばわりしてしまった。もしリオが害悪となってしまったらという心配事をセレイナに相談しただけに過ぎない。
そんなものすべて杞憂だ。なぜならリオはセレイナが弟子に選んだのだから。
読んでいただきありがとうございます。
続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば
ブックマーク登録、広告下にある★★★★★の応援のクリックかタップをお願いします!




