スカーレッドの文章指導
「ここ、文がおかしいよ」
「あ、ホントだ。じゃあ……」
「うん、いいと思う」
魔術協会支部にて、リオとスカーレッドは報告書を仕上げていた。二人が帰ってきた時、ゴドルは名案を思いつく。
いい機会だからスカーレッドに悪文を直してもらえとゴドルはリオに命じたのだ。ゴドル他、何人もの支部関係者を悩ませたのがリオの悪文である。スカーレッドは快諾して、リオも奮起した。
二人で仲良く報告書を仕上げる光景に、ゴドル達はほっこりとしている。久しく見ていなかった甘酸っぱい青春がそこにあるからだった。
「文って難しいなぁ」
「そのうち慣れるよ。あ、またおかしくなってる」
「まずは主語を明確にするの。これがないと相手に何も伝わらないからね」
「主語? また難しい言葉が出てきた……」
四級向けではあったが実質、一級のスカーレッドでも危うかった討伐依頼からの帰還だ。
ゴドルとしては和みたい反面、早く報告書を提出してほしいとも願っている。まだ概要しか聞いていないが、討伐にはリオが大きく貢献したと確信していた。
アンデッドの魔術耐性が厚い理屈は明らかになっていない。そもそも耐性なのかと疑う者さえいる。
スカーレッドのエクスエッジは確実に老夫婦のアンデッドをすり抜けた。リオに教えながらも、スカーレッドは完全に納得していない。
あのアンデッドは魔術耐性で弾かれたというよりも、エクスエッジを素通りしていた。さすがのスカーレッドも、幽霊だからすり抜けてしまったという俗な解釈に行きつくしかなかったのだ。
「スカーレッド、次はなんて書けばいいかな? スカーレッドがお漏らしに盗賊を縛る?」
「ちょ! なんで私がお漏らししてるのさ!」
「難しいなぁ」
「あのね、言葉に出してそれを文にすればいいんじゃない?」
「ええと、お漏らし盗賊を縛ったスカーレッドが……」
「……いや、お漏らしは省いていいよ」
なんとも明るい二人だが、ゴドルは冷や汗をかいていた。ベンガル盗賊団の下っ端は確かに魔術の知識が足りてない者が多い。
クリード支部長に嫌悪されるレベルの魔術師だが、群れるとなれば話は変わる。リオとスカーレッドは二人で、複数の魔術師を討伐した。
それどころか戦意喪失させた上に拘束して王都まで連れてきたのだ。弱い相手だろうが生け捕りとなれば難易度は段違いに跳ね上がる。
下っ端を正式に王国に引き渡したところで、中にいるのは尋問のプロだ。戦い終わった魔術師がその場で吐かせるのとは訳が違う。
「これで長らく不明だったベンガル盗賊団のアジトが判明するかもしれないな」
「クリード支部長、魔獣討伐からお帰りですか!」
「あぁ、少し手を焼いたが問題ない。これであの付近の安全は保たれたはずだ」
支部に入ってくるなり、クリードは若い二人を近くで堂々と観察する。文に苦戦するリオに根気よく教えるスカーレッド。
こうしてみると二人とも、年相応の子どもだとクリードは見守る。彼はこの後、スカーレッドと話をするつもりだ。内容はリオの魔術についてである。
しかし報告書作製の進捗が捗らず、クリードは業を煮やした。
「ここは簡潔に『アンデッドに光の魔術エクスエッジが素通りした』でいいだろう。事実を書くだけでいい。考察は不要だ。何か気になる点があればこちらから聞くからな」
「アンデッドはナイフを怖がっていて、というところもですか?」
「冗長だ。リオ、お前にいくつか報告書のサンプルをやろう。それを見て勉強するのだな」
「そんなのあるんですか!」
「本来はない。私が完了させた魔獣討伐の報告書をこれから仕上げる。二枚、書いて一枚はお前にやる」
「魔獣討伐!?」
涼しい顔をして言ってのけるクリードを見上げるリオ。しかしスカーレッドを含めた他の魔術師のリアクションはない。
殲滅のクリードが単独で魔獣を討伐できるなど、周知の事実なのだ。魔獣討伐の顛末をいち早く知ることが出来る。リオは興奮して報告書作成により手間取る。
「クリード支部長、いいんですか?」
「問題ない、ゴドルさん。リオ用と本部用で書き分ける」
「それならいいですけど……」
クリードが一人の魔術師にそこまでするなど、考えられない事態だった。スカーレッドもやりすぎだと思う反面、リオなら無理もないという感想だ。
自分の魔術を素通りさせたアンデッドを消滅させたリオの魔術。盗賊達を追い詰めた炎の魔術、そしてナイフ。リオは隠していたが、彼らに外傷がないことくらいわかっていた。
リオの魔術を近くで見たからこそ、スカーレッドはその正体に迫りつつある。しかし彼女もまたあえて言わない。それはリオだけではなく、やはり一人の魔術師を慮った上での選択だった。
「うん、半分以上は私が書いたけど何とか終わったね」
「ありがと、助かった!」
二人は安心してテーブルに突っ伏す。スカーレッドは人に何かを教える大変さを思い知った。しかりリオがめげずに取り組むので、心地は悪くない。
だらけてテーブルに頭を預けているリオの顔を見て、スカーレッドは表情が綻ぶ。自分と同じ歳、自分と並ぶ魔術師。その事実だけで晴れやかな気分になっていた。
「スカーレッド、報告書を提出したら話がある」
「あ、ダメ。この後、リオに魔術を教える約束があるもん」
「何?」
「この後、リオと約束してるから。その後でいい?」
「む……仕方ない」
スカーレッドがリオの手を取って支部から出ていく。クリードとしては完全に当てが外れた。
この後、彼女に討伐の詳細を聞きたかったのだ。報告書など待っていられない。何せ作成途中の報告書を読んだだけでも、居ても経ってもいられなくなったのだ。
アンデッドに光の魔術エクスエッジが素通りした。クリードは自分で読み上げておきながら恐ろしいと心の中でぼやく。
魔術耐性が高い魔獣すら両断するスカーレッドのエクスエッジが素通りした。事実ならば、廃屋敷のアンデッドは一級では済まない可能性があるなどと考察する。リオだから討伐できた、そう思わずにはいられない。
「あーあ、行っちまいましたね」
「ううむ、振られてしまったようだ……」
「お互い大変ですなぁ」
「ゴドルさん。先日、実はエミールさんと食事をする約束をとりつけた」
「なっ! な、なんだってッ!」
ゴドルの足腰から力が抜けていく。よろめきながらテーブルにすがりついて、崩れ落ちるように倒れた。
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