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魔女が来た

 ギルド内にある訓練場ではすでに激しい模擬戦が行われていた。魔術と魔術のぶつかり合い、炎と氷の衝突の余波がリオを尻込みさせる。

 普段からここまで激しい訓練が行われているわけではない。国や魔術協会からの支援金で飲み食いして、魔物の討伐や魔術の研究などを申し訳程度に行っているだけだ。

 魔術師が優遇され始めてからは各地でこのような醜態が見られる。

 魔術革命以降、世界各国は魔術師による文明開化を推し進めた。その結果、このギルドのように辺境の地であぐらをかく者達まで出始める始末だ。


「うわっ……!」

「おおっと! リオ君、ごめんなぁ! 危うくそっちに飛んでいくところだった!」


 激しさが極まり、火球がリオの手前に着弾した。リオの言いつけ通り、隣で大人しくしているアルムを庇う事を忘れない。

 妹を怖がらせた魔術師に対して、リオは憎悪を募らせる。自分にまともな魔術が扱えたら、何度も心の中で反芻した。

 このわざとらしい模擬戦はリオを脅す為だ。彼らは魔術師として格の違いを改めて見せつけている。そんな中、一部の魔術師達の囁きが聞こえた。


「知ってるか? 今、この街にあの厄災の魔女が来ているらしいぜ」

「冗談だろ?」

「いや、本当らしい。ギルド長がすっ飛んでいった」

「なんで?」

「そりゃお前、厄災の魔女といえばどこのギルドにも属さない上に各国から引く手も数多の最強の魔術師……。弟子すらとらない風来坊だ」

「あー、それでか。ギルド長、抜け目ないなぁ」


 ガーズがこの場にいない理由だった。厄災の魔女、リオもその名は聞いた事がある。

 指先一つで一個師団相当、片手を使えば竜すらひれ伏す。右手には串焼き。これ以上の戦闘スタイルを目の当たりにする者はいない。誰にも底を見せず媚びず、なびかない。

 とある国が力ずくで魔女を手に入れようとしたところ、数日後には停戦協定が結ばれた。


「国と個人の停戦協定……。とはいうが実質、国が負けを認めたようなものらしいな」

「なんでそんなのがこんな街に?」

「知らねえよ。世界各地を放浪してるって話だし、立ち寄ってもおかしくないだろ」

「ギルド長、魔女をこのギルドに引き入れようとしてるのか」

「それでなくても、何かしら魔女に認められたら恩恵があるかもしれないだろ?」


 まるで自分とは対極の存在だ。リオは惨めになりそうになる気持ちを押し殺そうとしていた。

 魔術の才能があって、誰もが必要としている。妹一人すら守れない自分とは大違い。あふれ出る負の感情を抑えられたのは隣にいるアルムのおかげだった。

 アルムは幼くとも馬鹿ではない。リオもすでに自分がこのギルド内でどういう立ち位置か、アルムは見抜いていると考えている。

 アルムが今、どんな顔をしているか。リオは模擬戦の成り行きを見届ける事で顔を逸らしていた。


「おい! お前ら、驚くなよ!」

「ギルド長? そ、その隣にいる女性は……まさか」

「そのまさかだ」


 ギルド長ガーズが女性と共に姿を現した。

 魔女と呼ばれるに相応しい最たるシンボルのとんがり帽子、肩を覆う漆黒のローブとは対照的に美脚を露出している。

 リオは街を行き交う女性を目にしても、目を奪われる事はなかった。しかし魔女の端正な顔立ちに対して、生まれて初めて感想を抱く。


「綺麗だなぁ……」


 それは容姿だけではない。リオ自身にも説明は出来ないが、すべてにおいてそう思ったのだ。

 そんなリオの頭を近くにいた魔術師が掴む。


「おい、リオ。いっちょ前に何を見とれてやがる。ませガキがよ」

「いたっ……!」


 髪をくしゃくしゃにされた後、ゲンコツが入る。アルムの前でよくも、といきり立ちそうになるが先日の暴行が頭の中をよぎった。

 何より今は魔女がいる。リオが恐れているのはその魔女だった。魔術を使えないものに対して、魔女は厳しい。魔女に限らず、高度な魔術師ほどその傾向にあると聞いている。

 ギルド長ガーズもそれがわかっているからこその魔女の招待だった。ここでやり返せば怖いのは暴行よりも魔女だ。

 魔女が魔術師と落ちこぼれの自分、どちらに味方するかなど考えるまでもなかった。そうなると萎縮して、もう魔女を直視できない。


「本日、あの厄災の魔女ことセレイナさんにお越しいただいた!」

「よろしくね」

「うおぉぉ! よろしくしてねぇぇ!」

「後でご一緒に食事でも!」」


 気さくに笑顔を見せて手を振るセレイナに魔術師達が沸く。リオは視線を外して頭を軽く下げる程度だった。

 ギルド長はさっそくリオに目をつける。すでに企みがあったのだ。


「セレイナさん。当ギルドでは魔術師として日夜、研磨を怠っていません。このように模擬戦を通じて常に互いの力を計り、高め合っております」

「それは素晴らしいわねぇ」

「それがたとえ落ちこぼれの新人であってもです。というわけで今回はあちらにいるリオが模擬戦に参加します。彼は幼いならがも当ギルドに所属する魔術師の卵ですが、未だ魔術をうまく扱えないのです」

「あらあら……」

「だからこそ厳しく指導を行っております。セレイナさんにもぜひ見ていただきたい」

「それはいい心がけねぇ」

「おい、リオ! お前の相手はオレがする!」


 リオは震え上がった。ついにきてしまったのだ。アルムの前で本格的に恥をかいて、下手をすれば死んでしまう。

 しかも今日は最強の魔術師の前だ。たとえ命があっても敗北すれば、どのように軽蔑されるか。リオは震える膝を必死に抑えながら、ギルド長ガーズと向かい合う。

 理不尽な対面だが、ガーズはこれでいいと思っている。魔女もリオのような落ちこぼれは気に入らないはず。訓練と称して徹底的に追いつめて、快楽に酔いしれるのだ。

 更にリオのような落ちこぼれも真剣に相手をする熱血指導者というイメージまで与えられる。熱意がセレイナに伝われば、高評価を得られるかもしれないと考えているのだった。


「リオ、準備はいいか? 出来ていないなら待っていてやる」


 準備も何もないとわかった上での発言だ。こういった気づかいも出来るというアピールもガーズは忘れない。

 ガーズは弱いものいじめが大好きだった。宮廷魔術師への門の一つである魔術学院入学試験の不合格通知が彼を変えてしまう。

 天才と持て囃された自分が何故。歪んだ承認欲求は彼を辺境へと追い込んでしまった。


「リオ、立派な魔術師になるには魔術から逃げちゃダメだ。それをこれから教えてやる」


 もっともらしい事を言うが、普段のガーズならこれが暴言へと変わる。魔女の前で自分の力を認めさせてやろう。いつか返り咲いてやる。

 魔女の登場により、失われていたガーズの野心が頭をもたげた。

読んでいただきありがとうございます。

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