廃屋敷 1
場所は元貴族の別荘である廃屋敷。王都より南に位置する湖のほとりに立てられている。
かつては老夫婦が暮らしていたが、ある日を境に行方不明となった。捨てられた屋敷は朽ちていき、いつしかアンデッドが出没するようになる。
付近に町もなく、ここに立ち入る者達は決まっていた。隠し財産を狙う盗賊、我こそはと腕に覚えがある魔術師、好奇心に駆られた風変り者。例外なく目的は果たされない。
屋敷に近づかなければ無害のため、この討伐依頼は危険性の低さから今日まであまり重要視されていなかった。
「すごい嫌な雰囲気だね……」
「リオ、まだ決まってないの?」
「な、何が?」
「私は閃光の魔術師スカーレッド、あなたは?」
「えーと……」
リオは道中、このような調子で彼女と歩いていた。何かがおかしい。さすがのリオもスカーレッドの調子に違和感を持つ。
要するにリオにも二つ名のようなものを強要しているのだ。
「僕は普通でいいかな」
「魔女の弟子だから、漆黒の魔術師リオなんてどう?」
「そんなの嫌だよ!?」
「魔女の弟子にしてハイスピード成り上がり少年魔術師……素材はいいんだけどなぁ」
ブツブツと呟きながらスカーレッドが屋敷に向かう。朽ちかけの扉を開けようとしたが、なかなか開かない。
押したり引いたりしたところでビクともしなかった。
「この、このこのこの! でやぁッ!」
「わぁ! こ、壊した!」
「これが閃光のスカーレッドの魔術だよ」
「完全に腕力だったような……」
暗い廃屋敷に躊躇なく踏み込んだスカーレッドが空中に手をかざす。手を水平に移動させると、その軌跡を辿るように光の筋が浮かんだ。
うねりながらやがてリング状となり、スカーレッドとリオを囲む。
「あ、明るい!」
「リオはいつも携帯ランプで探索してるの?」
「うん。そういう魔術が使えたら便利だなぁ」
「後で教えてあげるね」
「ほ、ホント!?」
「リオの魔術もしっかり見せてね」
物騒な場所だというのにリオとスカーレッドは和気藹々とした。その時、廃屋敷のエントランスにある階段から足音が聞こえてくる。何かが降りてきていた。
スカーレッドが長い三つ編みを翻して構えを取る。
「悪しき汚れた魂……来たね!」
「あ、あれがアンデッド!」
半透明かつ頭の半分が欠けた死体がふらつきながら近づいてくる。腕を伸ばしており、リオは根こそぎすべてを持っていかれそうな印象を受けた。
とはいえ、初めて遭遇する未知の魔物の恐怖はすでに経験済みだ。再び左方向から聴こえる足音に対して備える。
「僕はこっちを!」
「任せたよ!」
リオは近くにいるスカーレッドの魔力を肌で感じた。体が熱されるような激しく攻撃的な魔力だ。
女の子に合わない狂暴性、獰猛さ。それでいてどこか心地よい。これが個人による魔力の質かとリオは生唾を飲む。
スカーレッドのそれはとても頼もしく感じた。彼女とならどんな化け物にも立ち向かっていける。素直にそう思えた。
「光差す庭園、浄なる槍、還るは汝! 光線ッ!」
室内が光に照らされる共にアンデッドが消滅した。跡形も残っていない。
リオは驚きの声を押し殺す。感動せずにはいられなかったが、前方のアンデッドを迎え撃った。
「よーし、僕も! ぐ、紅蓮なる獣よ! や、焼けっ! ファイア!」
片腕がないアンデッドが炎に包まれる。リオは心配だった。アンデッドに自分の魔術が通用するか。
彼らが生物ではないなら、死という概念を認識しなのではないか。
「どうだ……!」
アンデッドはおぞましい声をあげて悶える。そして間もなく体が収縮するようにして完全に消滅した。
リオは一安心どころではない。理屈はわからないが、きちんと自分の魔術が通用したのだ。
「や、やった! 僕でもアンデッドを討伐できた!」
「やるじゃない! 何、今の! すっごくかっこいい!」
「え、へへ。スカーレッドさんの真似してみたけど……うまくいったかな?」
「あ、わかる? もしかして気に入ってもらえた?」
スカーレッドが大はしゃぎでリオの両手を握る。リオは気恥ずかしくなったが、スカーレッドの言葉と構えに魅せられたのだ。
かっこいい。自分もあんな風になりたい。リオの目はスカーレッドの魔術のごとく輝いていた。
「うん! だってすっごくかっこよかったもん!」
「だよね! だよね! やっぱり魔術師ならああじゃないとって思うもん!」
「もっとかっこいいの考えたいな!」
「いいよ! 私、いっつも考えてるからさ! 二人で考えよ!」
アンデッドが蠢く廃屋敷にて、少年と少女は完全に意気投合していた。続けてやってくる異形のアンデッドには以前のリオならやや尻込みしたかもしれない。
首から下が蛇のように長くて、うねりながらやってくる。天井に両手をつけてぶら下がる首なし胴体。はしゃいでいた二人が再びアンデッドに目を向けた。
「もう、いいところなのに邪魔だなぁ」
「討伐が終わったらたくさんお話しましょ」
キリっと表情を変えたリオとスカーレッドは活き活きとしていた。背中合わせで同時に魔術を放つ。
スカーレッドの光が、リオの赤い光がアンデッドもろとも照らす。消滅させつつ、二人のテンションはますます上がった。
「この閃光を恐れないなら、かかってきなさいっ!」
「闇を切り裂く紅蓮の炎がお前達を焼き尽くすっ!」
エントランスの階段を駆け上がり、二人は二階を瞬く間に制圧する。縦横無尽に駆け巡り、騒がしい二人によってアンデッドは次々と消滅していく。
今の僕達に敵はいない。リオは謎の無敵感に酔いしれていた。
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