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厄介な依頼

「おはようございますっ!」

「おう! 今日も早いな!」


 朝、魔術協会が開くなり元気に挨拶をするリオ。ゴドルも負けじといつも以上に声を張る。

 先日のジョギングでの件を少なからず意識していた。負けていられないというリオとは違った闘争心が彼の中で燃える。

 今日も仕事を頑張ろうと意気込んだリオの後ろでドアがまた開いた。入ってきたのは疲れ切って痩せこけた魔術師達だ。


「おう、ビルギース。お前、確か」

「ゴドルさん……やっぱり無理でした。依頼、取り下げてください」

「構わねえよ、命があっただけで喜べ」

「すみません……」


 リオはその異様な光景に釘付けだった。彼らはリオと同じ等級であるが先輩だ。

 エーベンやダッツと違い、積極的に仕事に取り組んでいる。三級も夢ではないところまで迫り、数少ない将来有望な魔術師と聞いていた。

 そんな期待もあってゴドルは彼らにとある依頼を紹介していたのだが――


「ゴドルさん、オレが言うのも何ですが等級を引き上げたほうがいいかもしれません」

「そうかもな。少なくとも四級の手に負える討伐じゃねぇ。俺が直接、行くことになるかもな」

「言いにくいんですが……。あれに魔術は通用しません」

「ほう?」


 込み入った深刻な話にいつしかリオも加わる。横でふんふんと頷き、一員となって溶け込んでいた。


「……アンデッド。やっぱり普通の魔物じゃねえな。次の会議にかけて、この件は魔術協会本部行きかもしれん」

「アンデッドって何ですか?」

「おぉ、リオ。アンデッドってのは特殊な魔物でな」


 アンデッド。魔物とされているがその実体はいわゆる亡霊だ。死後、蘇り人々を襲う。

 一説には魔力を帯びて魔物化したとあるが、真実は未だ解明されていない。厄介なのは物理的手段では一切ダメージを与えられない。

 見えない衝撃や物体を自在に操るなどは序の口で、中には人に憑依するアンデッドもいる。憑依された人間は意のままに操られたり、自死へと導かれるケースもあった。と、ここまで説明されてリオは震え上がる。


「こ、怖いですね……そんなのどうやって倒すんですか?」

「アンデッドも色々でな。魔術でどうにかなる場合もあるからひとまず四級に設定したんだが……。今回のはやばいらしい」

「そのアンデッドの被害はひどいんですか?」

「いや、今のところ近づかなければ被害はない。だけど面白半分でそこに行く奴らがいるらしくてなぁ」

「危険な場所なのに?」

「人間ってな、行くなって言われると行きたくなっちまうんだよ」


 臆したもののリオは見過ごせない案件だと思った。魔物の住処に入れば殺される。入る人間が悪いかもしれないが、殺される人間がいる以上はどうするか。

 魔物か、人間の味方か。今のリオは迷わない。


「ゴドルさん、これ僕が引き受けます」

「ダメだ。これは取り下げる」

「でも、それじゃ犠牲者が増えますよ!」

「お前がその犠牲者になるかもしれないんだぞ。お前は確かにすごい奴だが焦る必要はない。もっとじっくりと力をつけていいんだ」


 リオが食い下がろうとした時、横から新たな人物が割って入ってきた。依頼書を手に取ってゴドルにつきつける。


「これ引き受けていい?」

「なんだ、ダメだって言って……ん? お、お前は」

「いいよね?」


 銀色の兜から真紅のごとき色合いの長い三つ編み、すらりとした体格の少女が淡々と告げる。

 目元は兜で半分ほど隠れており、表情は伺えない。リオは只ならぬ雰囲気を感じ取る。声や背丈からして、自分とそう変わらない年齢の少女だと思った。


「き、君ならいいぞ。うん」

「ありがとう。すぐに終わらせてくるね」

「え? ゴドルさん、この子は?」


 リオは気づいていないが、態度が急変したのはゴドルだけではない。ビルギース他、この室内に居合わせた魔術師達が緊張した面持ちだ。

 明らかにリオがこの子などと言ってはいけない存在であることを示している。兜の少女はリオをジロリと見た。


「あなた、リオという魔術師?」

「僕を知ってるんですか?」

「異例のスピードで四級にまで駆け上がった魔女の弟子の少年魔術師。あなた、ちょっとした有名人だよ。ってゴドルさんがね」

「ゴドルさんが?」


 ゴドルがそっぽを向いて口笛を吹くというありきたりなポーズを見せている。

 それでなくても魔女の弟子というだけで目立つには十分だ。リオは彼を恨まず、目の前の少女に興味を寄せた。


「そっかぁ。あなたがリオかぁ。ふーん……」

「な、なに?」


 少女がリオをくまなく観察する。自分の頭とリオの頭に手をかざして、背丈を比べていた。


「こんなに小さいのにすごいなぁ」

「背は関係ないと思うけど……」

「ごめんごめん」


 同年代と思われる少女にリオは対応に困っていた。身近な女性といえばセレイナとアルムのみだ。

 いつもは上から見下ろされて抱きつかれるか、下から突進される。目線がほぼ同じ女の子という当たり前のことがリオに戸惑いを与えた。


「ゴドルさん。リオも誘っていい?」

「へ? あ、いや。君がいいんなら構わないが……」

「じゃあ、いこっ!」


 少女がリオの手を握って強引に魔術協会の外へ出る。間もなくしてゴドルは大きくため息をつく。


「いやー……。このタイミングでご登場とはなぁ」

「最年少の一級魔術師……その正体は謎に包まれている、でしたっけ? きついっすね……」

「ビルギース、考えるな」


 ゴドルに言われた通り、ビルギースは思考を止めた。天才、謎の仮面魔術師、事実を並べただけで辟易するからだ。

 しかし本当にそうさせたのはこれらのフレーズではない。ゴドルもビルギースも他の面々も、彼女のせいで疲れていた。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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