観劇
「即決購入したけど、どう?」
リオは新築の家の中で呆然と立っていた。まず複数の部屋がある。この時点でアルムではないが、リオからすれば異次元なのだ。魔女の家よりも広い。
隙間風など吹かず、寝る場所がわざわざ別室として分かれている時点で贅沢なのである。キッチンだけで何に使うのか見当もつかないスペース、リビングには大袈裟な大きさのテーブル。
風呂は足を伸ばせて、アルムと二人で入っても余るほど広い。下手をすれば泳げる。アルムならはしゃいで泳ぐ、リオは無駄に妄想した。
「こ、この家の設備ってどうやって動いてるんですか?」
「純度が高い魔石が組み込まれた魔道具が至る所に設置されてるわ。壊れたら直してあげるから遠慮なく言ってね。遠慮しちゃダメよ?」
「僕達にはもったいなすぎますよ! こんなのただの楽園じゃないですか!」
「ただの楽園ってあなたねぇ……」
王都では高級住宅に該当するものの、近年の暮らしを想定すればすべて必要最低限のものばかりだ。
貴族や王族の暮らしはこの比ではない。数倍以上の広さを持った豪邸に多数の召使いがいる。暮らしを維持するのに何一つ面倒なことなどないのだ。
一級魔術師ともなれば、これ以上の家も夢ではないとセレイナはリオに語る。
「クリードさんの家もすごいのかな……」
「いつお嫁さんが来てもいいように、広い家に住んでるみたいよ。未だ夢は叶わないみたいだけどね」
リオとしては何ともコメントできない返答だ。お嫁さんに対する願望などないが、ないと困るものかなとリオは首を傾げる。
リビングを走り回るアルムを捕まえて、ひとまず柔らかいソファーに座らせた。その際に感じた体が沈む感覚を魔術か何かと錯覚する。
「今から軽く昼食をとって、それから劇場に向かいましょう」
セレイナがさっそくリビングで何か作り始めていた。リオはエプロンをしたその後ろ姿から視線を外さない。
魔女の家とは違い、ここは正式にリオの家だ。自分の家で女性が何か作る事が特殊なシチュエーションのように思えて仕方ない。
「もしかしてこれがお嫁」
うっかり口にして慌てて閉じる。聞かれなかったかどうか。いや、セレイナなら確実に聞いていた。
魔術協会支部での面接内容すら把握していたのだ。リオは真っ赤になった顔を手で覆い、アルムが真横から観察する。
「ていっ!」
「わっ……」
「魔術師に油断は禁物!」
タックルをされたリオがソファーに倒れ込む。誰の教えか、セレイナか。赤面していたリオが吹き出す。
やがて完成したセレイナの手料理はいつも以上にリオを感動させた。なぜこんなにもおいしいのか。それはやはり――
「お嫁さんをもらったら望み通り、毎日こんなの作ってもらえるわよ」
「ぶっ!」
聞かれていた事実を突きつけられたリオが狼狽する。弁解するほど泥沼展開になるので黙るしかない。
セレイナがリオの口に肉を一切れ刺したフォークを近づけて一言。
「はい、あーん」
「ど、どうしてそういうことするんですか」
「してほしかったんでしょ?」
「ほしくありませんっ!」
といいつつ、リオは一口で食べる。急いで食べたせいで口の中を噛んでしまった。
* * *
リオは劇場というものを始めて知った。劇の上で繰り広げられる演技、白熱した展開。隣で寝息を立てているアルムの頭を膝に乗せながら、リオは時に瞬きすら忘れる。
とても作り物とは思えない。今、自分は魅せられている。まるで自分の魔術のようだと思った。
劇のテーマは魔術革命初期に起こった恋愛物語を取り扱っている。主人公は魔術師の青年で、とある貴族の娘に恋をする。貴族の娘も青年に恋をしており相思相愛だった。
青年は娘の両親が認めてくれるか不安だったが、娘は青年の魔術を見せれば父親と母親なら納得すると励ます。
「そんな、そんなっ……!」
「リオ君、静かにね」
娘の両親はすでに大量の魔術師を安く雇用しており、青年の魔術になど目も向けない。
それどころか、両親は青年に対して魔術を鼻にかけて高い金をふんだくる詐欺師というレッテルまで張ってしまったのだ。
それまで魔術は高尚なものとされており、一部の者達にしか使われないものだった。それ故に魔術師の雇用には、とてつもなく高い費用が必要とされていたせいだ。
ところが魔術革命により、魔術師が大量に溢れてからは青年のようなきちんとした知識と技術を継承した魔術師が埋もれてしまう。
「ひどい……ひどいよ……」
「リオ君、静かにね」
リオは涙が止まらなかった。青年は恋が実らないばかりか、様々なレッテルを張られて町から追い出されてしまう。
ボロボロになった青年は死を選んだ。身を投げたものの、青年は一命を取り留めてしまった。彼を助けたのは一人の女性だ。女性の顔に見覚えがあるものの、青年は思い出せなかった。
「え……まさか」
「リオ君」
「はい……」
女性のおかげで青年は立ち直った。心身ともに健康となり、いつしか女性に思いを寄せてしまう。
しかし女性は頑なに断る。あなたには意中の人がいるでしょうと告げたのだ。そこで青年は昔、少女だった女性を助けていたことを思い出す。
少女はその頃から青年に恋をしていたが打ち明けずにいた。当時から彼が貴族の娘に恋をしている事を知っていたのだ。
女性の後押しにより青年は決意する。望まない政略結婚をさせられようとしていると知り、貴族の娘を救いに向かった。
「ま、魔術がすご……」
セレイナに頭をこずかれてリオは口を閉じる。青年の魔術は演技とは思えない質だった。
娘の両親が雇った魔術師達との攻防、たった一人で圧倒する実力。青年は貴族の娘を屋敷から連れ出す。
ここからもリオはまだ目が離せない。追っ手との攻防により負傷する青年、それでも彼は打ち勝った。娘の両親が雇った魔術師は数十人といたが、彼らが束になっても青年一人に敵わなかったのだ。
逃げおおせた二人は国を出て、遠くで暮らそうと誓う。二人は旅立ち、末永く暮らしたと締められて物語は終わった。
「よかった、よかった……」
「何度も演じられている有名な劇だから、そんなに泣いてるのはあなただけよ」
「だって、魔術革命とか、いろいろ……考えさせられて……」
「そうね。主人公の選択は人によっては正しくないと評するかもしれないわね」
リオの涙をセレイナが拭いた。
「でも主人公は誰かによって救われた。彼があの女性を救ってなければあり得ない結末だったと思う。リオ君、あなたはどうありたいか。これからもよく考えてね」
「セレイナさん、まさかそれを教えるために……」
「私も初観劇なのよ」
「えー……」
自分と違ってセレイナは劇を前にしても感情を動かさない。リオはある意味で格の違いを思い知った。
観劇中、セレイナは劇場に売られているお菓子ばかり食べていたのだ。リオがまったく手をつけないのをいいことに、すべて平らげてしまっていた。
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