プレゼント
「もー、少し前に昇級祝いしたのにまーたお祝いしなくちゃいけないじゃないー」
「いえ、ずっと遠慮してるじゃないですか……」
四級に昇級したリオに対してセレイナはまたしても祝う。今回はアルムを連れて王都を歩いていた。
リオすら驚いた場所だ。異次元空間にでも迷い込んだかのように、警戒するように歩いている。リオの手を両手で握って離さない。
「一体何が始まるのです!?」
「これが王都だよ、アルム。お兄ちゃんも最初はビックリした」
「あ! あそこに家がない人がいるのです!」
「あれは絨毯を敷いてお店を出してるだけ」
アルムの目移りは止まらない。セレイナの家で本を読み、多少なりとも外の世界を知ったアルムだが目の当たりにすればやはり緊張する。
耳や指に光り輝く装飾品を身につけた中年女性、人力車を引く男と乗っている老人、複数の女性を連れて歩いている男性。すべて自分と同じ人間とは思えず、兄にくっついたまま観察していた。
「何かくるっ!」
「すれ違っただけだよ」
「アルムちゃんには刺激が強すぎたかしら。リオ君、住む場所を選ぶならアルムちゃんのことも考えてあげないとね」
「できれば慣れてほしいんですけどね。さすがにいつまでもお世話になるわけにいきませんし……」
魔女の家までそれなりに距離がある。道中の魔物の危険性も考えて、リオは思い切って王都に住もうと考えた。
ただし王都の物価は高い。四級になったとはいえ、リオが買えるものではなかった。そう言い張るも、セレイナは大丈夫だからといって聞かない。
今日はあくまで物件の下見であり、その後は観劇する。高級ホテルでディナーを食べて一泊する予定だった。リオが全力で遠慮したが、すべてセレイナが支払う。
「そういえばリオ君。パーティを組むなら相手を考えたほうがいいわ」
「もしかしてオーク討伐の件ですか?」
「信用できるかどうかを見極めるのって難しいのよ。もっと狡猾な人間なら、あなたを魔物の囮にして討伐を進めていたわ」
「そ、そんなことしたら実績に響くんじゃ……」
「そんな利害を考えられる人間ばかりならいいけどね」
エーベンとダッツはリオの前に姿を現さなくなった。ゴドルによれば支部にも訪れず、行方が知れないとのことだ。
彼としてはリオの魔術の感想を聞きたかったのが残念でならない。
「あの二人に関しては二度と姿を見せないと思うわ」
「そうなんですか? 僕はもうそんなに怒ってないのに……」
「さ、着いた。物件探しの時間よ」
二人が着いた先は商人ギルドだ。物件探しはともかく、リオはセレイナの発言がどこか引っかかっていた。
なぜ姿を見せないと言い切れるのか。セレイナに背中を押されて建物の中に入るうちに、リオは物件探しに気持ちを切り替えた。
* * *
商人ギルドはリオが在籍していた木っ端ギルドとは違い、王都内の物件や土地を管理している。
大元が王族に認められた地位にいるアドウィン伯爵であり、王都に住むならば世話になる必要がある。受付は魔術協会支部とは違い、大勢の人間で賑わっていた。
「本日はどのようなご用件で?」
「こっちの子が暮らす家を見たいの。予算はこのくらいなんだけど……」
「はぁ、なかなか大変な事情をお持ちのようですねぇ」
予算額を聞いた男の態度が横柄になる。だから言ったのにとリオは気が重くなった。いかにも面倒といったばかりに男は資料を提示する。
「まぁ王都内なんて最低このくらいはしますけどね」
「物件数が少ないわね。もっとあるでしょ? 空いてる土地でもいいわ」
「ないですねー」
「そう。ところで少しお話があるのだけど……」
セレイナが男に耳打ちをした。男は唇を震わせて慌てて資料を片付ける。
「こ、こちら間違いでした! ええと! 少々お待ちください!」
「期待してるわ」
男が奥へと走って資料を捜している。何がどうなっているのか、リオは聞かなかった。いや、聞けなかったのだ。
それは自分が知るべきではないと本能が訴えかけている。ここにいるのは魔女セレイナだ。何を起こしても不思議ではない。
短い間で汗だくになった男が大量の物件の資料を持ってくる。
「お、お、お待たせしました! こちら、優良物件です! お手頃な土地もありますよ!」
「ありがと。ほら、リオ君。素敵な物件がたくさんあるわよ」
「はい」
リオは細かいことを考えるのをやめた。最初に紹介されたものより売値は安いが、それでもリオに支払えるものではない。
五級や四級とはいえ、王都の平均収入を超えているのが魔術師だ。ただしリオは六級から快速で四級に昇級したため、あまり貯金がない。
やはり出直そうかと思った時、セレイナがリオの耳元に唇を近づける。
「私からのプレゼントよ。好きな物件を選んで?」
「えっ!?」
「アルムちゃんと二人で暮らすだけならいいけどね。この物件じゃ将来、お嫁さんがきたら困るわよねぇ」
「えっ!? お、およ、お嫁さんって!」
二度聞きしたリオをからかうようにもう一度、セレイナが耳打ちする。
「もしかしてすでに気になる子がいる?」
リオは何も答えられなかった。プレゼントにお嫁さん、どれもリオが考えもしなかったことだ。
セレイナがあれもこれもと資料を見せつけてくるが、リオに決定するだけの知識がない。気がつけばなぜかアルムがリオの耳元に近づいて小声で囁く。
「アルムじゃダメなのです?」
「え、何が?」
リオにはさっぱり意味がわからない。アルムがリオの腕に抱きついて、何かを訴えていた。
構わずリオはセレイナが本格的に勧めた物件を見る。やはり庶民が払える額ではないものであった。
ついこの前まで極貧生活を送っていたリオとしては、プレゼントとしてもらうにはかなり抵抗がある。
「セレイナさん。あなたにはたくさん貰っています。これ以上、こんな高額のものを買ってもらうわけにはいきません」
「女性からのプレゼントに対して固いわねぇ。子どものくせにませてるし……じゃあ、こうしましょう。いつかあなたが納得のいく形で返してもらえる?」
「納得のいく形……」
「なんてね。ひとまず下見に行きましょう。商人ギルドさん、案内してもらえる?」
リオが真剣に考えて、商人ギルドの男は揉み手を崩さずセレイナに従う。
納得のいく形と言われても、リオにはまったく思いつかない。セレイナほどの人間に何を返せばいいのか。
すべてを持っているといっても過言ではないセレイナという人間が何を欲しているのか。考えたところでセレイナに強引に腕を取られて商人ギルドから出されてしまった。
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