免許習得祝い
リオが免許を習得した日の夜、セレイナの家でささやかなお祝いをした。
リオ曰く、セレイナは見かけと性格によらず料理がうまい。料理が下手なイメージがあったのだが、出てきたのはリオが涙するほど美味な品の数々だった。
特に特製ビーフシチューは比喩ではなく、肉が口の中でとろける。リオは自分でも信じられないほど食べた。たいらげた数は十杯以上、明らかに限界を超えている。
「くだらない実技で魔術を使ったでしょ。魔力を使うとお腹が空くから。太っている魔術師がほとんどいないのはそのせいね」
「僕の体、どうなっちゃったんだろう……」
「優秀な魔術師ほど代謝がおかしいから気にしないで」
今を踏まえると、パンと塩スープで生きてきたことが恐ろしくなる。
セレイナの家にきてから、リオは食の重要性とありがたみを知った。アルムが作ったパンケーキを口に運びつつ、リオは昼間のことを思い出す。
「最初はどうしようかと思いましたよ。金属板を破壊しろだなんて……」
「威力偏重主義にも程があるわ。魔術といえば破壊力だもの。あのクリードは特にその傾向にあるわ」
「やっぱりあの人って強いんですか?」
「殲滅のクリードの名を聞いただけで、大抵の魔術師は逃げるわ。私は好きになれないけどね」
「ずっと思ってたんですけど……。セレイナさんが言う面白いってどんなものですか?」
リオは思い切って踏み込んでみた。自分を勧誘した時から一貫しているセレイナの発言がずっと気になっていたのだ。
「そうねぇ。リオ君みたいな魔術かな」
「面白いんですかね」
「少なくとも、魔術を使っているリオ君は笑っていたわよ」
「え、僕が?」
「楽しそうだった。それを見て私はね。わかるわかるー、どう魅せるかが肝だよねーなんてね。一緒に考えていたもの」
またしてもリオが予想しない返答だった。自分が最強の魔術師に認められただけでなく、楽しませられる。
リオが思い返せば、確かに魔術を使う時はいつも胸が高鳴っていた。確かに笑っていたかもしれない。リオは認めた。
「楽しいを大切にします」
「そうそう、楽しんでどんどん昇級しちゃいなさい」
「昇級……そうですね。うん、今の僕は一番下の六級。まずは五級だ」
魔術協会から免許を与えられた者は等級別に分けて管理される。
それぞれ等級に合った仕事を与えられて、場合によっては国から支援金が支給された。
この支援金を目当てにして免許習得を狙う者は多い。ガーズ達もその一部だったが、彼らのような者達がいるせいで習得難易度が上がった弊害もあった。
「魔術協会でも説明があったけど昇級にはそれぞれ条件があるわ。一番下の六級は六級に指定されている魔物を一定数、討伐すること。一級になるには単独で魔獣を討伐しなきゃいけない」
「魔獣……?」
「魔術を駆使する魔物の上位種よ。人間と違って詠唱もないし魔力切れも魔力酔いもない。戦闘能力だけでいえば人間の上位互換ね」
「さすがにそれと戦うのは遠慮したいです……」
魔獣について考えていると、リオのパンケーキを食べる手が止まる。そうなるとアルムの視線が刺さった。真横について、アルムが正座してリオを凝視している。
アルムにとっては兄においしく食べてもらうことがすべてなのだ。つまり手が止まってはいけない。
「アルム、また腕を上げたね」
「ほんと!?」
「うん。僕の魔術より上達が早いかも」
「うっしゃー!」
いえーい、と家中を走り回るアルム。このパンケーキも調理環境もセレイナが揃えたものであり、リオはまだアルムに何もしてやれていない。
まずは六級からの昇級、そして自立を目標とした。いつまでもセレイナの世話になるつもりなど、リオにはない。
「まずは昇級、お金、昇級、お金……」
「そんな心配しなくてもいいのよ。私が面倒を見てあげるんだから」
「そんなわけにはいきませんよ。これまですごくお世話になってますし、今度は僕が恩返しをする気持ちで頑張ります」
「いい意気込みだけど、まだ師匠をやめるつもりはないわよ。そもそも訓練が終わりだなんて一言も言ってないわ」
リオは失念していた。あくまで免許習得の許可が出ただけで、まだセレイナの指導は続いている。
つまりまだセレイナはリオを未熟とみなしているのだ。
「思い上がってました。僕、まだまだセレイナさんに教わっていいんですね」
「そうよ。おんぶに抱っこじゃ恥ずかしいと思ってる? あなたはまだ子どもだし、誰かの世話になる権利くらいあるわ」
「アルムにとっての魔術師だなんて、まだまだ先かぁ」
セレイナはあえて否定しなかった。リオの目標はあくまでリオのものであり、達成したかどうかは本人次第なのだ。
「いつでもおんぶや抱っこくらいしてあげる」
「い、いえ……それはいいです」
「やぁねぇ。例えよ。期待した?」
「しませんって……」
照れ隠しにリオは発行された魔術師の免許を見た。リオという名前が刻まれたカードを指で撫でて思わずニヤける。
ようやく魔術師としてのスタートに立てたのだ。魔術師はかつての剣士などに取って代わった存在であり、魔術革命以前のように憧れを抱く者は少ない。
賢者が発案した理論は魔術師のハードルを大幅に下げたが、同時に質の悪い魔術師が世に溢れることになる。
躍進して憧れを抱かれるほどの魔術師となるか。堕落してはぐれ魔術師となるか。明暗がハッキリと分かれた。
そんな中、両親に読み聞かせてもらった本の中に登場する魔術師に憧れたのがリオだ。リオの中では未だに物語に登場する魔術師が生きていた。
「アルム、僕がきちんとした魔術師になるまで待っててね」
「いつまでも!」
次々と出てくるパンケーキをリオが平らげる。何枚、焼いたのか。そんな疑問すら抱かず、パンケーキをいくつ食べたのか覚えていないリオだった。
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