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面接

「入れ」


 リオが執務室に入ると、クリードがデスクの向こうに座っている。

 心臓を高鳴らせながら席に着いても、クリードは口を開かなかった。デスクの上にはリオの解答用紙が置かれている。


「この解答用紙の件だが、魔術式を知らないのか?」

「はい、習ってないです」

「師匠はあのセレイナだな。珍しく弟子をとったと思えばいい加減な……」


 セレイナの弟子の件はギルド中、大騒ぎになってクリードの耳にも入っていた。

 平静を装っているものの、クリードも異常事態として捉えている。貴族が息子や娘を修業させたくとも、セレイナは弟子をとらない。

 ならば我こそが、と名乗り出た魔術師は断られて激怒したものの返り討ちに遭う。

 魔女は猫のように気まぐれと言われている。弟子どころか仕事も選ぶ上にとてつもない報酬を請求する。魔術協会を介さずとも、セレイナにしか出来ないと見込んで依頼する者は多かった。


「お前の何を見込んであの女は弟子にした?」

「セレイナさんを知ってるんですか?」

「魔術師をやっていて知らん奴など、よほどのはぐれ魔術師だろう。それより質問に答えろ」

「何と言われても……」


 あなたに惚れたの一言で弟子になったとは言えない。詳しく話せば辺境の街での仕打ちに触れる必要がある。

 リオにとってはあまりいい思い出ではないので積極的にはなれなかった。その上でクリードの質問にどう答えるか。リオはクリードの目を真っすぐ見た。


「わかりません」

「わからない……?」

「僕なんかじゃ何を考えているのか想像もできない人です。もしかしたら明日にでも見捨てられるかもしれません。でも、僕が魔術師として生きると決心できたのはセレイナさんのおかげです」


 ほんの一瞬だが、クリードはリオから目を逸らしかけた。

 その瞳はとても幼い少年のものとは思えず、一人の底が知れない魔術師として認識してしまったのだ。

 魔女セレイナに認められた魔術師、それ以外にどのような事実が必要か。セレイナが気に入らない。しかし敵わない。だが、気に入らない。

 クリードの心の中では常にそのような苦しいせめぎ合いが行われていた。だからセレイナと聞くと、つい熱くなってしまう。

 自分よりも遥かに年下の少年のほうがよほど身の程を弁えていたと、クリードは観念した。


「無粋な質問だったな」

「え、いえ、別にそんな……。あの人がデタラメなのは確かですから」


 クリードは数えきれないほど、この面接で魔術師をふるい落としている。質疑応答を繰り返して辟易する者や激怒する者を見送ってきた。

 その中でリオのようにわからないと答えた者はいない。取り繕った答えを捻り出すのが関の山だった。

 取り繕わず、弱さを隠さないリオの姿勢がクリードには眩しく見える。それはかつての彼が持っていたものだったからだ。


「これで最後の質問にしよう。リオ、お前はなぜ魔術師の免許が欲しい?」

「魔術師として家族を幸せにしたいからです」

「それは魔術師の免許がなければいけないのか?」

「自分という魔術師になりたいからです」


 即答だった。クリードにとって新鮮な答えではない。ありきたりでもある。

 ただし魔術師に対して自分を付加価値とした者はいなかった。


「以前は憧れの魔術師になりたいとだけ考えていました。でも身の程を思い知って一度は諦めました。そこにセレイナさんがやってきて……妹がいて。ようやく気づいたんです」


 堂々と答えたかと思えば、声が弱々しくなる。やはりまだ少年だとクリードは妙に落ち着いた気持ちになった。


「僕を見て育った妹がいます。だからずっと見ていてほしいんです。そしていつか僕はすごい魔術師だからパンケーキくらい食べさせてあげるよ、と言ってあげたいんです。妹にとっての魔術師は僕にしかできません。セレイナさんやクリードさんのようなすごい魔術師は、その。他の人にお任せします……」

「後ろ向きとも取れるな」

「後ろに妹がいるならそこが前です」


 愚直、それがリオの答えに対するクリードの印象だった。

 魔術の実技で成果を上げておきながら、と心の中で毒づいたことで改めて気づく。自分はこの少年に嫉妬している、と。

 その上でクリードは自分の立場としてどうすべきか、簡単な結論を出した。


「いいだろう。免許習得を認める」

「ほ、ホントですか!」

「セレイナはお前を認めた。私も私なりにお前を認めた」


 愚直と評したくなるほどリオが己の才能を持て余していようと、クリードは認める強さを示した。

 同時にセレイナという人間のこともわずかだが、理解したような気がしたのだ。


「さっそく手続きをしよう」

「はい……!」

「そろそろ終わったぁ?」


 クリードが立ち上がったところで、執務室のドアが開く。一切の遠慮なく、セレイナが踏み込んできた。 


「き、貴様ァ! 何を勝手に入っている!」

「だって遅いし、もしかわいい弟子に何かあったらと思うとねぇ」

「私が何かするとでも!」

「怒らない、怒らない。だってリオ君が言う通り、私ってデタラメでしょ」

 

 リオは体の芯から冷える感覚を覚えた。面接の内容が筒抜けだったのだ。つまりあれもこれも、と考えれば次は顔から火が出るほど熱くなる。


「セ、セレイナさん。その、別に悪い意味じゃ」

「いいのいいの! それよりあそこの貴族様に手続きしてもらいなさい」

「貴族様?!」

「えぇ、独身貴族といってね。誇り高いのよ」

「余計なことを吹き込むなぁー!」


 クリードのセレイナに対する人間的な評価が下がった。つまり元の木阿弥である。リオもまた、冷淡というクリードのイメージが変わった。

 セレイナが相手では、基本的に人外と評されている一級の魔術師も人の子になる。クリードとリオの背中を押しながら、セレイナは楽しそうに笑う。


「リオ君、惚れ直した」

「え?」


 セレイナの耳打ちにリオは少しだけ心臓が高鳴る。惚れた、惚れ直した。セレイナのことだから言葉が大袈裟なだけだ。リオはいつも通り、そう納得する。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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