実技試験
ゴドルからの報告があった時、支部長クリードはため息が出た。免許習得を希望する者達のレベルが著しく低いからだ。
筆記試験でいえば何一つ魔術として成り立たない魔術式、そのまま放てば己に返ってくる魔術式。魔術の実技をやらせれば、旧時代の遺物すらもどうにかできない魔術師達。
いや、魔術師を名乗ることすら許されないとさえ考えている。彼はセレイナが唱える威力偏重主義を地でいってる人物だ。言い換えれば殲滅主義、早期決着が望める魔術をクリードは好む。
「ゴドルさん、この解答用紙に書かれている魔術がわからないか?」
「は、はぁ……。どうにもよくわからなくて……」
「確かに下手な文章だが、この理論は正しい。少なく見積もっても二級魔術師以上が扱う魔術だ」
「へっ!?」
魔術式すら知らないくせに理論は正しい。クリードは解答用紙を見るなり、足早でリオのところへと向かった。
来てみれば年端もいかない少年がそこに座っている。黒いローブとマント、短パン、純朴そうな少年らしい顔立ちをしていた。その服装を見てクリードは厄災の魔女を思い出す。
戸惑うリオを連れ出した今は魔術測定場だ。リオが片手を金属の板に向ける。
「はぁッ!」
片手から放たれた鋭利な岩が高速で金属板に激突。続け様に二発、三発、四発、五発。耳に優しくない衝突音が室内に響いた。
岩の破片が散らばり、次は金属板の上から巨大な氷柱が落下する。ゴドルは耳を塞いでしまった。クリードは目を見開く。終わりかと思った彼らだが、リオは容赦なく追撃を放つ。
「ファイアッ!」
火球が連続で金属板に直撃する。耳を押さえっぱなしのゴドルが耐え切れず、もういいと叫んだ。しかしクリードが片手で制する。
止めとばかりに最後に爆発音を響かせて、リオはようやく片手を下ろす。あまりの轟音だったのか、何事かと他の魔術師達が駆けつけた。
「ク、クリード支部長! 一体何が!?」
「……あれを見ろ」
クリードが目で促すと、金属板に亀裂が入っていた。間もなく大小の破片が落ちて、床に散る。
息を飲む魔術師達に半ば逃げ腰のゴドル。あれだけの魔術を放った後だというのに、リオは息一つ切らしていない。
クリードも言葉が出なかった。旧時代の遺物ではあるものの、昔の人間はあれに頼って魔物討伐をしていたのだ。
しかも三級以上の魔物の攻撃に耐えうる金属であり、生半可な魔術ではびくともしない。下手な魔術より剣などという魔術師に対する皮肉の格言すらあるほどだ。
「あの……どうでしょうか?」
「三十分の休憩後、面接だ」
「あ……」
リオの言葉を待たず、クリードは出ていく。残されたリオは金属板をちらりと見て、ばれずに済んだと安堵した。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。では休憩します」
「おう」
リオがそそくさと出ていった後、ゴドルが改めて金属板を眺める。自分の魔術でここまで粉砕できるものだろうかと自問自答した。彼は三級とはいえ、世間では一流と呼ばれるに相応しい実力者だ。
「嫌になっちゃうよなぁ。なんでこう下からどんどん追い上げてくるのかねぇ。クリードさんといいあの子といい……ん?」
ゴドルは目の錯覚を疑った。先ほどまで破壊されていた金属板が元通りになっているのだ。まき散らされた破片の一つもない。手で触って確認するも、どこにも異常はなかった。
「ど、どうなってんだ?」
寒気を感じたゴドルは足早に部屋から出た。あの少年はもしかすると人の類ではないかも、などと考えれば恐ろしくてたまらなくなる。
もしそうだとしたら、次は一級魔術師のクリードによる面接だ。あわよくば正体を暴いてくれるという期待があった。
* * *
一度は安堵したものの、冷静になるとリオはやはり落ち着かなかった。
筆記試験も魔術の実技も手ごたえがあるとは言い難い。ゴドルが一度、退室して支部長のクリードを呼んだのが気にかかっている。
でたらめすぎて怒らせてしまったのか。クリードの淡々とした対応も相まって、リオは気が重くなった。
「落ちたらセレイナさんになんて言おう……」
「考えてみたら最近の試験も威力偏重主義に基づいてるかもねぇ。だとしたら、あまり落ち込む必要ないわ」
「そうかもしれませ……セレイナさん!? いつの間に!」
休憩所にて、隣にセレイナが座っている。片手に何本もの串焼きを持ってリラックスしていた。
「どこに行ってたんですか!」
「ちょっとお腹すいたからさ。これ、食べる?」
「いりません……」
「どんな下らない試験やらされたのか知らないけど、落ちたら落ちたでまた考えてあげるからさ。ほら」
「どうしても食べさせたいんですね……」
観念して串焼きに刺さっている肉をリオが一口だけ食べる。香ばしさが口の中に広がって、この世にこんなおいしいものがあるのかと打ち震えた。
「おいふぃいぃ……」
「いけるでしょ? 自分で稼げるようになったら、アルムちゃんに買って食べさせてあげるのよ」
「はいっ! 励みになります!」
「そーそー、若いうちはクヨクヨしないで目標に向かって走りなさい」
「はい!」
途端、セレイナが拗ねた。
「私も若いんだけどね」
「はぁ……」
どうしてほしかったのか、リオには理解できなかった。出会った当初よりは気軽に接することが出来るものの、リオにとってはまだまだ謎が多い。
などとやり取りしているうちにゴドルがやってきて、リオは姿勢を正す。
「リオとかいったな。面接だ……ん? そこの女性、んん! まさか……」
「ゴドルおじさん、久しぶり。殲滅メガネは元気?」
「な、なんであんたがいるんだ!」
「魔術師が魔術協会にいちゃダメ?」
「あんた、ろくに魔術教会の仕事も引き受けないだろ!」
リオは気づいた。休憩中の魔術師が完全に距離を取っている。ようやくリオは事の重大さがわかってしまったのだ。
ゴドルの怯えっぷりといい、厄災の魔女の弟子になるのがどういうことか。
「その子はまさか……」
「私の弟子よ。かわいいでしょ」
「何だってぇぇーーーー!」
リオの存在に疑問を持っていた周囲の魔術師達だが、セレイナの発言で確信を得た。
弟子をとらないことで有名な厄災の魔女セレイナが弟子をとった。天変地異の前触れではないか。そう直観したのはゴドルだけではなかった。
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