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筆記試験

 魔術師免許があれば魔術協会公認の魔術師として認められる。

 魔術協会からの依頼、国からの支援金、ギルド設立。様々な権利にも関わっているため、リオのように魔術師で生計を立てるならば習得しない手はない。

 特に魔術協会から振られた仕事をこなせば、しっかり実績として記録が残る。次の仕事への呼び水となるのだ。


「別に免許なんかなくてもまともに魔術師やってる奴はいるけどな。そんなのは一握りよ。大体ははぐれ魔術師になってろくでもねぇことになる」

「はぐれ魔術師?」

「免許を持ってない魔術師のことさ。昔の反動で最近は習得試験も厳しくなってるからな。ま、これも支部によってまちまちなんだが……」


 リオの試験を担当するのは魔術協会公認の魔術師ゴドルだ。ゴドルの言う通り、最近の免許習得試験の合格率は低い。ゴドル曰く、魔術革命のせいでなんちゃって魔術師が増えすぎて気がつけばかなりハードルが上がったという事情がある。


「魔術革命ってのも善し悪しだな。賢者様がもたらした知識のおかげで誰でもある程度の魔術が使えるようになった。今や剣や槍で戦う時代じゃねぇ。どの国も魔術師を優遇する」

「へぇぇ……」

「なんだ、お前。まさか知らなかったのか?」


 ゴドルの反応でリオは己の無知を知る。彼の言動で、魔術革命は誰でも知っている常識だとわかった。

 働きづめだった両親はリオに大切なことを教える前に急逝している。リオの知識はそれからほぼ変わらない。

 試験会場となっている部屋が近づくと、先客が出てくる。青ざめた顔をした青年とすれ違い、リオはただならぬ気配を感じた。


「お前より先に筆記試験をやっていた奴だ。あの様子じゃさっぱりだったんだろうな」

「む、難しいんですか?」

「それなりにな。さ、そこに座ってくれ」


 リオが席につくと筆記用具が置かれており、ゴドルが試験の用紙を置いた。


「一時間な。じゃあ、始めてくれ」


 リオもまた青ざめていた。魔術革命も知らない人間に解ける問題があるのか。読み書きは予めセレイナから習っていたため、問題は読めた。

 解けるはずがない。そう覚悟していたリオだったが――


「……これに答えればいいんですか?」

「当たり前だろ」


 リオの予想に反して、問題はすべて魔術に関する実践的な問題だった。

 魔術式などまるで習っていないリオだが、すべて文章で書き綴る。そうなると止まらない。ゴドルは最初こそあくびをしていたが、リオの鬼気迫る表情と筆の速度に対して呆気に取られた。

 セレイナの下でリオは実戦的な訓練を行っている。固有魔術式による様々な魔術の再現など、幻とはいえ成功させていた。

 例えばリオがヘルハウンズを仕留めた火柱からの爆破は、炎の魔術の中でも上位に相当する。幻なので厳密には本物とは異なるのだが、リオには関係なかった。

 元々本物を放とうとしていた少年である。解答は固有魔術式を抜いた前提として、おおよその感覚で書き込んでいた。


「次、水の魔術は……」


 ゴドルが覗き込むと、すでに解答によって用紙が埋め尽くされていた。何せ魔術式で書けば済むところを、すべて文章となっている。

 ゴドルは知らない。師匠に当たるセレイナがリオに一般的な魔術は教えおらず、炎の柱と爆破はリオのオリジナルということを。

 そしてリオは幸か不幸か、一般的な魔術式を用いて魔術を使ってもすべてが幻となるのだ。固有魔術式の中にはこういったものがある。

 しかし固有魔術式を磨き上げる過程で、リオはやはり憧れである属性魔術に目をつけた。未完成だったこけ脅しに改良を重ねて辿りついたのだ。リオでなければ、炎の柱や爆破は幻とはならずに本物として再現できる。

 セレイナすら驚かせるリオの吸収力、自由な発想、感性。固有魔術式を持つ者は吸収が早い傾向にあるが、セレイナをしてリオは異常と言わしめる。


「そ、そこまでだ! 時間だ!」

「あ、まだ最後の問題が!」


 時間終了と共にゴドルがリオの解答用紙をひったくるようにして奪う。

 お世辞にも高い文章力とはいえず、リオの解答の判読は難解だった。リオに質問を繰り返すこと数回、ようやくゴドルは結論を出す。リオと解答用紙を何度も見比べた。


「お前がこの魔術を?」

「ふ、不合格ですか?!」


 ゴドルが理解できたのは半分程度だった。しかし、それだけでも判断できる部分はある。


「ちょっと待っててくれ」

「は、はい」


 ゴドルはリオの解答用紙を持って試験会場を出ていく。

 取り残されたリオは一人反省会を行う。どこか間違っていたのか。セレイナといつも行っていたことだった。その思考も勢いよくドアを開ける音で中断される。

 ゴドルの他に一人、メガネをかけた若い魔術師が入ってきた。


「こんな解答をしたのは君か」

「はい、あなたは?」

「王都支部長のクリードだ。次は魔術の実技に入る」

「解答は……?」


 クリードは黙ってまた部屋を出ていく。ゴドルが顎でついてこいとリオに指示を出した。

 年上であろう中年のゴドルがどこか恐れている。再び案内された部屋には金属製の板がいくつか縦に置かれていた。ゴドルが険しい表情をしており、リオも自然と身が引き締まる。


「あの板に魔術を放ってみろ」

「これが魔術の実技ですか?」

「そうだ。魔術がどれだけ高威力か、これで大体わかる」


 リオは戸惑った。自身の魔術には威力など存在せず、すべて他者依存による効果なのだ。

 物言わぬ板が誤認するわけもなく、魅せられるわけもない。リオの後ろに立つクリードがメガネを中指で上げる。


「どうかしたのか?」

「本当にあの板、壊れないんですか?」

「よほど自信があるようだな」

「いえ、確認です! すみません!」

「かつて武器や防具に使われていた鉱石だ」

「じゃ、じゃあ固いんですね」」

「硬度はあるが我々魔術師には不要となったものだよ。あれを壊せないようでは魔術協会として認めるわけにはいかない」


 セレイナから少しだけ聞かされていた高威力偏重主義の意味をリオはここで再認識した。

 ギルド長ガーズもそういった思想に基づいた発言をしており、この魔術協会も例外ではない。

 ここで自分の魔術を証明することはリオにとっても意味があった。師匠であるセレイナの理論を肯定することになるのだ。


「わかりました。では始めます」


 リオの顔つきが変わる。その辺かにゴドルはかすかに慄き、クリードは眉を顰めた。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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