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訓練完了、魔術師免許習得試験へ

「合格ね」


 ヘルハウンズを討伐してから更に一ヶ月後、リオはついに魔女の家から出る許可をもらえた。

 ただしリオの反応は鈍い。早すぎると思ったからだ。セレイナは自他共に認める最強の魔術師、そんな彼女の基準にしては低すぎる。何か裏があるのでは、と身構えた。


「どうしたの」

「いえ、いいのかなって」

「あなたね、あれからヘルハンズを山のように討伐しておきながらまさか自信がつかないの?」

「セレイナさんの足元にも及ばないのにいいのかなーって」


 無理はないが今のリオは二級の魔物なら状況によるが、単独で討伐できる。

 比較対象が魔女ならば実感が持てないのは仕方なかった。この森の魔物はそもそもセレイナを襲わない。家にすら近づかないのだ。

 リオの実戦訓練の際にセレイナがいると寄ってこない為、彼女は同伴しない。そんな状況でリオの戦いぶりをしっかりと把握しているのだから、リオはますますセレイナの魔術に関心を持った。


「十年はやいっ!」

「いったぁ!」


 久しぶりのデコピンである。これが割と痛い。リオは涙目になり、セレイナはケラケラと笑う。


「あのね、二級の魔物がどれだけの魔術師を殺してきたと思ってるの」

「そ、そうなんですか」

「教えてなかったっけ?」

「初耳です」

「ま、いいわ。それでいよいよあなたは魔術師の免許を取るわけだけどね」


 よくないと言いかけたが黙った。デコピンを受けた額をさすりながら、リオは今一度だけ自身の分析をする。

 確かにそれなりに上達した。腰を抜かして失禁した初戦の時からは考えられない。セレイナに洗濯をしてもらった恥は生涯、忘れない。

 魔術抜きにしても、とにかく度胸がついた。今では山ほど魔術師を葬った怪物相手に冷静に立ち向かえる。なるほど、とリオは拳を握った。


「魔術師の免許、何としてでも取ります。今まで手取り足取りですみませんでした」

「好きな子にしてほしかった?」

「いえ、別に……」


 リオは師匠であるセレイナに決意を示した。数ヵ月前には感じなかった体内の魔力がうねりを上げる。

 セレイナを内心、驚かせたのは魔力量だけではない。穏やかで優しい反面、容赦がない。大海が人を簡単に飲み込むように、途方もないスケールなのだ。

 高威力偏重の世でリオが持つ固有魔術式の異質さ、驚異の吸収力。出会った当初から惚れたセレイナだが、今は期待感が段違いだ。この子はいずれ自分と並ぶかもしれない、と。


「リオ君」

「はい?」

「かわいい」

「か、かわ、いい?」


 美形揃いの王族の前ですら見せなかったセレイナの生まれて初めての照れ隠しだった。

 リオはリオで相変わらず真意がよくわからないセレイナに動揺している。かわいいと言われて喜ぶ感性は持ち合わせていない。


「じゃあ、明日からでも免許を取りに行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

「それでどこに行けばいいんですか?」

「教えてなかったっけ?」


 リオはここにきて気づいた。実戦での力は身についたが、魔術師として知っておくべき基礎知識が足りてない。

 何せ魔女の家にあってもおかしくない魔術関連の本などが一冊もないのだ。あるのは娯楽関係の本のみ、これにはリオとアルムは大喜びではあったが。ひたすら訓練に明け暮れて気にする余裕がなかった。


「免許は魔術協会の支部で取るのよ。試験を受け付けている時間帯は決まっているからね。さ、行こうか」


 買い物にでも行くかのようなセレイナのノリだった。

 リオにとっては魔術師としての第一歩という重要なイベントだ。これから向かう魔術協会の支部は王都にある。


                * * *


「王都に到着」


 例によって一瞬の到着だった。リオは呆然とするが今更、魔女の謎魔術に驚いているわけではない。

 辺境の街とは比較にならない人の数に圧倒されていた。歩いていて人とぶつかりそうになった経験などない。セレイナに手を引かれなければ、リオは迷子になっていただろう。

 辿りついた魔術協会支部はリオの予想に反して、平凡な建物だった。魔術協会のシンボルが目印となっており、入口もその辺の雑貨屋と変わらない。いささか夢が崩れたリオだったが、中に入ると印象は一変する。

 王都の道を行き来する人々とは明らかに違う服装や雰囲気、何より肌で感じる様々な魔力の質。ちくりと刺さる魔力、粘着質にまとわりつくような魔力。セレイナが言っていた魔力の質の違いを早くも思い知った。

 これもセレイナが徹底してリオに魔力の基礎訓練を課したおかげだ。三流は感じないとはセレイナの弁だった。


「僕がいた街のギルドとは全然違いますよ、セレイナさ……」


 リオが振り向くと、セレイナの姿が忽然と消えていた。マジかよ、などとセレイナ語録特有の雑な言葉を心の中で呟く。

 この場にリオのような少年はいない。明らかに浮いており、目立たないはずがなかった。


「そこの少年、迷子か?」

「あ! いえ、免許を取りにきました!」

「免許を取りにぃ?」


 受付を勤めていた魔術師の男が明らかに不快感を示す。リオの発言が忘れ物を取りに来たかのようなトーンだからだ。

 リオは察した。ここは魔術師達の根城であり、免許は魔術師達の誇りそのもの。軽々しく取りにきたなどと発言すべきではないと反省する。


「め、免許を取らせてください」

「……こんな小さいはぐれ魔術師は初めてだな。いや、免許を取ろうと考えてる時点で立派か」

「あの?」

「この用紙に必要事項を記入してくれ。それと受験料もな」


 読み書きはセレイナから教わっており、金もしっかりと渡した。名前、年齢、出身地、得意魔術など。リオは迷いなく筆を走らせる。


――受付で情報を記入させられるけど、本当のこと書かなくていいわよ


 セレイナ曰く、昔はしっかりと身辺情報なんかを吟味していた。

 ところが魔術革命以降、たくさんの魔術師が台頭するにつれて少しずつ形骸化していったのだ。質の良し悪し関係なく、魔術師の需要が生まれて誰にでも免許習得を許したせいである。

 得意魔術に関しては明かしたくない者も多いため、昨今では廃止の声すら上がっていた。 


「よし、それじゃ説明するぞ」


 思いの他、あっさりと話が進んでリオは安心した。受付の男の説明によれば試験は三つ。筆記、実技、面接。

 これも意外とシンプルなどと楽観視するリオだが、受付の男を含むギルド関係者は内心でほくそ笑んでいた。

読んでいただきありがとうございます。

続いてほしい、面白いと少しでも思っていただけたならば

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