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おい! こけ脅し!

「おい、こけ脅し! アレやってくれよ!」


 魔術師達は少年リオに期待していた。高度な魔術ではない。アレとはリオが放つ光、音、色のみの見せかけの魔術だ。

 辺境の町にあるこの魔術師ギルドでは、事あるごとにリオにアレをやらせていた。

 何の熱もない炎の魔術で大笑いしたかったのだ。下には下がいるという現実を見せつけてくれる。魔術師達は期待していた。


「……はい」


 力なく答えるのもリオの日常だ。昼食で満腹になった彼らを喜ばせる。食事すら満足に与えられないリオには彼らを喜ばせる義務があった。

 ここは辺境の街、何の技術も知識もない十一歳の少年であるリオを雇う余裕のある職場はない。数々の職場で門前払いされたリオを受け入れたのがこの魔術師ギルドだ。

 唯一、出来るのは光や音によるこけ脅しの魔術のみ。面白がった魔術師ギルド長のガーズはリオを雑用としてこき使っていた。こけ脅しを披露するだけで、わずかだろうが賃金を与える。

 幼くしてリオはこの劣悪な環境が妥当な居場所だと思い込むようになってしまった。


「では、いきます」

「おぉ! 出るぞぉ! あっちぃ炎がよ!」

「こえぇよー!」


 リオが魔術師達の前に立つと場は盛り上がった。

 彼らが沸いている間にリオはいつも少しだけ考え事をする。屈辱、羞恥心を捨てる為に幼い妹の顔を思い起こすのだ。

 どんなに酷い仕打ちを受けても、廃屋のような我が家に帰れば妹が屈託のない笑顔で出迎えてくれる。両親をなくしたリオにとって、妹がたった一人の肉親だった。


「ギルド長もよくこんなのを雇ったなぁ」

「あぁ、何か魔術が使えるか聞いてみたらこれがまた面白くてな。まぁこけ脅しの魔術はともかく、ガキは使い道があると思ったわけよ」

「洗濯、掃除、買い出し……。かゆいところに手が届いちまってるもんなぁ」


 リオに休みなどない。動物よりも早起きして ありとあらゆる雑用をこなさなければいけない。

 ギルド内の住み込みすら許されず、日も昇らないうちから街中を走る。秒の遅れすら気にしてギルドの裏口から入ってから休憩すらない。笑われている間が唯一、妹の顔を思い浮かべられる。


「ファイア! も頼むぞ!」


 リオが両手を前に突き出す。この時、リオはほんの一瞬だがいつも思うのだ。ここで本物の炎の魔術が使えたらいいのに、と。

 両親が急逝する前から今に至るまで、リオは密かに魔術師に憧れている。かっこいい、強い。少年ならではの純真無垢、悪く表現すれば浅はかな夢を持ち続けていた。

 生きるだけで精一杯な日々の中でも、この時だけはその夢の実現を願う。ほんの少し、結果が出るまでは。


「ファイアッ!」


 リオの両手から赤々とした炎が噴き出す。火事の心配など誰もしない。何一つ燃え移らず、室内を赤く照らして瞬時に燃え盛る音を響かせただけだ。

 全員が笑い出すまで、リオの務めは終わらない。


「プッ! ヒャハハハハハハッ!」

「ヒーヒヒヒ! あー腹いてぇ!」

「いつ見ても間抜けだわ!」


 最初こそ歯を食いしばった。悔しくて何度も考えて、何度も練習した。

 いつしかただ時間が過ぎるのを待つのみとなる。彼らがひとしきり笑い終えるまで、リオは何も考えなかった。ついさっきまであった妹の顔などない。


「あー、笑ったわ。どうよ、新人」

「先輩、あれどういう事ですか?」

「あいつはな。才能がないんだ。炎を出せても燃えない。水を出せても何も流れない。全部、偽物なんだよ」

「そ、それって逆にすごくないですか?」

「励みになるだろ? 世の中にはあんなのがいるんだからよ」


 下を見せて安心させる。他人の不幸は蜜の味。リオはこれも自分の務めとすら割り切るようになっていた。

 何も燃やせない。流せない。魔物どころか虫一匹すら殺せない。自分は偽物として皆の笑いものになるしかないと諦めている。

 いつものようにリオはこの後、山のように積み上がっている洗濯ものを片付けなければいけない。魔術師達に軽く頭を下げてから、リオは足早で向かおうとした。


「おい、リオ。言い忘れてたんだけどよ。明日からお前も模擬戦に参加していいぜ」

「……え?」

「お前だってこのギルドの一員だろ?」

「でも僕、魔術は……」

「あん? お前、まさか魔術師のくせに断るってのか?」


 リオに拒否権などない。顔面蒼白になりながらも、理不尽な言いつけを守るしかなかった。

 はい、と小さく答えてから去るリオに柄が悪いギルド長のガーズが迫る。リオの肩に腕を回して、耳元で囁いた。


「なーに、少し逃げ回ってりゃいい。オレ達だって本気を出すわけじゃない」


 その言葉が何を意味しているのか。リオの恐怖が絶頂に達しようとしていた。

 今まで通り、笑いものになっておけばよかったのではないか。無茶な激務だろうと、がむしゃらに働けばパン一つとわずかな塩を買える金を貰えたのではないか。それがリオにとっての日常だった。

 膝が震えて、立つ事すら難しくなる。そんなリオに下卑た笑いを浮かべて、ガーズはまた囁く。


「お前みたいなのがこの魔術師ギルドにいられるのがおかしいんだよ。オレ達はな、日々魔物討伐や魔術の研究なんかで忙しい。そんなオレ達を少しでもサポートするのがお前みたいなクズの務めだろ?」

「そうですけど……」

「けど? なに?」

「僕はこけ脅しだから出来ま」


 リオの言葉は続かなかった。ガーズが拳をリオの頬に叩き込む。リオの体が軽々と吹っ飛んで、冷たい床に転がった。


「う、うぅ……」

「おーい! なんかリオ君がやりたくないって言ってるんだけどぉ!」

「や、やり、ま、す……」

「あれ!? なんか言ってるなぁ!」

「やりますっ……!」


 頬を手に当てたまま、声を絞り出す。涙は堪えていた。

 ガーズがリオの腕を掴んで強引に立たせる。ふらつきながらも立つリオ。


「リオ君が超やる気満々でぇす!」

「おぉー! さすがは我がギルドの一員! そうでなくちゃな!」

「期待してるぞー!」


 期待している。その言葉自体に嘘はない。ガーズに腕を捕まれたまま、頬の痛みが増してきて涙がこぼれそうになった。

 再び魔術師達の下品な笑い声が響く中、リオはついに逃げ出す算段を考えてしまう。


「リオ君よ。わかってると思うが、君の家は把握済みだからね? どういう意味か、わかるよね?」

「まさか……」

「あの小さい妹、かわいいだろ? リオの事を話したら大喜びしていた。お兄ちゃんのかっこいい姿が見たいらしいぜ?」

「伝えたんですか!?」

「もちろんだ。帰ったらせがまれるんじゃねえか? 連れていってほしいってさ」


 ガーズは多くを語らない。リオのあずかり知らぬところでガーズが妹に近づいて、何を吹き込んだのか。

 リオは視界がかすむような感覚に陥った。ガーズが妹を手なずけて、リオの逃げ道を塞いだのだ。妹はリオの模擬戦での活躍を望んでいる。

 ガーズはリオが妹を大切にしていて、妹の前では恰好をつけている事すら見抜いていた。少年であるリオの心境など、手に取るようにわかっている。


「あ、お兄ちゃんに連れていってもらいなさいって言っちまったわ」

「ギャハハハ! ギルド長も人が悪すぎる!」

「リオー! そんなわけで明日は大活躍してくれよな!」


 リオは拳を握った。歯を食いしばった。馬鹿にされて雑用をやるだけならまだいい。

 リオは本来、そこまで大人しい少年ではない。腹も立てば手も出る。それが大人相手だろうと関係なかった。


「妹を……アルムを巻き込むなッ!」


 不意を突いた甲斐があってリオの拳はガーズの頬にヒットする。ただし、それだけだった。


「いってぇなぁ……。リオ君、反抗期か? 親もいないみたいだし、オレ達が躾してやらないとな」


 吐くまで暴行を受けて、踏みつけられて。リオに途中の記憶はない。何故なら思考の余地などないからだ。この日、リオの口の中は血の味で満たされた。

読んでいただきありがとうございます。

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