表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

 イフリートとの死闘は終わり、静まり返った。が、

 物音が、それは人の声。救いを求める悲痛な声だった。


 民衆は呆然として、瓦礫の前で崩れるように座り込んでいる。

 涙を流し、泣き叫ぶ者も居た。

「何? 何を言っているの」

 現地の言葉が分からず、悪魔に聞いた。

「瓦礫の下に、人間共が居るそうだ。誰かに、神にでも救ってもらいたいと言っている」

 多くの住人が崩壊した建物の下敷きになっていた。


 瓦礫の下から子供の泣き声が。助けを求める声が聞こえる。

 何人もの住人が生き埋めになっていた。

「イフリートは、この人達の魂を狙っていたのね」

「ああ、死に掛けの人間の魂をな」

「あなたなら、出来るんじゃないの?」

「何故予が、人間のために……」

「お願いだから、彼らを救ってあげて」

 救いを求める目でエリカが見詰める。

「……分かったよ。やればいいんだな」


 悪魔は渾身の力を両手に集め、目の前の倒壊した瓦礫を持ち上げた。

 

 ――うそっ! 動いた。


 大きな柱が悪魔の怪力で持ち上がる。

「何をぐずぐずしている、早くしろ! 予とて限界がある」

 悪魔の体から煙のようなのもが出てきた。

 イフリートとの死闘を終え、すでに体力の限界だった。

 民衆は、僅かに浮いた柱の隙間から住人を救い出した。

 

 自ら這い出す者を含め、全ての人を救い出した直後、悪魔は力尽きる。

 被災者の命を救ったが、その代償はあまりにも大きかった。

「これで、もう、お前を助けることが出来なくなったな」

 悪魔は全ての力を出し切り、人間の姿を維持することが出来なくなった。

 瀕死の状態。

 体から煙が出てウロコが剥がれるように悪魔の姿が露わになる。


 見る見る姿を変え悪魔の姿に代わっていく。

 エリカにはどうすることも出来ない。


 ――レイの正体がばれる。


 悪魔を、体全体を使って隠そうとする。が、

 その時、

「デビル! 」

 と民衆の中から声が上がる。

 悪魔の魔力が尽きたのか、もとの、本来の姿に戻りつつあった。

 皮膚が青色に、そして頭部に二本の角が生え出した。

「サターン!」「デビルだぁー!」

 次々と恐怖の悲鳴が上がる。


 神を信じる民衆にとって、最大の敵である悪魔が目の前に現れたのである。

 最も恐れていたことが起こった。

 追い打ちを掛けるように、逃げ出した武装集団が戻って来た。

 イフリートを倒したのも束の間、今度は魔物ではなく人間が、民衆が二人に襲い掛かる。


 万事休す――。


 エリカは悪魔に寄り添った。

 兵士らの攻撃を、体を張って守ろうとした。 

「あなただけで逃げてよ。元はといえば私が言い出したことなんだから」

「そうしたいが、それすら出来ない」

 悪魔の体からエネルギーが抜けて行くのが分かる。

「馬鹿ね、なんでそこまですんのよ。せっかく絵の中から出られたというのに……あんな力がありながら、自由になれたというのに……私のために全てを失うなんて」

「まあ、死後の世界とやらを見てみたいものだ」

「あいつが、イフリート言ってたじゃない、人間に関わると身を滅ぼすって。本当にそうなっちゃうじゃない。そんなの嫌、絶対に嫌よ!」


「動けるなら、早く逃げろ」

 悪魔は言う。

「あなたをおいて行ける訳ないじゃない。今度は私があなたを守ってあげる。私が盾となって、あなたを守って見せるわ。何百もの銃弾も、私の体で受け止めるんだから」

「生きたくはないのか。お前にはまだ人生があるだろう」

「あなただって、私より遥かに長い人生があり、生きたいでしょう。それに野望があるじゃない。こんな所で死んじゃ……」


 兵士達の足音が近付いた。

「皆の前で、予の首を絞めろ。今のお前なら、簡単に絞め殺せるはず。そうすれば、お前は助かる。予を倒せば全てが終わるんだ」

「何言ってるのよ! そんなこと出来る訳ないじゃない。レイが死ぬなら、私も一緒に死ぬわ!」


 兵士は銃口を向けて構える。

「皮膚の色の違いや容姿の違いだけで悪者扱い。たった今、何人もの尊い命を救ったじゃない」

 言葉の通じない日本語でエリカは必死に訴える。

「やめておけ、言っても分かり合えぬ相手だ」

 それは、死を覚悟したエリカが、悪魔に伝えたい言葉でもあった。


「そんなの、間違っている。過去の彼は、酷い事を、悪いことをしてきたけれど、絵の中から出て生まれ変わってからは、一度も悪いことなんかしていないじゃない。いいえ、むしろ、多くの人の命を救ったわ。ずぅーっと一緒にいたんだから分かるの。もう、悪魔なんて呼ばせないわ。あなた達の教えでもあじゃない、回心すれば、悔い改めれば、全ての罪は許されるって。どんな酷いことをしても、長い時間を掛けて、償っていけばいいじゃないの!」

「悔い改めれば、許される、か……」

 悪魔は呟く。


「例え肌の色が違っていても、容姿がみんなと違っていても、いいじゃない! 悔い改めようとする者を排除するなんて」

 そうエリカは叫び、悪魔の体を覆い隠すように涙を流しながらエリカが庇う。


 一滴の涙が、尽き掛けた悪魔に僅かな力を与えた。

 残ったエネルギーを指先に力を込め、エリカに注ぐ。


 これまでか、とエリカは思い、目を閉じ力強く悪魔に抱き締めた。


 シーーンとし、何も起こらない。

「……」

 不思議に思うエリカに、

「どうやら、助かったみたいだな。その目で見てみろ」

 エリカの膝の上、彼女を見上げながら悪魔は言う。

 悪魔の言葉に、恐る恐る顔を上げてエリカは開け辺りを見た。


 そこに見たものは、平伏した民衆の姿だった。

 民衆に襲われるものと死を覚悟したエリカだったが、武装集団も銃を置いて地面に頭を付けている。

「あの者共は、お前が神だと思ったのだろう。全く、悪魔の予が神に救われるとはな」

 そう悪魔に言われ、ふと、自身が輝いていることにエリカは気付く。


 何故か、エリカの体から神々しい光が放たれ、背中に白い翼が生えていた。

 まるで天使。

「……これが、私……」

 信心深い彼らの目の前に、信じる神が出現した。

「人伝いに聞かされた話とは違い、実際に自身の信じる神を見たんだ、信じないはずはない」

「……本当に……」

 エリカは涙を流した。

「やはり女なんだな、強がってはいるが……」

「当り前でしょう。私はともかく、あなたが死ぬんだから」

 エリカの涙は、例えようもなく、まるで宝石のように綺麗に見えた。

 

「何故、逃げなかった。死んでいたんだぞ」

 改まって悪魔が聞くと、

「死んでも構わないと思ったからよ」

 平然とエリカは答えた。

「人はよく自殺を考えるが、死んでなんになる。死んでもあの世の世界があり、天国があると考えているようだが、果たしてどうかな」

「無いの?」

「それは予にだって分からぬ。何せ、一度も死んだことがないからな。だが、考えてもみろ。死後の世界が有るか無いか半々。その内、天国が有るか無いかも半々だ。四分の一の確率のために死ねるか」

「でもあの時、死んでいたかもしれないのよ。私のために」

「ああ、あの世とやらが見らなくて残念だったがな…」

「あの時、何が起こったの、私が輝いていたわ。ひょっとして、私にエネルギーを送っていたの?」

「ああ、お前だけでも生き残って欲しかったからな。無我夢中、必死だった」 

「あの瀕死の状態で……呆れた」

「お前の涙で、僅かに強くなれた。分った気がする。今までの謎が。長年人間共に負けていたのは、人間に宿る、『底力』なのだと」

 エリカの膝の上、悪魔がエリカを見詰める。

「じゃあ、私の涙で、強くなれたってことなのね」

「否定は、しないな」

 素直に悪魔は認めた。


 廃墟のビルで意識を失っていた二人の日本人が駆け寄って来て、エリカに言った。

「君達は、ユーチューバーだね。運が良かったからいいようなものの、命が無かったんだぞ。全く、お騒がせ者のユーチューバーだ」

「わ、私が、ユーチューバー……」

 思いってもいなかった言葉を言われエリカは一瞬固まった。

「視聴回数を伸ばすためとはいえ、命懸けの撮影。あんあ着ぐるみまで持って来て、そこまでして再生回数を稼ぎたいとは、呆れるよ」

 天使と悪魔の着ぐるみ。そう思い込んでいる二人。

「私は…」

「まあ、君達の勇気ある行動で救われたんだから」

「彼は大丈夫なのかい。遠目で見ていたが、あれは芝居じゃなく、瀕死の状態だった。動くこともままならないのでは……」

 心配そうにもう一人の日本人が聞く。

「レイは平気、ちょっとやそっとじゃ死なないんだから」


 彼らの『救われた』との一言で、今までの苦労が報われた気がした。


 現地の人には『奇跡』が通用したが日本人には通じなかったようで、ユーチューバーだと信じて疑わなかった。それはそれでエリカには好都合であった。


 担架で運ばれる悪魔の手を握り、

「このまま病院に連れていかれても、大丈夫かな? 色々と調べられたら悪魔ってバレるんじゃ」 

「今は動くことさえままならぬが、心配はいらぬ。頃合いを見て抜け出す」

「そう。じゃあ、大人しくしていなさいよ」

 瀕死の悪魔は担架に担がれ、病院に運ばれた。




 しばらくしてエリカは病院に見舞いに行くが、悪魔は病院を逃げ出していた。

 悪魔は、言葉通り病院を抜け出していたが、一向にエリカのもとに戻ってこない。


 レイ、どこに行ったの? 私はここに居るというのに……。


 エリカの目の前から、悪魔は姿を消した。


 倒壊した家屋や残骸が瓦礫の山になる中、救急車と医療チームが現場に駆け付け捜索活動に当たった。

 公共施設や教会、学校などに一時、被災者は避難。敷地内に設営された、急造で作った野外病院に負傷者が運ばれて治療が行われた。 


 複数の建物が倒壊。瓦礫が散乱し、重機を使った救助活動が続いている。

 この光景を見ていたエリカはジッとしてはいられず、微力ながら手伝いをする。

 毛布やテントなどの救援物資の配布、瓦礫の撤去など一緒になって手伝った。

 そして、悪魔の帰りを待った。

 エリカは悪魔が返って来ると信じて、何日も待った。



 数日後、約束通り悪魔は戻って来た。

「もう、今までどこに行っていたのよ」

 エリカは悪魔の帰りを喜んだが、強い口調で言い放った。

「私がどんなに心配したか、分かっているの!」

「やれやれ、この予が人間に心配されるとは、今までになかったことだ」

「当り前でしょう! あんなに弱々しくなったあなたを見たのは初めて。死んで、消えてしまったんじゃないかって心配していたんだから」

 今にも泣き出しそうなエリカに、

「……悪かったな」

 小さな声で悪魔はエリカに詫びた。


 今までどこにいたのかエリカが聞くと、悪魔は武装集団と共に行動していたのだと言った。

「奴らに、金になる仕事はないかと聞いて。皮肉になものだな、一方で人殺しは罪になるが、もう一方では英雄扱いになる。それも多く殺せば多いほどだ。同じ人間の考えることなのに、こうも待遇が違うとはな」

「――まさか、人殺しの手伝いをしたんじゃ……」

「そうしたいのは、やまやまなだが、お前との約束があるしな。約束は守った。奴らは捕らわれている仲間を救いたがっていただけだ。奴らもまた、お前との約束を守って人殺しはしない。何せ『神』の言葉だからな。この先も永久に守っていくだろうよ。ただ仲間を救いたかっただけだ。お礼に、こんなに金を貰った。」

 そう言って手に持った紙幣の札束を見せた。

「……そんなことのために、私のために……」

 呟くように言ったエリカが、

「誰がそんなことしてと頼んだのよ!」

 怒り露わにして怒鳴った。


 エリカが何故怒っているのか悪魔には分からない。だが、自身を心配していることだけは伝わってくる。

「金が欲しくないのか? この件で、大事な金を使ったのだろう。せっかくお前が喜ぶと思っていたのに、全くもって分からない奴だ。人は、予と同じ欲の塊だと思っていたが、お前のように欲の無い者もいるんだな」

「もう、買い被らないでよ。私だって、たぁ~くさん欲があるんだから」

「どうかな、予には純粋な欲にしか見えないがな」

「今の私の望みは……」

 言い掛けて赤い顔になる。

「そんなの、言える訳ないじゃない。欲望? あなたは野望でしょ。考え方が違う。一緒にしないでよ。そもそも、あなたは世界征服でしょう、人間とあなたとはスケールが違い過ぎるのよ」

 そう思った瞬間、エリカは気付いた。

「……そうよね。ずっと一緒には居られないんですものね……」

「居られるだろう、一緒に?」

 二人の言葉が噛み合わない。

 すれ違いのまま、重苦しい時間が流れた。


 エリカにとって悪魔の存在は、最初はありふれた日常を刺激する新鮮な存在でしかなかったが、居なくてはならない存在となっていた。

 そのことに気付いたエリカは、あえてその気持ちを押し殺した。それは自分のためではなく、悪魔のことを思って発したりいつわりの言葉だった。

「ねえ、この先もむやみに人を殺さないって約束して」

「さあ、予を止められるのはお前だけだからな……」

 悪魔は、エリカに気持ちを投げ掛けた。

「私には出来ない。これも、さだめなのよね。あなたの自由を奪うことなんか…」

「強情な奴だな、素直になれないのか」

「私は、いたって素直だよ」

 エリカは言って自分に言い聞かせた。



 日本からの支援物資も到着。

 国際救助チームや国際医療チームも続々と現地に到着した。

「もう、大丈夫みたいね」

 復興が進み、見届けたエリカはこの地を離れることにした。



 ドバイ国際空港に戻ると、エリカは日本行きの便ではなく、何故かヨーロッパ行きの便に向かった。

「日本に帰るのではなかったのか?」

「だって、あなたはヨーロッパに住んでいたんでしょう。帰らなくっちゃね」

「帰るって、予がか?」

「そうよ。一緒に付いて行ってあげるって言っているの。一度、行きたかったの。一生に一度のヨーロッパへ」

「……」

 悪魔は何も答えなかった。


「もしかして、怖いんでしょう。また絵の中に閉じ込められるのが」

 沈黙を破るように、あえてふざけて言う。

「バカな、今度そこ返り討ちにしてやる」

「そうよ、その意気よ」 

 とエリカは強がって言った。

 

 ある決意を胸に、エリカは悪魔の故郷であるイタリアに向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ