私が守ってあげる
「キャーー!」
エリカが思わず悲鳴を上げた。
「どうした?」
との悪魔の問いに、
「あし、足元にサソリ、なんとかしてぇ!」
エリカが必死で頼む。
「むやみに殺すなと、さっき言ったばかりではないか」
「あれは別よ、猛毒なの、噛まれたらどうするのよ! 第一、私は虫系が嫌いなの、駄目なのぉ!」
「そんなことで殺されては、サソリが可愛そうではないか」
「もう、揚げ足を取らないでよ。とにかく、私は苦手なの!」
「相変わらず、身勝手な奴だな」
エリカと悪魔のやり取りに、横の柱に縛り付けられている日本人が居たたまれず、
「少し、静かにしてくれないか。余り彼らに刺激を与えると、命の危険が……」
強張った表情で注意する。
「あ、すっ、すいません。静かにします……」
冷たい視線が向けられ、エリカはうつむく。
救出どころか、すっかり面目を失ってしまった。
「キャーー!」
再び室内にエリカの叫びがこだました。
建物内の全ての虫達が、一斉に出て来て出口の方へと逃げ出した。
これには兵士達も驚いた。
足をバタバタさせ虫達を追い払う。
「生き物は、人間と違って賢いな」
感心したような口ぶりの悪魔に、
「何をしたの?」
エリカが聞くが、
「何もしていない。ただ、お前達の信じる神が怒っているのではないのか」
「神が……」
エリカは、悪魔の言っている意味が分からなかったが、直ぐにその意味が理解出来た。
悪魔は自らの力で縄を切って立ち上がると、エリカと二人の日本人の前に出た。
そして、動揺する兵士に悪魔は言い放った。
「お前達、ここから早く逃げるんだな!」
悪魔が挑発する。
「――ちょっとぉ! あまり刺激しないでよ」
慌ててエリカがなだめるが、更に、
「5、4、3、2、1」
と続け、
そして、「ゼロ」と悪魔が言った瞬間、地面が突き上がり、大きく揺れた。
「わぁーー!」
エリカが驚きの声を発し、
「キャーー!」
それが悲鳴に変わった。
今までに味わったことのない巨大な地震が起きたのである。
建物の天井が崩れ、兵士達は慌ててその場から逃げ出した。
巨大地震は三分間に渡って大きく揺れたのち、揺れはおさまった。
「やっと、おさまったわね」
ホッとしたエリカが辺りを見回すと、瓦礫は、何故か悪魔の周りを避けるように落ちていた。
「こ、これは一体……」
拘束された二人の日本人は、悪魔の力に驚かされた。
「君達は、何者なんだ?」
悪魔は二人の頭にスーッと両手をかざす。
途端、意識を失いその場に倒れ込んだ。
「何をしたの?」
「なぁに、意識を無くしただけだ。騒がれると面倒だからな。ついでに今の記憶も無くしてある。目が覚めた頃には、肝心なことは忘れているだろう」
「――まさか、あなたが地震を起したんじゃ…」
エリカが核心を突くが、
「バカな、予とて大地を揺るがすほどの力は無い。それこそ、神の仕業だろう」
エリカはホッとする。
「なんにしても、助かったみたいね。でも、直前に地震が起きるなんてよく分かったわね」
「あれだけの巨大なエネルギーだからな。ここに来た時から異変を感じていた」
倒壊したビルを出たエリカが見たものは……。
辺りは土煙におおわれ視界が遮られていた。
町の面影は見る影も無く、一面に瓦礫の山々が連なっていた。凄惨な光景だった。
空を黒く染めていたのは砂塵だけではなく、空を覆い尽くすほどのサバクトビバッタの群れだった。
「ここまで飛んで来たのね」
エリカが言って、
「ああ、死人に匂いを嗅ぎ付けて来たのだろう」
悪魔が答える。
凶器と化したバッタは死肉をあさっていた。
まさに、街は地獄絵と化していた。
「まさか、あのイフリート…」
エリカの不安は的中。
目の前に巨人が居た。五メートルもある大男。
「あれは?」
「イフリートだ」
「嘘。あんなに大きくなかったのに」
「あいつは生きた魂を好物としている。瀕死の人間の魂を栄養分として力を得たんだ」
「それって――」
「ああ、死人を増やしている最中だ」
「そんな……一刻も早く止めなきゃ。被害者が増えるじゃない!」
住人にはイフリートの姿は見えない。
悪魔との繋がりのあるエリカだけには見えているようだった。
「ああなっては、もうどうすることも出来ぬ。もはやこの地は、奴にくれてやるしかないな」
「嫌よ、そんなの。この地は、ずうっと前から住んでいる住人のものでしょう。あいつを倒してよ! レイなら倒せるはずよ」
「何故予が、危険を冒してまで人間を救わなければならぬのだ」
「お願いよ、一生のお願い、だから……」
懸命のエリカの嘆願に、
「……分かったよ」
ボソッと呟くように言った。
「ほんと!」
「奴が気に入らぬからな」
「でも、勝てるの?」
「二人の息が合わねば、勝てぬ」
そう言ってエリカに秘策を授ける。
悪魔は長い杖を出した。
「これは? マンガとかでよく見るものなんだけれど」
先に三本の槍のようなもの物が付いた長い杖。
「この杖は、予の分身」
「分身って、じゃあ」
「ああ、お前に命を預けたということだ。これを奴の心臓に突き刺せば仕留められるだろう」
「わ、私が?」
「他の誰が居るというんだ、お前しか居ないだろう。こうしている間にも、死人は増えているのだぞ」
「だって、私はなんの取り柄もない平凡なOLよ」
「お前なら、出来る」
背中を押した。
二人のやり取りに気付いた巨人のイフリートが近付いて来た。
のしのしと地面を押し付け近寄って来る。
「生意気な子娘をよこせ。真っ先に八つ裂きにする」
と脅しを掛ける。
「断る」
「なにぃ!」
力を得たイフリートは悪魔を恐れず威圧する。
そして、口から炎を吐き出した。
得意技の火炎放射。
炎を吹き出したイフリート攻撃を、悪魔は差し出した手のひらで受け止める。
炎が悪魔の手のひらに吸い込まれていく。
「何故、人間のままだ。それだと力が出ないだろう」
イフリートが聞くが、
「貴様ごとき、人間のままで十分だ」
悪魔は言った。
――そうだ。あの時、飛ぶ時も『見られたくないんだ』って言っていたわ。何故、力の出る元の悪魔に戻ろうとしないのよ……。
「ちょこまかと、すばしっこい奴。ワシと戦う気があるのか?」
ほんと、そう。 何故、攻撃をしないのよ。
と思ったエリカが右手に持つ杖を見て、
そうだった、私が悪魔の武器を持っていたんだ。レイが私のために囮になっているのに、私が頑張らないと。
意気込むエリカの気配を感じ取ったイフリート。
振り返ったイフリートに睨まれ、
「やっぱ、無理! 私には出来ないよぉ」
声を上げ慌てて逃げ出した。
「お前が逃げてどうする! 皆を助けたくはなかったのか」
――そう、そうだったわ。ここで逃げてどうするのよ。
自分に言い聞かせ、エリカの足が止まった。
エリカは逃げずに、その場に留まった。
大きな石が飛んで来て、イフリートの急所である後頭部に当たった。
「クッ! よくも」
振り返ったイフリートが悪魔を睨み付ける。
「貴様の相手は、こっちだ! それとも、予を恐れ、弱い人間にしか相手に出来ないのか」
「なにぃ、言わせておけば」
悪魔が囮になってイフリートを引き付ける。
イフリートが背中を見せた。
――チャンス到来。
でも、あんなに離れているんじゃ、ここからじゃ届かないじゃない。
悔しさのあまり、強く握った杖が僅かに伸びた。
これって――。
悪魔の分身。生きている。
ならばと、杖に力を込めた。
エリカの思った通り、杖が伸びる。
やっぱり。これって如意棒と同じだわ。
全身の力を杖に込める。そしてイフリートまで届ように長くなれと念じた。
「えぇーーい!」
渾身の力で杖を押し出す。
グウゥーーンと杖が伸びて、イフリートを貫いた。
『ギャアーー!』
杖がイフリートの心臓を貫いた――。
途端、サバクトビバッタの群れ飛び去り、廃墟の街は明るくなる。
エリカと悪魔の協力によって巨大化したイフリートを倒した。
「ありがとう、レイ」
「倒したのはお前だ。さすがは女戦士」
「もぉう、からかわないでよ」
危機は去った。
エリカの足元にトカゲがよろよろとはっていた。
「いつの間に?」
「危険な目に遭わせた張本人だ」
「張本人? じゃあ、この小さなトカゲが、悪魔のイフリート……」
「踏みつぶせばいい。全ては終わる」
「いえ、これに懲りて、悔い改めるんじゃないの」
そう言ってよろよろと逃げるトカゲ見逃した。
「こいつは、悔い改めない。生かしておけば、また災いを引き起こすのだぞ」
悪魔がエリカに忠告するも、
「じゃあ、あなたもそうなの?」
そう言って悪魔を見る。
「…予も同じ……」
「そう、そうよね。私達人間の敵、悪魔ですものね。でも、それでいいんじゃない」
そう言って笑みを見せた。
「それでいい、か……」
懐の大きいエリカに、悪魔は何も言わなかった。
6話を2分割しているので、2時間後にまた投稿します。また見て下さい。