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中東の悪魔

 羽田空港、国際線。

 一人と、魔物は日本航空・中東ドバイ行きの直行便に乗った。

 深夜0:30分発、ドバイ時間7:20分着。フライト時間は11時間50分。


 飛行機内で悪魔が興奮気味に言った。

「これが文明の利器の、最たるものか……」

「そう、人間もたいしたものでしょう」

 エリカが自慢するように言うと、

「フッ、人間が進化したのではなく、道具が進化しただけではないか」

 悪魔は言い返す。

「ひょっとして、高所恐怖症? だから、さっきから顔が青いのね」

「誰が恐れているだ。第一、予は飛べるのだぞ」

「あぁ、そうだった。羽根の生えた悪魔だったわね」

 と小馬鹿にしたように言い、プライドを気付けられた悪魔がスネた。


 飛行機は上空の、雲の中に入って行く。

「変な気、起こさないでよね」 

 隣の窓側に座る悪魔にエリカは小声で言った。

「何をだ?」

「ハイジャックよ。あなたは翼があるから大丈夫だろうけれど、墜落したらみんな死んでしまうのよ」

「人間共は皆死んでしまえばいいんだよ」

「そんな考えだからいけないのよ」

 言いながら口を尖らせる。


「で、この状態が、いつまで続くんだ?」

「十二時間弱、その間、じっとしていててね」

「そ、そんな時間まで、何も出来ないのか? ここは地上と違って、見る物が何も無ない空だぞ」

「退屈だったら、これでも見たらいいよ」 

 とエリカが言ってスマホを見せる。

「部屋にあったパソコンの小型版よ。有料のワイファイだけれど、ちゃんと電波は通っているから」

 検索画面の状態で手渡した。

「私は寝るから。あなたも少しは寝なさいよ、体によくないから」

「おっ、心配してくれるのか?」

「当然でしょう、あなたが居ないと、なぁんにも出来ないんだもの」

「予は絵の中で、十分寝ていたからな」

「頼りにしているよ。じゃあ、お休み」



 長時間のフライトの末、目的地、ドバイ国際空港に着いた。

 日本との時差は5時間。気温は22度、湿度8度。ドバイの12月は比較的温暖で過ごし易いベストシーズン。日本の秋の気候に似ている。


「ここからまた乗り換えるのよ」

 到着早々、エリカが言った。

「乗り換える、って、またあの狭い空間に閉じ込められるのか?」

「そうよ、直通便が無かったからね」

「ずっと狭い絵の中にいたんだぞ、長時間の軟禁は、もうこりごりだ」

「ここまで来て、駄々こねても……」

 少し考えて、

「あっ、そうか、悪魔って飛べるんだったわね。だったら、早く言いなさいよ。高い運賃払ったんだから」

 エリカが愚痴るも、

「渡り鳥じゃないんだぞ、そんなに飛べるか」

 と悪魔がツッコミを入れる。


 空港を出て人気のない裏通りに入ると、

「変身するから、こっちを向くなよ。少し目を閉じていてくれ」 

 と念を押す。

「急に何よ、裸になるんじゃないんだし、恥ずかしがることないじゃない。本来の姿に戻るだけでしょう。素のあなたの姿は見たのよ」

「それは……いいだろ、そんなこと。見られたくないんだよ」

「もう一回、悪魔の姿を見たいのにぃ」

「い・や・だ」

「わ、分かったわよ」

 意識の変化にエリカは気付かない。

 悪魔の微かな感情の変化に気付かなかった。


「不本意だが」

 と悪魔が言って、エリカを後ろから抱き締めるようにしっかりと抱き抱える。


 ひゃー。


 人肌の温もりがない、爬虫類のようにひんやりしている皮膚が、ちょっと心地良い。


 長い翼を出した悪魔。

 ひと羽ばたきすると舞い上がった。

「これじゃあ目立ち過ぎ、人がこっちを見ているわよ」

 空を飛ぶとさすがに人の目が気になる。

「心配ない。向こうからは見えない」

「そっか、悪魔だもんね。見えないところで活動する、まるでコウモリと同じ存在なのよね」


 更に上空へと舞い上がると、ドバイの超高層ビルの街並みが眼下に見えた。

 沖合に造られた人工島。ヤシの木を模して造られた、三日月型防波堤に取り囲まれたパームアイランドが、雪の結晶のように綺麗に見える。

 近代的な建築群とはまるで対照的に、遠くには荒涼とした砂漠が広がっていて、別の世界にでも来たような感覚に陥るのだった。


 ドバイはアラビア半島のペルシャ湾に面した平坦な砂漠地帯にある。

 人口240万人を超えたドバイは、多くの超高層ビルや巨大ショッピングモールが建設され、摩天楼の連なる都市国家として中東随一の繁栄を誇っている。


「あれが有名なブルジュ・ハリファで、あっちに見えるのがパームジュメイラね」

 世界一高い超高層ビル(828m)ブルジュ・ハリファを横切り進んで行く。


「暴れるな、お前が重荷になっているということを忘れるなよ」

 不安定に飛んでいるのに指差しながら暴れるエリカに注意するも、眼下のパノラマに喜び大はしゃぎ、ハングライダーにでも乗って飛行しているようにエリカは遊覧気分を満喫する。



 広大なペルシャ湾海を右手に岸線沿いを北上する。

 何も無い砂漠が、地平線の彼方まで続いていた。


 エリカを抱えた悪魔は大きな川を上って行く。

 突如現れた古代都市の遺跡群。

 悪魔はその地に舞い降りた。

 そこは強い北風により砂嵐に見舞われていた。


 壊れた泥レンガの建物が、いにしえの繁栄を僅かに偲ばせている。

「この辺りは、メソポタミア文明の栄た場所だが、ずいぶんと落ちぶれたものだな」

「国というのは栄えたり衰えたりを繰り返しているの。要は、滅びない限り永遠と続くのよ。我が日本国は、誕生して以来、一度も滅んだことがないの。凄いでしょう」

 と自慢するエリカ。

 海外に来て日本から離れることで、改めて祖国の良さに気付くエリカだった。


 急に辺りが暗くなる。

「雨が降るのかな?」

 と言ってエリカが空を見上げる。が、

 天候が変わったのではない。空覆い尽くすほどの黄色の大群。その正体はサバクトビバッタだった。

 すぐさまエリカが検索。

 すると、『サバクトビバッタは世界最古の害虫と恐れられている。一日で三万人以上の食料を食べ尽くす』とあった。

 深刻な食糧難や生活困窮者の急増をもたらしていた。


「この騒動の元凶だな」

 悪魔が言った。

「じゃあ、貧しいから、テロを……」

 再度、エリカが睨むように空を見上げる。


「ケ、ケケケ」

 薄気味の悪い笑い声が聞こえた。

 慌ててエリカは悪魔の後ろに隠れる。

 実態を持たない影のようにゆらゆらと揺れている。

「誰? 誰なのよ、あいつ」

 一目で人間ではないと分かる容姿に怯えながら悪魔に聞いた。

「イフリート、中東の悪魔か。様々な生き物を自在に操ることが出来、予と同じ変身能力を持つ厄介な相手だ」

「生き物を操る? だから、バッタを引き連れ、悪さをしていたんだ」

 二人の魔物。エリカは悪魔とイフリートを交互に見た。

「この地で、憎しみを栄養にして力を得ている。憎悪や憎しみが奴の、何よりの好物」

 イフリートは負の連鎖を世に広め、自分のテリトリーを広げてきた。

 ヒグマのような凶暴さを秘め、思わずエリカは首をすくめる。

 

「何度も、世界の中心ヨーロッパに戦いを挑んだが、ことごとく跳ね返された」

「アレクサンダーとかいう英雄のことか、それに十字軍。第一次だったか、世界大戦で野望はついえた。その間、世界の中心はアメリカやアジアに移ったのだろう」

 そう言ってエリカを見た。

「それ、パソコンで覚えたやつ。ちゃんと学習しているのね」

 エリカが感心。


「久し振りだな、いや、何百年ぶりか」

 懐かしそうにイフリートが聞くが、

「貴様に会った覚えはない」

 素っ気なく悪魔は答える。

「忘れたのか?」

「昔のことは、どうでもいい」

「相変わらず、愛想のない奴だ。ようやく封印が解けたようだな。どうだ、ワシと手を組まぬか。世界の半分をお前に与える」

「断る」

 即答する。

「人間に味方するのか? 長い間閉じ込まれていたせいで、野望が薄れたか」

「フッ、笑止。予は全てを手に入れるからだ」

「何を!」

 イフリートが声を上げるが、

 悪魔がひと睨みする。

 悪魔に睨まれ、不利を悟ったイフリートが後退りした。



「人間に関わると、身を滅ぼすぞ」

 とイフリートは悪魔に忠告する。

「な、なんで私と関わるとレイが死ぬのよぉー」 

 悪魔の後ろに隠れているエリカが顔を出して言い返した。

「きっと後悔する。いや、後悔させてやるぞ」

 吐き捨てるようにイフリート言うと、突然舞い上がった砂漠の砂煙に紛れるように消えた。


「……消えちゃったね。てっきり、壮絶なバトルが始まるかと思ったわ。悪魔同士の、大地を揺るがすような激し決闘が」

「マンガの見過ぎだ」

 との悪魔の言葉にホッとするエリカに、

「今の奴は、実態を持たぬ影。たいしたことはない。だが、執念深い奴のことだ、このまま終わるはずがない。きっと何かある。気を付けておけ」

 と注意を促した。



 やがて、日本人の拘束された町にたどり着く。

 あちこちに検問所が設けられていて、テロリストが行き来していないか厳重に警戒していた。

 中心部にある市街地は建物が密集し、迷路のように路地が入り組んでいる。

 大きな事件があったのにもかかわらず、多くの商店が軒を連ね活気に満ちていた。


「で、お目当ての相手は見付かるのか?」

 辺りを見渡しながら悪魔が聞くが、

 エリカは強引に悪魔と腕を組んだ。

「おいおい、そんな気はないと言っているではないか」

「馬鹿ね、カップルを装っているのよ。でも、私達って、誰が見てもお似合いのカップルに見えるでしょ、美男と美女。うふっ」

 二人は観光客になりすまし、奥地へと足を踏み入れる。

「こうして歩いているだけで、あっちから近寄って来るわ。何せ、日本人は否応なしに目立つからね」

 笑顔で答える。

 エリカは恐れることなく危険地帯に潜れ込んだ。 


「ここは、法律に縛られた窮屈な日本と違って、殺し合う戦場なんだな。予に適した場所だ。早く人間どもを皆殺しにしたい」

「駄目よ、人殺しなんて。そもそも私達は人助けに来たんだからね」

 エリカが釘を刺す。

「やれやれ、予が人助けとは……」

 悪魔は呟く。

「早く、早くってば」

 嫌々な悪魔を、エリカが背中を押した。


『キィーー!』

 歩みを遮るように砂煙を上げ、二人の目の前で車が止まった。

 車内から武装した戦闘員らが銃口を向けて近付いて来る。

 迷彩服を着た黒い覆面姿の男達。

「さっきから付けられていたぞ。人気の無い場所を狙って待っていたんだろう」

 兵士は分からない言葉を発して、二人を無理やり車の中に押し込んだ。


「日本人は、よほど金持ちなんだな」

 後部座席でエリカと悪魔は兵士に挟まれている。聞こえないように悪魔が耳打ちした。

「言葉が分かるの?」

「言葉ではない、心の中を読み取るんだ。日本政府とやらにゆすりを掛けているらしい。それと、戦闘員の解放を要求している」

 高額の身代金が取れると兵士達は話し合い、仲間の解放も間近だと笑っていた。



 人気の無い寂れた大通りを車は走る。

 通りを歩く人はまばらだ。

 薄暗い路地を走っていた車は、過激派集団のアジトらしい建物にの前で止まった。

 そこは、廃墟となったビルだった。


 エリカと悪魔は建物の中へと連れて行かれた。

 建物の中には二十人の仲間が待機している。 

 そこには拘束されている二人の日本人が目隠しされた状態で、怯えるように身を丸くしていた。


 武装集団は人質に銃を突き付けている。


 ――早く助けなきゃ。


 その光景を見てエリカが勝手に走り出すも、

「動くな!」

 兵士の一人が声を上げ発砲。

「きゃー!」

 彼女の足元に弾丸が弾け、慌てて戻ったエリカが悪魔を盾にして描くれるようにしがみ付いた。

 エリカが青ざめる。

「顔が青いぞ。さっきまでの威勢はどうしたんだ?」

「当り前でしょ! 一発でも当れば死ぬんだから。あなたが居るから強気に出れたんじゃない。本当に、大丈夫なの?」

「いくら武器を持とうが、人間如きが予の敵ではない」


「黙れ! 静かにしろ」

 兵士が銃口を向け、更に威嚇する。

「死にたくなかったら、予から放れぬことだな」

 悪魔が耳元でささやく。

「あ、はい」

 素直にエリカは従った。

 偉そうな物言いだが、それがかえって心強く、無性に頼もしく思えた。


 恐れを知らぬ悪魔は、前へと出た。

 姑息なやり方は面倒だった。

 兵士は「動くな!」と声を発すると、見せしめのために容赦なく機関銃を乱射した。

 悪魔は身を挺し、エリカの盾となる。

 

 機関銃の弾丸は、何故か悪魔の体に吸い寄せられるように消えた。

「な! 何故だ?」

 銃弾が悪魔に吸い寄せられて行く。

 兵士達は、男が最新式の防弾チョッキを身に付けているのだと思った。

 未知の兵器に動揺する兵士達。


 だが、悪魔の勢いもそれまでだった。

 背後から忍び寄って来た兵士が、エリカに銃を突き付けたのだ。

「――ちょっと待って! ストップ、ストップよ」

 エリカが悪魔の動きを止めた。

「やれやれ、これだから人間は愚かなんだ。仲間が居るから不利になる。争いの場に弱みを持った者には死が待っているというのに」

 悪魔は愚痴るも、仕方なく手を上げて降参。大人しくなった。

 抵抗出来ない悪魔も拘束された。


 兵士達は、悪魔に近寄り身の周りを確認した。

 武器は携帯しておらず、最新式の防弾チョッキもまとっていなかった。

 銃弾を防いだのはなんだったのか? 悪魔に対して更に不審を強めた。


 兵士達は、悪魔を唯一の危険人物として身構える。そして、反撃されてはかなわないと、機関銃で殴り付けた。

「やめてぇーっ!」

 エリカの叫びも聞かず、力の限り殴った。

 

 こんな目に遭わせて、ごめんなさい。


 エリカは直視出来ず、心の中で叫ぶしかなかった。


 悪魔が睨む。

「ウウ! コイツ……」

 悪魔のすごみに恐れた兵士が一瞬、尻込む。

 この行為が怒りに火を付け、更に機銃で殴り付けた。


 兵士は容赦なく悪魔を何度も何度も叩き付ける。  

 悪魔はその場に力尽き倒れた。

 引きずられながらエリカと一緒に、拘束された二人の日本人と同じように柱に縛り付けられた。

「……大丈夫?」

「ああ、予に痛みはない。あれは芝居だ。きりがないからな。だが、予をこんな目に遭わせた奴らを許さぬ」

「お願い、約束は守って。血は見たくないの」

「このままではらちがあかないだろう。奇麗事言っている場合ではないんだぞ」

 この状況下ではドラマのようにはいかない。

 悪魔の言葉が身に染みる。

 考えが甘かったのだとエリカは痛感した。


 救いに来た悪魔とエリカが柱に縛り付けられ、身動き出来ない状態となった。

 だが、捜し求めていた日本人に会うことは出来た。 

「もう大丈夫ですよ、安心して。ここから貴方達を救出してあげるから」

 監視している兵士に気付かれないように小声で言った。

 同じ日本語を話す者に、二人の日本人は安堵する。

 彼らは、救出に来たのだと喜んだ。これで助かる、と。


 自ら目隠しを外した彼らは愕然とした。

 てっきり、国の軍隊を先導して助けに来たとのかと思っていたが、目の前には女一人と、大柄な男の二人しか居なかったのである。

「まさか、二人だけ?」

「そうよ、でも、彼は特別強いの。あんな奴ら、本気になれは秒殺なんだから」

 エリカは誇らしげに言うも、彼らにはその言葉を信じられるはずはなかった。

 カッコ良さがだけが取り柄の、目付きの悪い男、こんな男が助けになるなんて思えられない。

 何も考えず目立つために遣って来たのだと、彼らは冷ややかな目を向けた。

 

 そんな彼らの視線も気に止めずに、エリカは救出の時期をうかがっていた。

 この状況をエリカは落ち着いて頭の中で整理する。


 確か、アジト前の警護は五人、部屋の中には、ざっと二十人はいるわね。その彼ら全てが武器を所持している……これって……。


 特に、機関銃を持つ幹部らしき兵士には威圧感がある。

 部屋の隅にはダイナマイトような物があり、破壊工作に、また自爆テロに使われるものだろうか。そう思うとエリカはゾッとし、背筋が凍り付く思いがした。


 強がってはみたものの、状況は絶望的であった。

 エリカは自身が足手まといであることに、この時気付いた。


 本当に大丈夫なのかしら……生きて、帰れるのかしら……。


 女という弱い存在の自分が、こんな危険な場所に居てはいけないのだと初めて気付いたのである。

 肝心の悪魔も柱に縛られ身動きが取れない。

 思い描いた救出作戦は失敗に終わり、一転、窮地に陥った。


 私、口封じのために、ここで殺害されるんじゃ……。


 エリカは死を覚悟した。  


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