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ここから出せ

 東京メトロ千代田線・乃木坂駅6番出口。

 暗い地下鉄の階段を上って駅を出ると、イルミネーションが輝く別世界。

 

 明日はお休みだし、今晩はもしかして泊まりになるかも……。


 とドキドキしながら待ち合わせ場所に向かう。


 日曜日に両親に会って、とんとん拍子で結婚、なんてこともあり得るかも。


 と更に想像を膨らませ、自然と浮かれているエリカ。


 シンゴとのデートで、待ち合わせをした国立新美術館前。

 でも彼氏はなかなか現れない。

「あ~、寒い。なんで今日はこんなに寒いんだろう。仕事を急かすのもなんだし、中で待っていよっと」

 中で待っている、と書いたメールを送信したエリカは、一人美術館の中に入った。


 流線形の近未来的な外観と波打つガラス建築。曲線を描くガラス張りの、揺らめくカーテンのような外観が目を引く美術館は六本木のシンボルとして愛され、それ自体が美しい芸術作品のようである。

 館内にはミュージアムショップ、レストラン、カフェなどが併設されて、エリカはぶらり歩いて時間をつぶした。



 ほどなくすると、美術館内にシンゴが現れた。


 仕事が長引くって言ったわりには、意外と早かったじゃない。


 勢い良く駆けようとしたエリカの足が止まる。


 え――。


 彼の横には女性が。

 一瞬、顔をそむけたエリカが、ゆっくりと向きを変えながら思いを巡らす。


 なんで? 一人じゃない。なんで、女の人といるのよ。どういうこと? しかも私より若く、派手。一人身で、彼女なんていないって言っていたのに……。もしかして私、二股掛けられていたの……。


「エリカ?」

 エリカに気付いたシンゴが声を掛ける。が、

 知らない人のように装い、エリカは振り向くことなくぎこちなく大股で歩き、シンゴとの距離をとると、彼から逃げるように美術館の奥へと走り出した。


「今の、エリカだったよな。……やれやれ」

 と面倒くさそうにシンゴは言って頭を掻いた。

「さっきの女が、元カノ? 私達を見るなり、慌てて奥の方に入って行ったけど。ちょっとぉ、彼女とは別れたって言ったじゃない」

 ムッとしてシンゴを睨む。

「あいつ、顔に似合わずキツくて、面と向かって言い出せなかったんだ。だから、こうしてお前を連れて来たんだよ。どんなに鈍い奴でも、こうしているだけで分かるだろ」

「そうなんだ。でも、話し合って、きっぱり別れた方が良いんじゃないの」

「あーあ、面倒くさ。ま、いいか、帰ろ」

「帰るの、せっかく来たんだし、見て行こうよ」

「俺、絵画に興味ないしな。それに、会って泣かれたら、俺、悪者じゃん」

「そうよね、向こうが一方的に好意を寄せているだけなんだし、シンゴは悪くない。気付かない方が悪いのよね。でも、遊ばれているとも知らずに付き合っていると勘違いしていただなんて、イタいわね。可哀想過ぎる」

 と言って、エリカに同情することなく彼女は笑った。

「こんな落ち着いた大人の街より、もっと派手な若者の街、渋谷とか新宿とかに行こうぜ」

 シンゴはエリカに会おうともせず美術館を出た。


 一方、シンゴ達から逃げるように館内の奥へと向かったエリカ。

 そして、隠れるように『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた部屋に入った。


 ここは?……。


 薄暗い部屋の中には、展示されていない、ホコリのかぶった古めかしい絵が幾つも置かれていた。

 エリカはもちろん、そんな絵を見る余裕はなかった。

 一瞬見せたシンゴの嫌味な笑みが脳裏から離れない。


 別れを言い出すのが面倒で、シンゴは、あえて新しい彼女を連れて来ていたのだと悟ると、涙が溢れ出る。


 一人で良い気になって、舞い上がって……。


 自分が情けなく惨めに思えた。


を、ここから出せ』

 

 ――えっ、声? 


 辺りを見回すが、薄暗い部屋の中には人の気配は感じられない。

 普段なら恐れて部屋を出るのだが、この時のエリカはシンゴのことで頭が一杯で、恐怖すら感じられないでいた。


 今、声が聞こえたんだけれど……。


『予を、予をここから出せ。願いはなんでも叶えてやる』


 やっぱり、誰か居る――。


「誰? 誰か居るの」

 声を出してエリカは言うが、誰も居ない。

『ここだ』

 エリカは導かれるまま、声のする方に歩み寄る。


 彼女の目の前には大きな肖像画があった。

 まるで写真のように写実的な油彩画。ぼやけた輪郭、明暗の対比。静謐さに満ちた雰囲気。

 その絵には、風変わりな格好をした人物が描かれていた。

「あ、悪魔? でも、どこかで見たような作風……」

 と思わず声が漏れる。

『そうだ、お前の言う悪魔だ。ここから予を出せ』

「あなたが言っているの?」

 不思議そうに絵を見詰める。


「でも、どうやって?」

『ただ、念じるだけでいい。念じるだけでいいんだ。人間どもが念じて封じ込めた絵の中、お前が念じることによって、予はここから抜け出せる」

 そう言われ、エリカは疑いもせずに念じた。

 閉じ込められている絵から悪魔が出れるよう、彼女は一心に念じた。

 

「誰だ! 誰かそこに居るのか?」

 

 ――やばい。警備の人だ。


 不審に思う警備員が入ってくれば、確実に見付かる。

 ならばと、覚悟を決め表に出た。

「はい! 勝手に入って、すみませぇーん!」

 深々と頭を下げて謝ったエリカは急いでその場から離れようとした。

 

 ――えっ、まさか。


 確かではなかったが、逃げる途中、一瞬見た絵に悪魔の姿は無かった。

 


 美術館から出たエリカは地獄に落とされた思いだった。

「とんだ厄日だったわ。でも、あんな女ったらしと別れたんだから、まあ、良っか。でも、悔しい。仕返ししてやりたいわ」

 エリカの頭から一瞬、湯気が立ち上り、歯ぎしりして悔しがる。

 忘れられない楽しいデートになるはずだったのに、一瞬で破綻。クリスマスの迫ったこの日は、エリカにとって天国から地獄へと落とされた最悪な日になってしまった。

 今になって、ふつふつと怒りが込み上げてくるのだった。


「やれやれ、やっと出られた。礼を言うぞ」

 振り向くと、絵に描かれていた悪魔が立っていた。

 体は大きく頭部に二本の角が生え、青色の肌、コウモリのような翼がある。何より生命力が溢れていて、明らかに自分とは違う別の生物だとエリカは思った。

「予を見て、驚かないのか?」

 不思議がる悪魔に、

「悪魔って、本当に実在したんだ」

 目を輝かせながら言い、

「まぁ可愛い、あなたが悪魔さんね」

 悪魔の顔をなめるように見る。

「可愛いいだと……」

「漫画ではおなじみの悪魔、私は見慣れているからね」

「マンガ? だと」

「そう、漫画よ。恐ろしそうな悪魔やカッコ良い悪魔、様々なキャラがあるけれど、あなたは普通ね」

「ふ、普通! まあ、予を可愛いと言った人間はお前が初めてだ。予はお前の言う悪魔、ルシファーとも呼ばれていたがな」

「そう、ルシファーね。私はエリカ、神田エリカよ、宜しくね」


 挨拶もそこそこに、興味のおもむくまま悪魔の顔を触りながら、

「わあ、本物だぁ。ひんやりとした皮膚も微かに動いている。てっきり、オーダーメイドで作ったリアルな造形のコスプレコスチュームかと思っていたんだけれど、着ぐるみなんかじゃないのね」

 興味の眼差しで見ながら悪魔の体のあちらこちらを触る。

「下等な人間の分際で、気安く予の体に触るな、汚らわしい」

 言いながらエリカの手を払いのける。

「汚らわしいって、よく言うわね。あなたこそ、もう何年もお風呂に入ってないんじゃない、野良犬や野良猫以下じゃないの。こうやって嫌がらずに撫でてあげているだけでも、ありがたく思いなさいよね」

 と気にする様子もない。

「ウッ……」

 嫌がる悪魔を気にもとめずに、

「ねえ、悪魔ってどんな生き物なの? 悪の権化というか、悪者のボスなんでしょう」

 知りたいことを聞いた。

「悪魔と人間は影と光の関係であり、影はいつも人間の後塵を排してきた。だが、悪魔と人間は表裏一体。例えるならがんのようなもの。同じ細胞でありながら全く異質。癌細胞は周りの栄養をことごとく吸収し、己の力へと変えていくもの。僅かな期間で増殖し、宿主を乗っ取る。人間どもを魔族として変異させ、予の忠実なしもべとして世界中に送り込み、世界を我がものとする」

「ふーん、世界を我がものに、ね」

「そうだ。悪魔は欲望のまま、思いのままに生きる種族。お前のお陰で、人間どもを魔族へと変え世界を乗っ取れる。長年の夢が叶う時がきたんだ」

 悪魔自ら力強く語った。


 封印が解かれ自由になった悪魔。

 悪魔にみなぎる力が蘇ってきた。


全8話の予定です。土曜の仕事終わり、22時ぐらいに投稿します。

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