命名、ちくわぶ。
更に進むと、海流が強まってきた。海底から積みあがる輪切り大根の群れ。面取りされ、十字の切り込みを入れられた切断面の歪みが、海流との相互作用で各大根間の不安定さを齎す。いつ崩れるとも知れない大根柱群を縫って、我々は先を急いだ。
随伴のちくわが口を開く。神経みたいだと思わないか?
え?と僕は返す。
分子でもいい。原子でも。
或いは世界のすべてでも?
そうだけど、別に無意味な比喩じゃないと思うんだ、非接続で、接触したりしなかったりしていて、というか実質的には接触できない。そうではあっても彼らは個々に、或いは集団間でやり取りをしていて、そこには相互作用が存在している。彼らの間の揺らぎはきっと、彼ら自身がうみだしているものなんだ。
ここの海流が強いのは、彼らが居るから、ってこと?
まあ、プラクティカルな方に引き戻すならそういうこと。
崩れそうで崩れないのが怖いね。
大根柱群を抜けると、茹で卵が海流に流されて浮きつ沈みつしていた。機雷のようなもので、結局障害物を避けて進まねばならないのには変わりなかった。
そういえば、仇、とか言っていたね。また、口を開いたのはちくわの方だった。
うん。誰かは覚えてないけど、僕には殺さなくてはならない相手がいるらしい。
改めて聞いてみても随分と物騒だね。
まあ僕だってそう思うよ。
警戒を疎かにしていたとは思わない。妙なことである。あれだけの大きさをした影が接近してくることに気付けなかったとは。
車麩であった。
孔を抱えた円が四分割された形の個体が、四体集まって一群体。ちくわと違い、その孔の幅を、四分割された各個体の接合を敢えてずらすことで拡げ、喰らえるタネの種類を格段に増やしたプレデター。四方から僕を咥え込んでいた。
なんだおまえ、魚肉の味がしねえな、ほんとにちくわか。僕を咥え込んでいるせいで若干もごもごといった調子。
どうやら違うようなんだ。ガワは似てるけど、我ながら咥え込まれているにしては冷静な風を装えたと思う。
寧ろ俺らと同じ味がするな。小麦製か。
共食いのご経験が?
いいや、小麦製のタネなら他にもいろいろ居るんだよ。あまり好きじゃない。本能的忌避だろ、自分達と誤認する部分があんだよ、多分。
難儀なものだね、逃がしてくれたり?
そこで固まってるちくわで代用にはなるからな。
そりゃ困る。僕はとある渦に行かなきゃならないが、その在処を知ってるのはそこのちくわさんだけなんだ。
それなら俺らも知ってるぜ。取引と行こう。俺は飯を手に入れる。お前は安全を手に入れる。道案内は失わない。
おい、君、まさか僕を売ったりしないよな、今まで誰が案内してきたと思ってるんだ、僕らで力を合わせれば、こんな車麩……震えて縮こまっていたちくわが口を開く。
震えて見てるだけ、助けようとしないやつがよく言うぜ。とりあえずいっちょやってみようや。車麩は僕の返答を待たず包囲を解いた。
そのまま一瞬にしてちくわが捕らえられ、喰われていくのを、見ているしかできなかったのは単に僕の心情の問題か、肉体的限界か、熟考しないのが精神衛生のためだろう。自分の起源のためなら、ぼんやりとした目的意識でも恩人を蔑ろにできる、そういう自分であるって、認めなくちゃならないことになるなんてたまったもんじゃない。げっぷひとつして、車麩が語り掛けてきた。
ちくわ喰って思いついたんだけどさ、お前ちくわみたいで麩と原料おなじっぽいし、ちくわぶ、ってなどうだ、今んとこお前さんの名前がわからんし。
新しい随伴は、随分と悪趣味らしい。