~旅立ち~
ちくわがコミュニケーションを試み始めてからどれだけ経ったろう、時々思い出したように数匹のちくわがそれに声をかける程度には興味を失われていたそのとき。
それは投げやりな誰何の声に応じた。
僕は誰だろう、ともかく、君達が知覚するような存在だ、どうあっても。
投げやりだね。
そうかもしれない。しかし僕がなんと主張しようと、僕はその主張を含めて君達が知覚するところの存在でしかない。僕が誰かという問いは、どのような部分を知覚させてくれるかという問いと解して答えたほうが有意義かもしれない。しかし僕は君達の知覚がどのようなものか知らない。少なくとも僕と同じ開放された孔を有する円筒状の存在であるようだけれど、質感には明らかな違いがある。僕の知覚からすると君達はそういう存在だ。
確かに君のギザギザや扁平で波打たない表面、気泡の析出を想像させる質感は僕たちのそれとは異なるようだね、ともかくとして、はっきりさせておきたいことがある、君は単に慎重で、正確性に拘る哲学的性格なのか、それとも自意識として自己認識が薄いのかってことだ。
どっちも。僕は僕が誰か知らないし、軽々に答えを出そうとも思わない。
では君の当座の目標はそこに答えを出すことかな。
目標。何かが今僕の中で膨らんでは萎んだような感覚があった。何か成さねばならないことを忘れているような。これは僕が誰かってことと結びついている気がする。
大抵のことはそうだと思うけど。
出自とか、僕が誰かってことのかなり深いところと結びついているように思うんだ。そう、誰かに復讐しなくちゃならない。一族の仇。
どうにも不穏当だが、何かが見えてきそうな情報だね。君が現れたとき、君はこの世界の外、水の無い、水面より上から墜ちてきたという目撃談が共有されているよ。何か関係があるかもしれない。
それは大きな手掛かりだね。
加えてもう一つ。君が墜ちてきてから程なく、各所で君のような、つまりギザギザで、我々のような孔を持つが我々とはどこか違う存在を見かけたという話が聞かれている。
出典が不明確だね。
いかなる情報も真の出典は不明確だよ。
君は少し不誠実かもしれないね。
あまり重要ではない情報を細部まで覚えてはいないことをそんな風に言われるとは、親切で教えて上げているのに。
確かに君にとっては重要ではなさそうな情報だね、無理からぬことだ、ごめんよ、しかし親切を自ら強調するのは品がない、あまり好みじゃないな。
一言多いね、そのギザギザは体格だけじゃなくて心の有様なのかな。
そうかもしれない、いや軽口ではなく僕の構造として……
ああまあ、わからなくもない。
ともかく、最近渦潮が発生しては消えない海域だよ。
その、僕のような姿かたちのものたちが目撃されていると。
そう。
行ってみようか。
行ってみよう。