V
今日もまた、神崎は俺の淹れた珈琲を飲み干して眠った。あんなに分かりやすく溶け残したのに。それが緩やかな肯定に思えて嬉しくなって眠ってくれた神崎の瞼にキスをした。
服を脱いだ。黒い長髪を枕に色白な顔を横たえている眠り姫の服を脱がしていく。指先が震える。鼓膜が震える程に自分の心拍が響く。何度やっても慣れない。慣れたくない。彼女に触れるたびに、鼓動が二倍速になる。
まるでガソリンスタンドのアルバイトにでもなった気分だった。他の人の大切な車を傷つけぬように細心の注意を払って、鍵を受け取り、給油から、洗車から、空気圧のチェックから、オイルの点検から、窓拭きから、何から何までこなしていく。
嫌われたくもない、でも嫌われるほどに愛したいなんて、ひどく独善的で独裁的で傲慢な願いも、こんなやり方しかできない臆病で天性の弱虫な自分が泣きたくなるほど、浅ましくておぞましい。そんな願望を抱いてる自分が気持ちが悪くて仕方がない。それなのに、こんな独り善がりで身勝手なやり方を受け入れてくれる神崎が愛しくて、彼女がくれたすべてが、今の俺を生かしていた。だから、例え彼女に明日殺されたとても、それが君の手ならいいとさえ思った。そんな君の。
「やさしさに甘えることを許して」
体のまじわりに応じて、快楽と同時にそれに対する嫌悪感が湧いてくる。快楽よりも彼女と繋がっている。彼女の中に自分がいるという現状だけが、あたたかな湯船のようで、つま先から頭のてっぺんまで、その安らぎに沈みたくて、たとえ溺死するとしても構わないとさえ思った。
それ程にこの僅かな時間が僕の救いだった。幸せな夢。朝が来て目が醒めたら、少し泣いてそれで終わる夢。




