第82話 説得
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「う……む……」
「おう、宰相のオッサン目が覚めたか?」
「おや確か……冒険者のマリーちゃんじゃな。どうしてココに……?」
もしかして記憶が混濁してるのか……?
よしっ、コレならいける!
「いやビックリしたぜ。エリーの幻惑魔法の範囲内に入った途端、いきなり叫んでぶっ倒れるんだからよ」
「ワシがいきなり倒れた、だと……?」
「ああ、覚えているか? 中庭での事だ」
「そうか、幻覚か……。おぼろげだが悪い夢を見ていたようだ」
よし誤魔化せそうだ。
ここは勇気を出してあえて一歩踏み込む!
「ちなみにどんな夢を見ていたんだ?」
「ああ、ワシが見た目通りの年齢だった頃の話じゃ……。邪悪なる魔王一派がこの城に現れ乱暴狼藉を繰り返しておったことがあってな」
乱暴狼藉ねえ……。
アタシは宰相の後ろで隠れているリッちゃんに目をやる。
なにか言いたそうだがケモノっ娘二人がガッツリ抱きついて口を塞いでいる。
よしよし、命令に忠実で良い子達だ。
リッちゃんの言い訳は後で聞くことにしよう。
「初代魔王の時代、無二の親友と呼ばれる存在が自称魔王を名乗っておった事がある。そいつが、そいつが……ソイツがああっ!」
「オッサン落ち着け。ほら水だ」
「す、すまぬ……」
水差しから汲んだ水を飲ませてやると落ち着いた。
いやどんだけトラウマになってんだよ。
「いかんな、ソヤツの幻覚を見てしまってな。新しい魔法を披露すると言って城の一部を吹き飛ばしたり、正面から王に金をせびったり、食糧庫を空にされた事を思い出してしまったわい」
「……それは大変だったな」
リッちゃんは相変わらずだな。
本人が後ろからなにかを言いたそうにコッチを見ているが、目でしゃべるなと合図しておく。
「聞く限りただのぶっ飛んだバカな奴に聞こえるが、魔王ってのはそんなに憎まれてたのか?」
「いや、アヤツ……。元は王国研究者として召し抱えていたリッチ・ホワイトという者じゃったが、彼がやる事は貧しい者のためでもあった。当時は善政とは言えぬ部分もあったからのう。貴族はともかく、庶民で憎んでいる者はそうはおらんかった」
更に詳しく話を聞く。
色々とやらかして城から追放されたリッちゃんは独自に研究をして成果を披露しに王都に来たらしい。
城の従者達は追放したにも関わらず無断で侵入したリッちゃんを捕まえようとしていたとか。
ただ一方で、富を貧しい人に配ったり魔法で植物や畜産の品種改良なども行っていたらしい。
そのため、庶民の出でリッちゃんを捕まえようとするものは少なかったらしい。
ほうほう。憎んでるものは少ない、と。
リッちゃんが得意げに頷いているが無視だ無視。
……だが、それならイケるか?
「本当に大変なのはその友人が居なくなってからじゃった。魔王ファウストがある日城にきてこういったんじゃ。『私は友人を消した。私達は魔族の王として、人類に宣戦布告する』と」
それが永きに渡る戦いの始まりであった……。とオッサンは語った。
なんでも最初の百年は激戦で憎しみも絶えなかったが、その後は魔族の一部と交渉を行い、少しずつ懐柔したり西へ追いやりで今に至るらしい。
オッサンも苦労したんだな……。
後ろで涙目になってるリッちゃんも直接関係ないとはいえ、ついでに反省したほうがいいな。
「リッチって奴が魔王を抑え込んでたのかもな」
「うむ、そうかもしれぬ。だがリッチ本人はこの世におらぬ。もう分からぬ事じゃ」
多分本人はそこまで深く考えてないと思う。
さあ、会話の誘導も大詰めだ。
「てことはリッチの罪は王城でイタズラしまくった事であって、直接魔王として暴れまわった事じゃないんだな?」
「イタズラと言うには度が過ぎていたがな。事実、当時の王はその実力に震え上がっていたからのう。……だがあれから幾千もの時が流れた。彼の罪は許してやっても良いかもしれぬ……」
「そうか、良かったぜ……。本当に……」
よっしゃ! 言質とった!
やったぜリッちゃん!
過去の悪行は宰相のお墨付きで水に流してもらえたぞ!
今日からは魔王の保護者改めただのイタズラ好きの魔法使いだ。
さて公に認めさせるために最後の詰めを……。
「え! 許してくれるの! やったー!」
「おいリッちゃん、飛び出すのはまだ早い!」
「ん? なっ! き、貴様……、リッチ・ホワイト!!」
「あっ、今はリッちゃんです。よろしくね」
もう少し、もう少しだけ遅く出てくれれば公の認証という形で通してゴリ押しをするつもりだったのに。
ちょっとマズイな。
「ななな……うそじゃ! いや実際に……」
「落ち着いてくれオッサン。ココにいるのはリッちゃんという女の子だ。リッチ・ホワイトとかいう男じゃない」
「な!? しかし、見た目はあの頃と変わらず凄く好み……ごほん、スレンダーだが……」
「失礼な! 僕はぼく……うわっ!」
アタシが指を鳴らすと、ケモノっ娘達が再び羽交い締めにした。
アタシ達全員のクビが物理的にかかってるんだ。
しばらく黙って貰うぞ。
しかしリッちゃんとは言え女の子の体をジロジロ舐め回すように見やがって。
変態かよオッサン。
まあいい。代金はリッちゃんの無罪だ。
「生まれ変わりって奴だ。死んだ直後に生まれ変わって封印されたらしい」
「僕は死んでるだけで生まれ変わって――」
「リッちゃん姉! 私の新作ゼリーをどうぞ!」
「気にせずくちいっぱいほうばるじゃんよ!」
「はぶっ! ……あ、美味しい」
すばやくケモノっ娘達が口を塞ぐ。
いいぞ、ナイス判断だ。
さあゼリーに夢中になってるウチにオッサンを説得しねえと。
ちょっとだけ嘘が混じってるが信じてくれただろうか?
「な、なるほ……、いや信じぬぞ! あ奴は性転換の魔術を最も研究していた! なんらかの秘術を習得していても驚かぬ!」
「疑り深いなあ。仮にリッちゃんがリッチ・ホワイトだったらどうするんだ?」
「無論、相応の裁定を下すまで」
「おいおい、さっき水に流してもって言ってただろ。宰相が自分の発言をひっくり返すのか?」
宰相の単語をあえて強調してみた。
だが、オッサンは眉をしかめただけだ。
「マリーちゃん。お嬢さんには分からないかもしれないが、政治というものは社会そのもの。もしワシという個人が一人悪名を被って上手くが回るのであれば容赦なく被るのみ」
その瞳に揺らぎはない。
立派な心がけだねえ。
……だが、その心がけを逆手に取らせてもらうぞ。
「分かった。仮にリッちゃんが魔王の相方だとしよう。裁定を下すといったが……処刑するのか?」
「場合によってはやむをえぬ話じゃ」
目に一切の動揺がない。
覚悟が決まってるな。
……ちょっとやべえ。
「もし処刑した場合、世間的にはどう映る? 魔王の友人が復活しましたなんて、胡散臭い事で処刑するのか? それじゃいきなり冒険者にいちゃもんをつけて殺しにかかったように見えないか?」
「むむ……」
よし、一瞬考え込んだな。
話のわかる理性的なおっさんで助かったぜ。
……ここで追撃を叩き込む。
「それに魔族とも一部仲良くしてるんだよな? もしも疑いがあるというだけで処刑をしたなら魔族の穏健派はどう考えるかな?」
これは実際あり得る話だ。
このクラスの人間には下手な嘘はもう通用しない。
真正面から利害を語って判断してもらうしかない。
「平和になったあと、自分たちも処刑されるんじゃないか? そう考えたりはしねえのか?」
「うむ……。マリーちゃん、いやマリーよ。冒険者にしては中々に頭が切れるじゃないか」
……しばらく宰相のオッサンは黙ってしまった。
さあ、どうでる?
出方によってコッチも対応を考えないとな。
「……ワシも頭に血が昇っておったようだ。今の結論を言おう。どのみち今回の件は王国の歴史にも関わるもの。ワシの一存では判断できぬ。よって通常の裁判を用いず王による裁定を受けるものとする」
「王の裁定……? そんなん一方的な判断になるじゃんよ。不正裁判なんて受けたくねーぜ?」
途中、ウルルが口を挟む。
……気持ちは分かるかその質問は悪手だ。
温和だったオッサンの顔が急に険しくなる。
「口を慎むが良い童。本来なら今の発言だけで処罰を受けるほどの暴言と知れ」
宰相のオッサンがギロリとウルルを睨みつける。
ウルルが小さく息を飲むのが聞こえた。
魔族の社会は違うかもしれねえが、王ってのは絶対権力者なんだ。
王様を不正扱いするのを宰相は見逃してくれねえよ。
「すまねえな。ウチの者が失礼した」
「しょせんは小娘の戯言。この程度は大目に見よう。……だが王は国そのもの。王の裁定とは国の裁定。如何に理不尽でも受け入れなければそれは国に敵対するものと同じことと知れ」
さっきまでとは雰囲気が全然違うな。
オッサンが本気モードになったか。




