第79話 勇者の剣
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アタシ達は門をくぐる。
王都はアタシ達のいた街よりも圧倒的に人が多く、かなりの活気があった。
「すごくキレイで栄えた街並みですね」
「ああ、発展してるな。エリーも来たのは初めてか?」
「はい、上の姉さま達は何度か来たことがあるようでしたが」
「僕が遊びに来てた頃はもっと控えめだったのに凄いね」
いや驚いた。
今は馬車に乗ってるから大丈夫だが降りたらぎゅうぎゅう詰めで辛そうだ。
……うっかり迷子になると面倒そうだな。
後で地図と目印になりそうな建物を教えてもらおう。
「どう? 凄いでしょ?」
「ああ、はぐれたらなかなか再会するの難しそうだ」
「あはは、確かに慣れないと大変だね。今から進むといくつか目印になる広場があるから、適当なところで落ち合うといいよ」
馬車が進んでいくと、確かにいくつかの広場を通り過ぎた。
広場には屋台が店を出していて美味そうな匂いが漂ってくる。
「お腹空きました〜」
「もうちょっとだけ待っててねー。王城で挨拶してから宿に案内するからさ」
ポリーナが指さしたのは丘の上にある高い城だった。
純白のその城は荘厳という言葉がしっくりくる。
よく見ると王城近くの空中に岩が浮いており、ペガサスに乗った騎士隊がその間を飛び回っていた。
「うわぁー……あれなんですか! お城の兵士達って馬で空を飛ぶんですか!?」
「すっげーぜ! なんで岩が浮いてるんだ?」
「凄いね! 僕の時代はあんな魔法障壁なかったよ!」
ケモノっ子達がはしゃいでいる。
ついでにリッちゃんも。
魔法障壁ってことは、アレは魔法で維持してんのか。
「一瞬で魔法障壁って見破ったんだ、流石は古代の魔法使いさんだね。そう、アレはかつて魔王に苦渋を舐めさせられていた時代の経験を活かして作った空の防壁なんだってさ」
ポリーナが説明をしてくれた。
魔法障壁ってことは空から敵が襲ってきたらあの岩が襲いかかってきたり、壁になったりするわけだな。それにあのペガサス。
「もしかしてあれが噂のペガサス騎士団か?」
「そうだよ。あれが王直属の親衛隊、この国が誇る最強戦力の一角だね。一人一人が最低でもD級冒険者相当だって噂だよ」
ペガサス騎士団。
空を飛ぶ魔獣、ペガサスを手なづけ飼育し空を駆け回る精鋭部隊だ。
まともに戦いたくない相手だな。
「もし敵が出たら空から攻撃を仕掛けるのか、相手によっては手も足も出ないまま沈められるな」
「私も聞いたことがあります。辺境伯と連携して魔族とも戦うことがあり、実戦経験も豊富だとか」
普通の兵士たちはC級からE級程度の戦闘力の持ち主だ。個々は突出した強さがないが、集団での戦いを心得ているときく。
更には指揮力を高めるスキル持ちが指揮を取ることで一時的にワンランク上の力が出せるらしい。
冒険者との戦いとはまた違う、数で戦う奴らだな。
それに加えてペガサス騎士団は個々の能力も高いらしいからな。
ワンランク上の能力を持つ奴らが支援系のスキルを身にまとって集団で襲い掛かってくるとか怖すぎる。
「今回の依頼人は騎士団じゃないから気にしなくて良いよ」
「そういえば依頼人について聞いてなかったな。つか、アタシ達も会わないとだめか?」
勇者の護衛とか、どう考えても依頼主は貴族かそれ以上の存在だろうし会いたくない。
うっかり怒りを買って賞金でもかけられたんじゃエリー達と魔族領にでも逃げるしかない。
「ん、大丈夫……。依頼者、いい、人……」
地味子が珍しく声を出した。
そりゃ、冒険者から見たらいい人かも知れねえが、こっちは魔族もいるんだ。
言い換えれば悪役のポジションはアタシ達だからな。
流石に今までバレてねえから大丈夫だと思うが、万が一には備えておきたい。
「依頼者はここの宰相様だよー。長年の経験を蓄積した立派な人だから安心してね」
マジかよ。
アタシ達のいた街では立派な人と書いて残念と読むんだぞ。
立派なバカなんじゃないだろうな。
王城につくと細目がいた。
門番と何やら話し込んでいる。
「ついについに到着したか『エリーマリー』よ。彼らの相貌に一寸の狂いなし。門番よ、扉を開いてもらおうか」
王城へ入るための手続きかなんかがあるのか。
どうやら手続きを済ませてたらしいな。
「さてさてマリー殿。話は聞いているな? 拙者達は先に宰相に話を通してくる。そこの中庭で花でも眺めながら休むといい」
「じゃあ後でねー」
「バイ、バイ……」
『ラストダンサー』は王城の中庭へ案内すると、奥へと行ってしまった。
「待ってれば来るんでしょうか……?」
「多分な。まあのんびりしてよう」
何気に日差しもあたって風も入ってくる。暖かくて涼しい。
リッちゃんが前に拾ったいい感じの枝でルルリラとチャンバラをしている。
……王城の中まで枝を持ってきてたのか。
気に入ってるなあ。
一方でウルルはその様子を見ながら日向ぼっこだ。
アタシもエリーの膝の上でお昼寝したい。
「もうすぐ夏になるな」
「ええ、今年の夏はどうしましょうか?」
「そうだなあ護衛の任務がどうなるかにもよるが……。おいリッちゃん、何をやってるんだ?」
チャンバラ遊びの最中になんか見つけたらしく、庭の中央の方でゴソゴソやっている。
まったく、拾い食いでもしてるのか?
「ねえマリー、エリー! ちょっと来てよ! これ見て!」
「なんだこれは……?」
そこには一本の剣が刺さっていた。
その剣は非常に古く、あちこち錆のようなものが浮かんでいる。
剣の座っている台座には、文字が彫られていた。
「えっと……。『この剣を抜けるもの、魔王と戦える力を証明するものなり』ですか。これはもしかして『勇者の剣』ですか?」
「勇者の剣? なんだそりゃ?」
「なんでも魔王に苦しめられていた時代、昔の大賢者が魔王と戦うだけの力を秘めた剣を王都に封印したそうです。この剣がそうなのかは分かりませんが……」
「じゃあこの剣抜いたら僕も勇者になれるんだね!」
エリーが『勇者の剣』について説明してくれる横で、リッちゃんが剣を抜こうとする。
この錆びた剣がねぇ……。
なんの力も秘めてなさそうだけどな。
第一、封印なんてせずに、さっさと戦場に投入したほうが早いだろうに。
大賢者ってのは何を考えていたんだ?
振るうにふさわしい実力者を探してた……とかか?
「これ抜いたらもしかして勇者として認定されるのか。じゃあ今までの勇者は何だったんだ?」
「暫定……でしょうか。流石に今まで千年近くも誰も抜けないのは良くないでしょうし」
体裁の問題か。
ありえるな。
リッちゃんが手放したのでアタシも軽く触ってみるがビクともしない。
まあ当然か。
「うーん、これ剣に保存の魔法がかかってるね。でも後からかけられた魔法かな? 台座の魔法が芸術的な美しさなのに剣にかけられた魔法はイマイチ……。あっ!」
どうしたリッちゃん?
なにか隠された秘密でも分かったのか?
「どうした?」
「えっと……、ここでなんでもないよって言ったら逆に気になるよね?」
「そりゃそうだろ。もしかして伝説の剣にかけられた封印を解けたりするのか?」
「えっと、一応……?」
そりゃすごいな。
だが、なんだか歯切れの悪い返答だ。
「……リッちゃん、何を隠してる?」
「た、たいしたのは隠してないよ! えっと先に言っておきたいんだけど、もう千年前のお話だからね? 時効だからね」
いや、何をやらかしたんだよ。
もうなんか嫌な予感しかしない。
「むかし、ファーちゃんとお城に忍び込んだんだけど、うっかりお城で大事にしてた壺を壊しちゃったんだよね」
それ国宝の壷かなんかだろそれ。
昔話で聞いたことあるぞ。
うっかりで壊して良いもんじゃねーだろ。
「また運の悪いことにメイドさんに壺を割った所見つかっちゃってさ、兵士達に追いかけられてこの中庭まで逃げて来たんだ、けど」
「……けど?」
「後で直すつもりだったからさ。割れた壺をもってきちゃったんだよね。だけど魔法や矢で攻撃されてそれどころじゃなくてさ」
傍から見たら魔王が国宝持って砕いただけだしな。
とりあえず攻撃くらいはするだろうな。
アタシだってとりあえず焼いとく。
「しょうがないから、一時的に空間魔法で作った空間に壺を放り込んで、目印として兵士が使ってた剣を刺しておいたんだ。それが……この剣だと思う。錆びてるから自信ないけど」
「……つまり勇者の剣はただの兵士の支給品ということでしょうか?」
たぶんね、と頷くリッちゃん。
それを聞いたエリーが恐る恐る訪ねてくる。
「それでは、この台座に書かれた文言はいったい……?」
「あ、それね。これぐらいの魔法を破れないと、僕とファーちゃんに傷をつける事はできないよーっていうのをそれっぽく書いたんだよ!」
つまり、リッちゃん流で格好つけた文言にしただけ、と。
「と言うことは魔王の魔法を破れる人物を求めていたのが、いつの間にか話が歪んで魔王に対抗できる存在、勇者の証という事になったのでしょうか?」
「うん、多分そんな感じ……かな?」
もうほとんど自作自演じゃねーか。
どうすんだよこれ。
魔法といたら負の遺産が表に出てきちゃうじゃねーか。
「はわわ、なんかとんでもない秘密を聞いた気がします……」
「俺、聞かなかった事にするじゃんよ……」
おう、ケモノっ娘は聞かなかった事にしておけ。これはアタシも聞きたくなかった。
これ以上悪い話を聞かないように耳をふさいでおけ。
ついでに誰かに聞き耳を立てられないように向こうへ監視しに行ってもらおう。
アタシたちはちょっと尋問の用事ができたからな。後でそっちに行くぜ
さて様子見程度に軽いジャブを投げかけてみるか。
「質問だが……第一、なんのために王城に忍び込んだんだ?」
「え? 王様の額に魔王参上!って落書きしたくて……。あ! それは上手くいった帰りの事だから安心してね」
いきなりフルパワーでカウンター食らった気分だ。
千年前の事なのに不安しかねえ。
「……一応聞いておくがなんでそんな事した?」
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれました、名付けて『ファーちゃん発案! ボクと王様の仲直り大作戦!』だったんだよ。王様色々勘違いして僕の事怖がってたからね! きっとあの後静かに立ち去ってたらドッキリ大成功で仲良くなれたと思うんだよね」
そんなん『お前の寝込みはいつでも襲えるぞ』って脅してるのと変わんねーだろ。
別の意味でドッキリだわ。
「とりあえず分かった。わからない所もあるが、それは分からないままの方が良いって事も分かった。リッちゃん、その魔法はそのままにしておくんだ」
アタシ達は何も知らないし聞いていない。
分かってるのは『勇者の剣』ってのが、この王城のどこかにあって、今も勇者にひっそり抜かれるのを待ってるって事だけだ。
リッちゃんには釘を刺しておいたし、もう剣には関わらない方向で――。
なんで剣が抜けてるんだ?
剣の柄の部分はそれほどでもないが、先端部分が錆びまくってる剣をリッちゃんが持っている。
「え? ……ゴメン、もう解除しちゃった。戻すね」
そう言うとリッちゃんは引っこ抜いた剣を元に戻そうとする。
「あー、駄目だ。もう一回空間魔法を張り直さないと。まずかった……かな?」




