第74話 決着と依頼
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男でA級冒険者は伊達じゃねえ。
ストームローズで一気に距離を――
消えた!? いや違う、ここは……空だ!
……アタシを空中に飛ばしやがったな。
残念だがアタシは空中でもある程度戦えるんだよ。
「最初の最初は小手調べといこう」
「そのままシビれる一撃を食らわせてやるよ」
落下しながらサンダーローズを放とうとした瞬間、再び上空へと転移させられた。
お陰で細目のところまで雷は届かない。
「おお怖い。女性の怒りは逃げるに限る」
「女のアタックを躱すとは硬派なヤローだな」
細目の野郎、大げさに頷いているが舐めてんのか。
そう何度も空中に打ち上げた所で無限にループするだけだ。
「ふむふむ、普通の普通なら魔法を転移させて正面から返すのだが。だが調査によるとお主の魔法は返しが難しいらしい」
そういえば魔族との戦いの時に魔法を返されたな。
まあアタシから切り離された魔法だったからすぐ消えたが。
……よく調べてやがる。
「故に故にまずは単純明快な技でいく。無限に落ち続けるがいい」
落下しながら強制的に転移させられる。
場所はさっきと同じく上空だ。
重力の影響で、加速しながら再び落下していく。
そしてまた上空へ。
落下、加速、転移、上昇を何度も繰り返す。
マズイ、極限まで加速させて地面に叩きつける気か?
マトモに食らったらトマトみたいに潰れちまう。
アタシは空気の塊を作ってクッションのように全身を受け止め落下速度を遅くさせる。
そして、そのまま横に飛び退いた。
「空中で機動を変えられるか。……それは聞いていないな。スキルの可能性があるから語らなかったのか。良き友人たちだ、見事の見事」
「女を落とすには手法がシンプルすぎんだよ、もっと手間暇かけてくれねーとな!」
お返しだ。
アタシは周りの雨を水魔法で集めて凍らせ、そのまま自然落下で落としてやる。
「ほらよ、つららの雨だ。アタシへの熱を覚まさせてやるよ」
相手に氷の槍を振らせながらも、アタシ自身は空中を蹴って不規則に動き回る事は忘れない。
動き回っていれば多少はスキルの攻撃もやりにくくなるだろ。
「ほうほう、氷魔法まで使えるのか。これもまた見事の見事。だがこれは返せそうだ」
そう言うと細目はアタシの頭上部分に氷を転移しやがった。
様子見程度の攻撃だったがやはり駄目か。
不規則に空中を蹴りながら躱すしかない
「うーむ。なんともなんとも猪口才な。それでは拙者も少し空中戦を楽しもう」
そう言うと再び姿がかき消えた。
「後ろか!」
「惜しい惜しい。斜め上だ」
振り返りざまに蹴りつけるが空を切る。
空振って隙ができたアタシに細目はナイフを振り下ろしてくる。
「どっちでも構わねえよ。サンダー……」
「そして今度こそ後ろだ」
「何っ!? スキルの再使用が早っ……痛え!」
こいつ、サンダーローズが弾ける寸前でアタシの後ろに回り込みやがった!
水魔法で雨の鎧を巡らせるが、鍛えられた筋力でアタシの体を貫いていく。
「ふぅ……。相応に力を込めねばならないとは。中々の中々に厄介である」
クソっ、躱し切れなかった。
内蔵までじゃあないが割と深い傷だ。
とりあえず、地面に落下しながら水魔法の応用で止血をしておく。
「うーむ、うむうむ良い対応力だ。これで魔族と戦ったか」
「女をキズモノにして余裕こいてんじゃねーぞ」
体制を立て直して地面に着地する。
くそっ、雨で地面がぬかるんでドロドロだ。
とりあえず強がって見たがコイツは強い。
アタシはストームローズで速度を上げて撹乱しながら戦うのが得意だが、コイツのスキルはそれを事実上無力化している。
アタシが武器を持っていないのもマズい。
一旦逃げるか?
だめだ、転移で距離を詰められる。
突進して……今度は距離を取られるな。
だったら――
「どうした? 来ないのか?」
「ナンパの誘いは無視させてもらうぜ。安い男の挑発にのせられるのは癪に触るんでな」
そう言うと、アタシは腕組みをして目を閉じた。
……なんとなくだが困惑した空気が伝わってきたぜ?
「……ならばのならば。こちらから参るまで」
そうだ、来い。
「……『空間交代』」
細目の呟きのあと、眼の前に気配が現れる。
……だがコイツは、違う。
ナイフを構えたのが気配で分かるが、同時にその気配がかき消えた。
「ほら行くぞ?」
後ろから声が聞こえる。
……これも、違う。
やはり気配が消えた………………右だ!
アタシは、溜めていた力を解き放つ。
「略式・鳳仙花!」
「何ぃっ!?」
掌底は腹を捉え、炸裂音が響く。
細目の野郎は口から血を吐いた。
……決まったか?
「ガハッ、ゴボッ、み、見事……。何故分かった?」
「へっ、乙女の秘密は教えねーよ」
アタシは自分の周りに風を巡らせていた。
限界ギリギリの距離まで、緩やかにだ。
空間を切り取る際、その風魔法がスキルで邪魔され、解除される。
アタシのテリトリーにアタシが操作できない邪魔な空間が生まれるタイミング、その僅かな感覚を追いかけた。
「アンタのスキル、色々分かったぜ。空間を作る際、立方体のような空間を作って、それから入れ替えてるな?」
未だに立ち上がれない細目野郎は苦い顔をしてこちらを睨めつけている。
「空間の大きさはアンタの身長より少し大きいくらい、再使用まで一瞬ってところか。恐ろしいスキルだ」
地形によっちゃそのまま溶岩や毒沼に叩き落とされて即死すらあり得る。
勝手知ったる我が家で良かったぜ。
「だが、立方体で囲った空間、その境界に石ころとか硬いものがあれば再調整が必要ってわけだ」
石ころがあるとき、立方体が少し歪んでいたからな。
コレは魔法で細かく把握してなければ気が付かなかった。
多分だが、曲げるにも限度があって大きい個体は無理なんだろう。
じゃなきゃ落とし穴作って……。
いや、アタシの体を一部だけ転移させればそれで終わりだ。
つまり、障害物のない空中は細目の得意領域だったわけか。
相手の有利な分野でしばらく戦ってたなんてな、しくじった。
「どこに転移するのか分かってれば、とっておきをブチかますだけさ」
「そこまで見破るとは……見事の見事。ならば拙者も、最終手段を使わざるを得まい!」
そう言うと細目は立ち上がってくる。
キズは……結構深いが、まだ致命傷じゃないようだな。
やっぱり魔物を狩って身体能力を上げていたか。
「無駄だ。種が割れた以上アンタは勝てねえ」
「理論の理論ではそのとおり。だが足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」
「女を落とすのに野暮ったいやり方だな。それじゃアタシは落ちねえぜ?」
「無論。足りぬ部分は金と道具を使えば良いだけのこと」
……懐から取り出したのは投げナイフか?
てっきり根性論で来るかと思ったがちゃんと用意してる見てえだな。
いや、懐だけじゃない。
よく見るとマントにも数十のナイフが仕込まれていて、それを取り出してくる。
……マズいな。
「魔物を狩りに狩って鍛えに鍛えたこの体。その力をお見せしよう!」
細目の筋肉が膨張する。
……随分と鍛えてるじゃねえか。
分厚い筋肉と強化された身体能力をつかって、細目はナイフを投擲してくる。
どんだけ早かろうがそんなもん壁で防いで――
なにっ、ナイフが消えた!?
「ちっ! 転移か!」
「ご明察のご明答。どうだ! 縦横無尽に襲いかかる刃の雨は!」
最初の一発はかろうじてかするだけで済んだ。
だが回避した後も四方八方、いや上下も合わせると八方十方か?
とにかくアチコチからナイフが飛んできやがる。
ご丁寧に転移の距離を上手くずらして同時に数本のナイフが着弾するような工夫付きだ。
「落ちたナイフは転移で拾う。ナイフが全身に刺さるまで無限に刺され続けるがいい」
確かに厄介だ。
初手の空中でコレをやられてたらヤバかった。
だがな――
「もう格付けは終わったんだ。振られたのにしつこい男は嫌われるぜ?」
アタシは雨を集めて冷気で凍らせ、氷塊を作る。
そして転移してくる場所に塊を置く。
これで硬い氷に邪魔されスキルは発動しない。
これで近距離の転移は封じた。
離れたところから飛んでくるナイフは土の壁と水を作って受け止め、固めてやる。
「何っ!?」
「カタくてデカいのはお嫌いみてえだな? 投げナイフは封じた。次の手はなんだ?」
細目が転移で距離を取ろうとする。
だが、そうはさせないぜ?
もうアタシの距離だ。
ほんの少しだけ地面を沈ませたり、雨を凍らせた塊を作ってスキルを妨害してやる。
「ぐ……。ぬ……」
「この程度でも妨害できるみたいだな」
「おのれ、拙者のスキルを見破るとはっ……!」
「これで詰みだな。降参するか?」
「愚問の愚問! これでも拙者は冒険者! 先達として若輩に舐められる訳にはいかぬ! たとえ魔族や悪魔を倒した者であろうとな!」
なんだよ、そこまで情報聞いていたんじゃねえか。だったら戦いなんかいらねえだろ。難癖つけやがって。
細目は武器を構え、再び切りかかってくる。
「いい心がけだぜ先輩。だったらアタシももう一つ見せてやるよ、アイス……ピオニー!」
降り注ぐ雨が凍りつく。
凍って凍り尽くしたその氷塊は幾重にも先輩冒険者を取り囲む。
その全身すら飲み込むように幾重にも覆い尽くしたその氷は、やがて華のように大地に咲いた。
……流石に傷ついた状態で硬い氷の中なら、スキルも使えないだろ。
「女に言いがかりつけて傷物にしようとしたんだ、しばらく頭冷やしてな」
しばらくすると、メイが顔を出した。
「マリー様。お化けたちより外で争いをしているという報告を受け参りました。遅くなり申し訳ありません。」
「遅いぞ、話はついたところだ」
物理的にな。
エリーやリッちゃんは……まだ寝ているか。
まあ音立てる暇もなく外での戦いだからな。
食堂から少し離れているし雨も降っている。聞こえなくても仕方ないか。
「これは……生きているのでしょうか?」
「冒険者は頑丈だからな、大丈夫だろ」
アタシの必殺技を食らって生きてたしな。
「そんな事より冷えちまった。風呂に入るからよろしくな」
「それでしたらダンジョンマスターの権限を使用して転移してください。地上にも少しずつ領域を伸ばしており、裏山のほか、ここの庭からでも転移ができるようになっております」
なんだ、随分と範囲が広く……待てよ?
もしかしてあの細目との戦いで権限使って転移すれば同等以上の条件で戦えたんじゃね?
……まあいいか。
知らない事はできないし、ダンジョンの事がバレると面倒だ。
使わないで済んだからヨシとするか。
さあ、風呂に入ってこよう。
朝風呂を終えて戻ってくると、何やら騒がしい。
「いやはや、拙者が手の指一つ動かせぬとは、参りましたぞ!」
「なんで氷から出てきてんだよ」
「マリー様。僭越ながらこのままでは死ぬかと思いまして、私のほうでお助けしました」
「まったくのまったく。氷漬けにして放っていくとは酷い。久々に死の際の際まで見えたとも」
話を聞くと、どうやら口周りを体温で溶かしたあと、そこの空気を転移で入れ替えて、ギリギリのラインで呼吸をしていたとらしい。
更にはメイが熱湯をかけてくれなければ低温で体が冷えて死んでいたかもしれないとのことだ。
……すまん、呼吸とか色々忘れてたわ。
「さて……一応アタシの力はみせたつもりだが、まだやるか?」
「まさかのまさか! これ以上は拙者の手札が足らぬ! 魔族や悪魔を退治したこと、しかと理解したとも」
両手を上げて降参のポーズを取るが、いちいち行動が大げさだ。
「改めての改めて。拙者はA級冒険者チーム『ラストダンサー』の副リーダー、ストルスである。まずはいきなり襲いかかった事のお詫びをひとつ」
そう言うと、頭を下げてきた。
いきなり殴りかかってきて気に食わねえがまあいい。
「そして強さを理解した上で本題の本題だ、『エリーマリー』の皆には我々と共に王都に来てほしい」
多少中途半端ですが予想以上に長くなっているのでここで区切って第五部を完とします。
次回は連休のどこかで投稿開始します。




