第62話 模擬試合
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指名された褐色娘はかなりうろたえていた。
「え!? いや、その、俺はべつに……」
「大丈夫だ。そんなに痛くしねえよ。初めてだし優しくしてやる。それともやられるのが怖いのか?」
「ば、バカにしやがって! やってやるじゃんよ!」
よしよし、良い子だ。
アタシはお前みたいなのを待ってたんだ。
さて、魔法で地面に円を書くか。
「ほら、準備できたぞ。ブッ倒れるか、この円から一歩でも出たら負けだ」
「ま、魔法を無詠唱で!?」
ん? ビビっちまったか?
驚かしすぎたかな?
しかたない、手加減してやるか。
「安心しろ。魔法はなしだ。武器も使わねえ。ひよっ子には素手で十分だ」
「く、クソッ! バカにするんじゃにゃい!」
おう、やる気が出たようで何よりだ。
だが噛んでるせいで締まらねえな。
「武器はハンマーか。重たいが汎用的な武器だ。使いこなせるか?」
「馬鹿にしやがって! オリャアアァァァッ!!」
大声を上げて威圧してるつもりか。
叫びながらハンマーを思い切り振りかぶり、上から打ち下ろしてくるが、遅い。
「叫び声を上げながらの一撃は対人なら悪くないぞ。だが冒険者相手だと悪手だな。通じるのはD級までだ」
アタシは半歩だけ体をずらして、打ち下ろしてきたハンマーを避ける。
ハンマーが地面を抉るが、アタシには傷一つない。
「デカブツとやりあったことがある冒険者なら、人間の叫びなんて子犬の鳴き声みたいなもんだ。むしろ黙って襲いかかったほうがいい」
ハンマーを大振りに打ち下ろしたお陰で、横腹がガラ空きだ。
強くブッ叩いて終わらせてもいいが、まだまだ指摘する箇所が多いからな。
軽く指でつつくだけにしておこう。
「ふにゃっ!」
「ほらほら、横がガラ空きだぜ? 可愛い声を出す前に隙を作らないよう、防御を固めな」
「く、くそっ! 舐めるなあっ!」
ハンマーで横殴りに攻撃してくる。
瞬発力はあるが動きが見え見えだ。
「全力の一撃が躱されるって事は、単純に速さと経験で負けてるんだ。相手をよく見ろ」
「ちく、しょっ! ちょこまかと!」
ハァハァと呼吸が乱れる音が聞こえるな。
もう息が上がってきたのか。
「スタミナ不足だな。当たらないなら大振りは控えろ。無駄に体力を消費するだけだ」
「つっても、どう、やって……」
「力まかせに振り回すだけじゃ駄目だ。ハンマーの先端だけに頼るな。すべてを使え。例えば柄は盾にもなる。全身のバネを活かした大振りと、小器用に振り回す攻撃と、うまく使い分けろ」
大工でも釘の打ち始めは短く持ったりして使い分けるもんだ。
更に大きなハンマーの類は尚更な。
しかし野生児みたいな身のこなしの割に武器の扱いがお粗末だ。
……さてはあんまり武器を使い慣れてないな。
素手のほうがいいんじゃないか?
「ちっ、ちくしょう! うおお!!」
動きが読まれてるのを悟ったのか、ハンマーで思い切り突いて来る。
確かに初動は小さくなるが……
勢いつけ過ぎだ。
アタシはハンマーを避けて、柄を掴むと力の流れに合わせて思い切り引っ張る。
体勢を崩したひよっ子は、アタシの体に吸い寄せられるように一気に間合いが近づく。
「ほら、懐に飛び込んだぞ? どうする?」
「え? う、あ……」
「こうするんだ」
アタシは思いっきり蹴り飛ばして円の外に押し出してやった。
「間合いの内側に入られたら蹴り飛ばせ。頭突きでもいい、じゃなきゃ武器を捨てて殴れ。とにかく攻撃しろ、ただし魔法は遅すぎる、死ぬぞ」
「わ、分かったよ……」
よし、意識はあるな。
骨折も……多分大丈夫だろ。
「すげー!!」
「流石は冒険者……」
「顔は可愛いのにつよい!」
試合を見ていた他のひよっ子から感嘆の声が聞こえる。
いいぞ、もっと褒め称えろ。
お、ポン子もギルドから出てきた。
「さあ皆さんお待たせしました! 『デーモンキラー』の異名を持つマリーさんと新米冒険者の一騎打ち! 新米冒険者ウルルさんは何分持つか! 掛札販売です!」
「……」
「……」
熱くなった場が一気に冷え込む。
ポン子は何を言っているんだ?
「あ、あれ? もう終わっちゃいました? しょうがないですね、マリーさん、もう一戦して新米冒険者をボコボコに……」
「サンダーローズ」
「あぶぅ!」
待ってろって言ってたのはアレか?
お前が掛札作る間待っててって事かよ。
ひよっ子共に悪い影響与えるだろ。
こいつ等はアタシの可愛い教え子なんだぞ。
「やっぱり、癖になるぅ……」
あ、駄目だ。全然反省してない。
これはアタシじゃ駄目だ。
後でおやっさんにお灸を据えて貰おう。
「ひよっ子共をギャンブルの沼に引きずり込むんじゃねえ」
「だって! 作ったコスプレ衣装を買い取って貰ってたお店が潰されたんですよ! 少しでも補填しないと生活費が!」
なんだ、いきなり物騒な話だな。
「潰された? 誰にだ?」
「分かりません。なんでも店が燃やされたとか。私は行った事ありませんが『探索者』というお店で使われてたみたいですね」
あの店に衣装卸ろしてたのお前かよ。
滅びろ。
「あのー、マリー先生。私達はどうすれば……」
おっと、ひよっ子達を忘れてた。
「わりいな。コイツを叱りつける用ができた。すぐ戻ってくるからお前らは自分が得意とする武器の使い方を考えといてくれ」
そう伝えてあとは各自で練習するように伝える。
武器より魔法が得意な奴はリッちゃんとエリーに指導を受けるように伝えた。
リッちゃんがやらかしてもエリーがフォローしてくれるだろ。
問題はポン子のほうだ。
ひよっ子共を見ていて詳しく聞いておきたい事ができたからな。
「基礎を教えたあとは冒険者チームがしばらく個別に面倒を指導をみる、そうだったな?」
「はい、その通りですが?」
「やけに数が多いし、あんだけいたらアタシらじゃ面倒見切れねーぞ?」
「ああ、それならご安心を! 途中の個別指導からはマリーさんと同じB級冒険者が指導に当たります。五人くらいテキトーに見積もってしばき倒してくれればそれで大丈夫です!」
「しばき倒さねーよ。で、B級冒険者ってのは誰だ? 今はほとんどいないんだろ?」
「『オーガキラー』のチームが指導に当たります!」
人選ミスだろ。
一番人格破綻してる奴らじゃねえか。
「ポン子…… お前な、指導させる相手は選んだほうがいいと思うぞ」
「わかってますよ! 彼女たちが万が一やらかした場合の対策としてC級冒険者の中から、皆さんとは違った常識人をフォローにあてます!!」
「ナチュラルにアタシ達の事まで異常者扱いするんじゃねえ」
つか常識人ってなんだよ。
冒険者は二種類しかいないんだぞ。
一見普通そうに見える頭のおかしいやつか、頭がおかしそうに見える頭のおかしいやつかだ。
「とにかく未来あふれる冒険者を五人くらい指導してくれれば構いませんので、お願いします」
「あー、分かった分かった。探してみるぜ」
まあ、五人くらいならなんとかなりそうだな。
めぼしい奴らもいたし。




