第59話 おやすみ
アタシたちはいつも通りおやっさんに報告する。
「おう、今回はご苦労だった。まさか魔族が人の内側に入るなんてな」
「まったくだ、どうなってやがる? もう侵略されてんじゃねえのか?」
「この件はバレッタ伯爵領からもすでに話が届いている。王都の方にもな。Aランク冒険者たちが調査のためバレッタ伯爵領へいく」
徹底的に調べ上げて報告するんだろ。
まあ当然だな。
「もう少し暖かくなったら、こっちでも聞き込みをするだろうな。と言う訳でお前たちは王都のエリート共の質問に答えるため、期間中は依頼を受けられん。懐事情は考慮してやるから安心しろ」
マジかよ。
これでおばけ達に堂々と言い訳をしてイチャイチャできるじゃねーか。
やったぜ。
「ガッカリするかと思ったら、だいぶ嬉しそうだな?」
「ただで金もらえるんだ。嬉しいに決まってるだろ」
とはいえ、その期間中は暇だしヤりすぎるとまた怒られそうだ。
お化け達に何度も怒られるのもアレだしな。
なんか対応を考えねーとな。
「ふむ……。こっちは暴れると思ってたんだがな。コレはお前達を宥めるために取っておいたがまあ良いか。ほらよ」
おやっさんが何かを机に置く。
「お前らの冒険者タグだ。新しい奴だぜ」
「おい、これはB級冒険者のタグじゃねーか? C級のタグはどうしたんだ?」
冒険者のランクをすっ飛ばす事なんてできたか?
なんでいきなりB級になってんだ。
ついでにリッちゃんも。
「B級への昇格条件は知っているな」
「ああ、知ってる……つっても非公開だからふんわりしたもんだがな。ギルドが認めるだけの実力と功績、だろ?」
「そのとおりだ。今回、単純にお前たちの功績が大きいから認められたんだ。伯爵領、男爵領へ侵入してきた魔族二人の撃破、悪魔の討伐…… 十分過ぎるほどだ」
改めて功績を並べるとすげえな。
気まぐれでユニコーンを肉にするくらいのヌルいスローライフで良かったのに、いつの間にそんな功績達成したんだ?
「B級への待機期間はねーのか?」
「ん? ああ、それは知らなかったか。B級とA級は待機期間は無い。そもそも待機期間というのは、素行に問題ないかを見るためのもんだ。普通は功績を上げるには年単位でかかるからな。いちいち有能な人間を留めて置く理由がない」
なるほど、だがC級をすっ飛ばしたのはどういうわけだ?
「知っての通りC級認定はもう少し先だ。だが功績が大きすぎる。それに王都のメンバーに会うのにD級のままってのは色々と体裁上マズい、ウチが舐められかねん。だから暫定で認めると言う形を取った」
表情を読んだのかおやっさんが疑問に答えてくれる。
正式には仮発行らしい。
C級認定と同時にB級に上がるそうだが特に違いは無いみたいだ。
「お偉いさんってのは体裁気にして色々面倒だな」
「全くだ。だが、過去にやらかす奴らがいたからな。しょうがない。と言う訳で王都のエリート共が来たらまた連絡する。それまでのんびりしててくれ」
「分かったぜ」
ギルドの表向きの依頼は人探しだったためか、金額はマフィアのボスの所で貰った金額に比べるとささやかなものだった。
だがまあいい。
それよりも冒険者タグなんて良いものが手に入ったからな。
館に戻ると早速メイが出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。……なんだか嬉しそうですね?」
「ん? 分かるか?」
「実は僕達、B級冒険者になったんだよ!」
「まあ! それはおめでとうございます!」
今夜はごちそうにしませんと、とメイが言ってお化け達に指示を出していく。
まあ急だし、そんなにたいしたもんじゃなくていいぜ。
「えへへ、大したことじゃないんだぜ」
「顔がにやけてますよ、マリー」
しょうがないだろう。
だってB級のタグだ。
昔は昇格したくて何度も無茶をしたが手に入らなかったものだ。
おかげでいろんな場面での対応力はついたが。
諦めていたものが手に入れば笑顔にもなるさ。
「そういえばみなさんに報告があります。先日よりダンジョンにて作成していた大浴場がついに完成しました」
「おおっ! てことはもう入れるんだな!」
「はい、あとはダンジョンの支配区域が山の方まで広がっています。領地内の敷地はすべてダンジョンによって管理することが可能です」
「ん? もうちょい具体的に頼む」
元々アタシ等の庭だろ?
なんか変わってんのかそれ?
「簡潔に申し上げるなら、山そのものをダンジョンにしました。トラップを仕掛けることも、木々の成長を管理することも自由です。森のドリアード達も手伝ってくれるそうです」
お、おう。
アタシとしては風呂までテレポートしたり楽したかっただけなんだが……
なんかアタシが考えていたよりも別方向に進んでる気がするな。
止めた方がいいだろうか。
……いや、管理を任せると言ったのはアタシだ。
メイを信用して任せる事にしよう。
「近いうちに固定砲台を作成する予定ですのでお任せください」
「ちょっと待て」
いったい何と戦うつもりだ。
つか、リッちゃんより魔王してない?
「ファンクラブの皆様が定期的に敷地内に入って参りますので、魔力回収は簡単でした。しかし彼らも日々ダンジョンに潜る事で手強くなってまいりましたので、簡単に一掃できるものを作ろうかと」
あいつらこっちに来てるのかよ。
薄々可能性は考えてたが……
つかなんで仲良くダンジョンに潜ってんだよ。
一応極秘事項だぞ、このダンジョン。
「突っ込みどころが多々あるんだが、どこから突っ込めばいいんだ?」
「申し訳ありません。私は主人の許可がない限りは突っ込ませるわけには……」
そういう意味じゃねえよ。
「……一応、分かってると思うがここのダンジョンは極秘事項だ。間違ってもこれ以上噂が広がらないようにしてくれ」
「お任せください。今の所潜っているのはファンクラブの皆様のみ。死なないよう、適度に魔力を吸ってダンジョンから叩き出しております」
メイはファンクラブのオッサン達から魔力を吸い上げてダンジョンの力に変えているらしい。
オッサン達の中には結構な実力者もいるようだ。
ああ、なんか昔も似たような事やってたんだよな、お前ら。
だったら大丈夫か。
「気持ちを切り替えて風呂だ風呂! 大浴場に行くぞ。エリーが最優先だがリッちゃんも腐って変な匂いがしないように洗ってやる!」
「僕はいつでも死にたて新鮮フレッシュボディです! それにしてもマリーは元気だね」
「マリーはたまには大きい風呂に入りたいって呟いてましたからね。リッちゃんは大きな浴場に入った事はありますか?」
「僕は風呂に入る暇があったら研究してたね。研究で没頭するのに食事とか色々面倒だったから不死化したんだよ!」
そんな雑な理由でアンデッドになったのかよ。
まあリッちゃんだしな。
そんな事より風呂だ。
「よし! 今回の冒険の疲れは風呂場で癒やすぞ! 管理者権限発動! 大浴場にテレポート!」
空間が一瞬歪んで切り替わる。
そこには立派な大浴場があった。
建物のような場所と外には星空が広がっている。
露天浴場のようだ。
……ん? 外?
「ダンジョンの中にどうして空があるんだ?」
「あれ? マリー知らない? ダンジョンの中にはそのまま天気が変わったりするところもあるんだよ」
「それは上級のダンジョンだろ? ここはできて間もないのにどうしてそこまでの……」
「それは私がお答えしましょう」
転移してきたメイが声をかけてくる。
「ダンジョンは入って来ていただいた方から頂いた魔力をベースに構築、改装を行います。このダンジョンは私が用意した粗品にファンクラブのメンバーが殺到いたしましたのでそこから工面しました」
「それでもモンスターとか……」
「モンスターはドリアード達にも手伝っていただき、召喚する量を抑えることで極めて効率的な運営ができています」
要するにダンジョン拡張に極振りか。
まあ今うまくいってるならそれで良いか。
もしかしてメイはダンジョンマスターの才能があるんじゃないのか?
「おう。これからもよろしく頼む。……そういえば石鹸とか買ってなかったな」
「そう言うと思いまして既に購入してまいりました」
取り出してきたのは、垢すり、石鹸、シャンプー。コンディショナーなど一式だ。
なぜかローションや変わった形の椅子もあった。
……ナニに使うんだよ。
「よくこんなに揃えられたな」
「『よろず屋 アイザック』で仕入れたものです。他にも色々ありましたよ」
あそこかよ。
なんでも売ってるなあの店。
今度暇なときにしっかり見てまわるのもいいかもな。
アタシ達はメイも含めて体を隅々まで洗いっこしてから風呂に浸かる。
まあお互いなんやかんやで見慣れてるし今更だ。
メイも背中を流すときは少しだけ入っていたが、食事の準備で先に戻ってしまった。
「エリーは立派だが……リッちゃんは成長すると良いな」
「なんで憐れみの目を向けるのさ! 別に大きさに不満はありません!」
風呂がぬくい。
風呂には一緒に桶を浮かべて中には酒瓶を入れておく。
「なんにせよ、しばらくはゆっくりだな」
「そうだね、マリー達も古代の力を使えるようになったみたいだし今度教えてよ」
「え? 使えないぞ?」
「え? だって精霊のお腹に穴開けたんでしょ? その力で?」
「あの時は夢中だったからどうやったのか今でも分からん」
ただまあ一度は使えたんだ。
なんとか練習して使えるようにしてみるさ。
「そういえば、あの女神が神話がどうのこうの言ってたぞ。リッちゃん知らないか?」
「神話……? もしかして神々と悪魔たちが争った話かな?」
「どんな話なんだ?」
「簡単にいうとね、神様と人間が協力して悪魔と戦い勝ちました。悪魔は封印される直前に力を振り絞って人間の男達に祝福のフリをして呪いをかけました。それから男たちは身体強化の魔法以外は使えなくなりましたっていう話かな」
「子供の頃聞いた、おとぎ話の『わるいあくまとひかりのかみ』みてえだな」
おとぎ話では悪魔が封印される仕返しとして書かれていたハズだ。
孤児院でよく聞かされたぜ。
「それの元ネタだよ。でも女神が言うなら本当かもね。だとすると魔法と呼ばれていたのは祝福じゃなくて呪い……? それがマリーのスキルで解除されたとか……?」
ぶつぶつと思考モードに入ってしまった。
こうなるとリッちゃんがしばらく動かないからな。
こっそり冷たい水を汲んで背中に少しかけてやる。
「ひゃんっ!」
「風呂場では難しいこと考えるなよ。のぼせるぞ」
「うーん、そうだね、古代の力を使えるようになったら僕にも教えてね! 術式に組み込んで見るからさ!」
「おう。精霊にやったように腹に風穴を開けてやる」
「やめて!」
まあいいさ。
アタシは杯を皆に渡すと、酒を注いで掲げた。
「じゃあ、B級に昇格した事を祝して……乾杯!」
「乾杯! お疲れ様!」
「乾杯です! 今回も無事に終わりましたね」
風呂場で乾杯した後は、お化け達とメイが作ってくれた料理を食べて床につく。
今回は疲れた。
エリーとともに、服を脱いでベッドに入る。
風呂場で十分温まったせいか、エリーは眠そうだ。
「今回もなんとかなりましたね」
「ああ、もしエリーが襲われてもアタシが助けてやるさ。心配するなよ」
「ふふ……。そのセリフは2回目ですよ、マリー」
ん? 前に同じこと言ったか?
「初めて会った時の夜も同じことを言ってくれました。マリーは酔っぱらってそのまま寝てしまったようですが……」
ああ、この姿で酒を飲んで、うっかり記憶を飛ばしてしまった時のことか。
「マリー、私も少しずつですが力をつけています。もしもマリーが困ったら私がそばにいることを忘れないで下さい」
「ああ、アタシはエリーと共にある」
「ふふ、ありがとうございます」
そういうと口づけをしてきた。
そのまま寝息が聞こえる。
今日はいろいろあったからな。
疲れて寝てしまったか。
おや、うっかり冒険者タグがかかったままになっているな。
アタシはエリーをそっと抱きしめる。
すると、無意識にそっと抱きしめ返してくれた。
エリーの温もりと冒険者タグの冷たい感覚が心地良い。
今日はいい夢が見られそうだ。
これで第四章は終了となります!
第五章は春か夏ごろを予定しています。




